どうやら――
ワタクシは、“導かれた”ようですね。
ガラル地方。
遥か西方、歴史浅きこの地に、奇妙な磁場のような“歪み”が生じている。
空気は濁り、風は何かを孕んでいる。
異物の侵入を拒むようでいて、同時に――渇いている。
秩序を、支配を、そして、“王”を。
……フ、悪くない。実に。
既に、動かせる駒には手を打ってあります。
このような異常事態を見越して布石を置いておくのが、ワタクシという男です。
まもなく……来る。
「……ゲーチス様」
夜を断ち切るような、乾いた声。
黒衣の三人が、まるで闇から削り出された影のように、ワタクシの背後に跪いた。
ダークトリニティ――忠誠を刻まれた影法師たち。
「使える人員と資源を総動員し、この地方に存在する“珍しい色のポケモン”を、一体残らず収集せよ」
「御意」
礼もなく、問いもなく。
命令はただ、彼らの肉体へ、精神へと焼き付けられる。
己が意志を棄てた存在――故に、完全なる“道具”。
だからこそ……美しい。
三つの影が霧のように溶けて消える。
風が吹き抜ける。
冷えた大地に、ひとり残されたワタクシは、静かに目を伏せ、想う。
――あの男。
白きエンニュートを連れた、異質なる存在。
理屈では捉えきれぬ“気配”をまとう青年。
目を引いたのは、あの白のエンニュートだけではありません。
彼の存在自体が、この世界に対する“バグ”だ。
偶然?
否。あれは“選ばれし者”だ。間違いない。
ならば――
仕立て上げて差し上げましょう。
“英雄”として。
“救世主”として。
人々はいつだって、何かを信じることでしか生きられない。
光があれば群がり、旗があれば従う。
ならば、その“象徴”を用意すればいい。
たとえ中身が空虚でも、幻想でも、外側さえ整っていれば充分だ。
その皮を、あの男に着せる。
そして、“理想”と“正義”の仮面をかぶせ――
民衆を、すべて、“我が掌”に。
そう、これは前と同じではない。
過ちは繰り返さぬ。
今度は裏切らせぬ。“芯”から染め上げ、選択肢すら奪う。
“特別”な色で塗り潰された、その存在をもって。
ワタクシが望む世界――
愚かなる自由を焼き払い、
醜き感情を鎖で繋ぎ、
全てが均され、支配される、完全なる秩序の園。
その扉は、既に軋みながら、開きつつある。
「ふふ……ふ、ハハ……」
笑いが漏れる。
思わず肩が揺れる。
「――フハハハハハハハハ!!!!!」
夜に響く凶笑は、咆哮のように空へと消えた。
風が止まり、森が凍る。
そして世界は、静かにその胎動を始める――“王”を迎えるために。
◆
ワイルドエリアでの特訓を終え、私は次のジムチャレンジ――ラテラルタウンのバッジを目指して歩いていた。
日差しは少し傾き、風は肌をなでるように優しく、道端の草花が静かに揺れている。
ポケモンたちの鳴き声が遠くで聞こえ、空はどこまでも高い。
けれど、心の奥にはまだ熱が残っていた。
カブさんとのバトルの余韻――それと……ほんの少しの、寂しさ。
「ユウリー!」
振り返るより早く、元気な声が風を裂いた。
「おーい、ラテラルタウンに行くんだよな? 一緒に行こうぜ!」
ホップがこちらに駆け寄ってきた。
いつもどおりの笑顔。前を見て走ってくるその姿は、太陽みたいに明るい。
「ホップ! うん、行こう!」
並んで歩き出すと、彼がにこにこと言った。
「ユウリ、カブさんとのバトル、すっげーよかったぞ! すごすぎて、すごかったぞ!」
私は少し笑って、首をすくめる。
「そうかな……ありがと」
ホップはいつだって、まっすぐに言葉をくれる。
嬉しい。けど――
私が“本当に”見てほしい誰かは、別の場所にいる。
「さすがユウリ! それでこそ、オレのライバル! ……ん?」
ふいに、ホップの声が止まった。
視線が何かに釘付けになっている。私もつられるように、そちらを見た。
草むらの向こうに、黒い影があった。
ベレー帽、マスク、黒ずくめの衣装。全身を覆い、正体を隠した二人組が、しゃがみ込んで何かをしている。
彼らの手の中で、赤く小さなポケモン――カジッチュが投げられ、転がっていた。
「緑のカジッチュなんて、本当に要るのかよ……」
「うるさい、黙って探すわよ」
カジッチュは鳴きもせず、黙って草むらに蹲っている。
まるで、痛みをこらえているみたいに。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
あんな風に……ただのモノみたいに扱うなんて――
「こらーっ!! なんでそんなことするんだ!」
ホップが私より早く一歩を踏み出し、怒鳴り声を響かせた。
彼の拳は固く握られ、瞳はまっすぐに彼らを睨んでいる。
私もすぐにその背中を追った。
放っておけない。
だって、ポケモンたちは――“友達”なんだから。
「ポケモンをいじめるのはやめて!」
私はホップの隣に並ぶように、強く声を上げた。
風が草むらを揺らす。カジッチュたちの小さな背が、それに押されてふるえていた。
黒ずくめの二人組は、ゆっくりとこちらを振り返る。
男は痩せ型で、女はツインテールでどちらも口元をマスクで隠していた。
「……あァ? そんなの俺たちの勝手だろ。誰にも迷惑はかけてねーし?」
男が不遜に笑う。その態度に、胸の奥がざわめいた。
「意味もなくそんなことして! カジッチュが、かわいそうだぞ!」
ホップが一歩前に出て叫ぶ。握りしめた拳が小刻みに震えていた。
「意味ならある。俺たちは珍しい――」
「ちょっと! いらないこと言わないで!」
女が慌てたように男の口を塞ぐ。
その言葉の端に、私は違和感を覚えた。
……珍しい?
