チャンピオン?知らん。色違いがほしい   作:ヨリヨリ

3 / 17
3

 

 

 

 

「カケルさん!バトルしよう!」

 

その声で、まぶたが微かに揺れた。

まだ早朝。朝露の残る芝生の上で、俺はヤトウモリと共に寝転がっていた。

 

 

んあ……?

 

まどろみの中で顔を上げると、

目の前には、目を輝かせたユウリが立っていた。

 

「ねえ、バトルしよう!」

 

 

……元気だな、主人公。

どこぞの決闘者か?

 

 

「うーん」

 

寝起きのまま声を漏らし、体を起こす。

膝の上で目を細めているヤトウモリが、欠伸のように口を開けた。

 

バトル、か。

 

だが――ユウリは“主人公”だ。

 

この世界の流れが、彼女に勝たせるようにできているのは、転生者の俺にはわかる。

そして、俺の手持ちは色違いのヤトウモリ一匹。まだ進化もしていない。

 

……無駄じゃない?

今、戦ったところで何も得られない。

 

 

「また今度ね」

 

 

それでも、伝え方には気をつけた。

きっぱり断るより、優しく、余白を残すように。

 

 

ユウリは、少し不満そうに唇をとがらせたが、

やがて、俺の隣にちょこんと腰を下ろした。 

 

「……」

 

芝生が少しだけしなる。

二人の間には、柔らかな沈黙が流れる。

 

お、こういう時は――

 

俺はポーチの中から、ひとつの小袋を取り出した。

 

「これ、ユウリのポケモンにあげて」

 

袋には、昨日ヤトウモリ用に焼いたばかりのポケマメ。

優しい甘さの木の実と、少しだけ混ぜたミントの香りがする。

 

旅立ち前にアイテムをくれる“NPC”。

そういうポジションも悪くない。

 

ユウリは驚いた顔をしたあと、ぱっと笑顔になった。

 

「……ありがとう、カケルさん」

 

その笑顔に、俺は少しだけ目を伏せる。

 

そして今日。

ユウリとホップは、推薦状を手にジムチャレンジの旅へと出発する。

ガラルの島々を巡り、仲間と出会い、戦い、強くなっていく。

 

――ああ、主人公たちの物語が、動き始めるんだな。

 

 

「そういえば、カケルさんはジムチャレンジの旅……しないの?」

 

 

ユウリの問いかけに、俺は空を見上げた。

流れる雲。遠くに飛ぶアーマーガアの影。

 

 

そうだなぁ。してもいいけど――

その気にならない。

 

 

バトルと同じ、この世界は“物語”だ。

主人公が勝つようにできている。努力や情熱は、そこに補正がかかる。

 

 

俺はその傍観者でしかない。

転生者である自分には、それが見えてしまう。

 

だから、頑張ろうって気が起きないんだ。

 

「……」

 

何も答えない俺に、ユウリは一歩、近づいてくる。

手をぎゅっと握る仕草が視界に入った。

 

 

「あの、よかったら……私と――」

 

 

その言葉が言い切られる前に。

 

 

「おーい!ユウリー!カケル兄ちゃーん!」

 

 

元気いっぱいの声が、風を割って響いてきた。

振り返れば、ホップが両手を振って駆けてくる。

 

 

「博士がさー、出発前に顔出しなさいって!」

 

 

――ああ。あったな、そんなイベント。

ゲーム内でそんな進行フラグがあったような、なかったような……正直もう覚えてない。

 

そして、ホップの視線が俺の肩に移る。

 

「わ! もう仲良しになってない!? カケル兄ちゃん、流石だぞ!」

 

お、いただきました。“流石だぞ”。

そういうの、助かる。

 

でも――

 

「ほら、二人とも。行くぞ」

 

俺は軽く笑って、二人の背を軽く押す。

ユウリは言葉を飲み込んだまま、でも笑顔でうなずいた。

 

 

三人並んで歩くその道は、今のところまっすぐだ。

 

だが、彼女たちの物語が“主役”の旅路だとしたら――

俺の役割はあくまで、“道しるべ”の一つにすぎない。

 

 

俺は“できる兄貴分NPC”。

そんな自覚くらいは、もう持ってる。

 

肩の上のヤトウモリが、小さく尻尾を揺らした。

 

 

 

 

 

 

朝焼けの光が、草原を柔らかく染めていた。

空気はひんやりと澄み、どこまでも続く草の海が、風に揺れて波のようにうねる。

 

ポケモン研究所の前――

ユウリとホップが並んで立っていた。

 

ユウリの緑のベレー帽が、そよ風に揺れ、

ホップのボアジャケットの裾がふわりとはためく。

 

「よーし、準備万端っと!」

 

「兄貴に負けないくらい、強くなるぞーっ!」

 

ホップが拳を突き上げ、ユウリが笑顔でそれに応える。

足元では、ヒバニーとメッソンが元気よく跳ね回っていた。

 

――青春してるなぁ。と、少し思う。

 

「じゃあ、行ってくるね。カケルさん」

 

 

俺は研究所の塀に、背を預けるようにもたれていた。

肩には、プレミアムボールから出した白いヤトウモリがちょこんと乗っている。

 

