俺は一気に路地裏へと飛び込んだ。
背後から聞こえるソニアの呼び声が、耳に突き刺さる。
振り返ったら、どうしても色んなことを話してしまいそうだ。いや、絶対話しちゃダメだ。
なんだか、頭がクラクラしてきた。
ソニアの顔がちらつく。無邪気に首をかしげて、何でもないように聞いてくるあの表情。
でも、あれだけは絶対に、絶対に言ってはいけない。
ムゲンダイナ。
その言葉が俺の口から漏れた瞬間、全てが終わる気がした。
なんでこんなにあっさり、言ってしまったんだろう。
ソニアがどんな反応をするかは、分かりきっている。彼女の好奇心を刺激し、調べ始める。
それは――もう手が付けられない事態を招くに決まっている。
ふぅ、俺は一度、息を吐き出した。
うまく息を整えなきゃ、いけない。心臓が早鐘のように打ち続けて、手に汗がにじむ。
ラヴィも俺の緊張を察してか、腕から離れて地面に降り立ち、しっぽを小さく振りながら、足元にピタリと寄り添ってきた。
それが、少しだけ気持ちを落ち着けてくれる。
お前、ほんとにいい奴だな、ラヴィ。
足元のラヴィが安心させてくれるように見つめてくる。その目に、少し胸が痛む。
どうしてこんなことになったんだろう。どうしてムゲンダイナのことを、あんな簡単に言ってしまったんだ。
そして、その後ろでゆっくりと迫る未来の不安が、頭を重くしていく。
「本編終了まで、大人しくしておこう。」
自分に言い聞かせるように、また息を吐く。
ラヴィは、ただ無邪気に足元で丸まっている。
でも、俺の心の中で繰り返されるのは、「ムゲンダイナ」のことばかり。
心の中でぐるぐると回り続ける。
その時、
背後、何かの気配がする。
「K様」
低い声。その一言だけで、背筋がピンと伸びた。
思わず、全身に緊張が走る。まるで影が俺を包み込むかのように、背後の空気がひんやりと変わった。
ゆっくり振り返ると、そこには黒を基調とした服装に身を包んだ、三人の長い白髪の男たちが、影のように立っていた。
その姿勢、まるで闇に溶け込むかのように静かで、ただ佇んでいるだけで一種の威圧感を与えてくる。
「……誰?」
心の中で、疑問が浮かぶ。こんな連中、見覚えがない。
眉をひそめ、警戒心を決して解かないように視線を向ける。
だが、その一人が俺に向かって、何かを差し出してきた。それを見て、すぐに目が止まる。
――ひかるおまもり。
その瞬間、理解が遅れて脳内で回転がかかる。
ポケモンに出会う確率を3倍に引き上げるという、不思議なお守り。
……あれ?何で俺に?
「これは?」
言葉がそのまま口から出てしまった。
「気に入っていただけましたかな?」
その声、聞き覚えがある。今すぐにでも思い出せそうなのに、すぐにピンとこなかった。
あ、――ゲーチス(仮)だ。
なるほど、これで合点がいった。
ということは、この三人はダークトリニティのコスプレ? まさかのプラズマ団ごっこガチ勢かよ。
完成度たけーなオイ。こんなに本格的にやるもんかね?
まぁ、悪の組織ってなんか憧れるよね。ロケット団にギンガ団、どこか心の中で「そのうち自分も…」っていう時期が誰しもあるもんだ。
彼らもそういうお年頃なんだろうな。オタク魂が溢れてて、見てて少し微笑ましい。
それより、問題はこれだ。
「これ…」
男の一人が手にしたものを差し出してきた――ひかるおまもり。
「えぇ、王たるアナタには必要なものかと思いまして」
王?え?俺がNって設定なの?なんで?俺もプラズマ団ごっこしないとダメなの?
まぁ、いいか。男の子なら、誰だって一度はNみたいなセリフを言ってみたくなるもんだろう。
無意識に少しワクワクして、ついつい自分の中の「N」ムーブが発動。
帽子を少し直して、両手を広げてみる。まるで何か壮大な舞台に立つかのような感覚。
「素晴らしいよ。これでボクの理想の世界へと一歩近づいた。」
おぉ、なんかそれっぽく言えたんじゃないか? 自分でもびっくりするくらい上手くいった気がする。
心の中でニヤリと笑みがこぼれるのがわかる。今のセリフ、結構自分にしっくりきた。
「フフフ、ですが一つお伝えしておくこともあります…」
ゲーチス(仮)がなにか言ってるがそれどころじゃない
と、いうか、Nの真似をして話すと、すごいスラスラ言葉が出てくるじゃん。
やべ、もしかしてこれがコミュ症の解決法だったりして? 無駄に自信が出てきたぞ。俺、意外と行けるのかも?
「いかように処分を?」
ゲーチス(仮)が興味深げに尋ねてくる。いや、ちょっと待って、今、何の話だっけ?
