片田舎のおっさん。二天一流の剣鬼と出逢う 作:装甲大義相州吾郎入道正宗
初期「イケメンゴリラだ…」
和解後「大型犬ゴリラだ…」
宵闇編「ただのゴリラやんけ…」
「ベリル殿。薪割りの方が終わったのだが」
「いやぁ、いつもすまないねイオリ。腰を下ろして休んでてよ」
昼前の剣術道場。
訓練用の板張りの間では今日も元気に門下生達が木剣を振るってベリルの指南を受けていた。
幼い子は主に素振りと基礎体力作りをこなし、身体が出来上がっている世代は型の練習か実践形式で剣を交えるなど鍛錬は多岐に渡る。
伊織は彼らや彼女らの邪魔にならないよう隅の方へ移動してから正座すると、炎天下の作業で掻いた汗を手拭いで拭き取りながら、ふと江戸の町で平穏に過ごしていた時期を思い出す。
宮本伊織が生まれたのは江戸時代初期。関ヶ原の合戦以降、徳川幕府の治世によって大乱が絶えた平和の世ではあったが、この頃はまだ手に職を持たない武士や浪人がどうにかして食い扶持を稼ごうと七苦八苦していた時期でもあった。
その中で昔取った杵柄とばかりに借金をしてでも道場を経営し始める者は数多く、そして少しでも差別化を図ろうと聞き覚えのない流派を名乗っては素人から少しでも高額な指導代を掠め取ろうと、場末の道場が乱立していたものだ。
しかしベリルが営むこの道場はまるで趣が異なる。
基本の教えこそ徹底させているが、その後は個人の適正に寄り添った手解きで才能を伸ばす方法でわざわざ鍛錬を積ませているのだ。
ある者は速度に特化した剣捌きを。
ある者は膂力に任せて大剣を振るい。
ある者は盾すら用いた搦手を使うだろう。
この方針は門下生にとって身になる分、お世辞にも効率的に金を稼ぐ方法とは言えないが、この道場が掲げる護身の件といえ観点から見ればこれほど誠実で真っ当な道場は非常に好感が持てるというものだ。
(比べるものではないが、師匠のやり方とはだいぶ異なるな…)
伊織の師とは言うまでもなく日本史に名を残す大剣豪、宮本武蔵その人ではあるが同時に孤児であった伊織を育てた親でもあった。
故にその指導は日常生活に溶け込んだ基礎修練も含まれており、出稽古なども無かった。こうして完全な第三者視点で修練の様子を見るのはかなり新鮮に映る。
…一応、というより伊織には二人目の師がいるが、彼も彼で異様な天才肌だった為、常人に向けた普通の鍛錬を積ませたとは言いにくい。
ほんの少しだけ苦笑してから居住いを正した伊織は朗らかな表情をしながらも真剣に剣術を教えるベリルを観察していたのだが、とある子供の手解き中に何やら困った顔を浮かべるとそのままの表情で声を掛けてきた。
「えぇとイオリ。…良かったら何だけど、手合わせしてみないかい?」
どうやら子供の好奇心で普段は見ない対戦を見たいとせがまれたのだろう。確かにあの森でベリル殿と遭遇し、素直に身を寄せる場所が無いと打ち明けてここで世話になって既に半月ほど。ただの居候ならまだしも腰に刀を佩いた男が毎日のように鍛錬の様子を見ているとなれば、その実力が気になって仕方ないのも道理だろうと伊織は考えた。
何より、強者と手合わせする機会をむざむざ捨てるのは余りにも勿体無い。
「…喜んでお相手仕ろう」
流石に真剣を抜く訳にはいかず、代わりに木剣を借りて手に馴染ませるよう振りを確かめる。
(刃渡りについては問題無し。だがキリシタンが持つ十字架のような南蛮式の鍔が特徴的だな)
剣の重心がかなり手元側に来ているのに違和感を感じるが、その程度で腕を落とす伊織ではない。元より彼が収めた流派は戦国の世の最後に芽吹いた実戦剣術。あらゆる状況を想定して戦ってこそである。
伊織は“自然な動作で"木剣を二本手に取るとベリルの前に歩み出た。
すると周囲にいた門下生達は全員、指し示したかのように道場の隅へ移動し、固唾を飲んで熱い視線を向ける。
それは真正面から対峙しているベリルも同様だった。
腰を深く落として構えられた二本の剣は上下に広く開かれ、まるで猛獣の顎のよう。油断すれば即座に噛み砕かんとする気迫がひしひしと伝わってくる。
(集中ーーー)
ならばコチラも真剣に向き合うべきとベリルの中でスイッチが切り替わり、優しげな瞳は鋭い猛禽類の如き眼光を放ち、正面に構える木剣の握りも強くなる。
もはや開始の合図は無粋。
高まり合う剣気の衝突はやがて火中の栗の如く弾け、文字通りの口火を切ったのは伊織だった。
先ずは小手調べとして片方の剣だけで刺し穿つ。
それは後の世で言えばボクサーが放つジャブのようなもの。致命傷を狙うのではなく隙を生み出す為の一差しだが、かつての戦いで閃きを得た最速の技でもある。
対するベリルはその突きを"しっかり見切り"、己の木剣で受け流す。…のみならず、互いの剣が衝突した瞬間に手首を捻って伊織の剣を弾き飛ばすという神技を見せた。
(くっ…!)
