主人公恐怖症、主人公に付け狙われる。 作:ドンカラス好き
サキナはヒカリに甘えている。ヒカリがサキナに執着しているように、サキナもヒカリに執着している。ヒカリに負けてから、テレビで他の主人公たちを見るだけでも、体が震えて止まらないようになった。
レッド、ヒビキ、ハルカ、メイ、カルム、そして、ユウリ……煌めく才能の塊たち。だがこの中の誰よりも、ヒカリが最強だと信じている。
ヒカリなら、ヒカリなら、ヒカリなら!
俺の全てをぶつけてもいいと! 俺の自殺に付き合ってくれると! この世界での最高の終わりを求める、この! 罪人の俺に! それを与えて死なせてくれると! ……そう、サキナは本気で思っている。
「ドンカラス……ギラティナがはどうだんを撃とうとしているぞ……エアカッターで怯ませろ。あそこだ」
「くっ……!」
少しの動作で次に出す技が分かる。どこに当たればその技が撃てなくなるか分かる。どこに当たればより効くか分かる。
今のサキナは、全ての技に急所とひるみを付けられる。
「アーっハっハハハハハ! 怯んだカスを攻め立てろ! ドンカラス、ブレイブバードで突っ込んじまえ!」
鎮静と興奮を繰り返す。冷静に対処したかと思えば、狂ったように苛烈に攻め立てる。常に瞳孔は開いており、血で真っ赤に染まった目はぎょろぎょろと辺りを見回している。
「クソ……ギラティナ! ドラゴンクロー!」
「だからおせーんだよ! ドンカラスはもうつじぎりでそれを止めてんだ!」
声で指示を出さずとも、指示を伝える方法などいくらでもある。身振り手振りや音の合図、声が出せぬ状況、相手に指示がバレたくない状況でも自在にポケモンを操れるように工夫している。
「ギラティナ! シャドーダイブだ、力で捩じ伏せろッ!」
だが、ここまでしても少し優勢で止まってしまっている。怯みが解除された瞬間に放たれる暴力。力だけで全てが覆される。
この不自由な戦いを強要させ続けなければ、あっという間に全滅させられてしまうだろう。小細工無しでは自らの遥か格上の怪物。サキナは到底油断など出来なかった。
何より、ヒカリはまだ切り札を使っていない。シンオウでは、持っているのはモンスターボールだけだった。ギラティナでさえモンスターボールで捕まえていたのに。
ひとつだけ、ハイパーボールが増えている。
「ドンカラス、くろいきり」
余力があるうちに、あの切り札を引きずり出す。それがヒカリに勝利する絶対の条件。手持ちの体力もそうだが、長引けばサキナは勝負が終わる前に先に死ぬ。
この状況ではもはやエンペルトは戦力外。一刻も早くギラティナを仕留めるべく、サキナは戦術の方向性を変えた。
「クソっ! クソっ! クソがっ! はやく、早くしなきゃ……!」
焦っているのはヒカリも同じ。むしろヒカリの方が緊迫していた。カプ・テテフは未だ生命の鱗粉を撒き続けている。サキナの精度が時間が経つごとに上がっていく一方で、反比例するように生命力は尽きていく。
ここでヒカリに勝てたなら、後はもう終わっていいと思うサキナと、死んでほしくないヒカリ……焦りの差は歴然だった。
いつもならくろいきりは、逃げる時にしか使っていなかった。でも今更逃げるはずないと、ヒカリだって分かっている。問題は、勝負が長引くこと。
唯一きりばらいを使えるムクホークは、すでに倒されてしまっている。逃げることにしか使えない技だと思っていたから、対策をすでに使い捨ててしまっている。
ヒカリはすでにひんし寸前のエンペルトをボールに戻し、ギラティナへの指示に集中する。
「ドサイドン! がんせきほう! ドンカラス! エアカッター!」
それに呼応するかのように、サキナはドサイドンを出して手数を増やす。
サキナは、この状態であれば、霧の中でも全てが見える。肌に触れる風の動きで、身体が動くたびに聞こえる軋みの音で、動くことによって霧が揺れる、その霧を見るだけですら。
ヒカリも、ギラティナも、何も見えない檻の中。そんな場所で、全てが筒抜けのサキナに狙われる。がんせきほうなんて普段のヒカリ相手には反動が怖くて容易に使えない。だが、この霧がデメリットを帳消しにしてしまう。
「ドサイドン、ドンカラス、お前たちは何も見なくて良い。俺が代わりに全部見てやる……」
出ようとすれば狙い撃たれる。動くたびに傷が増える。技が放たれた方向に撃ち返しても、すでにその場に敵はいない。逆に無防備な状態を狙い撃たれる。
ヒカリ以外なら、すでに勝負はついていただろう。それでもなお喰らいつく。まさしく最強のトレーナー。
「ギラティナ、右に向かってドラゴンクロー! タイミングも、方向も、あたしの勘でいい! 絶対に当たる! 信じて撃て!」
理詰めで詰ませにかかっても、勘一つ、強さ一つで覆される。サキナにとってはたまったもんじゃない。だがそれでもサキナが有利。
そして、必死で抗っていたその瞬間、ヒカリはチャンスだと思った。
ギラティナに注意が向いている。ヒカリの他の手持ちへのガードが下がっている。
一瞬の隙が無ければ避けられる。最強の傭兵であるサキナは、本気のサキナは常に隙が無い。そのサキナが、勝利を確信し緩んでいる。
一瞬の隙さえあれば、避けられなければ!
一発で勝負を決められる切り札がある!
