チャンピオン?知らん。色違いがほしい   作:ヨリヨリ

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昨日、ユウリからメールが届いた。

内容は

『ナックルシティで待っててほしい』

というもの。

要件までは書かれていなかったが、何か話があるのだろう。

 

……それよりも問題は、昨日のスパイス全入れカレーである。

 

ラヴィは嬉しそうにぺろぺろ舐めていたが、俺には刺激が強すぎた。

その場ではなんとか平然を装って食べきったものの、

朝から腹部に異変が――いや、明確な警告音が鳴っている。

 

「……う、ぐっ……これは……効果抜群……」

 

胃に、直撃。

ポケモンならひるみ確定レベルの超威力だ。

思わずしゃがみ込みそうになる腰を、意志で押しとどめる。

 

やばい、ユウリが来る前にトイレに……

 

と、思った矢先。

 

「カケルさーん!」

 

……来た。

 

どうしてこう、タイミングというものは狙ったかのように悪いのだろうか。

逃げるという選択肢はない――いや、あったとしても、今この状況では動いたら負けだ。

だから俺は決意した。腹痛ごと気合でねじ伏せる。

 

 

そして――

先日、俺が独自に編み出したコミュニケーション改善メソッド。

その名も、

 

《N式コミュニケーション理論》

 

落ち着け……俺はN……俺はNだ……

 

そう、自分に暗示をかける。

感情を殺し、言葉に熱を乗せず、ひたすらに静かで理性的な態度を演じる。

どんな動揺も、痛みも、表情に出さない。

 

――理想の対話は、常に“無表情な演説口調”から始まる。

 

この数日、俺はこの技術を夜のテントの中で、小さな鏡に向かって修行してきた。

誰にも悟られず、人と会話ができるように。

誰にも怖がられず、嫌われず、心の距離を詰めないまま、必要な情報だけを交換するために。

 

そして今、ついにその成果を実戦投入する時が来た。

 

……胃が痛い。

さっきからずっと、胃がメガドレインされてるみたいに痛い。

だけど、心で乗り越えるんだ。

俺はN。冷静で理知的な、異彩のトレーナー……のつもりなんだ。

 

だから、開いた口から出す言葉も――

 

「……ああ、久しぶりだね、ユウリ。ボクになにか用があるみたいだけど、なにかな」

 

――完璧だ。

 

声は抑揚なく、柔らかく、それでいてどこか芝居がかった演説調。

まさにN。これは……Nだ。

俺史上、最高傑作のNだった。

 

胃は燃えるように痛んでいたが、言葉の表面には一切出していない。

――プロだ。コミュニケーションのプロがここにいる。

 

これが、《俺式:N式コミュニケーション理》の極致。

演技で乗り切る、超理性的対話術。。

 

――しかし。

 

「……え?」

ユウリは、なぜか戸惑ったように眉をひそめた。

 

まるで、自分の知っているカケルと違うものでも見たように。

いや、見えていたのかもしれない。

腹痛と意識集中の結果、顔が青ざめていたり、額に汗が滲んでいたりしたのかもしれない。

Nどころか、ナッシーくらいの存在感しか出てなかったかもしれない。

 

 

 

ユウリの隣に立っていたのは、見覚えのある人物だった。

 

黒のスーツに身を包んだ、落ち着いた雰囲気の大人の女性。

真っ直ぐにこちらを見つめる鋭い目元が印象的で、すぐに名前が浮かんだ。

 

(あれ……あれって、まさか)

 

――リラさん。

 

ゲームで見たまんまだった。いや、現実に立ってる。

ユウリが連れてきたということは、今回の用件は彼女のほうか。

 

「はじめまして、私は国際警察所属のリラと申します。少し、お尋ねしたいことがありまして」

 

そう話す彼女は、丁寧で落ち着いた声音だった。

それにしても、本物のリラに話しかけられる日が来るとは。

 

俺は咄嗟に姿勢を正す。

トイレのことは、一旦、忘れよう。いや、忘れたい。忘れさせてくれ。

 

「ボクの名前はカケル。ボクに答えられることなら、なんだって答えるよ」

 

