女子高生ギタリストはギターヒーローの夢を見るか!? 作:はま0821
何者かになりたくて、ただ足掻く。
まだ太陽によって熱される前の静謐な空気が流れる朝。いつも通りの狭いちゃぶ台を挟んで朝食を取る男女がいた。一人は制服を着崩した女子高生。もう一人も学生服に身を包んだ茶髪の男。
箸が食器に当たる音。味噌汁を啜り込む音。目の前の通りを走る車の音。生活音だけが響き、二人の間に会話はない。
この二人は、普段、そんなに仲が悪いわけではない。朝食なんかは、テレビでも見ながら思ったことを口に出し、今日の予定なんかを共有し合う。そんな二人だ。
しかし。今日の二人にはそれがない。視線すら合わない。…今までは。女子の方、黒井此方は、静かに自身の弟である黒井彼方に視線を合わせた。
「…。どしたんだ?姉貴。神妙な面して」
「いやわかるでしょ。神妙な面にもなるわよ」
全く、飄々と。どんな面の皮してんのよ。私を見つめ返しながら、同時に鮭を崩していく弟を見つめる。
コイツは凄いやつだ。姉バカというわけじゃなく、そう思う。
昔から、スポーツも音楽も、何でも出来て。…うんまあ、勉強はそんな興味なかったみたいだけど。私は、何しても。特に音楽は彼方には全く敵わなかった。
だがコイツが凄いのはそんなとこではない。
コイツは恐れない。自身が挑んだことがないこと。未だ見ぬもの。未知を。
薄い笑みすら浮かべて、己の両の腕だけで道を切り開いていく。
灯台は、遥か遠くまで光で照らして皆を導く。でも、足元は照らさない。私にとって彼方とは、そんな存在。
…勝てるのか。こんな私が。私は何者でもない。少しギターが出来る程度の女子高生だ。何もないから、出来るかも分からない大言を口に出して退路をふさぐ。タトゥーや、ピアスで飾り立てて逃げ出しそうになる己を鼓舞する。
…。愚問だな。私一人じゃ勝てないだろう。勝てっこない。当たり前過ぎて、とうの昔に諦めていたことさえ忘れてた。…でも、今なら。一足先に食べ終えた空の食器にバチンと箸を叩きつけて、彼方を見る。
「先に行くわ」
「…おう」
諸々の準備を済ませて、玄関の扉の前に立つ。首筋に汗とともに纏わりつく髪の毛を横に払ってローファーの爪先を床で叩いていると、後ろから声。
「どんな結果になっても、楽しもうぜ。行ってこい。ギタリスト」
…。ねえ彼方。知っている?
「アンタも後から来るのよ。四獣相のギタリスト」
私がギターを始めてから、たまに貴方は私をそう呼ぶけど。
ドアを開けると、夏風と蝉時雨。遮るものがない空。
私はあえて振り返らず歩き出す。
落ちそうな時、挫けそうな時。負けそうな時。
何度私を奮い立たせてくれたか。
今は、言わない。
今日は、未確認ライオット、三次審査。ライブ審査、その当日である。
「おっはようこなちゃん!!よく眠れた!?」
「お疲れ様です伊地知先輩。バッチリですよ」
ライブ審査の開催場所は、なんとあの新宿FOLT。ヨヨコたちの本拠地だ。ちとズルくね?みたいな感情はないわけではないが、決まったことはもう仕方ない。皆との待ち合わせ場所である下北沢の駅前にたどり着いた私は、伊地知先輩と他愛ない挨拶を交わす。
「おはよう黒井さん!は〜!緊張するわね〜!」
「郁代。今からそんなんじゃ身が持たないよ。ほらこちょこちょ」
「あふう〜。ゴロゴロ〜」
リョウ先輩が喜多さんの喉元をくすぐると、喜多さんは猫のように目を細める。なにやってんだか。
「あ、黒井ちゃん…。き、今日は、頑張りましょう…」
「…いい顔ですね、我がヒーロー。緊張は、してないようで」
ひとりさんの顔を見つめてそう返す。澄んだ切れ長の瞳は、今日の舞台だけを見つめているように、私には見えた。
「きききき緊張なんてそんなしてないですよあばばばば嘘です怖いお腹痛い心臓がうるさいいいいいい…………!!」
見えただけだった!
