女子高生ギタリストはギターヒーローの夢を見るか!? 作:はま0821
最近のノンアルビールは美味い。この季節なら鍋と一緒にイキましょう。
「ひとりちゃん!もっほんっと〜にカッコよかった!見に来てよかったよ!」
「ホントに台風ぶっ飛ばしちゃうんじゃないかって思うくらい凄かった!また見に来るね!」
「ふへ!?あ、ありがとうございます…!」
つつがなく今日公演予定の全てのバンドのライブが終了し、お客さんが捌けていく。
ひとりさんは、この間の路上ライブで出来たであろう、ファンの女子大生の方々と会話を交わしていた。
「はっ〜。き、緊張したけど何とか終わったね〜」
「全くです。もう少し出来たかもだけど…それは言いっこなしで」
私は伊地知先輩とそんなやり取りをする。
私達は今、バイトらしくお客さんが全て捌けた後のメインフロアを掃除をしていた。
今日は演者の側でもあったが、スタッフとしての労働からは逃れられぬらしい。
「今日は皆頑張ったよね。郁代もよく声出てた」
「せ、先輩!あ、ありがとうございます光栄です!式は何処にしますか!?」
「式はノーセンキュー」
流れるように喜多さんの求婚を断るリョウ先輩。
も少し乗ってあげなよ、喜多さんが悲しそうな顔してるわよ?
ライブの緊張感から解放された皆の、ある種浮ついたような空気を、けして嫌な気はせず受け入れていると。
「式が駄目なら打ち上げはどうだ?」
「ライブ終わった後は定番!打ち上げだ!行こーぜみんなぁ!!」
浮つきの権化が二人。現れた!
「き、きくりさんに店長!?な、なんですか打ち上げって」
「打ち上げは打ち上げだよ黒井。ライブ終わったら打ち上げ。定番だろ?なんと。今日は私、奢ります」
なにぃ!?店長!それはまことか!?
「ほ、ホント!?店長!」
リョウ先輩が光の速さで確認を取る。相変わらず食べ物の事となると見境がない。
「お前ら頑張ってたからな。今日のライブ、中々良かったし。私からのご褒美だ」
「ひゅーっ!先輩太っ腹〜!ごちでーすっ!」
「いやオメーは自腹だよ?」
「嘘っ!?そんな!なんで!?」
僅かな希望に迷わず突進したきくりさんが粗方の予想通りに玉砕。可哀想。普段の素行が悪いからかな。
「あ、あはは…。おねーちゃん。いいの?嬉しいけど…」
「何がだ虹夏。高校生が生意気に気なんか使ってんじゃねーよ。リョウを見習え」
「…見習いたくない」
普段の薄く濁った目は何処へやら。キラキラとした目を店長に向けているリョウ先輩を一瞥した伊地知先輩がこう答える。まあ、それはそう。
「PA。お前も来るか?」
「え?い、いいんですか店長」
「おういいよ。たまには従業員の慰安もしなきゃな」
「えっ!?なんで私は駄目でPAさんはいいのさ!?非道い!おーぼーだ!!」
「オメェは別にSTARRY関係者じゃねえだろが!」
理不尽な?扱いに思わず口を挟んだきくりさんが、店長に流れるようにアームロックを決められる。
…何か、アレだな。きくりさん。関節技キメられるの得意だな。何だよ関節技キメられるの得意って。
キリキリキリときくりさんの骨が軋む音と悲鳴が賑やかにSTARRYのメインフロアに響き渡る。
「騒がしいなぁもお。喜多ちゃん!ぼっちちゃん!おねーちゃんがご馳走してくれるから食べに行こうって!」
「きゃー!店長さんありがとうございます!全力で歌ってお腹空いてたところです!」
「あっ…店長さん!あ、ありがとう、ございます…!」
「あ〜いいからいいから。廣井。こないだ行った店でいいだろ?」
「アダダダダ!あ、あそこ!?い、いいんじゃないかなあああいだだだだ!?」
店長がアームロックをキメつつきくりさんに聞く。答えにくそうだからやめたげてよぉ。秀華高仲良しコンビはその光景に少し引いている。
「ふ〜う。おし。ほんだらお前らイクぞ。たらふく食わしてやる。準備しろぃ!!」
ゆっくりときくりさんから腕を外しつつ店長が号令をかける。あざっーす!!ゴチになります!