Nを意識した穏やかな笑顔を作る。

胃が、しくしくと抗議してくるのを、奥歯を噛んで耐える。

 

リラさんはぺこりとお辞儀をして、一歩踏み出す。

 

「ありがとうございます。では、単刀直入に申しあげます――」

 

「待って! リラさん!!」

 

――突然、ユウリの大声が響いた。

 

空気が凍った。胃もきゅっとなった。

あ、やばい。これはやばいやつだ。

声に驚いた拍子に、腹の中で波がひときわ大きく渦巻いた。

 

「違う! 違うの!!」

 

ユウリが顔を赤くして叫ぶ。何が違うのかわからないが、明らかに動揺している。

こちらも同じくらい動揺しているが、理由が違う。

 

まずい……ほんとにまずい……!

 

俺は小さく後ずさった。

身体の奥で爆発寸前のマグマがうごめいている。

このままではすべてが終わる。色んな意味で終わる。

 

その時だった。

 

「……K様」

 

低い声がすぐ近くで響いた。

 

え?

 

目の前に、三人組の黒ずくめが突如として現れる。

片手を胸に――完全に悪の組織の演出だ。

でも、なぜかその存在に、俺は救いの光を見た。

 

ダークトリニティ……!?のコスプレ!?

 

もしかして、俺の腹の状態を察して? まさか、トイレに連れてってくれるのか?

 

「……助かる」

 

そのまま俺は、リラとユウリのほうを振り返り、穏やかに微笑んだ。

 

「残念だけど、ボクにはやるべきことがあるみたいだ。お話はまた今度にしよう」

 

できる限り、Nっぽく、理知的に。

 

リラは一瞬だけ不思議そうに目を細め、

ユウリはというと、なぜか今にも泣きそうな顔になっていた。

 

……え、俺、なんか変なこと言った?

 

そう思う間もなく、ダークトリニティの手が俺の肩に触れた瞬間、視界が暗転する。

 

瞬間移動――ではなく、ただの煙幕か、はたまた特殊な道具か。

とにかく、気がつけば森の中。しかも、どこだここ。

 

おい……ちょっと待て。どこ連れてきてんの、ダークトリニティさん!?

 

あの、トイレは……?

 

背筋を冷や汗が伝う。

腹はもう限界突破を迎えようとしていた。

 

「頼む……せめて……トイレだけは……!」

 

世界が動く裏で、ひとりの少年が、

ひたすらトイレを求めて森を彷徨うことになるとは――

このとき、誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

アラベスクのジムチャレンジを終えた私は、リラさんと並んでナックルシティを目指していた。

静かな道を、二人きりで。森を抜け、丘を越えて、広がる草原を進んでいく。

 

その道中、リラさんとはたくさん話した。

彼女の口数は決して多くはないけれど、質問すればきちんと答えてくれるし、

話を遮らず、丁寧に聞いてくれる。

 

それが嬉しくて、私はジムチャレンジのことや、カレーの失敗談なんかも笑って話した。

途中、一度だけバトルもした。

軽く手合わせを――というつもりだったのに、気づけば私は本気になっていて。

でも、リラさんはどこか「まだ余裕がある」ように見えた。

 

……この人、やっぱりすごい人だ。

 

そう思っていた時だった。

 

「そういえば、ユウリさん」

 

ふと、リラさんがこちらを向いた。

 

「ん?」

 

「カケルさんは……どういった方なんですか?」

 

その問いに、私はちょっとだけ考え込む。

 

どういった――って、うまく言えないけど。

でも、真っ先に浮かんだ言葉がある。

 

「うーん……不思議な人? 皆は『接しづらい』って言うけど、私は――」

 

そう言いかけて、思わず笑みがこぼれる。

 

「優しい人、だと思うな」

 

リラさんはふむ、と軽く頷いて、また静かに歩き始めた。

 

やがて、ナックルシティの石畳が視界に入りはじめる。

空の雲が風に流れ、遠くに時計塔の影が見えた――

その手前に、一人の人影が立っているのが見えた。

 

「あっ、いた! カケルさーん!」

 

私は思わず声を上げ、小走りで駆け寄る。

 

数日ぶりに会う。少しそっけないけど、なんだかんだでちゃんと話を聞いてくれる人。

だから、ジムチャレンジの話を聞いてほしくて。

特訓の話も、あとちょっと、甘えてみたくて――

 

でも。

 

「……ああ、久しぶりだね、ユウリ。ボクになにか用があるみたいだけど、なにかな」

 

声は、間違いなくカケルさんのものだった。

でも。

 

(――誰?)