「締まらないなぁもお。ほら行くよ皆機材持って!いざゆかん!決戦の地!新宿FOLTへ!」
伊地知先輩が音頭を取り、私たちは意を決して電車に乗り込むのだった。
もうこの地を踏むのは何度目か。通い慣れているはずのライブハウスの空気は、今までとまるで違うように感じられた。
メインフロアに入ると同時に好戦的な視線を叩きつけてくるのは、未確認ライオットをここまで勝ち上がってきたバンドたち。今日のライバルだ。何組いるのか分からないが、このバンドたちの中からファイナルに進むことができるバンドは、たったの二組。
「…!引き締まった空気…!三次審査ともなると緊張感が違うね…!」
「気圧されないようにしたいですよね…!」
纏わりついてくるプレッシャーを跳ね返すように睨み返す。そうしてメインフロアを見渡していると、何人かの顔見知りもいた。
「…。…!ぱああっ…。ふん!」
「えっちょっと!?なんで顔逸らすのさヨヨコ!」
「伊地知さん。我がリーダーの今の心の推移を解説します。誰も知り合いいない心細い…あっ結束バンド!ぱああ…。な、なんで私が結束バンド見て安心すんのよ!ふん!てな感じです」
「あくびちゃん分かりやすい解説ありがと!」
「ま、的外れよ何言ってんのあくび!なんで私が結束バンド見て安心するのよ!?」
顔を赤くしながらがなり立てる様は正直カッコついたものではないが、私はこの女、大槻ヨヨコに、一度も勝てたことがない。バンドマンとして。ギタリストとして。この間のクリスマスライブでも惨敗して無様を晒した。だけど。いい加減負けっ放しってのも飽きたもんね!
「…ヨヨコ。多分今の私じゃまだアンタには勝てない。技術も才能も全部、アンタが上でしょうよ。…でもね。私は負けても、結束バンドは負けないわよ」
他にも言いたいことは腐る程あるが、余計な事まで言ってしまいそうなため最小限に留めて私は踵を返す。その背に。
「練習は積んできたみたいね!でも今日も同じ結果よ!真心こめてぶっ倒してあげるわ!」
うぬぬぬ…!口が減らない…!いいもんね!私は今日は大人だから言い返さないわ!
「あ〜あ行っちゃったよ。まあいいか。こなちゃんじゃないけど、シデロス!今日は負けないよ!こないだの借りを返させてもらうかんね!!」
「伊地知さん。貴女達に恨みなどありませんが、勝負とあらば話は別。今日はお互いに死力を尽くしましょう!」
「ふふふ…。やるだけムダ。今日の通過は私たちシデロス。ベルちゃんルシちゃんもそう言ってるわ〜」
「そんな運命は私のベースで吹っ飛ばす。…んで幽々様。私たちが勝ったら私の金運について占って」
「おいコラ山田。その金運は自分で掴め!敵に頼んな!」
「…喜多ちゃん。勝負。だね」
「…うん。本城さん。出来れば、結束バンド、シデロスの二組で決勝に行きたいけど…周りのバンドがそうさせてくれそうにないもんね」
「遅かれ早かれよ喜多郁代。今私たちに負けるか後で負けるか、それだけよ!」
「…負けないもん。私たちも練習してきたんだから!後大槻さん!下の名前呼びはバンドのメンバー以外には許してないんだから!郁代って呼ばないで!」
メインフロアの中心で啖呵を切り合う両バンド。そのピリついた気迫に、他のバンドも否が応でも本番が近いことを感じ取るのだった。
「…いいセンスだ」
こちらはメインフロアではなく、楽屋に繋がる廊下。壁に背を預けて立っていた妙齢の金髪の美女が、そこを通り過ぎようとした紫スーツの白塗りピエロに声を掛ける。
「過激な化粧に目を奪われがちだけど、スラリと伸びた手足、ムダがない挙動…。一挙手一投足にセンスを感じるよ。この私と、同等レベルのセンスをね」
