女子高生ギタリストはギターヒーローの夢を見るか!? 作:はま0821
なんだこのタイトル。
ここは下北沢のとあるスーパー。何故私が朝っぱらからこんな所を訪れているのかというと、特売の卵が安いからだ。
んなもん夕方でいいだろ。だとう?ちっち。舐めてるね。
この物価高のご時世、なんと卵一パックの値段が百円を切るんだぞ?
そんなハイパー目玉商品が夕方まで売れ残る筈ない。
顔が可愛くて性格も良くておまけに器量良し。そんな女の子が三十歳近くまで売れ残るか?それと同じだ。
いつもの如く軽量を活かして戦場を突破し、戦利品(卵)を満足気にカゴに放り込む。
これでほぼ任務完了だが、確か洗剤諸々が切れていたはず。覚えてるうちに補充せねば。
はー忙し。などと呟きながら生活関連品の売り場に足を向けようとすると、よく見知った顔を発見する。
「あら」
「おぉ。黒井か」
我がバイト先の店長。伊地知星歌さんだ。
失礼。めっちゃ美人で性格も良くて器量良しでも、売れ残ることはあるな。…こういうのはタイミングか。
「おいコラクソ失礼なこと考えてねえか?減俸にすんぞ?」
「憶測で人の給料減らさないで下さいよ!」
人の心読まないで下さいよエスパーかよ。
…しかし。なんか店長の様子がおかしいな。心ここにあらずというか。心配事を抱えていそうなそんな感じ。
「…時に黒井よ。お前、今日何か予定ある?」
「いえ?この戦場を突破したら、珍しくバンドの練習もバイトもない完全オフです。溜まったゲームでも崩そうかと」
「マジか。…も一つ。料理できる?」
「料理すか?いやまあ、下手ではないかと。中学時代から弟と二人三脚で自炊三昧ですからね。大抵は作れますよ?」
そこまで話すと、店長は私と少し距離を開けた後に、ズバアっと頭を下げた!
「…な、な、な」
「頼む黒井!バイト代出すからちょっと手伝ってくれねえか!?」
「えっ!?何をですか!?」
かくして、私の降って湧いた完全オフの休日は、露と消えようとしていた。
「はあ〜。成る程。伊地知先輩が風邪」
「そうなんだよ。多分こないだのライブの疲れとか、バイトの疲れとか、全部出たってか、そんな感じかな」
買い物を終えて、一路伊地知家へ。その道中に事情を聞く。
店長曰く、掃除やら洗濯やらは何とでもなるが、どうにも料理だけが下手くそで、風邪っ引きの妹に不味い飯食わせるのも忍びない。どうにかならんか、と困っていたそうだ。
「一応薬飲ませて寝かしつけてきたけど…、あの性格だろ。静かに休んでくれるとも思えねぇ。頼む黒井。協力してくれ。二人で完璧に家事こなしちまえば、アイツも安心すんだろ。バイト代は弾むからよ」
…成る程ね。お話は分かりました。
「任せて下さいよ。私も伊地知先輩や店長にはお世話になりっ放しの身。少しでも御恩をお返しできるのなら」
「すまんな黒井。恩に着る」
「いえいえ。では急ぎましょう。風邪を引くと、精神的に弱くなります。寂しがっているかも」
「アイツがか?ははは、それはさすがにねえだろ」
私の言葉を受けて、店長は軽く笑うが。
ああ見えて伊地知先輩は打たれ弱いとこあるんだよなぁ。
こないだの打ち上げの時もぴえんしてたし。
フラグにならなければいいけど。
私は少しだけ先の展開を心配をした。
マンションのドアを出来得る限り、静かに開ける。伊地知先輩が眠ってる可能性があるから。
いつぞやお泊り会で来た時と間取りや置いてるものは同じだが、とても静かに感じられた。
前と何が違うのか?それは簡単だ。伊地知先輩がいないからだ。
楽しそうにカラカラと喋り、ニコニコと場を照らす華のような笑顔。いるといないじゃ大違いだな。
「…た、ただいま〜っと」
「店長。今一人暮らしの部屋に帰ってきたみたいだな。…って思ったでしょ?」
「…なんだそりゃ?…まあ、お前が言わんとせんことも分からんでもないがな。確かに、こりゃあ静かだわ」
「早く元気になってもらわなきゃあ店長寂しくて仕方ないですね?」
「うっせえ。私は一人でも平気だし。…さて、無駄口叩いてねえでバシッと介護しちまおう」
