女子高生ギタリストはギターヒーローの夢を見るか!? 作:はま0821
あけましておめでとうございます!
元日の昼下がり。皆さんいかがおすごしぃ?
開店前のSTARRYは割と静かだ。皆色々意見はあろうが、私はこの静けさが嫌いではない。お気に入りのマグカップに頂き物のインスタントココアを用意し、お湯を温める。いつものカウンターの席に座って、ポットのスイッチが上がるのを待っていると、不意にPAから話し掛けられた。
「あら?店長がリンゴジュース以外とは珍しいですね」
「まあな。たまには、な」
言葉少なくそう返し、出来上がったお湯をマグカップに注ぎ入れる。途端に立ち上る、ふくよかな香りが鼻腔をつく。息を吹きかけ僅かに冷ましたそれを啜ると、口内に広がるのは豊かな甘みと控えめな苦み。
「…おいし。凄いなこれ」
「最近はインスタントでもレベル高いですからね〜」
「ホントだな」
PAに心からの同意を返し、静かな空間と、極上のインスタントココアを楽しむ。…なんて素晴らしいんだ。願わくば、この静けさがずっと続いてほしい。…、一つだけ懸案事項はあるのだが、私はそう願わずにはいられなかった。だが。再三言っているが、平穏とはそう長くは続かないものである。唐突に響くのは扉を勢いよく開くけたたましい音と、デカい声。静寂を破るには十分な威力を持っていた。
「おっつかれー!!せんぱい!!あっそびにきたよー!!」
「…グッバイ静寂。ハロークソ酒カス…。てかぁ?」
こんちくしょうが。
「んだよてめー。せっかく人が束の間の平穏を享受してるとこによ。どうせシャワーだろそろそろ家賃とんぞ」
「正確に見抜かれてる!?そこを何とかお願いしますよ先輩〜!この季節二日も入らなかったら肌がベタベタしてきてぇ〜!」
「乙女的にそれでいいのか?ったく、この懸案事項抱えてるときに…」
あっやべ。
「…?懸案事項?先輩なんか悩んでんすか?いつも世話になってる身!金以外でしたら相談乗りますよ!」
「ちっ。口が滑った…。まあいいや。案外お前はぼっちちゃんと相性いいかも…見ろ」
そう言って私は半身を引いて後方を顎でシャクる。いつも結束バンドがダベっているテーブルに、今日は早めに来たぼっちちゃんが、負のオーラとともに突っ伏していた。
「う、うわ〜。どしたんですか。先輩これ…」
流石の酒カスもこれには引くか。髪の毛を乱雑にガシガシしながら続ける。
「いやな。ぼっちちゃん結束バンドで自分の高校の文化祭出たいんだと。でも、ぼっちちゃんまだあんまりライブの経験ないだろ?失敗したらどうしよう〜!って気持ちと板挟みになって今その状況だ」
「な、成る程…?」
「私やPAも励ましてみたんだがな?あんまり芯くってねえみたいでな…どうしたもんかと」
今もPAがぼっちちゃんの頭を撫でてみているが効果は薄い。
「まあ〜。確かに。こないだのライブはお客さん少なかったしね〜。文化祭っつったら結構客入るでしょ?そりゃ怖いかあ〜」
「…お前素面になると陰キャだろ?ぼっちちゃんの気持ち、理解できるんじゃねえの?」
「ふふん。先輩。どうにかしたらシャワーいつでも貸してくれます?」
「…。いいだろう。ぼっちちゃんには変えらんねえ。どうにかしたらいつでも入りに来い。家賃もなし!」
「へへっ!先輩太っ腹。任せてくださいこの一件!廣井きくりが預かった!」
無駄に頼もしい言葉を吐いて、カラコロと下駄を鳴らしながら、酒臭い後輩はぼっちちゃんの下へと向かうのだった。
さてと。可愛い音楽の後輩の為なら一肌脱ぐのもやぶさかじゃないけど…。どしようかね?取り敢えず私は目の前の黒いオーラを纏ったぼっちちゃんに話し掛ける。
「へエイぼっちちゃん。何を悩んでいるんだ〜い?お姉さんに話してごら〜ん?」