何かを、探している……?
「おっと、そうだな」
男がニヤリと笑みを浮かべ、急に声の調子を変える。
「……ガキが、ネオプラズマ団に逆らってもいいと思ってるのか?」
その一言で、場の空気が凍りついた。
プラズマ団――
聞き覚えのある名だった。確か、イッシュ地方で……。
ポケモンを“解放する”だの、“真の自由”だのと言っては、各地で事件を起こした悪の組織――その残党?
ホップが眉をひそめ、私の隣で歯を食いしばった。
「ユウリ……」
「ホップ、止めよう。こんなこと、絶対に許しちゃいけない!」
私の声は自然と熱を帯びていた。
怒りだけじゃない。悲しさでもない。
ポケモンが踏みにじられることへの、理不尽への――拒絶。
「おう! ユウリ……オマエ、やっぱり力強いぞ!」
ホップが笑う。けれどその目は真剣だった。
同じ想いで、同じ怒りで、彼も立っている。
二人がモンスターボールを構えるのと同時に、黒ずくめたちも腰からそれを取り出した。
私たちは、一歩も引かずに睨み返す。
――私のパートナーは、インテレオン。
――ホップの相棒は、ウッウ。
ネオプラズマ団が放ったのは、ズルッグとヤブクロン。
汚れた空気をまとうような、場違いな気配が辺りを包み込む。
砂がざわめき、風が草を裂くように吹き抜けた。
私は、インテレオンに目をやる。
彼は静かに、すっと私の前に立ち、スナイパーのように鋭く敵を見据えていた。
「インテレオン、《アクアブレイク》!」
その動きは、水の刃。
まっすぐに、無駄なく、迷いなく――光る一閃が闇を貫く。
この世界には、譲れないことがある。
誰に何と言われようと、守りたいものがある。
私たちはそのために、戦う。
ポケモンたちと、共に――!
◆
「……いないな」
腰を落として、じっと草むらを睨む。
色違いのヒトモシ。今日はそれだけが目的だった。
だが、気配はない。風は静かで、草の香りだけが鼻をくすぐる。
まあ、そう簡単に出てくるわけもないか。
隣では、ラヴィ――白いエンニュートが、しっぽをゆらゆらと揺らしながら草むらを覗き込んでいた。
尻尾の動きがやたらとご機嫌そうだ。
「ラヴィ、そっちに何か……」
一応声をかける。
だがラヴィが鼻先で突いていたのは――ピンク色のカラナクシだった。
「……ただのカラナクシか」
ため息混じりに呟くと、ラヴィはふしゅ、と短く鳴きながら、なおもそのカラナクシを突っついている。
本人なりに成果をアピールしているつもりなのか、どこか誇らしげだった。
「それは違うよ。色違いじゃなくて、雄と雌で色が違うだけ」
カラナクシは性別で姿が変わる。ゲーム的にはややこしい分類だ。
ラヴィは一瞬だけこちらを見て――でもすぐにまた、草の奥に顔を突っ込む。
……話、通じてないな。
しばらく見ていると、ラヴィはピンクと青のカラナクシを次々と引っ張り出しては、俺の前に並べ始めた。
まるで「どう? こんなに捕まえたよ」と言わんばかりだ。
その様子が妙に一生懸命で、つい口元が緩んでしまう。
本気で間違ってるけど、頑張ってる感だけはすごい。
「……ラヴィ、それじゃダメなんだけどな」
言っても、ラヴィは気にするそぶりもなく、尻尾をくるんと巻いて小さくひと鳴き。
そのまま草むらに突進していった。
どうやら、カラナクシ探しに完全にスイッチが入ったらしい。
次から次へと見つけては咥え、持ってきて、地面に置く。
集めたカラナクシは、気づけば五匹。青もピンクも揃ってる。
ラヴィはそれらを前に、誇らしげに尻尾を立てた。
「……うん、まあ、すごいけどさ。違うんだよ」
そう言いながらも、視線は自然とラヴィに引き寄せられる。
ふだんは強気でプライドの高いラヴィが、こうして一生懸命に手伝おうとしてくれるのは、少し珍しい。
たとえ方向が完全にズレていても――その気持ちは、どこか嬉しい。
俺がそう思っていることに、ラヴィは気づいているのかいないのか。
満足そうに尻尾を揺らしながら、また草むらに潜っていった。
……色違い探しは、たぶん、今日も空振りだろう。
でも、この無駄みたいな時間が、なぜか悪くなかった。