ラテラルタウンのジムチャレンジ――
ジムリーダー・サイトウさんのポケモンたちは、本当に強かった。
かくとうタイプ特有の勢いと力強さ。
インテレオンのスピードと遠距離攻撃を駆使して何とかバッジを勝ち取った時、私はほっと息をついた。
けれど同時に、不思議と嬉しかった。あの人たちのポケモンには、どこか“覚悟”みたいなものがあって。
私も、もっと強くなりたいって、そう思った。
チャレンジを終えたあとは、ソニアさんと合流して、街の奥にある遺跡を訪れた。
薄曇りの空の下、静かにそびえる石段を、一歩ずつ上がっていく。
足音が石を打つたびに、なぜか胸の奥がざわめいた。
そして――階段を上りきったその先。
そこに在ったのは、大きな、大きな石像だった。
二人の英雄の姿。
そして、その隣に寄り添うように佇む、二匹のポケモンの像。
片方は剣を、もう片方は盾をその身に宿している。
……まるで、ポケモン自身が武器を携え、人間と共に戦っていたみたい。
そんな物語を感じさせる、不思議な佇まいだった。
私は思わず、その場に立ち尽くす。
剣と盾。それぞれの力。
でも、それだけじゃなくて――
どこか寂しげで、誇らしげで、優しい目をしていた。
「……こんな場所、あったんだ」
誰にともなく呟いた声が、遺跡の空気に吸い込まれていく。
ソニアさんは隣でタブレットを操作しながらも、ちらりと私を見て笑った。
「この遺跡には、まだまだ謎が多いのよ。
もしかしたら、今の伝説とは違う“真実”が眠ってるのかもね」
――真実。
私はもう一度、石像を見上げた。
「……英雄は、二人?」
思わず、声が漏れた。
スボミーインで見た英雄の像は、たしか一人だったはずだ。なのに、ここには二人。何かが違う。
「そうなんだよ!」
隣で、ソニアさんが勢いよくうなずいた。
「英雄は二人って言われてるんだけどね。だとするとさ、なんでスボミーインの像は一人だったんだろうって、ずっと気になってて」
空を仰ぎ見る彼女の横顔は真剣で、どこか楽しそうでもある。
私は再び像に目を向けた。石に刻まれた剣と盾。凛々しいポケモンの姿。
英雄とされていたのは――本当に、人間だったんだろうか?
「もしかして……災厄を追い払ったのって、人間じゃなくて、ポケモンなんじゃない?」
そう口にすると、ソニアさんがぱちりと瞬きをして、それからパッと表情を明るくした。
「だと、思う!」
嬉しそうにそう言ってから、彼女は両手を腰にあてて続ける。
「いつしか剣とポケモン、そして盾とポケモンが同じものとして扱われて、姿を消した……歴史の影に、ね」
まるでパズルのピースが少しずつ揃っていくように、断片だった情報が形になっていく。
けれど、まだ霧の中。きっとその先に、本当の真実がある。
「そして……空を覆う黒い渦……災厄……あ!!」
ソニアさんが突然、声を上げた。
私はびっくりして、思わず一歩下がる。
「ど、どうしたの?」
「そういえば……カケル君がね!」
その名前を聞いて、私は首をかしげた。
カケルさん。いつもどこかつかみどころのない、不思議な雰囲気の人。
「ムゲンダイナって言ってたんだけど……ユウリ、何か知ってる?」
「ムゲンダイナ……?」
声に出してみる。けれど、記憶に引っかかるものはなかった。
ポケモンの名前? 聞いたことがない。
私はそっと首を横に振った。
「そっかー……なんかね、気になるんだよね。響きとか、言い方とか……」
ソニアさんは少し首を傾げ、そしてすぐに笑った。
「ま、こっちでちゃんと調べてみるよ。きみはジムチャレンジ頑張って! 次はアラベスクタウンだったよね」
「うん。ちょっと特訓してから向かうつもり」
そう返して、私はソニアさんと別れた。
彼女は軽く手を振りながら街のほうへ戻っていく。
私はしばらく、遺跡の前に立ち尽くしていた。
ムゲンダイナ――
その言葉が、心の中に静かに残っている。
