女子高生ギタリストはギターヒーローの夢を見るか!? 作:はま0821
悩む喜多ちゃん回。
アーティスト、とは?
残暑厳しく汗が滲む、湿度の高い九月の半ば。いつもの如く、ひとりちゃんに巻かれてしまった学校からの帰り道。
…全くもう。クラスでも友達ちゃんと出来たんだからもう私にくらい慣れてくれてもいいのに。
まだまだ元気一杯の日差しを少々鬱陶しく思いながら、私は一人、STARRYへと向かうのだった。
肩に食い込み存在を主張するギグバッグ。背負い直すと涼しい風が吹き抜け、ギグバッグと背中の間の夥しい量の汗を教えてくれる。乙女としては由々しき問題だわ…。
何とか目的地まで辿り着き、ドアを開ける。同時に髪を揺らす涼しい風。嗚呼、文明万歳。
階段を降り、いつも皆とダベっているメインフロアのテーブルまで辿り着き、ギグバッグを適当な場所に下ろす。…珍しい事に、今日は店長もPAさんも誰もいなかった。…私が一番のりか。…いや、それなら冷房がついてるわけないわよね。奥にいるのかしら?
何にせよ、好都合。今一度私は誰にも見られていないかを慎重に確認し、鞄の中から制汗スプレーを探し出して制服の中に差し込み、豪快に背中やら脇やら。気になる部分に噴射する。普段ならばこんなはしたないこと出来ないけど、誰も見ていないならいいわよね!
「はぁ〜…!ヤバい、さいっこ〜…」
…。おっと。そろそろやめとこう。清楚なキャラで通っている私。こんな事をしていたらイメージ崩れちゃう。そう考えて、制汗スプレーをしまう。…スプレー臭が残っちゃうけど、それは頑張って稼働してくれてる冷房くんがなんとかしてくれることでしょう。…そして。
「…はあ」
私は否応なしに、暑さだけではない憂鬱のもう一つの原因。ギグバッグに視線を向けた。
「…」
無言でギグバッグに近づき、慣れた手つきでギターを取り出して、肩に掛ける。近くにあった椅子を引き寄せて座り、左手を弦に右手にはピック。いつものポジション。
そして、私は一呼吸を置いて、右手のピックを弦に向かって振り下ろした。聞き慣れた音。昨日も一昨日も、練習してきたのと同じ音が私の耳を劈く。
そのまま無我夢中に弾き鳴らし、ギターと合わせてボーカルの部分を歌う。分かってる。共用のスペースでやることではない。スタジオでやるべきこと。だが、吐き出したかった。何をかは、分からない。只々、自分の心の中に漬物石みたいに鎮座する何かを放り出す様に弾く。歌う。
ワンフレーズ歌いきり、力強くダウンストロークで締め、少し乱れた息のまま、視線を宙空に彷徨わせる。…全く。ホントに私は空回りの天才だわ。
「ぶ〜らぼ〜!流石は喜多さん。歌上手いですねぇ〜♪」
「ぽぉうっ!?」
不意に死角から声を掛けられ、思わずいつもよりワンオクターブは高いだろう悲鳴が出る。
「ぴ、ぴぴぴぴPAさん!?い、いつから!?」
「…う〜んと。制汗スプレー乱舞のあたりから…」
「最初からじゃないですかぁ!?い、言って下さいよっ!?」
「いや〜、気持ち分かるし、空気読んで声掛けなかったんですよ〜。そ、そしたらどんどん出づらい雰囲気に…」
うう…!顔が熱い…!穴があったら入りたいわ…!