「…ほお。このセンスが分かるとはな。アンタやるじゃん。ケモノリアのボーカルさんだろ?知ってるぜ」
紫スーツが指を差しながらそう返すと、長い髪の毛を横に払いながら、美女が歩み寄る。
「知っててもらえて光栄だよ。…残念ながら、私は君たちのことは勉強不足で知らないけど。それでも、理解る。かなりの演者だということぐらいはね」
言葉を交わしながら、二人の距離は近付き、やがて横に並ぶ。だがけして、視線は交わらせない。
「そいつはホントに勉強不足だな。これからこのフェスで優勝するバンドの名前も知らねえとはよ」
「くくっ…。どうやらユーモアのセンスも抜群のようだ。君。名前は?」
「四獣相の、ドーケシだ。よく覚えときな」
それだけ聞くと、薄く笑いを浮かべて美女は歩き去る。後にはその背中を見送る、紫スーツだけが残される。
(ケモノリアか…。ケモノ被りだな。わりいが生き残るのは俺たち一匹だけだぜ)
誰に見られることもない、好戦的な笑みを浮かべて、道化師も踵を返すのだった。
リハも終わり、いよいよ本番。
やはり、リハの演奏のクオリティは前評判通り、ケモノリアとシデロス、そして、四獣相が図抜けていた。特に四獣相の演奏には度肝を抜かれた人が多かったみたい。そりゃそうだ。アイツラの演奏はとてもじゃないが、ドベでギリギリネット審査を抜けてきたようなバンドの演奏じゃない。
「はあ!?う、うまっ…!?」
「な、なんだコイツラ!?」
「軽く流してる感じだけど、レベルたけぇ…」
「マジかよ…。シデロスやケモノリア以外にもこんなバンドがいたなんて…ここ死のブロックじゃん…」
最初こそ池袋ライブみたいに格好で舐められてたけど、一瞬で覆していく様はもはや見慣れたものね。あのメイク辞めりゃいいのに。ユウマも義一も彼方も。黙ってりゃそれなりにイケメンなのだから。
(うるせえこれが俺のポリシーだ!)
どうせこんな事言うんだろうな。昔からアイツは仮面のヒーローや顔を隠した謎の敵、みたいなのに憧れてるフシがある。付き合わされる方はたまったもんじゃない。…まあ、どうでもいい。
私たちの演奏順は、なんとトリ。演奏次第ではかなりチャンスでは?最初と最後は審査員の印象にも残りやすいし。因みにケモノリアはトップバッター。シデロスは二番手。四獣相は五番手だ。
「と、トリ…!!!」
「あばばばばばばばば……………!!!!!」
「ねえ虹夏ヤバい。ぼっちが鳥肌立ちすぎて鳥に進化できそう」
「と、飛んじゃダメだよぼっちちゃん!この子はホントに出来そうだから恐ろしい…!」
そんな、バンド仲間の可愛らしいいつものやり取りを聞きながら、私は息を吐き出す。身体が裏返って口から出てしまうのではないかと思うほど、長く。
「こ、こなちゃん…?」
「…やっぱ言っとこう。皆さん。肩を、貸してくれませんか?」
何もかも曝け出して、一切合切をあのステージに置いてくるために。
後悔、しないために。
「えっ?円陣ってこと?いいね、やっとこっか!!」
皆さんと肩を組んで円になる。池袋の時も学祭ライブの時も。大事な場面ではいつもやって来た、定番の儀式。
「皆さん。私は、皆さんが好き」
「…へっ!?」
「は?」
「えっ!?」
「は、はい!?」
私の唐突な告白に、四人四通りの反応。でも構わず続ける。
「こないだのクリスマスライブ。あんなに悔しかったのは何でかな?ってずっと考えていたんです。ヨヨコに負けるなんていつもの事なのに。…やっと分かった。私、皆を負けさせたくないんだ」
「あの時、ホントに悔しくて。いつもの五倍悔しかったんですよ。この気持ちは皆も一緒なんだと思ったら…。もう絶対に、こんな思いをさせたくないなって…。そう思ったんです」