「ガッテン」
こっそりと二人して、伊地知先輩の部屋に忍び込む。
どうにも先輩の趣味に合いそうもない、リョウ先輩の私物に侵略された部屋の片隅のベッドで、先輩は寝息を立てていた。
「おおよしよし、ちゃんと寝てんな。薬が効いたかな」
熱のせいだろうか、赤みがかった頬と汗ばんだ肌がなんか色っぽい。
…余計なことを考えたな。そう思いながら、サラサラの髪の毛を指で横に除けて、伊地知先輩の額に手を添える。
「…ふむ。38.5ってとこですかね。結構シッカリ風邪ですねぇ」
「…お前、凄えな。確か出かける前に測った温度と一緒だ。分かるんだな」
「昔からの特技です。…さて、多分汗かいちゃってるんで体拭いて服着替えさせちゃって下さい。その間にお粥でも作りますよ」
「あ、ああ…。すまん。マジ助かる」
「なに。困った時はお互い様です。台所借りますね」
伊地知先輩を店長に任せ、台所へと向かう。
病人だから、味付けは薄く、栄養は満点…。卵粥にしよう。
昔から風邪によく効くと言われるネギも添えて。
鍋に炊いたお米と被る程度の水を入れ、ひと煮立ちさせる。米の硬さは最悪噛まなくてもいいぐらいに柔らかく。
良い感じに煮込んだらほんだしと塩で味を調える。
今伊地知先輩は病人なので、ホントに薄味だ。
そしたら火を止めて卵を回しかけ、鍋に蓋。余熱で火を通す。
器によそって小口切りにしたネギを真ん中に添えたら。私特製卵粥。完成ね。
風邪引きのお供。ポカリをコップに注いでお盆に一緒に乗っけて、伊地知先輩の部屋に舞い戻る。
「おまったせしました!愛情一番黒井此方特製卵粥ですよ!食べてみて下さい!」
「お、おお黒井。すまねえ。そこ置いといてくれ」
「あ〜。ほんとだ〜、ほんと〜にこなちゃんがいる〜」
部屋に入ってみると前と違う点が一つ。伊地知先輩がベッドの上で身体を起こしていた。…のだが、どうもいつもの先輩と雰囲気が違う。なんというか全体的に、フニャッとしている。喋り方といい、表情といい。
「ほ、ほら。虹夏。黒井がお粥作ってくれたから。自分で食べられるだろ?」
「む〜。や〜だ〜。たべさせて〜」
ん?何だ?聞き間違いか?すんごい甘ったるい声で伊地知先輩が店長におねだりしているように聞こえたのだが。
その要請を受けて戸惑っている店長にすっと近寄り、ヒソヒソと話す。
「ちょちょちょ。なんすかこれ。伊地知先輩甘えん坊モードかなんかですか?風邪引くといつもこうなんすか?」
「…いや。私も初めて見るぞ、こんな虹夏。いつもは風邪引いても割としっかりしてるんだよ。…なんだコレ」
「は〜や〜く〜!」
布団をぽふぽふと可愛らしく叩きながら伊地知先輩が急かしてくる。私と店長はアイコンタクトを交わして、取り敢えず要求通りにして、早く寝かし付けちまうことを確認しあった。
「え〜と。んじゃ、あ、あ〜ん…?」
「あ〜ん!」
店長が慣れてないであろう、あ〜ん。を敢行する。
お粥をスプーンで掬ってふぅ、ふぅと。吐息で人肌程度まで冷まし、伊地知先輩の小さなお口に丁寧に運ぶ。
終始、店長の頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。無論それは、私もだ。
ここで皆様にだけ事情を説明しよう!伊地知虹夏は、先ずは普段のバンドの練習!STARRYでのバイト!夏休みの課題に、結束バンド初となるライブの準備と!この所オーバーワーク気味に忙しくしていた!!
極めつけにかなりのプレッシャーが掛かったライブの本番!何とか成功させたは良いものの、その疲労が開放感と共に一気に伊地知虹夏に襲い掛かった!!
その結果!伊地知虹夏の精神年齢は一時的に退行した!
抑えつける役割の、理性が著しく弱体化し、己の欲!本能のままに行動する!我が儘虹夏ちゃんの爆誕である!
「おいしい!おねーちゃんありがと!つぎ、こなちゃん!あ〜んして〜!」
…役得だわ。この伊地知先輩めっちゃ可愛い。いや普段が可愛くないわけじゃないですよ?