「よっしゃー!皆イクよ!!ぶっ潰れるまで飲んで騒げ!」
「へこたれませんねぇ〜」
今まで痛い目にあっていたというのにまるでテンションが落ちないきくりさんに、PAさんが感嘆している。それを尻目に、店長を先頭とした我々一団は、夜の下北沢の街に繰り出した!
店長達が選んでくれたお店は居酒屋。名を、カオミセ。大きな看板が軒先に佇む和風な見た目のオーソドックスな居酒屋さんだ。居酒屋…初めて来ました!
「オシお前ら。グラスは行き渡ったな?」
テーブル席を囲んで座る私達に店長が確認を取る。それに呼応して私達もグラスを構える…。私達ノンアルコール。大人組お酒。
「んじゃあ…かんっぱい!!」
「かんぱ〜い!!!」
がっちゃあああああん!!!
勢い良くグラスを合わせてから手元に引き寄せ、グラスの中の烏龍茶を勢い良く飲む。こういうふうにするのが作法だと、きくりさんに教えてもらった。一息で飲めるだけ飲み、息を吐く。
「…ぷあ!!あ〜!このために生きてるぅ〜!!」
「オヤジ臭えなお前。…まあ美味いけど」
「ふふっ。前から思ってましたけど、息ぴったりですよね二人共」
「コレとか?PA。嫌なんだが」
「またまた先輩照れちゃって〜」
「くっつくな〇ね」
大人の皆さんは流れるように会話を交わす。私達はノンアルなので口が滑らかになることもない。…ビールか。どんな味なんだろ。大人になった時のためにこの疑問は取っておくか。
「今日はでもライブは成功だよね!皆よく頑張ったよ!」
「はい!私一番前で見てましたけど、お客さん皆満足そうでしたよ!」
「練習の成果が出たよね。まあ。ぼっちの歌詞と、私の曲が良かった、てのもある」
「うええ!?あっはい…」
ぼちぼちと食べ物も届き始め、思い思いにツマミながら今日のライブを思い返す。全部が全部、完璧とはいかなかったが、まあ私も概ね満足だ。だがしかし。
「…言いにくいですが、もっと出来たところもある。…まだまだ詰めていかねばなりませんね」
「…うん。そだね」
「…」
やべっしまった!暗い空気にさせてしまった!そんなん皆分かってんだから後でも良かったのに!
「コラコラ餓鬼共。後悔やら反省やらで飲む酒ほど不味い物はねえぞ?折角繰り出してきたんだ。楽しめよ」
「そーだそーだ!ウイスキーを割るのもソーダっとくらあ!君達は良いライブをしたよ!お客さん皆満足そうだった!今日の所は、それで良しとしない?」
少しだけ沈んだ空気を、店長ときくりさんにフォローされる。…かたじけない。
「んでもさ、今日のMVPは間違いなくぼっちちゃんだよな。あのギターソロアドリブ?」
「そうそう!凄かった〜!アレで一気に火が着いたとこあるよね!」
「うええっ!?わた、私!?」
突然話題に挙げられ、ひとりさんはビックリしている。唐揚げをチマチマ食べつつコーラ飲んでご満悦だったのでも少し放っといてあげて欲しかった…!
「…ひ、必死で。み、皆。動き固くて。でも…皆。ここまで努力してきたの。知ってたから。合わせようと足掻いてるの、伝わったから…。わ、私は、私に出来る限りの事をやろうって…そう思いました…」
「…うん。ぼっちちゃん。ありがと、伝わってきたよ。ぼっちちゃんの想い!すっごく頼もしかった!」
「ぼっちのギターに背中を押してもらったよ、ありがとう」
伊地知先輩とリョウ先輩が口々にひとりさんに謝辞を述べる。
「へ、へへ…。く、黒井ちゃん」
「はい。ひとりさん」
「わ、私、なれたかな?ヒーローに。…み、皆を助けられたかな?」
おずおずと自信なさげに聞いてくるひとりさん。貴女らしいな。どこまでも。その答えは、私の中でとうの昔に出ている。そして恐らく、皆にも。
「改めて伝えるまでもありません。今も昔も、私のヒーローは、ギターヒーローたる貴女一人。今日もいつも通り、カッコよかったですよ!後藤ひとりさん!」
右腕を突き出し、私が出来る限りの笑顔とサムズアップをひとりさんに返した!
