良かった。生きていた。今の桜にはそれだけで生きる意味が見つかるような心持ちさえした。やっとユイに会える。幸せな気持ちに包まれながら桜は司馬龍との作戦会議を始めた。
「さてと、出発と行きましょうか。」
現在孔、司馬龍、桜の三人は船着き場に来ていた。前日に四天王討伐に参加を申し出、諸々の手続きを済ませ、装備を整えるのに一日を費やした。
一般の客と共に中型船の乗り込む。木製の船は時々ミシッ…という不穏なきしみを鳴らしているが桜以外の二人は全く気にすること無く客室に直行する。桜と司馬龍が同部屋で、孔はその隣の部屋を取った。この部屋代はギルド持ちらしい。贅沢な待遇を受けることができるほどこの依頼の参加者が少ないのだろう。話題性はあったがいざ受注するというもの好きはそうそういない。10000ダールという報酬金額もそれに拍車をかけている。
「トロント島までは半日ほど掛かります、それまでゆっくり休養するのが吉でしょう。」
お互いの部屋に入る直前に孔がアドバイスしてくる。
「うむ。そうするかの。」
司馬龍は小さなあくびをしながらそれに答える。そして彼女は孔の助言に従い、部屋に入るなりベッドへ飛び込んだ。
「え、装備着たまんまで寝るつもりですか?」
桜は感じた疑問をそのまま司馬龍にぶつける。いくらふかふかのベッドといえど、剣を腰に下げたままでは寝にくいのは想像に容易い。
「うむ、家ならそうしておったがここはあいにく外じゃ。いつ襲われるか分からないからの。転ばぬ先のなんちゃらってやつじゃ」
「そんな…船の上で…しかもこんなオンボロ。乗客を襲おうなんて考えるヤツなんかいませんって。」
「そういうもんかのう…。」
司馬流は不満そうな声を漏らしながら布団をかぶっている。
「そーですよ。」
桜はフッと軽く笑う。彼女は部屋に備え付けの机に自身の刀を置いてベッドに入る。司馬龍をちらりと見る。こちらは既に寝息を立てて眠っている。
━━━寝入るの早くない?
桜の疑問は空に投げかけられたままで彼女も眠りに落ちる。
━━━誰かが起こそおうとしている
半眼を開けて確認すると孔の仏頂面が目に映った。
「魔族の襲撃を受けたようです。数は1。戦闘できるのが我々しかいないため迎撃に出ることになりました。」
どうやら先程の発言は完全にフラグだったようだ。桜はぼんやりとした意識のまま扉に目を向けると司馬龍が古い木製のそれを蹴破って廊下へ出ていくのが見えた。その後を追うように孔も出ていく。桜もまた机の上の刀を取ってからそれに続く。
「そういえば龍さんって寝入るの早くないですか?」
桜は移動中に孔に質問する。
「我々のいたデロア地方ではいつどこに危険があるか潜んでいるか分かりませんでしたので寝れるときに寝れるようにして常に体力を温存しておく必要があったんです。」
孔は移動中なのも相まって少し早口で説明する。その横顔はいつもとはうって変わって悲しみのようなものを含んでいた。
「そう……ですか。それは大変でしたね…。」
桜はどう声をかけるべきか分からず無難な返しをしておいた。
「貴女が気に病む必要はありません。生まれは変えられませんので。おや、そろそろ甲板に……龍殿また派手に…。」
孔はどこまでも気遣いができる男だ。それに比べて司馬龍はどうだ。今度は客室と甲板を隔てる扉をスライディングで破壊している。急いでいるのは分かるが非常識だ。よくあれで高位冒険者になれたものだ。続く二人は扉の破片で怪我をしないよう気をつけながら甲板へ出る。窓がなく、最小限の明かりしか無かった廊下から外へ出たため陽の光がいつもより強く感じられる。
先に入ったのは聴覚からの情報だ。甲板のあちらこちらで混乱の声が聞こえる。しばらくして視覚からも情報が得られるようになると状況がより鮮明に入ってくる。
まず目を引いたのは真正面にいる怪物だった。3mはありそうな巨体とそれを支えるには些か不安が残る脚、異常なまでに発達した筋肉に包まれた腕、その先にある長い爪、全体的なシルエットは狼男といったところだろうか。
「アイツ、海から来たの?」
桜は近くで腰を抜かして座り込んでいた乗客の一人に尋ねる。すると乗客は首を横に振り
「あ……あそこにいた男が突然光りに包まれて…!気がついたらあんな化け物に……!」
「確かに体が濡れていませんね。」
孔は顎に手を当てて何かを考えている様子だ。司馬龍は既に刀を抜いて臨戦状態で狼男に対峙している。
「桜!孔!そなたらはここらにいる乗客を避難させてやれい!その間は妾が時間を稼ぐ!」
司馬龍は狼男に注意を向けたまま二人に指示を出す。それを聞いて桜はすぐに駆け出す。孔はそれに示し合わせるように近場の乗客の元へ向かう。
桜が司馬龍の脇を抜け、乗客を避難させようとしたのに対し、狼男が巨大な腕でそれを止めにかかる。体のデカさの割には速度が早い。桜が気いたときには十分に死を感じる距離まで来ていた。
━━━まずい…死ぬっ……!