「ナンパですか廣井さん?」
なんか変なテンションになったのをぼっちちゃんの隣にいたPAさんに突っ込まれる。するとぼっちちゃんが顔を上げた。
「あっ…。お姉さん。おつかれさまです…」
「いつにも増して元気ないねぇ?どうしたのさ。まあ、先輩から大体の事情は聞いたけど〜」
「うっ…。ぶ、文化祭に出たいんです。で、出たいんですけど、どうにも踏ん切りが…!し、失敗したら学校中の笑い者になって文化祭を暗い歌詞で盛り下げたで賞で無期の地下帝国建国の為の肉体労働にこの身を捧げることになるんだあばばばば!!」
「す、ストップ!ぼっちちゃん怖い!その高速バイブレーションやめて怖いから!?」
何とか恐怖のあまりにパニックをおこす後輩を鎮める。…懐かしいなあ。私も最初はライブ、怖かったな。練習はちゃんとしてたのに、本番になると何もかも縮こまって。…あれ?でも私って、いつから平気になったんだっけ?何かキッカケがあったような…?ぼっちちゃんの頭を撫でながら考える。
「…お、お姉さん…?」
ぼっちちゃんが不思議そうに小首を傾げながら私を見てる。それを感じながら私は思い出し続ける。…あ〜。そうか。
「…ぼっちちゃん。これあげる」
「…?え、えっとこれは…?」
「私のライブのチケット。こないだいいライブ見してもらったからね。お返しだよ。結束バンドの分もあるから、皆で見に来てよ」
「あ、えと、お、お金…」
「いいよそんなの〜!んじゃ、新宿で待ってるぜ!」
そう告げて、私はぼっちちゃんに背を向けて歩き出す。
「…逃げてばっかじゃ、カッコつかないからね」
誰にも聞こえぬように、言葉を空中に投げた後。怪訝そうな顔をしている先輩と目が合った。
「どうするつもりなんだお前?」
「ロックンローラーたるもの。音楽で語ることにしました。…そのためには、私も覚悟決めなきゃな」
それだけ言い残し、私はSTARRYを後にした。
「…何だアイツ。いつになくマジなツラして」
ただならぬ後輩の様子に、伊地知星歌はクエスチョンマークを浮かべるのだった。
「へ〜。それで廣井さんからチケット貰ったんだ〜」
「は、はい虹夏ちゃん。な、なんかお姉さん…様子が変でした…」
頂いたチケットの日付が今日だったので、練習は急遽中止。お姉さんのライブを見るため、私たちは新宿へと電車で向かっていた。
「ナイスだぞぼっち。シクハックのライブチケットなんかプラチナだからな。おいそれとは手に入らない。らっきー」
「普通に買うと結構しますよねコレ。流石売れっ子アーティスト、気前いいですね〜」
「…でもひとりちゃん。廣井さん、どんな感じに様子が変だったの?」
喜多ちゃんに問い掛けられる。私が答えるよりも早く黒井ちゃんがレスポンスする。
「いや、きくりさんが変じゃない時のが珍しくない?」
「そ、それもそうね…。ずっとお酒飲んでるもんね…」
二人が納得しかけているが、そうではないのだ。
「…逆なんです。な、なんか。真面目っていうか。見たことないような鋭い目をしてました…」
呟くように言うと、喜多ちゃんは小首を傾げて、黒井ちゃんは少し目を見開いていた。…分からない。お姉さんは、何のために私にチケットをくれたんだろう…?
「…。事情は分からない。でも、アーティスト廣井きくりの本気が見れるかもね。重ねてらっきー」
「何にせよさ。いい経験になるよきっと!インディーズでトップを走ってるバンドのライブ!見られるんだからさ!色々勉強させてもらお〜う!」
いつも通り虹夏ちゃんが場を纏める。…そうだ。い、色々学ばせてもらおう。…もしかしたら、ステージで緊張しなくなる方法が見つかるかも!などと楽観的な方向に思考を投げてみた。
「うえっ…。げえ〜っ」
はあ。四リットルは飲んだか。水。流石に少しは抜けたかな?