「へ、へへ…!えへへへへへぇ…!」
それを受けて、我がヒーローはクニャクニャと身を捩らせ、顔をクシャクシャに崩して笑う。…だらしないなぁ。でも…この二面性こそ、後藤ひとりさんの魅力かな?
「むーっ…。み、皆、ひとりちゃんばっかり…」
ぽそりと誰に聞かせるわけでもなく、喜多さんがほっぺたを膨らませて小さく呟く。
アカン、私達の狂ったリズムに迷わされなかったもう一人の功労者がご立腹だ!どうにかせねば!
「り、リョウ!なんとかフォローしてよ喜多ちゃん相手ならリョウが特効でしょ!?」
「そうですよ、喜多さんも間違いなく功労者…私達から感謝を述べてもいいですがここは…」
ぽしょぽしょと小さな声で作戦会議。それを聞いたリョウ先輩はフッと笑みを漏らした後。
「郁代。郁代にも感謝してる。音楽初めて全然時間立ってないのに、凄いセンスだよ。偉い偉い」
リョウ先輩が喜多さんの頭を撫で撫でする。ぷくっと膨らました頬のまま喜多さんは。
「う〜っ、郁代って呼ばないで下さい…。でも幸せ…」
フッ。チョロくて助かった。
「郁代…。どんな字書くの喜多?可愛い名前じゃん」
やべっ。喜多さんの唯一のウイークポイントに興味を持たれてしまった!店長さんが不思議そうに喜多さんに疑問を投げる。
「ううっ!?て、店長さんそこ聞きます…!?だ、だって、ちょっと古臭くて、シワシワじゃないですかこの名前…!だ、駄洒落みたいだし!?きたー!いくよー!って!あははー!!あほか〜い!!」
「喜多ちゃんがぶっ壊れた…」
グラスを口につけながらきくりさんが驚く。…喜多さんが下の名前を嫌がっていた理由が判明したわね。割と下らないけれど、本人からしたら大きな悩みなのかも。
「なんだよつまんね〜事気にして。お前みたいにキラキラした可愛い子がその名前ってギャップが、なんかいいじゃん。それも一つの個性だと私は思うがな?」
コップをテーブルに置いて喜多さんを見つめてから、店長が静かに微笑む。
「…えっ?」
「そうですよ〜。喜多さん。それも貴女の個性なら、恥ずかしがる必要なんてないですよ〜。郁代ちゃん。可愛いじゃないですか〜」
クピクピとお酒を飲みながらPAさんが店長に同調する。ふわりと何時もの表情を貼り付けたPAさんの言葉に、嘘はないように思えた。
「そ、そんな事言ってもらえたの初めてです…!!て、店長さん…!PAさん…!好き…!」
お酒なぞ入ってねえくせに顔を真っ赤に染めて喜多さんが呟く。
「おい山田。この娘ってもしかして惚れやすい?」
「ふふっ。私も喜多さん、好きですよ〜?」
名前を肯定しているのに、喜多さんへの配慮か、下の名前は呼ばないのが、さすが大人の気配り。そして私は見逃していない。喜多さんの熱視線が店長とPAさんにいったとき、リョウ先輩は負担が軽くなる!ってな顔をしていた。間違いない。
下北の夜は更けていく。楽しい宴は、まだ始まったばかりだった。
「此方こなた。ノンアルビールってあるよ?」
「ホントですねリョウ先輩。…イッてみますか?」
二人で結託し、こっそり店員さんにノンアルビールを頼む。グラスに次いでみると、きくりさんや店長がさっきから飲んでるものに姿はうりふたつ。
クイッと。先ずはリョウ先輩がイく。
「うん。美味しい。なんかコクがある」
「マジすか」
次いで私もイッてみる。黄金色の液体。喉にぶつけるように放り込む。
すると、今まで味わった事のない、何とも言えぬ苦味が口の中に広がる。
苦味の次に来るのは、恐らくコレがよく言われる麦の香りってやつか。鼻に通る香りと、コクがあった。
「こ、コレが…ビール…!」
「正確にはアルコール入ってないから違うだろうけど…。美味しいねコレ。嵌りそう…」
「で、ですね、なんか…今まで飲んだことない味です…!」
目を輝かせていると、バチッと。伊地知先輩と目が合う。先輩の目線は私から、私の持ってる飲み物へと映る。そして!