「ふへへ…。勿論ですよ伊地知せんぱ〜い。思う存分あ〜んしてあげますからね〜!」
「わ〜い!」
「おい黒井!」
鋭く店長に呼びつけられひそひそと話を交わす。
「甘やかすのもいいけど目的を見失うなよ?虹夏を看護して寝かし付けてから家事を片付ける!だ!分かってんな?」
「うぐっ…。わ、分かってますよ」
店長に釘を差される。私としてはこの我が儘虹夏ちゃんモードをもっと堪能していたいのだが、冷静に考えてみれば、伊地知先輩の様子はおかしい。
どこか身体に負担がかかってしまっているかもしれないため、やはり店長と同じく早めに寝付いてもらうのがいいか。と名残り惜しくも決断を下すのだった。
その後が大変だった。何とかお粥は全部食べさせて、薬も飲ませたのだが。
まず、寝ない!ベッドに横にならない!ねむくな〜い!とか言って!
その癖いつもの伊地知先輩の如く思い出したかのように、洗濯物…。とか、買い物…。とか呟くから我々としたらたまったもんではない。
こちとら色々と気をつかって看病しているというのにそんな身体で動き回られちゃ病気は悪化してしまう。何とか伊地知先輩を宥めつつ大人しくしていてもらうことに必死だった。
「て、店長…!こりゃ思った以上にハードワークですね…!」
「す、すまん黒井…!他にも特典つけるから見捨てないでくれぇ…!」
「いや見捨てませんよ!?乗りかかった船ですし。こうなったら意地でも寝かし付けてみせますよ。店長協力してください!」
「あ、ありがとな黒井ぃ!お前はホントサイコーだ!」
「もー!ひそひそきんし!わたしとあそんで〜!」
「「はいただいま!!」」
店長と二人でおんなじ言葉を返す。全くとんだ休日だ!
まあ、お転婆虹夏姫と、とことん遊べているのだから、休日みたいなものかな!?
私も大分鍛えられた思考してるわね!
先程どさくさに紛れて伊地知先輩のおでこを触ってみたのだが、だいぶ熱は下がってきていた。後一押しといったところだな。
今の伊地知先輩は、小さい子供のようだ。小さい子供を寝かしつけるなら、最後はアレと、相場は決まっている。
我々の必死のディフェンスで、ベッドからは降りていない伊地知先輩は、とうとう、うつらうつらと眠たそうに首を揺らし始めた。
「ど、どうした虹夏!?眠いのか!?寝ちまえ!そうすりゃ風邪も治るさ!」
「…む〜。ねむ〜い…」
「伊地知先輩!早く眠って風邪治さなきゃですよ!バンドも勉強も、健康あってのことです!」
言いながら私は伊地知先輩の背中に手を回して、身体をゆっっっくりと横に倒してさしあげる。
その間、特に抵抗はされなかった。
「おねえちゃん。こなちゃん…」
「な、なんだ虹夏!この際だ、何でも言え!」
「な、なんでしょうか伊地知先輩!」
「おはなしして…」
はい出た。来ましたよ。私調べで小さい子供が寝る前の最後の足掻きで要求してくることのツートップ。お話しして?か、お歌歌って?のどっちか。ふたりちゃんは後者だったな。
「ええ〜。お話ったってなあ〜、赤ずきんちゃんとか、うさぎとかめとかか?」
店長が分かりやすく困惑する。そりゃそうだ。無茶振りもいいところだ。芸人に対して、なんか面白い話して!ってぐらいに無茶振り。
だが、この二つの要求に対しては必勝法がある。先のひとりさん家のお泊り会の時に、船を漕ぎ出したふたりちゃんに対して、ひとりさんが常に行なっていたこと。
体の一部分、頭でも背中でもいいのだが、さすり続けてあげることだ。
信頼した相手に常に触っていてもらえる。そんな安心感が、子供を安眠に導くとか。
私。そんな眉唾話を聞いたことがあります!
「お、おし。分かった…。こんな、感じかね…」
店長が伊地知先輩の頭を撫で始める。…普段の雑な感じは何処へやら。その手つきは、ガラス細工を扱うかのように優しかった。
「んう…。くすぐったいよ〜。おね〜ちゃ〜ん」
ケタケタと笑いながらも、受け入れている。割と好感触みたいだ。あとは、お話か。
「おほん。それじゃあ…これはね、私のヒーローのお話…」
店長が顔を上げて私と目を合わせる。
まるで、(えっ!?お前お話持ってんの!?)とでも言いたげだ。まあ、今創作してるわけですがね。
虫プロもビックリの突貫具合。
「私のヒーローはですね…。普段は全く頼りにならないの。引っ込み思案で怖がりで。他人と目も合わせられない。でもね。それは、世を忍ぶ仮の姿なんだぁ」
「…うん…」
話の間も店長は伊地知先輩の頭を撫で続けている。既に目は閉じられているので、後は静かに語っていれば、堕ちるはずだ!
