ヨロイ島へやって来てから、しばらく経った。
ガラル本土とは少し離れた場所にある島だけあって、生息しているポケモンも随分と違う。駅を出た直後から見たことのないポケモンがあちこちを歩き回っていて、最初の数日は移動するだけでも楽しかった。
海岸にはヤドンがのんびり寝転がり、湿地帯を歩けば見慣れないポケモンが草むらから顔を出す。洞窟へ入ればまた違う種類がいて、海へ目を向ければ水面を泳ぐポケモンの影まで見える。
ゲームで知っている場所のはずなのに、実際に自分の足で歩くと全然違った。
「ラヴィ、あそこ!」
少し離れた場所を歩いていたポケモンを指差すと、隣にいたラヴィもそちらへ顔を向ける。
「初めて見た!」
「ニュート」
まあ、初めて見るからといって色違いとは限らないんだけど。
残念ながら、ヨロイ島へ来てから新しい色違いにはまだ出会えていない。
探していないわけではない。それどころか、朝から晩まで探していると言ってもいいくらいなのに、そう簡単に見つかってくれないのが色違いだ。
それでも楽しい。
知らないポケモンを見つけて、そのたびに色を確認する。普通の色だったら次へ行き、また別のポケモンを探す。
単純だけど、それでいい。
「よし、次!」
草むらを抜けると、ラヴィも慣れた様子で後ろからついてくる。
最近は俺が何も言わなくても、一緒になって草むらを覗き込むようになった。本人が色違いというものを理解しているのかは分からないけれど、少なくとも俺が何を探しているのかは何となく察しているらしい。
「見つけたら教えてね」
「ニュート!」
「頼りにしてる」
胸を張ったラヴィの頭を撫で、そのまま次の草むらへ向かう。
本当ならスマホロトムで生息しているポケモンを調べたり、地図を確認したりしながら探した方が効率はいい。
ただ、今はそれができない。
「……スマホ」
ヨロイ島へ着いた翌日に気づいた。
家に忘れてきた。
たぶん机の上に置いたままだと思う。
一度取りに戻ることも考えたけれど、せっかくヨロイ島まで来たのに、そのためだけに本土へ戻るのも面倒だった。
連絡が取れないのは少し不便だけど、どうせ急ぎの用事なんてないだろう。
ユウリやホップはジムチャレンジで忙しいはずだし、ソニアも自分の旅をしている。
だったら問題ない。
「そんなことより色違いだ!」
「ニュート!」
ラヴィも元気よく返事をする。
次の草むらが見えてきた。
あそこには何がいるだろう。
まだ見たことのないポケモンがいるかもしれないし、もしかすると、その中に一匹くらい色の違うやつが混ざっているかもしれない。
そう思うだけで自然と足が速くなる。
「行くぞ、ラヴィ!」
俺たちは揃って草むらへ飛び込んだ。
「以上が、現時点までに判明した内容です」
薄暗い部屋の中央で、一人の男が頭を垂れている。
その正面に座るゲーチスは、手元へ差し出された資料へ静かに目を通していた。
「ねがいぼし……」
「はい。ガラル地方で確認される特殊な鉱石であり、ポケモンを巨大化させるダイマックスという現象と密接な関係があるようです」
ページをめくる。
ねがいぼし。
ダイマックス。
ワイルドエリアに現れる光の柱。
調査を進めれば進めるほど、最初は無関係に見えた事柄が一つの場所へ集まり始めていた。
「この鉱石は、マクロコスモスが大量に保有しております」
「マクロコスモス……ローズの会社でしたね」
「はっ」
ガラル地方でも最大規模の企業であり、ポケモンリーグの運営にも大きな影響力を持つ組織。
その代表を務めるローズは、ガラル地方の未来を憂い、遥か先に訪れるというエネルギー不足を解決するための研究を続けているらしい。
そこまでは公になっている情報だった。
問題は、その先だ。
「ローズはねがいぼしから得られるエネルギーについて、かなり以前から研究を続けています。ただ、調査した限りでは、公開されている研究内容だけでは説明のつかない動きも確認されました」