「あーっ!!リョウとこなちゃんがビール飲んでる!!」
「だにぃ!?どういうことだ虹夏!?」
指を差されて伊地知先輩に指摘される。ご、ごごごごご誤解!?
「おいコラリョウ!黒井!!未成年のクセに酒飲んでんじゃねえよ社会的制裁くらうの私なんだぞ!?」
「い〜っけないんだいけないんだ〜!!」
伊地知姉妹が私達を糾弾する。ちょ…!リョウ先輩なんとかせえ!!
「だいじょ〜ぶだよ!虹夏、店長!!これノンアル!ほら、裏見て裏!」
そうリョウ先輩が叫びながら茶色の瓶の後ろを見せる。そこには清涼飲料水と書いてあった。
「えっ…!そ、そうなんだ、コレ私達でも飲んでいいやつ…!?」
「あ〜ビビった。寿命縮まったわ。お前ら紛らわしい事すんなよな〜」
「す、すいません。店長」
本気でビビっていた店長に謝罪する。それはそうと、伊地知先輩が興味ありそうなリアクションしていたな。
「え〜っ!!こなちゃん!リョウ!!二人共ズルいよ!わ、私だって飲んでみたい!おねーちゃん!私もいいコレ頼んで!!」
「んあ?ああいいぞ?何だよ虹夏ビールに興味あんのかぁ?」
「可愛いね妹ちゃん!お酒に興味ありますか!」
きくりさんと店長の囃し立てもなんのその。伊地知先輩は私達と同じく、ノンアルビールの瓶を頼み、自身の前に置く。その様子に他の結束バンドの面々も、なんだなんだと集まってくる。
「私も飲むよ!こなちゃん。リョウ!改めて、乾杯しよ〜う!」
飲むよって。伊地知先輩。それは本物ではないですよう?
「い、伊地知先輩!それは本物では…!?」
「に、虹夏ちゃん!だ、駄目ですよぅ、わ、私達まだ未成年…!」
「ぼっちちゃん!喜多ちゃん!大丈夫!これノンアルだから!結束バンドの親睦を深めるため!皆で改めて乾杯しようよ!」
ふふ。可愛らしい。喜多さんもひとりさんも。口ではそんな事を言ってますけど、興味津々の感じですね。ならば。
「そうしましょう皆さん!本物は二十歳のときに取っておくとして!」
「よっしゃ!こなちゃん!グラス人数分!ほんでノンアルビールも人数分だ!」
あれよあれよと準備は進み!メンバーの前にグラスは行き渡った。
「良し!なら!ライブの時はこなちゃんにいいトコ持ってかれたから、今回は私が音頭取るよ!」
「いよっ!虹夏!日本一!!」
リョウ先輩が誰の真似事か分からないような合いの手を飛ばす。それを合図に私達は片手にグラスを持ち、本日二度目の。
「せーの!かんぱ〜い!!」
「はっけよ〜い!のこったぁ!!」
「のこったぁ!?」
がっちゃあああああん!!本日二度目の轟音!!
ふふふ。変な掛け声の、犯人は私!だって、さっきただの乾杯はやったじゃん?ここは変化球投げてみたくもなるじゃない。皆引っ張られてくれたわね!
「むう!こなちゃん!なにそれはっけよいのこったって!相撲じゃないんだよ!」
「虹夏。でも、それじゃない?」
「むむむ!確かに!こなちゃん!許す!」
「恐悦至極!」
「はわわ…!す、凄いテンションです!ホントにノンアル…!?これ…!」
「ひとりちゃん!大変よ!皆場の雰囲気に流されつつあるわ!」
ノンアルビールの登場が、場の雰囲気を一気に加速させる。私もだが、特にアルコールは入っていないというのに、楽しくなってきたぞ!さあ!宴はまだまだ終わらないわよ!