「させぬわ!」
間一髪で司馬龍が間に入り込みそれを防ぐ
「ありがとうございます!」
走りながらも感謝は忘れない。脚をさらに強く踏み込みスピードを上げる。しかしターゲットは依然として桜である。正面から薙ぎ払いが来たためジャンプして避けなんとか一人の乗客の元へたどり着く。こちらも腰を抜かしていたため桜がおぶる。帰りも狼男に狙われ続けながら乗客を安全な場所へ送り届ける。その間も司馬龍は狼男と打ち合っている。しかし桜が別の乗客の下へ行くために物陰から姿を現せばすぐに標的をそちらへ変更する。あからさまに桜を狙っているのが分かる。そこで桜は
「龍さん!オトリは私に任せてください!多分あいつ私を狙っています!」
「大丈夫か?奴はかなりの手慣れじゃぞ?」
「今こそ訓練の成果を見せるときですよ!」
「……分かった。そなたに任せるでの。ただしくれぐれ無理はするなよ。」
桜は司馬龍とすれ違いざまにハイタッチをして交代する。
━━━━刀を抜き、構える
『千里眼』
久しぶりの使用である。5秒先の未来まで視ることができるサムライ特有のスキルだ。
━━━まず右……その後に左から薙ぎ払い………読めた!
結果通り右から拳が来る。爪が長いせいで距離感が掴みづらいが予習済みのため軽く避け返しに腕を斬りつける。そして横薙ぎ。こちらも先程同様その場でジャンプして避け、間合いに踏み込み隙を突く一閃を決める。
━━━………何かが変
既に2回斬りつけているが全く傷がつく気配がない。」今までの魔獣ならこの時点で体の部位のどれかが吹っ飛んでいるはずであるが今回はそうもいかないようだ。
「オマエの剣対魔剣じゃないな。」
「……対魔剣…?」
「オマエの対人剣じゃせいぜい爪と相打ちするぐらいだな。」
「………ッ!爪と相打ち?笑わせないでよ…」
先らは鼻で笑う。いくら爪が硬いとはいえどっかの国の通貨レベルでインフレした数値の切れ味をもつ刀がそんなものと相打ちになるはずがないと信じ込んでいる。
しかし2回の斬撃が有効打にならなかったという事実もあるため完全に盲信しているわけではなさそうだ慢心にも似た感情が桜を支えている。
そう考えているうちにも攻撃は来る。桜は今後のために追加の『千里眼』の使用は控え、司馬龍との訓練で培った反射神経で応戦する。
それから数分間打ち合いを続けていると後方から声がかかった
「甲板の乗客は全員避難がかんりょうしたぞ。桜よ交代せぬか?そろそろ限界じゃろう?」
桜としてもそろそろ腕が痺れてきたためこれは渡りに船であった
「は……はい!一旦後方に下が━━━」
一瞬、いやそれ未満。気を緩めたのがいけなかった。気づいたときにはもう遅かった。桜が反応するよりも早く黒光りする爪が彼女の腹部を貫いていた。
━━━あ…ヤバ……これ結構深いかも……
そう感じたのは桜が壁に叩きつけられ体の内側からせり上がってきた血の塊を吐き出した後であった。
━━━誰だよこんなに広く甲板造ったヤツは…
桜は顔も名も知らない船工に文句をつける。おぼろになりつつある視界の先では司馬龍と狼男が打ち合っているのが見える。どちらが優勢かは甲乙つけがたいが、若干司馬龍が押している。
「大丈夫……ではないですね。今すぐ回復スキルを…」
ぼんやりと二人の戦いを見ていた桜の視界を妨げる者がいた。孔だ。
『
通常の回復魔法では不可能なレベルの回復量を持つスキルだ。たとえ四肢のいずれかを欠損したものでもそれをもとに戻すことができるようだ。勿論スキルのため1日に使える回数に限りはある。