まるで何か、大きなものの前触れのような、そんな重たさを感じさせる名前。
……今度、カケルさんに聞いてみよう。
何気ないふりで、さりげなく。
彼が、それをどう口にするのか。
それだけで、少しだけ分かることがあるかもしれないから。
私はもう一度、像を見上げてから、静かにその場を後にした。
◇
ルミナスメイズの森。
アラベスクのジムチャレンジに挑むには、この幻想の森を抜けなければならない。
青白く揺れる光が木々の間を彷徨い、ふわりと空気を撫でるように漂っている。
辺り一面が夢の中みたいに静かで、どこか現実離れしていた。
……けれど、その静寂を切り裂くように、鋭い怒声が響いた。
「アンタたち、いい加減にしなさい! プラズマ団!! ガラルまで来て、今度は何を企んでいるんですか!?」
思わず足を止める。
胸の奥がヒュッと縮こまったのがわかった。
声の主は、黒いスーツに身を包んだ女性――。
肩まで伸びた淡い紫の髪が、森の風にさらさらと揺れている。
その眼差しは鋭く、まるで相手の心の奥まで見透かすような冷たさがあった。
スーツの女性の正面に立っていたのは、黒ずくめの装束に身を包んだ二人組。
……あの時、カジッチュをいじめていた連中だ。
ネオプラズマ団――そう名乗っていた。
「はっ、勘違いしないでくれる? 別に企んでなんかいないわよ」
女の団員が、鼻で笑った。
その表情はどこか芝居がかっていて、薄暗い森の中では不気味なくらいに浮いて見える。
「そうそう。ただちょっと、情報収集してただけっての。こっちのやり方に文句つけんなよ」
男のほうが肩を揺らして笑い、挑発的な声を上げる。
「それが“情報収集”? ポケモンを痛めつけてまで得た情報に、いったい何の価値があるっていうんですか!」
スーツの女性――は一歩踏み出し、鋭く声を上げた。
その言葉の奥に、怒りだけでなく、過去に刻まれた深い痛みのようなものが滲んでいた。
……やばい。
このままじゃ、戦いになる!
私は反射的に体を前に出した。
スーツの女性とプラズマ団の間に割って入り、両手を大きく広げて叫ぶ。
「やめて! またポケモンをいじめてるの!? そんなの、絶対におかしいよ!」
スーツの女性がわずかに目を見開き、私の方を見る。
だが、その表情はすぐに険しさを取り戻し、再び相手を睨みつける。
「……危険です。あなたは下がってください」
「でも……!」
その瞬間、プラズマ団の男が私に気づいた。
「あ? おいおい、あの時のガキかよ。へへっ、今度こそ後悔させてやるぜ」
「ゲーチス様は“手を出すな”って言ってたけど……」
「関係ねぇよな。ここでやっちまえばバレねぇって!」
二人はモンスターボールを取り出し、ほとんど同時に指を弾いた。
放たれた光の中から現れたのは、見覚えのある二匹――ズルッグとヤブクロン。
「こらしめてやるから、覚悟しとけ!」
私もすぐさまモンスターボールを取り出し、強く叫ぶ。
「出てきて、インテレオン!」
鮮やかな蒼の光が地面を照らし、スラリとした細身のシルエットがその中に立ち現れる。
インテレオンはクールな瞳で敵を一瞥し、無言のまま指先をわずかに動かした。
その仕草ひとつが、すでに構えを意味していた。
「……あなたは……? いえ、感謝します」
隣でスーツの女性が静かに言葉を漏らした。
表情にはまだ戸惑いが残っていたが、すぐに目の奥に強い意志が宿る。
彼女はモンスターボールを投げた。
重く沈んだ着地音とともに、大地を揺らすようにカビゴンが現れる。
その巨体が風を遮り、頼もしさを背中から感じる。
並んで立つ私とスーツの女性。そして、カビゴンとインテレオン。
「ポケモンを、道具みたいに扱わないで!」
私は声を張った。
胸の奥が、ぐっと熱くなる。怒りと、守りたいという想いと。
何が目的かなんて知らない。けど――
目の前でポケモンが苦しむようなことを、私は絶対に許さない!