「私は喜多郁代さんが好き。天真爛漫で明朗快活で、好きに一直線だけど、なりたい自分になるために努力を惜しまない貴女が好き」
「えっ…!」
「伊地知虹夏さん。貴女の柔らかい月明かりみたいな優しさが好き。その奥に隠してるがむしゃらさや真っ直ぐさが好き。貴女の夢を私は叶えてあげたい」
「う、うん…。あ、ありがとこなちゃん…!」
「私はリョウ先輩が好き。不真面目でちゃらんぽらんで駄目な人かなって思ってたら、その実音楽には誰よりも熱くて。いつも静かな背中とプレイでチームを引っ張るそのスタンスが、カッコいい」
「お、おおう…。照れる」
「そして…ひとりさんは…。言わないでも、分かりますよね」
「…言ってよ」
「えっ…?」
「言ってよ。ズルいよ皆ばっかり。そりゃ知ってるよ。く、黒井ちゃんが、私を尊敬してくれてることくらい。わ、私の何がそんなにいいのかは分かんないけど…。言わなきゃ伝わんないことだって、あ、あるんだから」
「ふふっ…はい。ひとりさん。貴女は私の道しるべ。暗い夜を引き裂いて私の道を照らしてくれたスーパーヒーロー。貴女の一念は、どんな壁にだって負けない。私は貴女の劇場を、一番前で、かぶりつきで見たいのです。大好き。大好きです」
「…へへ。えへへへへ…!」
「貴女たちが泣くなんて絶対に間違ってる。負けたときの悔しさが五倍なら、きっと勝ったときの喜びだって五倍だと思います!!絶対に勝って、悲しみよりも喜びの涙を流しましょう!!皆!!勝とう!!私たちなら出来る!!」
「は、はい!!」
「応!!やったんぞ此方!!」
「よしっ!!行きましょう皆!!」
「ぐぬぬ…!!めっちゃこなちゃんがリーダーっぽい…!!結束バンドのリーダーは私だっての!!皆!!やってやんぞシデロスがなんだケモノリアがなんだ四獣相がなんだ!!私たちこそが結束バンドだ!並み居る強敵全員ぶっ飛ばして私たちが頂点に立つ!!その果てで見る景色はきっと、何者にも代え難いと思うから!!行くぞ結束バンド!!死力を尽くせ!!イチニイサンハイ!!ファイヤー!!!!!!!」
「「「「ファイヤー!!!!!!!!!!!!」」」」
「おおし!!!!」
「…うは。すげえ気合入ってる」
「ダサくね?ドベ付近の奴らが何したってムダだっての」
気炎を上げる結束バンドを眺めながらそう呟くバンドマン。しかし。
「ムダだから諦めるの?行儀よく整列でもして負けるのを待つのかな?私はそんな奴のことを潔いなんて言いたくないなあ?」
「いいっ!?あ、あなたは、ひ、廣井、きくりさん…!?」
「見苦しさと、諦めの悪さを履き違えんなよ?何かに必死になったことない奴なんて、大したことねーんだから」
ひらひらと背後にいるバンドマンたちに手を振りながらきくりは思う。
(頑張んなよ皆。大槻ちゃん!結束バンド!陰ながら応援してるから!)
「おい廣井!!何やってんだゴラさっさとステージ上がれ!!」
「は、はい志麻さんただいま!!」
「…。は〜あ。さて!未確認ライオット!いよいよ佳境だ!今日集まってくれたバンドの皆!君等の中からファイナルに上がることができるのはたった二組だ!勝って泣く顔あればもちろん、負けて泣く顔もある!!だが!!けしてこれが終わりじゃない!!それだけは忘れずに皆!目の前のステージに全力を尽くしてくれ!!そしたらまずはオープニングアクト!!シクハック!!初代優勝者の実力をいかんなく発揮して!!場を温めてくれ!!!」
シデロスの。ケモノリアの。四獣相の。そして…。結束バンドの。瞬きの間に焼き付いたような夏が、今始まる。
息をするために歌う。
自分が自分であるために。
明日を迎えるために。