「最大範囲! ダークホール!」
出したのはダークライ。今場に出ているドンカラスも、ドサイドンも、トレーナーであるサキナでさえも、まとめて眠らせることの出来る範囲と効力を持つ、最強の催眠ポケモン。
勝ったと思った。確実に。霧の中だろうが外さないほどの広範囲だった。霧の中全てを覆うほどのダークホールだった。
「あれだけ急所に当てていたなら、きょううんだろうと、そう思ったか?」
常に急所に当たっていたのは、ドンカラスのきょううんのおかげではない。ミスリードさせるために、つじぎりとエアカッターばかり使っていた。ドンカラス以外では急所にはわざと当てなかった。怯みの付与だけにとどめていた。
全ては、この時のため。
「ふみんだよ。ドンカラスも、俺もな」
失敗したヒカリは今、絶望の中、ドンカラスのみを警戒している。起きているドンカラスのみを。他のポケモンをボールから出せば一手遅れる。場に出ていたギラティナとドサイドンは眠ってしまっている。だから、ドンカラスのみを。
「まずは切り札……一体目だな」
すでに霧は晴れていた。チャンスに全く動かないドンカラスを正面に見据えたまま、ダークライは倒れて伏した。ヒカリが目を見開く。
ドンカラスと共に戻ってきてから、ボールにも戻らず、戦闘にも参加せず、ただひたすら息を潜めていた。ただ一つの目的のため、ふみんのドンカラス以外ではなす術なく倒されてしまう、ヒカリのダークライを倒すためだけに。
ドンカラスを囮にする。ドンカラスしか対抗策が無いのを見せつけた後に、囮に……看破できるわけがなかった。
くろいきりの範囲外から一気に駆け寄り、ダークホールの効果が終わった瞬間に後ろからぶち抜く、てつのこぶしでのきあいパンチ。ヒカリのダークライといえど、耐えられるわけがない。
「ゴウカザル、よくやった」
おそらくヒカリの切り札は三体。ヒカリの切り札の一体目、ギラティナはダークホールに巻き込まれた上にもはや虫の息。二体目のダークライは今倒した。後に残るはあの、ハイパーボールのポケモンのみ。もはやエンペルトやムクホーク級程度なら歯牙にもかけない。
問題は伝説級のみ。ディアルガとパルキアはアカギが所有している。
あの最後の一体にも、あたりは付いている……
ヒカリの腰に残っている、ハイパーボールのポケモンさえ、あれさえ捌けば俺の勝ちだと、サキナは苦しげに息を吐きながら、楽しそうに笑った。
「ハッ、ハハ……ハァ、ハァ……もういいから出せよそいつ。終わりにしようぜ。疲れちまったよ」
サキナの限界は近い。だがそれでも、それでもサキナは優位を捨てた。先手を握っておきながら何もせず、その、最後の切り札を出すよう促す。……最後だけは、小細工なし、正々堂々が良かった。
ヒカリはそいつを出したくなかった。出すと悲しむと分かっていたから。もっと無理をしてしまうと分かっていたから。それでも、最後という言葉が、これで勝てたら助けられるという甘美な言葉が、そして、全力を求める悲痛な声が、最後の切り札での真っ向勝負を選ばせた。
「そうね……終わらせるぞ! 来い! アルセウス!」
「ハハ! やっぱりなぁ! お前ぇ! おい! 端末ごときが! 今更出しゃばってきてんじゃねーよ!」
出てきたのは、アルセウス。この世界に来てから、シンオウの歴史を研究し続け、遺跡を探索し続けたサキナにとって、因縁浅からぬ相手。
アルセウスを出したヒカリは、鞄から何かをばら撒く。散らばった何かは吸い寄せられるようにアルセウスに取り込まれていく。
「おいおいおいおい! それは俺のだぜ!? このドロボー野郎がよう!」
その何かとは、サキナがシンオウで集め、逃げる際に国際警察に奪われた全てのプレート、16枚! それら全てを取り込んだアルセウス! 全ての力を取り戻した、最強の完全体!
「一撃だ。一撃で終わらせてやる! もうこれ以上時間はかけない!」
「ハッ! 出力勝負か!? 一向に構わんぞ俺は!」
手持ちに残していた最後のポケモン、ジバコイルを場に出す。ゴウカザルも呼び寄せて、最後の一撃の準備をする。
「ドサイドン、起きたか!? お前らも! ドンカラスだけに良いとこ見せてらんねーよなあ! アレやるぜえ!」
ドサイドン、ゴウカザル、ジバコイル。三体がかりでアルセウスに挑む。自分の認めた最強の主人公が、最強のポケモンで、本気で相手をしてくれている。これで充分だ。満足だ。
「こっち来てから寝てたわけじゃねえんだ。新ワザ見せてやるよ……!」
伝説を持たず、伝説相手のパワー不足に悩んだサキナが、ガラルに着いてから編み出した大技。
ドサイドンが自分一匹では撃ち出せぬほど巨大ながんせきほうを作り、ゴウカザルのだいふんげきで着火し、ジバコイルのてっていこうせんで撃ち出す。その名も……
「喰らって爆ぜろ! 赤鉄砲! ……………………俺の我儘に付き合ってくれてありがとう、ヒカリ。じゃあな」
「最大出力! さばきのつぶて! ……あたしを誰だと思ってやがる! 満足してんな! 死なせるかよ! 死なせるか……!」
これで負けても悔いなし、そう笑うサキナと、悲壮感にまみれ最後の一撃を指示するヒカリ。手持ちは残れどお互いに、最後の一撃。