プラズマ団の姿が完全に見えなくなってからも、ユウリはしばらくその場を動くことができなかった。
何度目かも分からないため息を吐く。
「……行っちゃった」
追いかけようとはした。
けれど、突然現れたプラズマ団の団員たちに進路を塞がれ、結局カケルの姿を見失ってしまった。幸い相手はそれほど強くなく、リラと二人で撃退することはできたものの、その間にカケルを連れていった三人組は何処かへ消えている。
「やっぱり追いかけようよ」
ユウリが振り返ると、リラは倒したプラズマ団員が残していった荷物を調べていた。何か手掛かりになりそうなものを探しているのだろう。
「カケル、あの人たちに連れていかれたんだよ? 早く見つけないと」
「気持ちは分かりますが、闇雲に探しても見つかる相手ではありません」
「でも……」
反論しようとしたユウリだったが、リラの表情を見て言葉を飲み込む。
心配していないわけではない。それどころか、先ほどから何度も周囲へ視線を走らせ、僅かな痕跡も見逃さないよう注意を払っている。
ただ、ユウリとは違って焦りを表に出していないだけだ。
「それに、確認しなければならないことが増えました」
リラが立ち上がる。
「カケルさんのこと?」
「それもあります」
拾い上げた小さな端末を手の中で確かめながら、リラは森の奥へ目を向けた。
「ですが、そもそもプラズマ団が何故ガラル地方で活動しているのか。それを調べる必要があります」
プラズマ団。
ポケモンを人間から解放するという思想を掲げ、イッシュ地方で大きな事件を起こした組織。
リラから話を聞いた限りでは、その組織はすでに壊滅したはずだった。
それなのに今、こうしてガラル地方に現れている。
「残党が集まっているだけ、じゃないの?」
「その可能性もあります。ただ、あれだけ統率された動きをしている以上、誰かが指揮を執っていると考えた方が自然でしょう」
ユウリの頭に、さっき見た三人組の姿が浮かぶ。
カケルを囲み、まるで迎えに来たかのように連れていった黒装束の男たち。
「……カケルがプラズマ団の仲間だって疑ってるの?」
「それはまだ分かりません」
リラは即座に否定したものの、その返答には僅かな間があった。
「少なくとも、彼らがカケルさんを“K様”と呼んでいたことは事実です」
「でも、それだけじゃん……」
「そうですね」
「カケルがプラズマ団の仲間なわけないよ」
今度はユウリが即答した。
迷いはなかった。
リラが静かにユウリを見る。
「随分と信用しているんですね」
「だってカケルだよ?」
それが理由になっているのか自分でも分からなかったが、ユウリにとっては十分だった。
いつも何を考えているのか分かりにくいし、話しかけても返ってくる言葉は少ない。突然よく分からない行動を取ることもある。
それでも、悪い人間ではない。
少なくともユウリはそう思っている。
「ポケモンのことになると変だけど…
プラズマ団と一緒に何か悪いことをするような人じゃないよ」
「……そうであることを願っています」
リラの言葉に、ユウリは僅かに眉を寄せた。
「信じてないの?」
「私は仕事として考えなければいけませんから」
穏やかな口調だった。
「カケルさん自身が望んで彼らと行動しているのか、それとも何か事情があるのか。それすら今は判断できません。だからこそ、あなたも注意してください」
「カケルに?」
「はい」
ユウリは納得できないという顔をしたものの、リラは続けた。
「何かあった場合、無理に一人で追いかけないこと。必ず私に連絡してください」
「……分かった」
返事こそしたが、ユウリの表情から不満は消えていない。
カケルに気を付けろと言われても、どう気を付ければいいのか分からない。
それよりも、次に会ったら聞きたいことが山ほどある。
「絶対、見つけるから」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
――眩しい。
照りつける太陽の下、海面がきらきらと光っている。
「いけー!」
「ブイーッ!」
小さな影が勢いよく波の上を滑っていった。
正確には、滑っているというより必死にしがみついている。