ユウリのメッソンをじっと見つめて、尾をぴくりと動かした。

 

「……うん」

 

それだけ返すと、ユウリは一瞬だけ表情を曇らせた。

 

「ほんとに来ないの? せっかくポケモンゲットしたのに」

 

 

「興味ないね」

 

――どこぞのソルジャーかってくらい、そっけない返答だ。

でも、そう言うしかないんだ。

 

ホップがそれを察してか、苦笑しながら言った。

 

「カケル兄ちゃんは、あれだもんな。“旅の目的が違う”ってやつだ」

 

ああ。そう。

 

俺の目的は、強くなることじゃない。

誰かに勝つことでも、名を刻むことでもない。

 

 

――ただ、“出会う”ためだ。

運命のように現れる、たった一匹の光と。

 

 

その確率は、4096分の1。

夢みたいな話だろう。でも俺にとっては、それだけが本当なんだ。

 

「次に会う時は、俺、チャンピオンになってるかもな!」

 

ホップが胸を張って言う。

その声は、希望に満ちていた。

 

「……頑張れ」

 

静かにそう返すと、ホップは駆け出した。

 

ユウリも、数歩遅れてその後を追う。

けれど、草むらへ入る寸前――彼女は、ふと立ち止まり振り返った。

 

「バトル、また今度しようね?」

 

その笑顔は、少しだけ寂しげだった。

 

「……考えとく」

 

心のどこかが、少しだけ揺れる。

でも、俺は追わない。

 

ユウリが見えなくなったあと、

俺は肩の上のヤトウモリの頭を、そっと撫でた。

 

「さて、行こうか」

 

ヤトウモリは喉を小さく鳴らし、誇らしげに胸を張る。

まるで、「この旅は私たちのもの」と言わんばかりに。

 

 

俺たちは、二人とは逆の方向へと歩き出す。

 

目指すのは、バッジでも名声でもない。

 

ただ、“光る出会い”との偶然。

 

 

――色違いを探す旅は、ここから始まる。

 

 

 

 

 

 

出発の準備はできた。

 

だけど、まだ“本番”とは言えない。

 

――この日のために、少しずつ集めておいたアイテムがある。

 

部屋の棚を開ける。

ガラス瓶のラベルがずらりと並ぶその光景に、思わずにんまりした。

 

 

インドメタシン×26本。

リゾチウム×26本。

ブロムヘキシン×1本。

 

 

「……高かったんだぞ、ほんと」

 

俺の財布がすっからかんになった理由、それがこれだ。

どれも“色違い”の育成のために必要な、命より重い栄養ドリンクたち。

 

でも――

 

 

「これ一気に飲ませるの? 無理じゃない?」

 

 

我に返る。いくらなんでも胃袋が死ぬ。

 

仕方ない、分けて与えよう。

まずはインドメタシンからだ。

 

白いヤトウモリは、テーブルの上にちょこんと座って俺を見ている。

目が合うと、しっぽをぴこぴこと動かした。

 

その頭をぽんと撫で、インドメタシンの一本の蓋を開けて、皿に注ぐ。

無色透明の液体が、淡い香りとともに広がる。

 

「飲んでみて?」

 

ヤトウモリは皿の縁に顔を寄せ、不思議そうに中身を見つめる。

「……これ、飲んでいいの?」

そんな顔だ。

 

だが――

 

一口、ごく。

二口、ごくごく。

三口、ごくごくごく。

 

……勢いよく飲み干した。

 

え、いけるの!? 味、平気なん!?

俺が驚く横で、ヤトウモリは涼しい顔。

「おかわりは?」とでも言いたげに、尻尾をくねらせている。

 

 

――強い。色違い個体、強い。

これは将来有望。

 

ただ、今はまだ育成段階。

努力値がズレたら台無しだ。

 

「しばらくバトル禁止、努力値事故るから」

 

ヤトウモリは、ぽかんとした顔でこちらを見る。

「努力値ってなに?」みたいな顔。いや、そりゃ知らんか。

 

 

「あっ、そうだ」

 

思い出したように、棚の奥からもう一つ取り出す。

 

かじられた跡の残る、古びた赤いリンゴ――

“たべのこし”。

 

 

正真正銘のレアアイテム。何気に、これが一番苦労した。

 

「ほら、これもプレゼント」

 

そう言って差し出すと、ヤトウモリは嬉しそうに目を細め――

 

 

――がぶっ。

 

 

「あっ、食べちゃダメ」

 

慌てて止める。

「なんでよ!?」とばかりに驚いた顔で俺を見上げるヤトウモリ。

 

「持ってるだけで効果あるから」

 

ヤトウモリは口をもぐもぐさせながら、首を傾げる。

 

“食べものなのに食べちゃダメ”…という矛盾に納得がいかないらしい。

それでも、大人しくそれを咥えて、大事そうに自分の前足で抱えた。

 

 

……なんか、可愛すぎるな。

 

「うん、よしよし。お利口さん」

 

 

撫でると、ヤトウモリは小さく喉を鳴らした。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。