スマホロトムに着信があったのは、朝のコーヒーを飲み干した直後だった。
ユウリからのメッセージだった。
『今日、エンジンシティでジムチャレンジ受けるから! 応援来てね!』
……エンジンシティでジムバトルってことは、もうバッジを二つ持ってるのか。
……いつの間に
驚きと、ほんの少しの感心が混ざる。
彼女のあの熱量と、真っすぐすぎる頑張りを思い出すと――きっと全力で、夢中で、ここまで来たんだろうなって、想像がつく。
「カブさん、か……」
炎タイプの使い手で、ジムチャレンジャーたちにとって最初の“壁”と呼ばれる相手。
真っ向勝負になるだろうけど――ユウリならやってのける。
どうせ、あいつが勝つのは決まってる
そう思いながらも、スマホを胸ポケットにしまう手が、なぜか少し強ばった。
……本当は気になるのかもしれない。
「……せっかくだし、見に行くか」
ラヴィが俺の足元でくつろいでいたが、声に反応してこちらを見る。
何かを察したように、しっぽをゆらゆらと揺らしていた。
「ダイマックスも、生で見てみたいしな」
立ち上がって、背負い鞄のストラップを握る。
エンジンシティまでは、タクシーを使えばすぐだ。
観客席に足を踏み入れた瞬間、むっとするほどの熱気に包まれた。
歓声と応援、そして空調に乗ったポケモンたちの火や汗の匂いが、空間を満たしている。
……すごいな
ただの街の一ジム戦とは思えない熱量。
それだけ、ここが多くの挑戦者にとって“試される場所”なんだろう。
視線を向ければ、ユウリがいた。
フィールド中央、照明に照らされて真っ白なユニフォームが浮かび上がって見える。
その背中は、いつかの頼りなかったユウリとはまるで別人のようだった。
きりっとした表情で、じっと相手を見据えている。
ふと、彼女がこちらをちらっと見た。
一瞬だけ、目が合う。
でも――ユウリは何も言わず、何も表情を変えず、すぐに視線を前に戻した。
今は試合中だもんな。余所見してる場合じゃない。
むしろ、そうやって“戦う顔”になってるのが、少し誇らしい。
フィールドに視線を戻したそのとき、
対面のジムリーダー――カブさんがモンスターボールを投げた。
その中から現れたのは、艶やかな金色の毛並みを持つキュウコン。
九本の尾が扇のように広がり、まるで炎そのものが形をとって現れたかのようだ。
……さすが、絵になるな
と感心した次の瞬間。
「インテレオン!!」
ユウリの投げたボールから――すらりとした青いシルエットが着地した。
ん……? あれ……?
……アイエエエ!? インテレオン!? インテレオンナンデ!?
一瞬、思考がフリーズした。
あれ!? えっ!? メッソンは!? ジメレオンは!?
いつの間にそんな育ってた!? というか進化早くない!?
レベル……俺の記憶違いか? え? いや、どう考えても進みすぎでは?
戸惑う俺をよそに、インテレオンは冷静な視線でキュウコンを見つめていた。
その立ち姿はまるで、戦場の狙撃手。
その隣に立つユウリもまた――同じ目をしていた。
俺の知らない間に、こんなにも先を歩いていたなんて。
「《ハイドロポンプ》!」
インテレオンが腕を構えた瞬間、空気が一気に張りつめた。
狙いを定めたその眼差しは、まるで冷徹な狙撃手。
次の瞬間、細く鋭い水の奔流が一直線にキュウコンへと放たれる。
――ドンッ!
乾いた爆音とともに、キュウコンの身体が宙を浮いたかと思うと、あっという間に地面に沈んだ。
一撃。まるで余裕すら見せない精密さ。
今のハイドロポンプか? あれって……かなりレベル上がらないと覚えない技だろ?
胸の奥がざわつく。
ここまでのユウリの成長速度が、俺の予想を軽く超えている。
「ウインディ、頼んだぞ!」
カブさんが次に出したのは、大きな四足歩行のほのおポケモン。
だが――
再び放たれるハイドロポンプ。
命中。
ウインディは炎を出す間もなく、戦闘不能。
場の空気が明らかに変わる。観客たちのざわめきが、どよめきに変わった。
……嘘だろ。二体連続で一撃?