イーブイが乗っているのは、子供用の小さなサーフボードだ。
波に持ち上げられるたびに身体がふらつき、それでも落ちまいと四本の足で踏ん張っている。
「もっと速く!」
「ブイ!?」
「なみのりだ! なみのり!」
「ブイーッ!」
無茶を言っている自覚はあった。
それでもイーブイは応えようとしてくれる。
一際大きな波が来た瞬間、サーフボードごと大きく持ち上げられ、そのまま勢いよく岸へ向かって滑り始めた。
「おおっ!」
「ブイイイイイッ!?」
ものすごい勢いだった。
ボードは砂浜まで突っ込み、イーブイがころころと砂の上を転がっていく。
「ははははっ!」
「ブイッ!」
「すげえ! できたじゃん!」
「ブイブイ!」
駆け寄ると、イーブイは得意そうに胸を張った。
さっきまで必死な顔をしていたくせに、成功した途端これだ。
身体についた砂を払ってやり、そのまま抱き上げる。
「じゃあ次は、そらをとぶな!」
「……ブイ?」
イーブイの顔から笑顔が消えた。
「大丈夫、考えてあるから」
「ブイ……」
ものすごく嫌そうな顔をされた。
「できた!」
庭へ飛び出す。
待っていたイーブイの身体には、小さなハーネスがつけられていた。
そこから伸びる紐の先には、色とりどりの風船。
「これなら飛べる!」
「ブイ……?」
イーブイが空を見上げ、風船と俺を交互に見る。
「いけるって!」
「ブイ?」
「たぶん」
「ブイッ!?」
怒られた。
それでも風船を増やしていくと、やがてイーブイの身体が少しずつ地面から離れていった。
「おお!」
「ブ、ブイ!?」
「飛んだ! 本当に飛んだ!」
最初は足先が浮くだけだった。
けれど風に煽られると、イーブイの身体がふわりと持ち上がる。
「ブイイイッ!」
「すげえええ!」
イーブイは慌てた様子だが
それでも少しすると慣れてきたのか、空中で尻尾を振り始めた。
「そらをとぶできたな!」
「ブイ!」
自慢げに鳴く。
いや、お前ほとんど風船に運ばれてるだけなんだけど。
そんなことを言ったら怒りそうなので黙っておく。
「次は何しようか」
地面に降ろしてやると、イーブイはすぐに駆け寄ってきた。
「ブイ!」
「もっとすごいやつやろうな」
「ブイ!」
頭を撫でる。
柔らかい毛が指の間を抜けていく。
イーブイは気持ちよさそうに目を細めると、もっと撫でろとでも言うように頭を押しつけてきた。
「しょうがないなぁ」
「ブイ」
「明日は何しようか」
答えるように、イーブイが鳴いた。
すぐ近くで声がした気がした。
目を開く。
見慣れない天井があった。
「……あれ?」
一瞬、自分が何処にいるのか分からなかった。
隣からもう一度、小さな声が聞こえる。
「……ラヴィ?」
色違いのエンニュートがこちらを覗き込んでいた。
目が合うと、不思議そうに首を傾げる。
「夢……」
そこまで呟いたところで、胸の奥に妙な感覚が残っていることに気づいた。
懐かしいような、少し苦しいような。
「……イーブイ」
名前を口にした瞬間、胸の奥が少しだけ締めつけられた。
その感覚から逃げるように視線を動かすと、ラヴィがまだこちらを見ている。
「どうした?」
もちろん答えは返ってこない。
代わりに、ラヴィが身体を寄せてきた。
少しだけ迷ったあと、その身体へ腕を回す。
「……あったかいな」
突然抱きしめられたラヴィは、最初こそ何が起きたのか分からないように固まっていたが、やがて抵抗することなく身体の力を抜いた。
しばらくそのままでいる。
夢の中で触れた柔らかい毛とは全然違う。
身体の大きさも、温度も、匂いも違う。
それでも、不思議と落ち着いた。
「……よし」
腕を解く。
ラヴィがこちらを見る。
まだ少し不思議そうだ。
「さ、今日もいこう」
立ち上がる。
さっきまで胸の奥に残っていた妙な感覚は、無理やり押し込めることにした。
考えても仕方がない。
せっかくガラルまで来たのに、まだ色違いは全然集まっていないんだから。
「行こう、ラヴィ」
「ニュート!」
元気よく返事が返ってくる。
今日こそ見つける。
できれば二匹。
そんなことを考えながら、俺はラヴィと一緒に外へ出た。