「その人はね、楽器を持つと変身するんだよ。皆を助けるヒーローに。どんな物にも負けない最高のヒーローに。その人を見ているとね、いつの間にか消えているんだ。こわい、や、どうしよう、が。そして、私の少しだけ前を走ってくれるの。どんな嵐の夜の海でも進路を見失わない灯台の明かりみたいに。こっちでいいんだよ。君は、間違っていないんだよって」
「…かっこいいね。そのひと。すーぱぁひーろーだ」
「うん。私の、ヒーローのお話。…どう?ねれそ?」
「きいて、こなちゃん。わたしにもね、いるんだよ?あこがれてる、ひーろーみたいなひと…」
「…へえ?」
伊地知先輩が憧れてる人か。誰だろ。リョウ先輩。ないな。ひとりさん。あり得るが、同担は拒否したい…。いや、他ならない伊地知先輩だし…。
「いつもぶっちょづらで、めなんかするどくてこわがられちゃってさ?なかなか、はじめてあったひととかに、ごかいされちゃうのが、なおんないんだよ〜」
伊地知先輩の話を聞きながら、ニマニマと私は店長へと視線を向ける。
私と目が合った店長は、バツが悪そうにふいっと顔を逸らした。
心なしか店長の頬が少し赤い気がした。
「でもね?ほんとはすっごく、やさしいんだよ?たいふうのひなんか、みんなを、だれよりもしんぱいしててね?けがしてないかなとか。ちゃんとこれるかなとか。…わたしが、らいぶはうすで、たのしそうにしてたからって、じぶんのばんどやめちゃってまで、わたしのために、らいぶはうすひらいてくれて…」
「うん。…うん…。しってるよ」
いつの間にか伊地知先輩は私の手を握っていた。私は、その柔らかい小さい手に、自分の手を重ねて、できるだけ優しくさする。
「いつもすてーじのうえの、ひかりのなかにいるあのひとは、かっこうよくてやさしくて。わたしのあこがれ。おねえちゃ…だいす…」
そこまで呟いて、伊地知先輩の寝息が聞こえ始める。やれやれ。ようやく電池が切れましたか。元気過ぎて難儀しましたよ。…店長は顔を逸らしたまんまだ。ふふふ。今度は耳まで赤いわね。
「…黒井」
「はあい。なんですか?」
「なんかさ…。ありがとうな。今度、寿司でも奢るわ」
「マジすか。私ザギンがいいです。回らないやつ!」
「私と虹夏の生活費がなくなるからそれは勘弁してくれ…」
なんすかなんすか。お姉ちゃんヒーロー、なんでしょう?お金なんて微々たる問題じゃないですか!
ようやく眠ってくれた伊地知先輩を横目に見ながら、二人で分担して残りの家事を片付け、窓の外を見てみると、とっぷりと日が暮れて、もう辺りは暗くなっていた。
「わ〜あ。意外と時間経っていたんですねぇ」
「泊まっていくか?外食、出前とかとるぞ?」
「いえ流石にそこまでは悪いので帰ります。店長、伊地知先輩をよろしくお願いします」
「…そうか」
店長がいろんな感情が混ざり合ったかのような不思議な表情をしている。
それに少しだけ後ろ髪を引かれる思いをしながら、帰り支度を整えていると。
廊下の方からバタバタと騒々しい、足音が聞こえてきた。
そして、ドアが開け放たれる。そこには、伊地知先輩が息を乱しながら立っていた。
…あ。雰囲気が戻ってる。いつもの先輩だな、多分。
「に、虹夏!?」
「い、伊地知先輩。目が覚めたんですか?」
私と店長は、揃って疑問を先輩に投げ掛ける。先輩は、さまざまな感情が渦を巻いているようにグルグルした目と、真っ赤な顔をしながら私達を見つめて。
「ふ、二人共。忘れて」
「はい?」
「いーからっ!!わ、忘れてーーーーーっ!!!!」
先程まで風邪をお召しになっていた人とは思えぬ程の力強い咆哮が、伊地知家の一角に響き渡ったのだった。
全部覚えてるわけではないのですが、端々にやっちまった的な記憶が残っています。虹夏ちゃんからしてみたらたまったものではありませんね。
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