 

そう思ってしまった。

心の奥がざわついた。

 

表情は笑っている。けれど、目が笑っていない。

あの人の声はこんなに乾いていただろうか。

口調はいつも通りのようでいて、どこか無理をしているように感じた。

 

なにより――

 

「……え?」

 

言葉が、こぼれた。

 

目の前の人がカケルさんだというのに、

私は、まるで“別の誰か”と向き合っているような、

そんな妙な違和感に、立ちすくんでしまっていた。

 

時間が、止まったように感じた。

 

私の知っているカケルさんは――

もっと、ぼんやりしていて。

もっと、曖昧で、でも時々、急に鋭いことを言う。

 

……こんなに、“他人”みたいな目をしていたっけ?

 

 

 

「はじめまして、私は国際警察所属のリラと申します。少し、お尋ねしたいことがありまして」

 

そう語るリラさんの声は、落ち着いていて澄んでいた。

どこか芯のある、静かな強さを秘めた声音――まるで戦う覚悟を言葉にしたような。

 

けれど、私はそれどころではなかった。

隣に立つ“彼”――カケルさんが、ゆっくりと口を開いた瞬間。

 

「ボクの名前はカケル。ボクに答えられることなら、なんだって答えるよ」

 

……ボク?

 

まるで劇のセリフみたいな、整った口調。

その唇には薄く笑みが貼りついていた。

けれど、目は笑っていなかった。

 

いや、それ以前に――その人は、まるで“仮面”を被っているようだった。

 

胸の奥に、冷たいものが落ちる。

 

「……っ」

 

吐き気がした。

 

違う。

違う。

違う――誰? この人、誰なの?

 

私の知ってるカケルさんは、

もっと曖昧で、どこか眠そうで、急に鋭くなったりするけど――

でも、こんなふうに、丁寧すぎる言葉遣いなんてしない。

自分のこと、「ボク」なんて言わない。

 

――この人は、カケルさんじゃない!

 

その瞬間、リラさんが一歩踏み出そうとした。

 

「ありがとうございます。では、単刀直入に申しあげます――」

 

違う! 違うのに!

 

「待って! リラさん!!」

 

私は思わず叫んでいた。

自分でもわからない衝動だった。

けれど、止めなきゃ――そうしなきゃいけない気がした。

喉が震えるほどの声だったのに、それでも足りないと思うほどに。

 

「違う! 違うの!!」

 

カケルさんじゃない!

あの人は、どこかに置き去りにされて、今ここにいるのは“偽物”――

 

私が叫んだその瞬間だった。

 

“彼”が一歩、後ずさった。

 

そして。

 

視界が揺れた。

 

影のように、黒ずくめの三人組が目の前に現れた。

あまりにも自然に、あまりにも唐突に。

 

その姿は、まるで“彼”を庇うように。

 

私は思わず息を呑む。

 

「残念だけど、ボクにはやるべきことがあるみたいだ。お話はまた今度にしよう」

 

……その口ぶり。

柔らかな笑みの裏に、何かを遮断するような冷たさ。

 

“彼”は、そのまま三人のうちの一人と共に、すうっと霧に消えるようにして姿を消した。

 

 

「アナタたちは……プラズマ団ですね!」

 

リラさんの声が、場の静寂を破るように響いた。

緊迫した気配が、空気を一気に張りつめさせる。

 

私は無意識に腰のモンスターボールに手を伸ばしていた。

 

「……来る!」

 

次の瞬間には、リラさんも私も、ボールを構えていた。

 

けれど、胸の中にはまだ残っていた。

 

あの人が言った“ボク”という言葉。

あの作り物のような笑顔。

そして、私の知っているカケルさんの姿。

 

――どうして?

 

その問いが、喉の奥で渦を巻いていた

 

 

 

 

 

 

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