予期せぬ返し手によって伊織の半身が僅かに浮き上がり、刹那の隙が生まれる。このタイミングならば一撃は通ると判断したベリルはお手本のように綺麗な構えから剣を振り下ろして優位を取ろうとするが、伊織は崩された体幹のまま、もう片方の剣でしっかりと受け止めて鍔迫り合いの形になる。
(なるほど…。腰をしっかり落としている分、思ったよりバランスが崩れなかったのか)
競り合う中でも動きを観察し、攻め手と受け手の最適解を導き出そうとするベリルに対して、今までの攻防で内心舌を巻いていた伊織は想像以上の腕前に心が沸き立つのを感じた。
(力任せの一切を是としない技巧の剣術。セイバーのように惚れ惚れする剣の冴えだが……まだ奥があるな)
伊織は既にベリルの腕前が片田舎の道場主で収まってよい器ではないと察している。何の変哲も無い真っ当な剣筋と思いきや一振りの中にいくつも分岐が存在し、相手の嫌な部分…隙とも言えぬ動作の起こりを抑えてくる。そんなものが真っ当な一般人に扱える筈は無い。
そして繰言に聞こえるかもしれないが、伊織もまた本気を出してはいないのも事実。
二天一流は五輪を教えを元にした複数の型で構成され、戦闘の最中であってもその動きを大きく変えることが出来るのだ。いくら即応力が並外れているベリルであろうと間隙を縫うチャンスは必ず存在する。
故に一刀だけ。
この世界で間違いなく強者だと判明したベリルに向けて、伊織は二天一流の技を放たんと呼気を強め、それとは逆に両手の力を一瞬だけ弱める。
「なっ…!?」
意気外し。
真正面からの斬り合いを基本にしている日本剣術における基本の一つであり、鍔迫り合いなどの拮抗状態でワザとバランスを崩して相手の虚を付く小技だ。
無論、これだけでベリルに致命打が入るわけでは無い。今、必要としているのは相手を寄せ付けぬだけの間合い。
「ぜやぁぁッ!」
純粋な力押しで無理やりベリルを互いの間合いから外そうとする伊織だが相手のまた一角の剣士。思うようにさせまいと数歩後退るだけで踏み留まってみせた。
しかしそれこそ、想定通り。
両者による力押しによって中途半端に空いた距離は、伊織にとって剣技を放つための絶好の機へ変わる。
反撃も奇襲も斬り伏せるが如く刀を二本水平に構えて体を限界まで引き絞り、一拍の勢いで放つは無双の斬撃。
これ即ち二天一流、水の型。
ーー秘剣・二河白道
あの日、セイバーとの一騎打ちの後に宮本伊織が目覚めたのは見知らぬ森の中だった。
最初に感じたのは圧倒的な違和感。
直前にセイバーから受けた致死の刀傷は完全に消え去り痕すら残っていない。加えて身に纏っている着物や刀は見覚えのある拵えのままだが、まるで新品同然に誂えてある。
これはまさか何かしらの南蛮外法…魔術によって幻術を見せられているのか、それともここが噂に聞く地獄の光景なのかと思い悩むが、木々の合間から野生とは思えぬ巨猪が現れた事で思考の中断を余儀無くされた。
(これは…。野生の獣にしてはデカすぎる。もしや紅玉の爺さんがいつの日だか語っていた魔猪の類いか?)