「…それにしても喜多さん…。どこぞのキングオブポップみたいな驚き声でしたねぇ…」
そう言いながら口に手を当ててクスクス笑うPAさん。むむむ、良い性格をしているなこの人も。
「"誰が悪い"んですかねぇ!?PAさん!?」
「ほおう?Badで返してくるとはやりますね喜多さん。…ところで、…何故そんなに、苦しそうに歌うんですか?」
そのPAさんの言葉に、私は氷の手で心臓を掴まれたような感覚に陥った。
「…えっ?」
「私にはそう見えました。必死になって、音に縋り付くような。…勘違いですかね?」
思わず間の抜けた声を出しながら、PAさんの目を見返す。PAさんの瞳からは、何も読み取ることができなかった。只、いつも通りの黒髪黒衣の麗人が佇むだけ。
「えっいや…、そ、そんなこと…」
「ふむ。それならば良いのですが。もし私でもよければ、話、聞きますよ?」
「…」
参ったわね。そんなに分かりやすいのかしら。私。一度視線を外して床に落とし、暫くしてからもう一度、力無くPAさんと視線を合わせる。…どうやら私の演技力では、目の前の人は騙せそうにない。
「…私。よく分からないんです。最近、自分が」
「…その心を、お聞きしても?」
少し低い、落ち着いたPAさんの声。張り詰めていたものが、少し解けた。そんな気がした。
「…私がギターを弾く理由。分からなくなっちゃって。私のバンドには、わ、私よりも全然上手いギターを弾ける娘が二人もいる。黒井さんに、ひとりちゃ…、後藤さん。この二人がいるなら、へ、下手な私がギターを持つ理由は?私が弾く意味、あるのかなって…あ、あはは。ごめんなさいいきなりこんな…」
何故か意味もない笑いが口から漏れた。あんまりハッキリと言ってしまった自分の本心を、少しでも誤魔化したかったのかもしれない。PAさんは、珍しく目を見開き、私を覗き込んでいた。
「…聞く所によれば喜多さんは、ギターを始めてまだ数ヶ月。黒井さんに後藤さんは、少なくとも年単位と聞いています。…焦ることは、ないのでは?」
そうだ。分かってる。理屈じゃ絶対、PAさんの意見が正しい。まだ始めて数ヶ月の私が、あの二人に並べるわけない。分かってる、けど…。
「し、初心者だから。始めてスグだからしょうがない。わ、分かってる。分かってるんです。それは。で、でも!黒井さんは、後藤さんは。ミスばかりする私に、ま、全く、嫌な顔一つせずに教えてくれるんです。ここはこうするといいよって。どうしてそうなるかまで、ちゃんと説明してくれて。それが凄く、嬉しくて。わ、私は…。あの二人に報いたい。だから、何時までも下手な自分が、き、嫌いで。嫌いで、仕方ないのかも、しれません…」
下唇が震えているのに気付く。手と足の先が冷たい。頭の中だけが熱を帯びている。寄る辺を探すように私はPAさんを見た。すると、PAさんは困ったような笑顔を浮かべ、私の背後を指差す。同時に、床に何か硬いものが当たるような音。疑問に思う間もなく、頭に重みが落ちてくる。誰かの手により、私の頭はグリ、と雑に撫で回された。
「ちっ!まったくよ、ホント最近のガキはクソ真面目だよな。下手な考え何とかって諺、知らねえのか?」
「あんまりですよ〜?店長〜。喜多さんは本気で悩んでるんですから〜」
「わわ!?て、店長さん!?う、嘘!今の話…!」
「すまん喜多。立ち聞きしちまった」
店長さんは、右手の平を縦にして、私に謝ってくる。か、軽い…!そして、私の正面にある椅子を引いて座る。店長さんの視線は、少しだけ何時もと違う。甘くはない。でも、冷たく突き放す、そんな感じもしない視線だった。
「あ…う…」
暫くその目で見つめられ、所在なく肩や足を動かす。視線だけは逃げなかった。それが今の私に出来る精一杯だった。
「…ふっ。んな緊張すんなよ喜多。私は怪獣か?悪い話してたわけでもなし。なあPA」