「ほう」
ゲーチスの目が細くなる。
「詳しく話しなさい」
「マクロコスモスが確保しているねがいぼしの量は、一般的なダイマックスバンドの製造や研究用途だけでは説明できません。また、ナックルシティ周辺の施設では極めて大規模なエネルギー設備が稼働している形跡があります」
「つまり、ローズは何かを隠していると?」
「可能性は高いかと」
男は一度言葉を切り、さらに別の資料を差し出した。
「そして、もう一点。これはまだ推測の域を出ませんが」
「構いません」
「ねがいぼしそのものがエネルギーを生み出しているのではなく、何らかの存在から発せられたエネルギーが鉱石へ宿っている可能性があります」
ゲーチスの手が止まった。
「何らかの存在?」
「はい。もしそうであるなら、ダイマックスを引き起こすほど莫大なエネルギーを生み出す存在が、このガラル地方のどこかにいることになります」
部屋に沈黙が落ちる。
ゲーチスは何も言わず、机に並べられた資料を見つめた。
光を放つねがいぼし。
ポケモンを巨大化させるエネルギー。
ガラル地方でのみ確認される特殊な現象。
そして、その根源に存在するかもしれない未知のポケモン。
そこまで考えた瞬間、頭の中に一人の少年の言葉が蘇った。
『光り輝く、珍しいポケモン』
王の座を差し出しても興味を示さず、それでも手に入れなければならないものがあると言った。
『できるなら、この地方にいるものは全部欲しい』
「……なるほど」
ゲーチスの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
ようやく理解した。
何故あの少年が、わざわざガラル地方まで足を運んだのか。
何故王という立場すら拒絶し、この土地に留まることを選んだのか。
「K様がお求めになっているものは、これです」
「……と、申しますと?」
「この未知なるポケモンですよ」
ゲーチスは資料の一点を指で叩く。
「ダイマックスという現象そのものに価値があるのではない。その根源に存在し、ガラル全土へ莫大なエネルギーを供給するほどの力を持つポケモン……K様は最初から、その存在をご存じだったのでしょう」
部下が息を呑んだ。
ゲーチスの中では、すでに疑念は確信へ変わりつつあった。
あの少年は、無知でも無欲でもない。
ただ、自分たちとは見ているものが違うのだ。
権力や名声などという小さなものではなく、もっと大きな力を求めている。
だからこそ、王の座を拒んだ。
「さすがです、K様」
感嘆するように呟きながらも、ゲーチスの瞳には冷たい光が宿っていた。
もっとも、それならば都合がいい。
当初、カケルを王に据えようと考えたのは、あの少年が持つ不思議な求心力を利用するためだった。
かつてNを王として掲げたように、人々を引きつける象徴が必要だった。
しかし、カケルは王の座を拒絶した。
ならば無理に座らせる必要はない。
まずは、彼が求めるものを与えればいい。
ガラル地方に眠る未知なるポケモン。
それを探し出し、自らの手で差し出す。
そうすれば、あの少年はこちらを信頼するだろう。
いずれは王の座すら受け入れるかもしれない。
そして、もしそのポケモンが本当に莫大なエネルギーを生み出す存在であるなら――。
「ふふ……」
利用価値は計り知れない。
カケルも。
そのポケモンも。
すべてを自分の計画へ組み込めばいい。
「マクロコスモスへの調査を継続しなさい。特にローズ本人の動向を重点的に」
「はっ」
「ねがいぼしの回収も続けるように。ただし、まだ目立つ動きは避けなさい。ローズにこちらの目的を悟られるのは面倒です」
「承知しました」
男が部屋を出ていく。
一人になったゲーチスは椅子へ深く腰掛け、もう一度資料へ視線を落とした。
「K様……あなたがそこまでして求めるポケモン、一体どれほどの力を秘めているのでしょうね」
期待するように笑う。