二転三転する状況に理解力が限界を突破して煙を上げるが、巨猪…サーベルボアが敵意を剥き出しにして突っ込んで来るならば、それは降りかかる火の粉も同然。安易な平和主義を掲げている訳でもない伊織は相応の対処で出迎える。
なりふり構わない突進を前にしても落ち着いて刀の柄に手を掛け、あわや衝突という瞬間に抜刀。サーベルボアはそのまま直進を続けるがまるで時が遅れて訪れたように側面から急に鮮血が迸り、倒れてしまう。
その一撃はサーベルボアの硬い毛皮どころか骨すら切り抜く鮮やかな一閃で、伊織自身の体には何の異常も無いとする証拠でもあった。
(五体満足なのは、不幸中の幸いといったところか)
そして同じような猪と遭遇し、切り捨て、そして出逢った男性の名はベリル・ガーデナント。
見るからに人が良さそうな南蛮人と会話を交わす事により、誰かの奸計に嵌められた訳ではなく、ここが異世界かもしれないと直感的に推察した。
その根拠を無理に言語化するならば、あのバーサーカー…何故か女性になっていた伊織の師匠…区別する為に言うならば新免武蔵が口走った言葉の一節にあった"別世界への跳躍"。彼女は体質と説明していたが、そこに超常の力が関係しているのは確実で那由多の可能性だろうと自身が該当する場合もあるのだろうと理解する。
無論、何故死んでいないだとか、以前と変わらず日の本言葉で喋っている筈が何故かベリルを始めとする南蛮人相手にも言語が通じているなど、分からない点は多々ある。
何よりここが見知らぬ異世界かつ、状況を打破する糸口がまるで見えてこない現状で下手に動いて、取り返しの付かない事態に悪転させるのは避けておきたかった。
幸いベリルはお人好しの部類であり、困った様子の伊織を見兼ねて自ら保護を申し出てくれた事もあり、伊織は何とか身分を偽るべく自分は遠い地から誘拐されて素寒貧かつこの辺りの常識にも疎いというカバーストーリーを立て、ベリルの道場で住み込みで働かせて貰う運びとなった。
そこでは盈月の儀以前を彷彿とさせる穏やかな時間で、セイバーと死合ったあの月夜がまるで夢のような暖かさがあった。
ーーだが、そうであってはいけない。
宮本伊織は確かに友を裏切り、魔道への階段を降ろうとしたのだ。
別の世界であろうと彼の本質は一切の変わらないーー。
ほんの軽い気持ちで始まったベリルと伊織の手合わせは、致死の一閃をもって終了する。
…そして迎えたのは、定番となったベリル一家との昼食。
居候先であるベリルの両親と共に囲む昼の食卓には南蛮食の定番という小麦を練って焼いた硬いパオンに加えて、野菜を煮出した汁物が並ぶ。
根っからの日本人で米か稗などの穀物を主食にしてきた伊織にとっては些か好みに合わないラインナップだが、江戸では貴重だった野菜で腹を満たせるというのはある意味で贅沢な悩みだろう。
それを前にして一人だけ「いただきます」と宣言するが、その後はカチャカチャと食器の音が聞こえるのみ。会話という会話は無く、伊織の思考は自然と取り留めの無い雑事に移り変わる。
(小麦があるならば、いっそ味噌でも仕込んでみるか? それとも、うどんを捏ねてみるのも一興かもしれんな)
宮本伊織が存命であった江戸時代初期は人の往来を活発にした街道などが未整備であり、各地方の食文化が充分に集まっていたとは言えず、現代人が好むような味付けや食材、そして醤油の類いはほとんど普及していなかった。
故に伊織のような浪人が毎食の味付けのベースとしていたのはもっぱら塩か味噌になる場合が多く、懐かしい故郷の味を思い出すのも無理はなかった。
加えて食に関して門外漢である伊織は知る由も無いが、パン作りに適した小麦の品種は、ねばつきやすい品種の場合が多く、うどん独特のもっちりした歯応えと噛み応えを再現するのは非常に困難だったりする。