「おい廣井。時間通りに来てるのは感心だが、飲み過ぎだろ。ライブ出来んのかそんなんで…」
「し、志麻…。ち、違うヨ。コレ。日本酒でも焼酎でもなくて、水ダ…!?」
「な、なにぃ!?」
トイレの前から失礼な会話が聞こえる。…いや、失礼でも何でもないか。今までの私を見てればそりゃそうなる。そんな事を思いながらドアを開ける。
「ひ、廣井…?」
「OH…!き、きくり!どうしたの!?今日はいつになく、目力が強いネ…!?」
アルコールは既にけっこー抜けている。奥底にまだ少し燻ってはいるが、ライブする分には問題ないくらいだ。
「…志麻。イライザ。今日のライブ、私はノンアルで、やる!」
自身を親指で指しながらそう宣言する。志麻は大きく目を見開き、イライザは口を手で覆っていた。
「い、いきなりどうしたんだよお前!?時間通りに来たり、あまつさえ酒抜いてライブやるだと!?」
「ヤバい!?天変地異の前触れダヨ!?槍が降るか、隕石が降るか!?」
まあ、うん。そんな感じになるよねそりゃあね。分かるんだけどさ、なんだかなぁ。くそう。今度からもう少し、普段も真面目にやろうかな。
「…カッコつけたくなったんだよ。先輩としてさ」
二人の顔を見回した後、ニヤリと笑う。ああ、急に酒が抜けたから、心臓がうるさい。気分も悪い。普段アルコールが蓋しといてくれてる嫌な感情が溢れそうになる。それでもだ。無理矢理にでもそれらを押し潰して前を向き。
「素面でロックと向き合えもしなくて、何がロックンローラーだ」
そう胸中で呟いてから、私は二人と出番前の最後の合わせへと向かうのだった。
「こちらコーラですっ!お待たせしました!」
「あ、ありがとうございます…」
ここ新宿FOLTも基本システムはSTARRYと変わらないみたい…。お姉さんから頂いたチケットをドリンクに変えてもらう。前の方を見ると、既に凄い数のファンの人たちが、ステージを取り囲んでいた。
「ふわ〜。凄い人だね〜。廣井さん、ホントに凄いバンドマンだったんだ〜」
「なに虹夏。まだ信じてなかったわけ?新宿にこのバンド有りと謳われたあのシクハックのフロントマンだよ?凄いに決まってるじゃん」
「ただのベース上手い酒飲みオネーサンじゃなかったんだね…。この人だかり見て実感湧いたよ!」
「全く虹夏はまだまだだな…。ライブ見たらさらに実感湧くよ」
…確かに。お姉さんは凄い人だ。一緒にセッションしたことあるからこそ、分かる。私は本気で、一人のつもりでギターを弾いたのに、まるで問題なく合わせてくれた。しかもあれで多分全然本気じゃない。リョウ先輩が手放しで褒め倒すのも分かる気がする。
「リョウ先輩!廣井さんのバンドってどんなバンドなんですか!?」
喜多ちゃんが手を上げながら、リョウ先輩に質問する。するとリョウ先輩は目を交換したての電球みたいに輝かせて。
「シクハックのジャンルはサイケデリックロック、1960年代に端を発するロックジャンルで薬や酒をキメた時に出る幻覚を音楽によって体現化したものうんぬんかんぬんペラペラペラペラ…」
「先輩ってそんなに流暢に喋れたんですね!?」
物凄い早口で説明してくれた。と、得意なものの話題になった時早口になっちゃうの私だけじゃなかったんだ、なんか親近感…。で、でも、私の場合頭の中で説明するだけで誰かに語ることなんかできないからやっぱり、リョウ先輩みたいにはいかないや…。そんな事を考えていると、ワッと歓声が上がる。お姉さんが、シクハックの皆さんがステージに現れたのだ。
「きくりさん…?いつもと違う…」
ぽつりと隣で黒井ちゃんが呟くので、私は、注意深くお姉さんを観察してみた。…ホントだ。全然違う。目はいつもより全然鋭く、表情には余裕がない。照明に照らされた肌には汗が滲んでいるように見えた。ドラムスの人もギターの人も、事あるごとに目線をお姉さんにやっている。…体調、悪いのかな?