「ええ。ただの、悩める若者、喜多ちゃんですよ」
何でもないことのように、二人は雑談を交わす。その空気のお陰で、私はようやく、まともに息を吸えた気がした。
「…なあ、喜多」
「…はい」
「私はさ、一応ライブハウスの店長なわけよ。例え妹が所属するバンドでも、平等に見なきゃいけねえ。どっかのバンドに肩入れするわけにゃいかねぇ。でもな。喜多。一つだけ」
「あるぞ。お前が弾く意味」
「…!?」
「話したかどうか忘れたけどさ。私も昔、ギターやったんだ。自分で言うが、中々のものだったんだぜ?」
(中々のもの。ですか。レーベル契約、寸前までいっていた人が)
PAの思考は勿論誰に漏れることもない。
「弾き始めの頃、私も考えたよ。同い年位の上手い奴や、テレビの音楽番組見るたんび、私が弾く意味あんのか?ギターでテレビ出るような奴らがもういるなら、私が指切って汗水垂らしてまで練習する意味ないじゃん。みたいなな」
事もなげに店長さんは言う。私は目を見開いた。
「でもな喜多。ギターって、いや、楽器って奴はな、演者が変われば、おんなじ音なんか絶対に出やしないんだ。おんなじコードでもアンプでも。弾くやつが違えば音は全然違う。全く違う表情を見せてくる」
「…ならよ。お前が弾く意味は、あるだろう?喜多が奏でるギターの音は、お前以外には絶対に鳴らせねぇ。ギタリスト喜多郁代のレゾンデートル、だ。簡単で悪いが、これがお前への答えだ」
私、以外には鳴らせない音。みんなちがってみんないい。って奴か。…分かるけれど。今私が欲しいのは、そんな言葉ではない。
「…それは私より上手い人でも同じですよね?同じなら私より上手い人が弾けば…」
「甘えな喜多。音楽舐めんなよ?」
…え?
「わりいがよ。その言葉から逃げられるアーティストなんざこの世にいねえんだよ。そっから先は、弾く意味じゃなくて、弾く"意義"の話になる。プロになろうが印税ウン千万だろうが何しようが、自分が弾く"意義"。こいつからは逃れらんねえ。プロのアーティストは、いつでもそいつを奪い合って戦う。時に技術で、時にセンスで、時に感情でだ。お前が立ってんのはそんな修羅の海の浅瀬だ」
肺に氷柱でも打ち込まれたような感覚になり、喉を開く。それでも店長さんの目は、最初感じた温度から変わっては、いない。暫く呆然と眺めていると、不意に店長さんの右腕が動き、私の頭にポン、と。着地する。
「…わりいな。少し怖がらせちまったか。お前はさ。まだ始めたばかりだ。海に漕ぎ出すには準備が足りてねえ。お前が弾く"意義"。客より、ライバルバンドよりも先に、仲間に聞いてみな?例えばお前は自分の背中は見えねえだろ?前にしか目は付いてねえから。だけどよ、お前の仲間なら。きっと見てくれてる。それこそ、ぼっちちゃんや、黒井とかよ」
…雑だけど、けして乱暴じゃない。そんな絶妙な力加減で頭を撫でながら、店長さんは続ける。
「後よ…。あんな話しといて何だけどよ。焦んなよ、喜多。お前まだ高校生だろ?時間なんかまだたっぷり、あるんだからよ?結果ばっかり追うと、いつしか限界が来る。気の合う仲間と一緒に夢を追っかける時間。それが何より、貴重なもんなんだぜ?」
まるで眩しいものでも見るように、店長さんは目を細めながら口角を吊り上げる。その表情を見て、私の心の中の漬物石に、ヒビが入った。そんな気がした。
「悪かったな。長々と話しちまって」
店長さんの手が頭から離れる。…少しだけ名残惜しく感じたのは秘密だ。気付けば私は椅子を腰で押して立ち上がっていた。
「て、店長さん。PAさん。あ、ありがとうございました…!私の"意義"。しっかりと考えてみたいと思います」
「おう。頑張れ。先ずは仲間に相談してみな。一人で抱え込むなよ?」
「私は殆ど何もしてませんがねぇ〜。ファイトですよ!喜多さん。迷い、晴れるといいですねっ」
