確かエンジンシティには、おしゃれなカフェがあったはずだ。
ガイドブックで見たことがある。パフェやケーキの種類も豊富だったはず。
……ラヴィ、甘いの好きだったよな。
「行ってみるか。ラヴィの好きなスイーツ、あるかも」
俺がそう呟くと、ラヴィは頭の上でせわしなく鳴いた。どうやらジュースを所望らしい。
「俺はコーヒーにするけどね」
「ねぇ!ねぇ!!」
カフェ通りの石畳を歩きながら、ラヴィはずっとキョロキョロと辺りを見回している。
行き交う人の服や、ショーウィンドウのケーキに興味津々らしい。
観光気分か。
そんな平和な時間は、唐突に終わった。
「ちょっと!待ちなって!ちょっと!!あんた聞こえてないんね!?」
――背中をバシバシ叩かれた。
え、なに。
振り返ると、
剃り込みの入った黒髪ツインテールに、緑色の目。
ピンクのワンピースに黒のスタッズ入りジャケット、足元はスパイクみたいなヒール。
パンクファッションを着こなす少女が、眉を吊り上げて俺を見上げていた。
……おお。マリィちゃんだ。
ゲーム通り、かわいいな。
「かわいいね」
つい口から出ていた。
俺の顔はいつも通り無表情。
「は、はぁ!?」
いきなり顔を真っ赤にしたマリィが、わけのわからん声を出す。
でも俺はもう、気持ちはカフェに向かっていた。
ラヴィとコーヒーと甘いもの。今はそれが最優先。
くるりと背を向けた。
「さて、カフェ行くか」
「ちがうちがうちがう!!あんた!! あたしとポケモン勝負しなさいってば!!」
マリィはブンブンと腕を振り、前に回り込んでくる。
なんで? 俺?
「なんで?」
「ジムチャレンジの特訓ばい! あんたのポケモン、強かろうが!」
……いや、なんで俺なの。
しかも、さっきホップと戦ったばっかりなんだけど。
面倒だ。逃げよう。うまい嘘でもついて。
「バトル、したことない」
「うっそばい!!さっきのバトル、全部見とったよ!」
……マジか。どこから見てたんだこいつ。
ラヴィが「やれやれ」とでも言いたげにため息をつく。
これは……バトルするまで、離れてくれなさそうだな。
あ、そうだ。
ふと思いついた。
「いいよ。バトル、してあげる」
そう言ってから、カフェのテラス席を指差した。
「でも――負けたら、あそこでデートな」
即興にしては上出来の提案だ。
拒否されればこの話は終わるし、もしノッてきたら……まぁ、それはそれで。
「なっ……!?」
案の定、マリィは顔を真っ赤にして固まった。
その反応が見たくて言ったわけじゃないけど、見られると悪くない気もする。
「嫌ならいいよ。じゃあ、ばいばい」
軽く手を振って背を向ける。立ち去るふり。
「待って!!」
「ん?」
「……わかった! 負けたら、デートね!」
グイッと腕を突き出して言ったその顔は、緊張と怒りと照れがぐちゃぐちゃに混ざっていた。
「……でも、あたしが負けるわけないけどっ!!」
ボールを構えるマリィ。その手から放たれたのは――
「モルペコ!」
「うららっ!!」
小さな身体に猛々しい闘志を宿した電気ポケモン。
表情も仕草も、マリィにそっくりだなと思う。
俺もボールを構える必要はない。
ラヴィはもう、頭の上から飛び降りていた。
「ラヴィ、お願い」
「シャアッ!」
鼻をふんと鳴らし、ラヴィは地を蹴った。
その姿に、マリィの眉がピクリと動いたのが見えた。
「モルペコ、でんこうせっか!」
瞬間、モルペコが消える。いや、見えないほど速い。
ラヴィはでんこうせっかを――見切った。
モルペコが電光石火の速さで地を滑るように迫ってくる。だがラヴィは一歩も動かず、わずかに身を傾けて――
「シャッ!」
スッと爪先で角度を変えるように流し、すれ違いざま、その口元に熱を灯す。
「ひのこ」
小さく呟いた瞬間、ラヴィの口から火の粒がいくつも弾け飛んだ。
「!? 避けて!モルペコ!」
モルペコは火の流れを読んだかのように、身体を小さくひねって回避した。
だが、マリィは即座に次の指示を飛ばす。
「そのまま――かみつく!」
火の粉をすり抜けた勢いのまま、モルペコが鋭い牙を剥き出しにしてラヴィへ跳びかかってくる。
近い。速い。空中から、斜めに突っ込む最短距離。
「……ひのこ」
あえて同じ技で迎える。
ラヴィは顔を上げ、真正面から迫るモルペコに向かって再び火花を散らす。
小さくても、直撃すればただでは済まない。
モルペコはそれでも、顔をしかめながらも――止まらない。火の粉を振り払いながら突っ込んでくる。
「うららあ!!」
