ネズとのジム戦を終え、スパイクタウンを離れたユウリは、次の目的地であるナックルシティへ戻ってきていた。
これで手に入れたバッジは七つ。残るジムリーダーはキバナだけで、旅を始めた頃にはずっと先にあるように思えたチャンピオンカップも、今ではもう手の届くところまで近づいている。
本来なら、もっと浮かれていてもよかった。
ネズとのバトルは楽しかったし、手持ちのポケモンたちもまた強くなった。このままキバナにも勝てれば、いよいよチャンピオンカップへ進める。
それなのに、ナックルシティの大通りを歩くユウリの視線は、さっきからすれ違う人々の顔ばかり追っていた。
黒い髪の少年がいないか、その隣に白い身体のエンニュートがいないかと、無意識に探してしまう。
「……やっぱりいない」
小さく呟き、スマホロトムを取り出す。
何度確認しても、新しい連絡はなかった。
こちらから送ったメッセージにも返事はなく、電話をかけても繋がらない。最初のうちは、カケルのことだから何処かで色違い探しに夢中になっているだけなのだろうと思っていた。
けれど、それにしては長すぎる。
カケル本人はともかく、色違いのエンニュートを連れた少年なら目立つはずだった。少し前までは旅先で尋ねれば「ああ、見たよ」「白いエンニュートを連れていた子でしょう」と、何かしらの情報が返ってきていた。
それが最近は、ぱったりとなくなっている。
「ユウリ?」
聞き慣れた声に顔を上げると、向こうからホップが歩いてきていた。
「ホップ!」
「やっぱりユウリか! スパイクタウンはどうだった?」
「ネズさんには勝ったよ。バッジもちゃんともらった」
「さすがだな! だったら次はいよいよキバナさんか!」
いつもなら、そのままジムチャレンジの話を続けていたと思う。
けれど今のユウリには、それよりも聞きたいことがあった。
「ねえ、ホップ」
「ん?」
「最近、カケルさん見てない?」
ホップが目を瞬かせる。
「カケル兄ちゃん?」
「うん。色違いのエンニュートを連れてるから目立つと思うんだけど、最近ぜんぜん目撃情報がないの。連絡しても返事が来ないし」
「あー……」
ホップは腕を組み、記憶を辿るように少し考えたあと、ゆっくりと首を振った。
「そういや、俺も最近は見てないな。前はワイルドエリアで急に会ったりしたんだけど」
「やっぱり……」
ユウリの表情が曇る。
あの日、プラズマ団と一緒に姿を消して以来、一度も会えていない。
ダークトリニティと呼ばれる三人組に囲まれ、抵抗する様子もなくついていったカケルの姿が、今でも頭から離れなかった。
「何かあったのか?」
「……ちょっとね」
何処まで話すべきか一瞬迷ったが、ホップにすべてを話す必要はない。ユウリは、カケルが知らない人たちについていったまま連絡が取れなくなっていることだけを簡単に伝えた。
「だから、ちょっと心配で」
「そりゃ心配になるよな」
ホップも難しい顔をしながらスマホロトムを取り出す。
「俺からも連絡してみるよ。ユウリからの連絡に気づいてなくても、俺のなら見るかもしれないし」
「それ、どういう意味?」
「いや、深い意味はないって!」
ユウリがじろりと睨むと、ホップは笑いながらその場でメッセージを送った。
『カケル! 今どこにいるんだ? ユウリが探してるぞ!』
少し待ってみる。
当然のように返事は来なかった。
「まあ、すぐには返ってこないか」
「うん」
「でも見かけたら絶対連絡するからな」
「お願い」
「任せろ!」
いつものように元気よく答えたホップは、そのまま次の目的地へ向かって歩き出した。
ユウリはその背中が人混みの中へ消えるまで見送ってから、もう一度スマホロトムへ目を落とす。
相変わらず、カケルからの連絡はない。
「……どこにいるの」
誰に聞かせるでもなく呟いた、その直後だった。
スマホロトムが震える。
一瞬だけ、カケルからの返事かと思った。
けれど画面に表示されていた名前は違った。
「リラさん……?」
通話を繋ぐと、すぐに落ち着いた声が聞こえてくる。
『ユウリさん、今お話しできますか?』
「はい、大丈夫です」
『そうですか。それでは、少し長くなるかもしれませんが聞いてください』
その声音だけで、軽い話ではないことが分かった。
「何か分かったんですか?」
『プラズマ団について、いくつか動きが確認できました』
ユウリの表情から自然と笑みが消える。
『本来であれば、捜査中の情報を一般の方へ詳しくお話しするべきではありません』
リラはそこで一度言葉を切った。
『ただ、あなたはすでにこの件へ巻き込まれています。それに、現状ではカケルさんと接触する可能性が高いのもあなたでしょう。ですので、知っておいてもらった方がいいと判断しました』
「……カケルさんと関係あるんですか?」
『その点も含めて、まだ調査中です』
はっきりとした肯定でも否定でもなかった。
『まず、プラズマ団は現在、ガラル地方の複数の地域で“ねがいぼし”を集めています』
「ねがいぼし?」
『はい。ダイマックスバンドにも用いられている、あの鉱石です』
「どうしてプラズマ団がそんなものを?」