決意を新たにしたところで、STARRYのドアが開き、話し声がフロアに入ってくる。噂をすれば…。結束バンドの皆だ。す、少しだけ待ってほしかったかも。でも、逃げない。…そう決めた。
それと同時に、店長さんは私の肩に手を一瞬だけ置き、何時もの感情が読めない笑顔を向けてから手をヒラヒラと振ってくれた。PAさんは両手の拳を作って胸の前に持っていき、ふんすと息を吐いている。…はい。頑張ります。二人に軽い会釈を返し、私は結束バンドに合流するのだった。
「はあ〜。毎回思うけど、何で若者ってああピカピカと眩しいのかね?」
「分かります店長。本気でサングラスの購入を検討しますよね…」
喜多が去った後、大人二人はそんな締まらない会話を交わしたようだ。
…スタジオ練習が終わり、家へと帰る道すがら。リョウ先輩は伊地知家にお泊りだそうだ。ひとりちゃんと黒井さんに、早速聞いてみることにした。…あまり、大事にならなきゃいいんだけど。
「二人共。相談事があるのだけど」
「ほえ?なによ喜多さん?」
「き、喜多ちゃん。ど、どうかしましたか…?」
いつも通りのリアクション。それに少し安心したのか、私は口を滑らせすぎてしまう。
「えっと…。私って、ギター弾く意味あるのかなって…」
し、しまったぁ!踏み込みすぎよ喜多郁代!重すぎて困惑するでしょこんなの!もっと段階を踏まなきゃ…!そんな思考に囚われていると、血相を変えて二人が振り返った。
「き、喜多ちゃん!?な、何かあったんですか!?し、ショックな事とか…!!」
「き、喜多さんどうしたのよ貴女らしくもない!」
ほら見なさい心配掛けちゃったじゃない!?タイムマシンないかしら!?今のナシ!などとある種の現実逃避な考えをしてみる。すると、ひとりちゃんの両手が、私の右手を包んだ。
「だ、大丈夫ですよ喜多ちゃん!わ、私も始めたての頃は色々失敗しました!何も出来るようにならないし焦ったこともあったけど…!れ、練習だけは裏切りません!信じて下さい!」
いつもの頼りのない目は何処へやら。ひとりちゃんの目には、揺るぎない意志の光が宿っていた。
「そ、そうよ喜多郁代!貴女は初心者とは思えない程の上達速度をしているわ!諦めず前に進み続けていればきっと貴女だけの道も見えてくる!何があったのかは分からないけど、挫けないで!」
ギターの先達二人に、ありがたい金言を頂く。全く。何て頼りになるんだろう。本当に、店長さんの言う通りだな。…言う通りすぎて少し怖い。予言者なのではないか?
「き、喜多ちゃん…?」
「ど、どうしたのよ貴女…?」
心配そうに私の顔を覗き込んでくる二人を見て、最早私は少し可笑しくなってきていた。全く。一体全体、何を悩んでいたのやら。
「…ふふっ。ゴメンね二人共。…もう大丈夫。大丈夫に、なったわ!」
「へえっ!?」
「…なによもう!人騒がせね!」
ひとりちゃんは困惑。黒井さんは少しの安心と、憤慨を返してくれた。…ありがとうね二人共。貴女達のお陰。私はこれからも歩いていける。ギタリストとして。結束バンドの一人として。
私。喜多郁代は色々なもので成り立っている。伊地知先輩からは有り余るような優しさを。リョウ先輩からは卑怯者を許す寛容さを。こんな小心者がステージなんて死地に挑めたのは、前を歩く黒井此方さんのお陰。…そして、後藤、ひとりちゃん。
私は、貴女達に報いなければならない。少しでも、皆に貰ったものを返していけたら。この日以降、私の胸にはこの想いが燻るようになった。
ギタリスト、伊地知星歌。先輩として優秀。
PAさんとのコンビ、掛け合い等々好きです!
なんかランキング乗っていました。分不相応。
高評価くれた方!お気に入りに入れてくれた方!感想くれた方!ありがとうございます!励みになります!
本当に全部読ませてもらってます!これからも頑張ります!