主人公恐怖症、主人公に付け狙われる。 作:ドンカラス好き
主人公なんて怖くないと思っていた。
ポケットモンスターというゲームの知識を持ったままこの世界に、シンオウ地方に降り立った時は、無敵の気分だった。
研究者ですら知らないような事実も、熟練のトレーナーしか知らないような技の効果も、全てゲームで知っている。勝てるものなど誰もいない! 俺の天下だった。
だからだろう。今から思えば馬鹿すぎる。悪の組織の用心棒になるだなんて、わざわざ主人公と敵対するような真似をしてしまったのは。
そう、主人公だ。主人公。ゲームで自らが操っていたそれは、この世界にもちゃんと居た。
馬鹿だから俺は気付いていなかった。主人公という存在の恐ろしさに。
「ようやく見つけた! こんなとこまで逃げてぇ〜……! ポケモン勝負しなさいよ!」
「ヒィッ! カンベンしてくださいヒカリさん! お金あげるから許してください!」
だからこんな目に遭う。絶対勝てない相手に付け狙われ続けるのだ。恐怖の逃亡生活。戦う気などもはや起きない。一度負けた時にトラウマを植え付けられたのだ。年下のかわいらしい少女のはずなのに、ヒカリという名の主人公の顔を見ただけで、体が震えて止まらなくなる。
「お金なんていらないわよ! あたしチャンピオンだし。いいからバトルしなさい、ボコボコにしてシンオウに連れて帰るんだから!」
「そんなの嫌だぁ逃げるぞドンカラスくろいきり!」
上空に潜ませておいたドンカラスが真っ逆さまに滑空し、翼をはためかせた瞬間、あたり一面黒い霧で覆われる。ふふふ馬鹿め。腰のボールばかり警戒してるからそうなるのだ。だが余裕をぶっこいてる暇はない。きりばらいされる前に逃げなくては。
「卑怯なマネばっかりして、逃げないで戦いなさい!」
戦うわけないし、逃げないわけがない。相棒のドンカラスが居なければ今頃どうなっていたことだろう。アカギのおっさん(27)の計画を止めたんだからもういいだろう。先にあっちを捕まえに行けよ。俺ただの用心棒だぞ。構うなよ。めそめそと心中泣き言まみれにしながらドンカラスにそらをとぶを命じる。
「逃がさない。絶対あたしのモノにするんだから……!」
彼はヒカリの呟きに気付きもせずに、ドンカラスにぶら下がりながら今回も捕まらなかったことに安堵し、ほっと胸を撫で下ろす。
彼は知らない。自分だけが最強の主人公たちを満たすことのできる存在だということを。
初めてギリギリの戦いを味わったヒカリは、もはや彼しか見えていない。負けるかもしれないと思ったのは初めてだった。チャンピオンですら期待外れだった。
彼とのバトルは楽しかった。あの一回きりじゃ足りなすぎる。もっと! 何度でもバトルしたい! ……それと、あの、負けた時の彼の顔が見たい。
これは歪んだ執着心を持たれているのに、執着される理由に気付かない男が、逃げる地方地方で追われる主人公を増やしていく物語である。