はたと、お姉さんと視線が合う。お姉さんは汗ばんだ顔で私を見つめた後、いつものお姉さんの顔に戻り、自分の胸を二回叩いて笑った。
「シクハックです。よろしくお願いします。早速、一曲目いきます」
…そのお姉さんのそっけない一声から始まったライブは、圧巻だった。お姉さんのベースが音を展開し、ドラムスがパワフルに繊細にリズムを付け、ギターがロジカルに世界を広げる。
どんな変拍子でも完璧に拾ってリズムをつけちゃうドラムスさん。綺麗な高音を印象的な場面で使いこなし、曲に彩りを与えるギターさん。でも、そんな二人が霞んでしまうくらいに、お姉さん。今日の廣井きくりさんは、圧倒的だった。
腹の奥底を捻り上げるような声。地の底を跳ね回るようなベースの音。客席に向けている表情は鬼気迫っていて、まるで何かを必死に振り払ってるように、私には見えた。頭を揺さぶられるサイケデリックロックの音も、右から左から怒号みたいに押し寄せる歓声もまるで気にならない。私の目は、ベースを持って仲間と一緒に何かと戦ってるように見えるお姉さんに、ただひたすらに目を、奪われていた。喉を引き千切らんばかりに叫んでベースをかき鳴らし、ドラムスとギターとグルーブを纏め上げていく、お姉さんが振り被ったベースのネックはまるで、刃のように見えて。振り下ろすと同時にライブの締めの爆音が鳴る。…お姉さんは、その時まで戦っていた何かを、引き裂いたように見えた。
ただただ呆然とステージを見上げる。ライブ前と別人のような笑顔でファンたちの歓声に応えるお姉さんを見ながら。するとぽつりと黒井ちゃんの呟きが、またも聞こえた。
「か、かっけぇ…!」
その一言が、今日の私の全てだった。
逸る気持ちを押し殺すように足に力を込める。前に、ただ前に。一目散にお姉さんの楽屋を目指した。
「ちょちょちょぼっちちゃん!早足すぎない!?」
虹夏ちゃんの突っ込みも今は耳に入らない。ドアの前に立ち、声を掛けてノックをする。
「おっ?ぼっちちゃん!入っていいよ〜」
その答えを聞くが早いか、私はドアを開けた。
「…へへ。お疲れぼっちちゃん。どうだった?今日のステージ」
今から言おうと思ったことを的確にお姉さんに言い当てられ、胸が高鳴る。その勢いそのままに、私はお姉さんの前に立って、口を開いた。
「か、…かっ、カッコいい…!す、凄く凄く凄く凄く凄くカッコよかったです!!さ、最高でした!!」
ありのまま。そのまんまの言葉を伝える。最初は私の勢いに気圧されたのか少し引き気味だったお姉さんは、私の感想を聞いた後に、上を向いて手で目を押さえた。
「あ〜っ。やっべ。…音楽やってて、よかった〜…」
「廣井。お前少し涙もろいとこあるよな」
「泣き虫きくりネ!」
「う、うるさいよ二人とも!」
バンドの他のメンバーの二人に茶化されてお姉さんが突っ込む。やがてその手を少し横にズラしてから立ち上がると、私に向き直る。
「ぼっちちゃん。どこへだって、行けるよ」
「…え?」
「私さ。アルコールに頼らないとライブ出来なかったんだよ。怖くてさ。…でも。今日は、ぼっちちゃんにアドバイスしたくて。ライブ、ノンアルで頑張ってみた」
お姉さんのこの言葉の時に、後ろのバンドメンバーのお二人が目を見開いていた。
「こんな私でも出来たんだよ。君にも出来るよぼっちちゃん。君は私より凄い。路上ライブの時も台風ライブの時も、素面でロックに立ち向かったじゃん」
ニッコリと、私の知ってる人懐っこい笑顔でお姉さんは私の胸に握りこぶしを置く。私は遅ばせながらにお姉さんの意図を理解し、胸の中が熱くなった。
「逃げるのはいつでも出来る。でも、文化祭のライブは、一度しかないぜ?君ならやれるよぼっちちゃん。立ち向かってみなよ今度も!大丈夫、きっと上手くいくさ!」
「は、はい…!はい!!あ、ありがとう、ございます!!わ、私、が、頑張ってみます文化祭…!お、お姉さん!き、きっと見に来てください!」
「お誘い、ありがとね!!見に行くよ、絶対に!」
サムズアップをしながら答えてくれる。すると、お姉さんの後ろから肩に手を置いてバンドメンバーの方が話す。
「今日のお前の先輩ムーブ完璧だよ廣井ぃ…。ほれ、オニコロ。飲んでいいぞ」
「うええっ!?し、志麻!?」
「悔しいけどカッコよかったヨ!私も、今日は出すから、飲みに行こ〜ウ!」
「イライザ…!わあっ…!なんかバンドメンバーが優しい…!コレもぼっちちゃんのお陰!?」
ワイワイとやるシクハックの皆さん。その後は、皆の分も出すから、お近付きのしるしも込めてと。シクハックの皆さんと親睦会兼打ち上げをすることになった。
そのお酒の席で(私たちはもちろんノンアルである)お姉さんが案の定と言うか何というか、飲み過ぎて暴走し方方に絡み酒を展開するという大失態を犯して志麻さんに。
「結局あんまり変わってなかったな!!」
と言われていたのは印象的である。…でも、叱っているその表情が柔らかく見えたのは、私の気のせいではないだろう。
「ぼっちちゃんの目は不思議。なんかね、その目で見つめられると、カッコつけたくなるんだよ」
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