あ、そうだ、さっきの処分って、ひかるおまもりのことか。
処分なんて……ダメだ。そんなもったいないことをできるわけがないだろ。
「ボクがもらうよ。処分なんてもったいない。利用価値はいくらでもあるからね」
どうだろう、この返し。Nみたいに聞こえるかな?
四人は目を見開き、驚きと感心の入り混じった表情をしている。
「ほぉ、王自ら……!!そして利用する!なるほど!」
ゲーチス(仮)が驚いたように言う。まじか、この反応、予想以上に面白い。
やべぇ、話せるの嬉しすぎる。何か急に自分に自信が湧いてきた!これでユウリやホップとも、ちゃんとコミュニケーションが取れるはず。
やったー!
心の中でガッツポーズを決める。
なんかこれ、思ってたよりも楽しんでる自分がいる。
「フハハハハハ!」
ゲーチス(仮)がまた高笑いし始めた。その声がうるさい。
けど、まぁ気にしない。俺のテンションは上がりっぱなしだ。
でも、そろそろお開きかな。
どうせもう用は済んだし、次に行こう。
プラズマ団ごっこの連中をそのまま残して、俺はその場を離れる。
まるでNのように優雅に、颯爽と。
◆
この男、名前をカケルというらしい。
そして、これはワタクシからのプレゼント。
ひかるおまもり。
特別なポケモンに出会えるように願いが込められているそうだ。
信じがたい代物だが、この青年に贈るものはこれが一番だろう。
「気に入っていただけましたかな?」
その言葉と共に、彼の手に渡るおまもり。
受け取った彼は、それをしばらく見つめていた。
その視線の先に、彼の思考が見え隠れするような気がした。
まずは、彼の信用を勝ち取る。話はそれからだ。
「これ…」
彼は低くつぶやく。
その声が少し震えていたようにも感じたが、それに深く踏み込むことはしない。
重要なのは、これが始まりであり、次のステップへ進むことなのだ。
「えぇ、王たるアナタには必要なものかと思いまして」
冷静に、しかし確信を込めて言い放つ。
彼がどんな反応を示すか――その表情をしっかりと観察する。
不安や疑念がないか、そして、そこに潜む野心が見えないか。
興味深げに、彼の表情が変わっていくのを感じる。
その一瞬が、あたかも決定的な瞬間であるかのように。
そして、彼の目が変わる。
曇っていた瞳が、さらに深く濁るのを見た。
それはまるで――自分を見失ったような、深い闇に飲まれるような目。
そして、次の瞬間、彼は両手を広げてその場に立った。
その表情は、今まで見たことのないものだった。
不自然に笑っているふりだ。
だが、まるで深淵を覗いたような感覚。
この青年、ただの青年ではない。
その瞳の奥には、何かが潜んでいる。
それは確かだ。
「素晴らしいよ。これでボクの理想の世界へと一歩近づいた。」
その言葉と共に、微笑んでいるふりをする男。
少しの違和感が、確信へと変わる。
そして、彼の言葉の裏側にあるものが見えた気がした。
不自然な微笑みを浮かべながら、私は彼を見つめた。
彼の言葉、行動すべてに、私の計画が絡んでいる。
無意識に彼が踏み出した一歩が、私にとっては計算通りの一歩だと感じた。
だが、これで終わりではない。
ここからが本番だ。
“王たるアナタ”と呼び、彼を手に入れたようとは思ってはいけない。
まだ、彼を完全に手中に収めるには時間がかかる。
「フフフ、ですが一つお伝えしておくこともあります。」
言葉を切り、少し間をおく。
「無名の少年少女が我らの尊き行いの邪魔をしたと報告がありました」
その言葉を放った瞬間、男の反応が変わるのを感じた。
一瞬、彼の瞳に微かな動揺が走った。
あぁ、やはり。この男もまた、何かを隠している。
そして、私はさらに問いを続ける。
「いかように処分を?」
彼がどんな反応を示すのか、彼の心がどれだけひび割れるか、それを知るのも重要だ。
だが、それだけではない。
無名の少年少女が計画を台無しにしたことを、彼が知った今、この先の展開が楽しみだ。
彼は少し考え込むようにして、口を開く。
「ボクがもらうよ。処分なんてもったいない。利用価値はいくらでもあるからね」
その言葉に、私は一瞬、言葉を失った。
驚きが込み上げてくる。
「ほぉ、王自ら…!!そして利用する!なるほど!」
なるほど、これは予想外の展開だ。
彼は、ただの敵として排除するのではなく、完全に味方に引き込む気だろうか。
そんな発想、思いつきもしなかった。
だが、この男なら――
「フハハハハハハ!」
我慢できずに、高笑いがこぼれた。
完璧だ。全てが。
彼の力を借りることで、私の計画が一気に加速する。
この男、カケルの存在は、間違いなく大きな役割を果たすだろう。
そして、彼と私の理想の世界は、確実に近づいた。