チャンピオン?知らん。色違いがほしい   作:ヨリヨリ

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ワタクシは――敗北したのだ。

無様に、醜く。

名もなき少年少女たちの前に、理想も威厳も、跪かされた。

 

栄光の玉座は砕け散り、

正しき支配も、偉大なる計画も、崩れ去った。

 

世界を導く者などではなかった。

ワタクシはただの、独りの、敗者に過ぎなかった。

 

目標も、目的も、生きる意味すらも――

すべて、すべてが音を立てて崩れていく。

 

 

 

……真っ暗だった。

身動き一つ、取れぬほどの絶望が、内側から迫る。

 

そのときだった。

 

視界が真っ白に弾け飛んだ。

 

直後――猛烈な圧迫感と、冷たさが全身を襲った。

 

「がっ……!?」

 

息ができない。

 

眼を開けた瞬間、そこが水中であると知った。

上下もわからぬまま、泡と共に身体が沈んでいく。

 

視界の先、差し込む陽光が揺らめいている。

これは……湖か? いや、海か? 深さがわからん。

 

――なぜだ? どこだ?

 

先ほどまで、確かにワタクシは……どこにいた?

 

 

苦しさに思考がまとまらない。

だが、それでも理解する。

 

ワタクシは、生きている。

まだ――終わっていない。

 

とにかく、浮上せねば。

息が、続かん……!

 

もがき、手を伸ばし、視界の先の“光”を掴むようにして――

水面へ向かって、必死に泳いだ。

 

 

 

 

 

 

……三時間は経っただろうか。

まったく、釣れない。

 

日差しはじりじりと照りつけ、波音は静かに寄せては返す。

 

ポケモンどころか、魚影すら見えやしない。

ゲームの中じゃバンバン釣れてたのに。なにこれ。

 

俺が下手くそなのか……。

 

もう引き上げようかと思ったその時――

ピクッと、竿先が揺れた。

 

「おっ」

 

来た。来たか!?

これは……もしや金のコイキング!!?

 

そんな期待を込めて勢いよく竿を引き上げると――

 

 

 

どばっ!!

 

水飛沫と共に飛び出してきたのは、

 

三方向に跳ねた黄緑の髪と、赤いバイザー。

 

そして……黒装束の、明らかにヤバいオッサンだった。

 

 

 

……え、ゲーチス?

 

 

 

思わず口が開いた。

 

いやいや、そんなわけない。なんでプラズマ団の元ボスが、

よりにもよってガラルの海で俺の釣り針にかかるんだよ。

 

……コスプレか? それにしたって、どちゃくそクオリティ高いな。

 

びちゃびちゃのまま気絶してる。

 

口も開いたままで、なんか……ちょっと死体みたいで怖い。

放っとくのもアレなので、俺は釣り上げたオッサンを砂浜に引きずりあげた。

 

「ラヴィ。温めてあげて」

 

頭の上から飛び降りた白いエンニュート――ラヴィが、

 

じっとオッサンの顔を見てから、

小さく「ふしゅぅ」と鼻を鳴らし、腹の下に温かい火を灯し始める。

 

すっかり濡れネズミになったゲーチス(仮)は、

 

ぐったりしたままピクリとも動かない。

……これ、どうすんだよ。

 

 

 

 

 

 

ワタクシは今――とてつもなく熱い。

まるで、身体の芯から燃え上がるような、そんな感覚に包まれている。

 

「いや、あっつい! 熱っ! 熱い!!」

実際、少し燃えていた。コートの裾が焦げているのが目に入る。

慌てて立ち上がり、海水の名残が残る髪を払いながら、目の前の男を睨みつけた。

 

「あ、」

 

そこにいたのは――黒髪の青年と、信じがたい色をしたエンニュート。

 

白い。

この世の理から逸脱した、禍々しくも神聖な白。

その存在が視界に入った瞬間、ワタクシの鼓動は跳ね上がった。

 

「ワタクシを焼き尽くすつもりですか!? あなたは!?」

 

思わず声を荒げる。

この尊き器を、炙り焼きにするなどという蛮行を、あろうことか素面で為したとでも!?

 

しかし、男は悪びれる様子もなく、ただ柔らかく微笑みながら言った。

 

「ごめんね。濡れてたから……」

 

……濡れてたから焼いた?