そして、最後の一体――カブさんの切り札、マルヤクデが投入される。
「マルヤクデ! 燃えさかれ! キョダイマックスで 姿も変えろ!」
マルヤクデの身体が赤黒く輝き、みるみるうちに巨大化していく。
その姿は、まるで炎の竜。
フィールドを覆い尽くすような体躯と、蠢く炎の触手。
「《キョダイヒャッカ》!」
無数の火柱がうねり、灼熱の渦がインテレオンを飲み込む。
観客席にまで届くほどの熱波が襲い、思わず目を細めた。
……やられたか?
だが――その中心から、爆ぜるように水流が吹き上がった。
インテレオンの姿が、まっすぐ現れる。
全身を濡らしながらも、まったく動じていない。
その細身の身体から、再び――容赦なく《ハイドロポンプ》が放たれた。
直撃。
マルヤクデの巨体が大きく揺れ、そのまま倒れ込む。
……試合終了。
マジかよ……三タテ?
しかも、ダイマックスすら使わずに――。
インテレオンは一歩も引かず、ただ静かに佇んでいる。
その背中越しに、ユウリが歩み寄り、カブさんと握手を交わしていた。
ふたりとも、深く頭を下げる。
清々しくも、堂々としたその姿は――まるで、立派なトレーナーだった。
ふと、ユウリがこちらを見上げた。
そして。
――笑った。
まるで子どものように、屈託のない笑顔で。
片手を大きく振って、嬉しそうに手を振ってくる。
あんな顔、見せられたら――
もう何も言えない。
俺は、無言で片手をあげて応えた。
◇
エンジンシティのジムの外――
人の波を抜けて出てきたばかりの観客たちのざわめきが、まだ背後に響いている。
俺がスタジアムの影でぼんやり立っていると、
「カケルさん!!」
軽快な足音とともに、聞き覚えのある声が飛んできた。
駆け寄ってきたのは、いつものベレー帽にリュック姿のユウリ。
さっきまでのユニフォーム姿も似合ってたが、やっぱりこの格好が一番“彼女らしい”。
「見に来てくれたんだ!!」
汗で前髪が額に張りついている。
顔は火照ってるのに、息を切らすこともなく、満面の笑み。
いやホント、すごいよ君は……
「うん。すごかったよ」
俺は素直にそう返した。
ユウリは嬉しそうに目を細めると、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう」
その仕草が妙に礼儀正しくて、ちょっと意外だった。
そして――
「どう?強くなったかな?」
上目づかいで、期待するように俺の顔を覗き込んでくる。
その問いに――正直、返答に詰まった。
いや、強くなったなんてもんじゃない。
でも……これ、下手に褒めたら調子乗ってバトル申し込まれそうだな……
と、俺が言葉を探してると――
「ううん!何も言わないで!」
突然、彼女が手を横に振って叫んだ。
「自分でわかってるから! まだまだだって!!」
……え?
思わず、返す言葉を失う。
あんな圧倒的な勝利をしておいて、謙虚すぎでは?
「よし!また特訓だ!」
そう言うと、彼女はポンと自分の頬を叩いて、すぐさま踵を返した。
「もっと強くなったら、バトルしてねっ!」
手を振りながら、まっすぐに走り去っていくその背中――
眩しいくらいに真っ直ぐだった。
……いや、待て待て待て。
“もっと強くなったら”って……君、まだ強くなるつもりなの?
思い返す。
三タテ。ノーダメージ。ノーダイマックス。
あれで まだまだ って……。
――それで、バトルしよう?
俺のエンニュートがインテレオンに、フルボッコにされる未来しか見えない。
……なんでだ
目を伏せるラヴィを抱き上げると、
彼女は目を細め鼻を鳴らした。
「……俺、なんかしたっけ?」
小さく呟いた言葉は、風に流されて誰にも届かないままだった。