クイクイグイグイと!皆でどんどんノンアルビールを開け。つまみを食べては、結束バンドを結成してから今日この時までの楽しかった事を、憂い事を。ゲラゲラ笑いながら話していた。だいぶ夜も更けてきたというのに、話題は尽きる気がしなかった。
「は〜あ。ふふ…。楽しい…」
「ねっ!リョウ先輩!楽しいですよね!」
心なしか頬が赤いような、リョウ先輩に私は同意する。ノンアルビールが、楽しい気分を後押ししてくれている気がする!
「このメンバーで、ずっとやっていけたらいいね。此方」
「勿論ですよ!これからもずっとやりましょう!リョウ先輩!!」
「嬉しい。此方。…話したっけ。此方には」
うん?何だろう。少し、リョウ先輩の雰囲気が変わった。なんか少しアンニュイだ。
「私さ。前にやってたバンド辞めたんだ」
「えっ!?そうなんですか!?」
知らなかった。皆は知っていたのか?と周りに目を配ると、伊地知先輩はその話するんだ。と少々驚いた顔でこちらを見つめていた。
「そう…でしたよね。リョウ先輩…」
喜多さんも知っていたのか。
「私、リョウ先輩の追っかけだったから…。リョウ先輩がそのバンド辞めちゃって途方に暮れてたんだけど、新しいバンドを始めるって、しかもメンバー募集してるって聞いて…、いてもたってもいられなくなって!あ、後のことはあんまり考えずに、気付いたら応募してたわ!」
てへぺろ顔の喜多さん。なるほどそれが、結束バンド初期の喜多さん事変の真相か。表情こそ可愛らしいが、行動力がやはり並ではない。出たての芸人かよ。
「あ、あの…り、リョウ先輩。な、何で辞めちゃったんですか?前にいたバンドを…」
ひとりさんが小首を傾げてリョウ先輩に問い掛ける。
「…私は、そのバンドの作詞が書く、青くて向こう見ずな歌詞が好きだった。そのバンドで売れたかったんだけど、そいつの歌詞は売れ線を意識してどんどん変わっていったんだ」
みな、一様に言葉を噤む。リョウ先輩の話に聞き入っていた。
「売れるために変わる。間違ってるとは言わないけどさ。私はそれが嫌で。抜ける時にちょっと揉めちゃったりもしちゃって。バンドが、音楽そのものが嫌になってた時期に声を掛けてくれたのが、虹夏だったんだ」
「…うん」
(ねえ、暇ならベース弾いてよ!)
(…なんで?)
(だって私!リョウのベース、好きだし!)
「虹夏に誘ってもらって、私はまたバンドやってる。未練がましいかもだけど、私は皆となら、前やってたバンドで出来なかった事。私のやりたい音楽をやって、尚且つ売れる。それが出来る気がするんだ」
「…それが、リョウ先輩の夢ですか」
「…うん」
そう言って少し俯く、リョウ先輩の顔は何処か、儚げだ。私には何故かそう見えた。
「り、リョウ先輩!私はリョウ先輩の行く場所!何処にでもついていきますよ!リョウ先輩が向かう場所に、間違いなんかあるわけないんですから!」
「…郁代。ふふ、ありがとう」
夢。バンドに託す、夢かぁ。私のは…。
「私は既に叶っちゃってますね。ギターヒーローさんを見つけ出して一緒に音楽をする…。次は、どうしましょうかねぇ?」
言いながらひとりさんを見やる。
「ふぇ!?」
後藤ひとりさん。類稀な音楽の才を持ちながら、引っ込み思案やぼっち気質が災いして中々日の目を浴びないギタリスト。
もっと評価されていいと思うしされて欲しい。
…ていうか私。次やりたいことを考える時にまたもや真っ先にひとりさんとの事を考えるあたり、最早筋金入りだな。
と自分自身に対して苦笑していた。
「私はまだ決まりませんね。次の夢。取り敢えず、ひとりさん!私は貴女のフォロワーを続けます!不束者ですが、変わらずバンド活動頑張りましょう!」
「あっはい!」
ひとりさんにそう言うと力強く返事を頂けた。確かな意志を感じるその表情は私には頼もしく映った。