気迫の一撃。モルペコの牙が、ラヴィの喉元を狙う――その直前。
「……どくどくのキバ」
ラヴィの目が細められる。
火の煙の中、光る牙がモルペコの肩を捉えた。
バチッと何かが弾ける音。
噛み合う寸前に放たれた毒牙が、モルペコの動きを止めた。
「っ……!」
モルペコがよろめく。
肩に深く残った毒の痕が、ジワリと滲む。
次の瞬間――地面に崩れるように、倒れた。
小さな体が、ぐったりと横たわる。
ラヴィは一歩後ろに下がって、かすかに鼻を鳴らした。
「……シャアッ」
「え、うそ……モルペコ……?」
マリィが、心底悔しそうに地面の相棒を見つめていた。
俺は、ラヴィに歩み寄り、軽く頭を撫でる。
「ありがとな、ラヴィ。」
「シャア♪」
誇らしげに目を細めるラヴィ。
さて、と。
「じゃあ――カフェ、行こっか?」
マリィの顔が、また真っ赤になった。
◇
カフェのテラス席で、コーヒーを啜る。
苦みが舌に残るけど――嫌いじゃない。
ラヴィの前にはカラフルなジュース。ごくごく、うれしそうに飲んでいる。
「……あんた、やっぱ強いじゃん!」
向かいに座ったマリィが、ジュースのストローを咥えたまま言う。
黒髪ツインテの向こう、緑の瞳がまっすぐ俺を見ていた。
「ラヴィが強いんだよ」
そう返すと、ラヴィは一瞬だけこちらを見てから、再びストローを咥えた。
その隣では、モルペコがポケモンフードをぽりぽりと齧っている。
さっきまであんなにバチバチだったのに――もう仲良しらしい。どっちも単純だ。
マリィは、少しだけ唇を尖らせながらも、にやりと笑って言った。
「次は、絶対に負けんからね!」
そのまま、小さな手でカードを差し出してくる。
裏返しにされたそれを、俺はしばし見つめてから、ひょいと受け取った。
「ん?なにこれ?」
「なにって……あたしのリーグカード。あんたのも、頂戴よ」
ああ、リーグカード。ゲームで見たやつだ。
背景とかポーズとか、細かく設定できる名刺みたいなやつ。
でも――俺には、ない。
「……持ってないよ」
「え?」
マリィが目を瞬かせる。
「ジムチャレンジ、やってないから」
「なんでね!? あんた、あれだけ強いのに!」
その声に少しだけ周囲の目が向く。
マリィは慌ててトーンを落としたけど、まだ納得いってない様子だ。
「興味ないね」
つい、また某ソルジャーみたいな言い方になってしまった。
我ながら、ちょっとキザだな。
マリィはストローをぐるぐる回しながら、口を尖らせて黙り込んだ。
ラヴィが、最後のひと口をちゅっと吸い終わる。
コップの底をじっと見つめている姿が、なんか名残惜しそうだった。
そろそろ、行くか。
席から立ち上がりながら、俺は言った。
「……応援はしてるよ。頑張って」
そう言って、テーブルに全員分の代金を置く。
マリィが何か言いかけたようだったけど――
俺はそれを聞かずに、ラヴィと一緒にカフェを後にした。
背後で、モルペコの「……うらら!」という鳴き声と、マリィの声が聞こえた気がした。
◆
あの男の人が、コートの裾を揺らしてカフェを去っていったあと。
モルペコが小さく鳴いた。
「……うらら!」
「えっ? モルペコ、あの人のこと気に入ったばい?」
驚いてモルペコの顔を覗き込む。
ぽやんとした顔で、じーっと彼が去っていった方を見つめている。
もしかして――いや、まさか。あの人に懐いてるの?
思い返せば、出会ってすぐだった。
初対面なのに、いきなり「かわいいね」なんて――
顔を赤くする暇もなく、平然と立ち去ろうとするその態度に、思わず声を荒げた。
「デート」とか、言い出すくせに。
ずーっと無表情で、何考えてるかわからんし。
それでいて……バトルは、本当に強かった。
あの白いヤトウモリ
“ラヴィ”って呼ばれてた。あの子も、すごく懐いてたな。
「……変な人」
マリィは椅子にもたれて、氷が溶けたジュースをストローでぐるぐるかき混ぜた。
不思議な人だった。どこか浮世離れしてて、でも…なんか気になる。
「あっ!」
突然立ち上がる。
「名前……聞くの忘れてたばい!」
せっかくバトルして、カフェで話までしたのに。
「応援してる」って言われたのに。
なのに――あたし、あの人のこと、何も知らんやん……。
不意に胸の奥が、ちくりとした。
風がカフェのテラスに吹き抜けて、テーブルのナプキンがひらりと舞った。
「……次、会ったときは……絶対に、勝つけんね」
ぽつりと呟いて、モルペコの頭を撫でた。
モルペコは「うらら」と短く鳴いて、彼女の指に甘噛みした。