…それこそ、うどんとして小麦を捏ねる際に重要となるグルテンの形成を阻害するために、あえて塩水を加える必要があると推察できる豊富な知識を持った学者でもいなければ不可能だろう。
閉話休題
異国の味を噛み締める伊織は少しだけ口が物欲しくなり、調味料入れに近い人物に声を掛ける。
「すまないが塩を貰えるだろうか……ベリル殿」
「あぁ、稽古の後は塩分が欲しくなるよねぇ。はい、どうぞ」
そこに居たのは笑顔のベリルだった。
あの時、殺すつもりで放った秘剣は確かに致命の一撃であった。…だが、それは同時に当たらないのであれば無傷に終わる未遂の攻防で終わる。
(よもや下段側の剣だけを逸らし、身を屈めて潜り抜けるとは…いやはや、西洋剣術の足運びを甘く見ていたな)
受けるでも避けに徹するでもなく、相手に向かって来た胆力に舌を巻く伊織。何よりあの後、再び鍔迫り合いになったところでベリルの父親が止めに入らなければ更にタガが外れていたかもしれないと自制する。
それに比べてベリルはどうだ。
あれだけの死地を乗り越えておきながら昼食の場ではそれをまるで感じさせない落ち着きぶりを見せている。
これは単純に人間としての差を見せつけられたと白旗を上げるしか無い。
(……俺、大丈夫? 塩を渡す時に震えてなかったかな? 今思い出してもイオリの剣は心臓に悪かったなぁ…)
内心、ビビりまくっているベリルを他所にいつものように昼食の時間は過ぎ去り、午後にもなれば伊織と参加しての集団鍛錬が始まる。
午前中に些かハプニングはあれど、今日も今日とていつも通りが続いていく。
筈だった。
「ごめんください、先生」
白昼堂々、眩い春の日光を背に浴びて道場の戸口から現れたのは旅の外套を羽織っていても分かるほど手の込んだ衣装に身を包む…痴女だった。
「もしかしてアリューシアかい?」
ベリル殿? 人物確認も大切だが、その女人は何故、大切な部分を隠さない格好を良しとしているのだ? というか体の節々に鎧を身に付けているのに腹部と股間周りだけ裸に近いのは一体どういう意味が!? 貴殿は丑御前と同類なのか!?
ここに至ってようやく異世界という異なる文化の神髄を知り、常に相手を理解しようとする伊織の脳がまさかのバグを起こして放心状態に陥ってしまう。
そして宇宙猫のようになった伊織の思考は何処かの世界に飛び去り、星条旗ビキニでガンブレードを振り回すは聖杯で飯を炊くは、挙句の果てに宮本伊織の名を語るハレンチな師匠の姿が頭を過ぎるが「師匠とてそこまで、そこまでアレではないだろういい加減にしろ」と喝を入れて現世に舞い戻った。
その頃にはやたらと強気なアリューシアによってあれよあれよと話を進められたベリルが、レベリオ騎士団という部隊に稽古を付けるため畏れ多くもこの国の王から指南役を請け負う羽目になったと困惑している光景が広がっていた。
どうやら降って沸いた美味い話に驚いて、先ほどの伊織のように頭が混乱しているのだろう。
「それと、気になっていたのですがコチラの方は門下生の一人なのでしょうか?」
「あ、あぁ…イオリはね、何というか……友達?」
何とも反応に困る返しをされて戸惑う伊織だが、その曖昧さに僅かな警戒心を上げるアリューシアに対して己は"今のところ"無害であると主張するべく、観念した様子をみせる。
「紹介が送れてすまない。俺は宮本伊織…こちらの姓名に従えばイオリ・ミヤモトを名乗る一介の剣士だ」
「…ならば私も改めて。レベリオ騎士団団長を勤めているアリューシア・シトラスと申します。以後、お見知り置きを」
やや視線の向きに困る伊織を他所に、何やら考え事に耽るを様子を見せるアリューシアだったが、ベリルは突然思いついたように伊織へ語りかけた。
「そうだ。君も一緒に首都に行かないかい? あそこなら色々と情報収集が出来るはずだよ」
便宜上、現在の伊織は人攫いにあって故郷への帰り道が分からない難民扱いで道場に居候している身だ。