「…皆。私もさ、夢あるんだ。…聞いて、もらえるかな?」
今度は伊地知先輩が話し始める。静かな口調で、…表情に確かな決意を秘めて。
「…勿論ですよ。伊地知先輩」
「ありがとこなちゃん。ちょっと話が重いかもだけど…。私ね。小さい頃にお母さんが死んじゃったんだ」
思わず口に含んでいたノンアルビールを誤飲しかける。周りの様子を窺うと皆一様に驚いていたようだ。リョウ先輩だけはいつも通りに伊地知先輩の話を聞いていた。
「お父さんは偶にしか家に帰ってこないからさ、私にはお姉ちゃんだけが家族だった。お姉ちゃんは寂しがってた私をよくライブハウスに連れてってくれた。…そこはね、私にとって、とってもキラキラして輝いてて…。凄く幸せな空間だった」
「…ここからは、私が勝手に思ってるだけ。本人から聞いたわけじゃないんだけどね。お姉ちゃんが自分がやってるバンドを辞めてまで、ライブハウスを作ってくれたのって、私の為でもあったのかな?って思ってるんだ。お姉ちゃんのバンドのライブ、何もかも、辛かった事も悲しかった事も全部忘れて腕突き上げて。あの時の私が、すっごく楽しそうに見えたから、なのかなって」
…そうか。そうなのか。店長さんがこのライブハウスを作った理由。伊地知先輩が音楽を好きになった理由。全てが一つの線となって繋がった。
店長さんが伊地知先輩を思う気持ち。伊地知先輩が店長さんに憧れた気持ち。
このSTARRYってライブハウスは、二人のそんな気持ちの集大成なのかな。
「…私は、お姉ちゃんの分まで、バンドで売れたい。そして、お姉ちゃんが私のために作ってくれたこのライブハウスをもっともっと有名にしたい。…これがさ、私の夢。…やっぱ重かったでしょ。…ゴメン皆」
そう言って俯く伊地知先輩に、掛ける言葉を探す。小さい頭をフルで回転させて。すると私より早く、ひとりさんが伊地知先輩に対して言葉を掛ける。
「に、虹夏ちゃん!きょ、協力します…!その夢…!」
「わ、私は、皆の夢を叶えてあげられるようなギタリストになりたい!皆さんに貰ったものを少しでも返していけるようなそんなギタリストに!だ、だから!虹夏ちゃんの夢を叶えたい!も、勿論リョウ先輩の夢も!わ、私!このバンドのギタリストとして、精一杯頑張ります!!」
「…ぼっちちゃん。ふふ、ありがとう」
「私の夢、そして虹夏の夢。二つ叶えた先は、日本一のバンドかな?…期待してるよ、ぼっち」
ひとりさんの気持ちの籠った言葉に先輩二人は目を細めてそれぞれ感謝の言葉を述べる。虹夏先輩の目は少し潤んでいるようにも見えた。
「伊地知先輩。知りませんでした。伊地知先輩が、バンドに対してそんなに並々ならない思いを抱いていたなんて」
真剣な表情の喜多さんが、伊地知先輩の前に座る。
「い、いや〜喜多ちゃん。そんな、並々だなんて。少し重い理由だからさ、言う時を逃してただけだし〜」
そう言いながら伊地知先輩は頭を掻く。
「貴女の優しさがなかったら。リョウ先輩の寛容さがなかったら、私はここにいません。貴女には恩があります。伊地知先輩の夢。私も共に見ます。…見させて、下さい」
そう言って喜多さんは伊地知先輩の右手を両の手で包むように握った。真っ直ぐな視線を伊地知先輩の目に合わせたまま。
「…!きた、ちゃ…ん」
「私も僭越ながら、お手伝いしますよ伊地知先輩。バカ売れして人気者になって!ガンガンSTARRYの名前を売り出しましょう!それこそ、山の先にも、空の先にも!このライブハウスの名前が届くくらいにね!」
私は立ち上がってピシッと居酒屋の天井を指差す。伊地知先輩は、一瞬だけハッとしたような、不意を突かれた、かのような表情をした後、その綺麗な顔をクシャクシャに歪ませる。