『当初は、ダイマックスそのものに興味を持っているのだと思っていました』
リラの声が少し低くなる。
『ですが、どうやら違うようです』
「違う?」
『彼らが調べているのは、ダイマックスという現象そのものではありません。その力が何処から来ているのか、つまりエネルギー源です』
「エネルギー源……」
ユウリは思わずその言葉を繰り返した。
『ねがいぼしから発生するエネルギーが何処から来ているのか、何故ガラル地方でのみダイマックスという現象が起こるのか。プラズマ団はそこを重点的に調べています』
「そんなことを調べて、何をするつもりなんですか?」
『それが分かれば苦労はしません』
リラは僅かに苦笑したようだったが、すぐに真面目な口調へ戻る。
『さらに、マクロコスモスの関連施設へ接触を試みた形跡も確認されました』
「マクロコスモスって……ローズ委員長の?」
『ええ』
ガラル最大級の企業、マクロコスモス。
その代表であり、ポケモンリーグの委員長でもあるローズが、ガラル地方の未来を見据えてエネルギー問題について研究していることはユウリも知っていた。
『ローズ委員長は、遠い未来にガラル地方が深刻なエネルギー不足へ陥る可能性を危惧しています。そのため、現在も新たなエネルギー源について様々な研究を続けているようです』
「じゃあ、プラズマ団はその研究を狙ってるってこと?」
『その可能性は高いでしょう』
そこでリラの声が少し慎重になる。
『ただし、現在公表されている研究だけがすべてとは限りません。マクロコスモスが、一般には知られていない何らかの巨大なエネルギー源について研究している可能性もあります』
「ものすごいエネルギーを生み出す何かがあるってこと?」
『あくまで可能性の話です。しかし、プラズマ団がそこまで執拗に調査している以上、何かしらの根拠を掴んでいるのでしょう』
ユウリはスマホロトムを握る手に力を込めた。
プラズマ団。
ねがいぼし。
ダイマックスエネルギー。
マクロコスモス。
頭の中で、それぞれ無関係だったはずのものが少しずつ繋がっていく。
そしてどうしても、その中に一人だけ浮かんでしまう人物がいた。
「リラさん」
『はい』
「それって……カケルと関係あるんですか?」
少しの沈黙があった。
『分かりません』
やがて、リラは慎重に答える。
『現時点で、カケルさんがプラズマ団の活動に直接関与していると断定できる証拠はありません』
「じゃあ――」
『ただ、気になる証言が出ています』
嫌な予感がした。
「証言?」
『確保したプラズマ団員に、何故ねがいぼしを集めているのか、何故ダイマックスエネルギーを調べているのかを尋ねました』
リラはそこで一度間を置いた。
『すると、複数の団員が同じことを話したんです』
ユウリは何も言えず、続きを待つ。
『――すべては“K様の望み”のために、と』
「…………」
頭の中に、あの日の光景が浮かんだ。
『K様』
そう呼びながらカケルの前へ現れた三人。
カケルを囲み、そのまま何処かへ連れていった。
そして今、プラズマ団は“K様の望み”のために、ガラル地方のエネルギーについて調べている。
「違う」
考えるより先に言葉が出た。
『ユウリさん?』
「違う! カケルさんは関係ない!」
自分でも驚くほど強い声だった。
「カケルさんがプラズマ団にねがいぼしを集めさせたり、ローズ委員長の研究を調べさせたりするわけない!」
『私も、カケルさんが直接そのような命令を出したと決めつけているわけではありません』
「だったら……!」
『ですが、“K様”と呼ばれていた人物がカケルさんだったことも事実です』
静かな言葉だった。
だからこそ、ユウリはすぐに反論できなかった。
『彼がプラズマ団に利用されているのかもしれません。本人の知らないところで名前だけ使われている可能性もありますし、何か事情があるのかもしれない』
「……」
『ただ、今の段階では何も分からない。だからこそ調べる必要があります』
リラの声に、カケルを疑って責めようという色はなかった。
あくまで分からないことを一つずつ確かめようとしているだけなのだと、ユウリにも理解できた。
『何度も言いますが、もしカケルさんを見つけても、一人で無理に追わないでください。まず私に連絡を』
「……分かりました」
『お願いします』
通話が終わる。
スマホロトムを下ろしても、ユウリはしばらくその場を動けなかった。
“K様の望み”。
何度考えても、カケルとそんな言葉が結びつかない。
カケルが何かを欲しがっている姿なら簡単に想像できる。
珍しいポケモンや色違いのポケモン。
それくらいしか、思いつかない。
「……絶対違う」
もう一度、小さく呟いた。
何が起きているのかは分からない。
それでも、カケルが自分の意思でプラズマ団を動かし、何か悪いことを企んでいるなんて信じられなかった。
「見つけて、ちゃんと聞かなきゃ」
今まで何処にいたのか。
どうして連絡を返してくれないのか。
K様とは一体何なのか。
全部、本人に聞けばいい。
きっとまた、こちらが拍子抜けするような答えを返してくる。
ユウリはそう信じながら、もう一度カケルの連絡先を開いた。