思考が一瞬止まった。

常識の糸がぷつりと切れる音が、耳の奥で鳴ったような気がした。

 

この男、マジで何を言ってる?

 

だが、それ以上に――気になった。

彼の傍に寄り添う、白いエンニュート。

 

「そのポケモンは……」

 

「この子、ラヴィ。かわいいでしょ」

 

男はエンニュートを見つめ、まるで恋人を紹介するように言った。

 

その口調に一片の偽りもない。

これはただの愛着ではない。執着、崇拝、あるいは――“選定”。

 

「いえ、色が……」

 

その言葉に、男はただ一言。

 

「あぁ、特別なんだ」

 

あぁ……わかった。

この男、わかってる。

 

通常色ではない。

世間の基準では測れない“特別”を――彼は直感で選び取っている。

 

ゾクリとした。

背筋に、氷柱のような快感が走る。

 

……この男、ただ者ではない。

 

さっきまで敗北の泥沼に沈みきっていたはずのワタクシの内側で、何かが爆ぜた。

チリ、と乾いた音を立てて、サザンドラが入ったハイパーボールを取り出す。

 

「そのポケモン……ワタクシに渡してくださ……」

 

目が合った。

 

その瞬間、世界が反転した。

 

――深淵。

 

目の奥に、奈落が見えた。

これは、Nなどとは比べ物にならない。

 

神の器だ。

 

存在が“特別”を呼び寄せ、“運命”に選ばれた者。

4096の闇をくぐり抜けた、唯一無二の選定者。

 

ワタクシの手が、ぶるりと震え、ハイパーボールが指の間から転げ落ちた。

 

彼だ……彼を使えば、世界は変わる。

 

努力も、管理も、教育も、制御もいらない。

彼の存在こそが――すべてを変える“選別の炎”なのだ。

 

なるほど!なるほど!!

ですから、ワタクシはここに呼ばれたのですね!?

 

この男の物語を“導く者”として!!

 

「フハハハハハハ!!」

 

両腕を広げ、空を仰ぐ。

久しぶりに、魂が熱い。

 

「ワタクシは……まだ、負けていない!!」

 

革命は、ここからだ。

 

 

 

 

 

 

うわ、変な人だ。

 

ゲーチス(仮)はさっきまでブツブツ独り言を言っていたと思ったら、

突然、両手を天に掲げて――

 

「フハハハハハァ!!!」

 

腹の底から大笑いし始めた。

 

……ダメだ、これはラヴィに見せちゃいけない。

 

「ラヴィ、見ちゃダメ」

 

エンニュートの小さな頭に手をかざして、俺はそそくさとその場を離れた。

教育によくない。本当に。視力に悪い。情操にも悪い。俺にも悪い。

 

気を取り直して、バウタウンの町中へと戻ってきた。

ちょうど昼時とあって、先ほどよりも人通りが増えている。

海風に乗って、焼きたてのパンの匂いや、香ばしい魚介の香りが漂ってきた。

 

「うわ……お腹すいた……」

 

思わず、腹の虫が主張してきたのが自分でも聞こえる。

 

横を見ると、ラヴィが小さな鼻をピクピクさせている。

 

「クゥン……」と鳴いて、しっぽをわずかに揺らして、期待に満ちた目でこちらを見てくる。

 

「……お昼、食べようか」

 

俺がそう言うと、ラヴィは弾かれたように小さく飛び跳ねた。

まったく、言葉通じてんのかお前は。可愛すぎるだろ。

 

とはいえ、港町の飲食店はどこも大混雑。

 

軒先に長蛇の列ができている店もあって、すぐに入れそうな場所は見当たらない。

最悪、パン屋で何か買って、テントで食べるか……と思いかけたとき。

 

ラヴィの表情が、目に入った。

 

きらきらと目を輝かせて、看板メニューを眺めている。

しっぽを小刻みに揺らしながら、まるで「ここ入りたい」と言わんばかりに扉の前でぴたりと足を止めていた。

 

……うぅ、ダメだ。

 

そんな顔されたら……断れないって。

 

「……よし。並ぶか」

 

腹は減ってるが、気長にいこう。旅ってのはそういうもんだ。

 

ラヴィは嬉しそうにぴょこんと俺の肩に乗ってきた。

重さなんて気にならない。むしろ温もりが心地よかった。

 

 

 

 

 

 

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