「みん、みんなぁ、うっあ、ありがどうぅ〜、わ、わだ、わだじぃっ、まだバンドになっで日が浅いのにっ、ご、こんなはなじざれだらおもいかなっでぇ〜!プレッシャーになるがなっでぇ〜!」
ぴえ〜んと泣く伊地知先輩。
…確かに。ライブ前に聞いてたらプレッシャーになったかも。
自分だけに辛い思いを隠して、私達の負担を減らす。伊地知先輩らしいや。
…でも、次からは。話してほしい。たとえ小さい不安であっても。
そう思うと私は、手を伸ばして、伊地知先輩の頭を撫でていた。
「ふえ…?」
「その程度で、重いなんて思いませんよ。侮らないでほしいのです。罰ゲームですよ。伊地知先輩?」
撫で撫でと、触り心地の良い伊地知先輩の頭を撫でていると、両隣から二本の手。
それぞれ、イタズラ顔した喜多さんと、何やら思い詰めた感じのひとりさん。
「そうですよ〜?せんぱ〜い。私達の事、一個下だからって子供扱いしてませんか〜?罰として、撫でられなさ〜い」
「は、はわわわわ、虹夏ちゃん!な、泣かないでください!ふ、ふたりはこうやると泣き止みます!か、悲しいの、とんでけ〜!」
私を含めた後輩三人に撫でられる伊地知先輩という、特殊な状況。
「ぶふふっ。どっちが後輩が分かんないね。虹夏?」
思わず吹き出した、リョウ先輩が伊地知先輩に言った。
「…うう〜!も、もうオシマイ!!げ、元気出たけどやりすぎ!生意気だぞ後輩ども!!」
「うわあ!伊地知先輩がおこったあ!」
「きゃー!こわいです!」
「えっ!?え!?虹夏ちゃん!?なんで!?」
「そこの赤髪と黒髪!棒読みなんだよ全然怖がってないだろ!?ぼっちちゃんはありがとね!元気出た!」
「あっはい!よかったです!」
「仲良いねえうちのバンドは…コレなら長続きしそうだ」
リョウ先輩が漏らした呟きも、居酒屋の喧騒の中に飲まれて消えていく。ワチャワチャとする五人の仲良し少女達を眺めながら、感慨深げに呟く、三つの人影。
「虹夏。いい仲間を持ったな…」
「ね〜っ。先輩?バンド捨ててまでライブハウス作った甲斐がありましたね〜?」
「あれは虹夏が勝手に言ってるだけ。私は、飽きたんだよ。バンドに」
ふっと笑いながら伊地知星歌は廣井きくりに返す。真意が読めないその笑みを、大人二人はそれぞれしっかりと汲み取ったようで。
「世界一優しいお姉ちゃんだと思いますよ?貴女のもとで働けるのを光栄に思います。な〜んちゃって?」
「ホント、身内には甘々だよな〜。私にも少しは手加減してくれてもい〜のに〜」
「恥ずかしいからやめろPA。ほんで廣井。手加減してやってそれだとは思わないのか?」
「え?嘘。何それ怖い」
夜も更け、私達、結束バンド初のライブの打ち上げは終わりを迎えようとしていた。
他にも会計時に思った以上の金額を見て、店長が青ざめていたり。
きくりさんが尚も奢ってもらおうと喰い下がろうとして、逆に一人分より多く支払わされていたりと色々あったが。
今日の会は、皆のバンドする理由を聞けて、とても有意義な会になった。と思う。
皆と別れ、一人で下北の街を歩く。
昼間に来ていた台風が吹き払った、雲一つない空を見上げ、私は今日あった様々なことを振り返る。
リョウ先輩の理由。伊地知先輩のわけ。ひとりさんの決意。喜多さんの覚悟。
…私も理由を見つけて、結束バンドの一員として頑張ろう。勿論伊地知先輩の夢に協力しつつ、私達だけの音楽をやるという、リョウ先輩の夢を叶える。
それもあるが、私の。私だけの理由。近いうちに、それが必要になる。そんな気がするのだ。
偶然ですが、主人公が空の向こうまで。と言った事に虹夏さんが反応しました。普段はそんなに泣き虫ではないはずです。
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