(少しでも情報収集をするべき建前がある以上、ここで断るのは不信感を募らせるだけだな…。藪を突く可能性も考慮すべきだが、新天地に赴くのも悪くない、か)
別に首都とやらに居を構えるて長期滞在する訳でも無いだろう。物見遊山とまではいかないが、異世界の雰囲気をこの片田舎以外でも感じるのは己にとってプラスになるであろうと伊織は考える事にした。
そして、先生が仰るならば…と鶴の一声で伊織の同行を許可するアリューシア。しかも聞くところによると今から現地である首都まで向かうと言う。
随分な強行軍だと思う反面、ベリルの日常的な部分だけ抜き出せば優柔不断が目立ち、時間を追う毎に自意識が減少する癖を見抜いたとれば、この手の強引さは必要だったかもしれない。
…なお、それを10年ぶりに再会したアリューシアが熟知している部分は見ないものとする。
そして牛車ならぬ馬車にベリル、アリューシア、伊織の3人で揺られる事、数時間。立場はそれぞれ異なるものの狭い空間に剣士が詰め寄れば、話題は自然と剣技についての話し合いへ収束していった。
「ふむ。道場に居候させて貰っている時にも感じたが、この地方では流派の名を掲げず個人の名声を重要視しているのか」
「そうだね。やっぱり剣の一振りでも個性ってのは出てしまうから、基本だけはしっかりと教えて、そこから長所を伸ばす流れが多いかな」
「イオリさんの地元は違うのですか?」
「言われてみれば、名のある剣術道場ともなれば看板…流派そのものを守るべしと型稽古を重視する道場が多かったな」
「えっ、じゃあイオリの地元だと君と同じく流派の剣士が他にも…」
「いや…自分で言うのも何だが、俺はかなり特殊な部類に入るな。同じ流派は存在しない」
そう言いながら乗車のために腰から外した二本の刀に目を移す伊織。
「双剣…いえ、イオリさんの故郷では二刀流というのでしたね」
「あぁ、二刀を扱う流派ならば新陰流もあるが、やはり師匠より受け継いだ二天一流こそ俺の誇り。…自意識過剰になるつもりはないが、そこそこ自信がある」
「なるほど。であればリサンデラ…竜双剣の異名を持つ冒険者とどちらが上か気になるところですね」
(リサンデラ……はて、そんな苗字を昔どこかで聞いたような?)
言外に腕試しをしてみればと軽い気持ちで挑発してみたアリューシアだが、大人しい人物だと思っていた伊織の反応は予想とは大きく異なるものだった。
「それは…良いな」
ほんのひと言だけの相槌。
剣に携わる者であれば、まだ見ぬ強者と腕試ししてみたいと思うのは当然の事かもしれない。その程度の違和感だろうとアリューシアは納得し、それよりも久方ぶりの逢瀬となったベリルへの関心が勝るようだった。
やがて伊織が見慣れ始めた長閑な田舎の風景は終わりを告げ、整備された街道や開けた広陵が続く文明的な光景へと移り変わり、やがて高い城壁が目立つレベリス王国の首都バルトレーンが目に入った。
「これはまた…凄い」
石造りの建物が所狭しと軒を連ねる町造りは、平家暮らしが長い伊織にとって驚嘆すべき威容だ。特に石畳で舗装された道は美しさすら感じる。あちらこちらに目が移るようなお上りさんになってしまうのは致し方ない事だろう。
そして街の中にも設けられた上級市民用の関所に着けば、目的地であるレベリオ騎士団の駐屯所は目と鼻の先…というところで、先んじて馬車から降り、門番と話していたアリューシアが申し訳なさそうにして帰ってきた。
「イオリさん…。その、申し訳ないのですが門番から事前申請をしていなかった貴方に通行許可が下りなくてですね…」
どうやらここから先は別行動になるようだ。
メインヒロインの条件は厳しい。
それこそ白髪低身長で知識や夢に自信はあるのに自分の色恋になると基準が分からなくてモジモジしちゃう儚い雰囲気のホムンクルスでも居なければ務まらない!!