「あれ…効きが悪いですね。何らかの呪いが付与されているのでしょうか。」
「いや……わからないですけど…げほっ…多分『サムライ』の固有性質が原因じゃないんですか…ごほっさ……げほっ。」
「あまり無理をなさらず……あぁ、そういえば『サムライ』の固有性質に『剣の加護』というものがありましたね。きっとそれが原因でしょう。」
サムライの固有性質の一つ『剣の加護』。これは回復系の魔法やスキルの被回復量が著しく低下する代わりに自己治癒能力が他
桃にみぞおちを刺されたにも関わらず外部からの回復手段無しで回復したのもこれが理由である。今回も内蔵にまで達するどころか貫通するというかなりの重傷を負ったが、今は血が止まっている。
ちなみこの固有性質に鎮痛性能はないので痛いものは痛いままである。
「桜殿安心なされ。貴方は自身の固有性質のお陰でこの程度の傷では死ぬことはありません。痛みは長引くかもありませんが動かなければ悪化することはありません。」
そう言うと孔は客室区間に入っていった。どうやら乗客の怪我人の面倒を見に行くようだ。司馬龍のアシストに行かなくてもよいのかと桜は一瞬考えたがその必要はないと即座に脳内で否定する。桜を圧倒した怪物だとしても彼女を下せるわけがない。紅に染まった着物を左腕で押さえて痛みに耐えつつ右の甲で口の端に付いている血を拭き桜は小さく口角を上げる。失血で気を失いそうになるが痛みがそれを阻害してくる。桜は壁にもたれかかったままどこを見ているか見当のつかないような目をしていた。
「チィッ!!このッ!さっさとくたばらんかい!」
「フフフ…この程度でくたばるようじゃ獣人の恥だからな。」
この化け物は獣人という高位魔族の一族出身のようだ。獣人は普段は一般人のフリをしているが一度獣化すると今の彼のような巨躯へ変身することができ、ステータスもそれに合わせて大幅に上昇する。人間社会に溶け込んで情報収集を行ったり撹乱を得意とするなどスパイ的素質が高い一族だ。
打ち合いは司馬龍のペースで進んでおり、常に彼女が有利な状況が続いているが獣人の耐久力が高すぎるため決定打に欠けているというのが現状だ。
「ハァ……ハァ…。」
「どうした?息が切れているぞ?」
「フン…。いらぬ世話じゃ。貴様は自分の傷の心配でもしておけ。」
司馬龍は肩で息をしながら強がりを言う。さすがの彼女でもこれほど固い敵が相手では体力切れにもなる。
━━━━"アレ”を使うしかなさそうじゃの…
司馬龍はふぅと長い溜息を吐き、刀を逆手に持ち替え
「あ……?何してんだ━━━!?」
獣人は司馬龍の行動に目を見開く。それほど彼女の行動は驚愕的だったのだ。
彼女は勢いよく自分の胸に刀を突き立てたのだ。
「そろそろ妾の本気を見せる時だと思っての。」
「本気って…オマエ、自害の間違いじゃ……。」
「まぁ見ておれ。」
司馬龍は刀を180度捻ってから引き抜く。当然傷口から血が吹き出る。それと同時に傷口から光が漏れている。光は段々と強くなりやがて周囲が何も見えなくなるほど光は強まる。ピークが過ぎ今度は光が弱まっていく。光が消失するとそこには一人の女性が立っていた。
「━━━は?」
司馬龍だった。先程の胸の傷は完全に消えており、身長も2…3,4回りも大きくなっている。いつもぶかぶかに着てサイズが合っていないにもほどがあった羽織が今の彼女には丁度よい。さらに刀も打刀から太刀に変わっており刀身は彼女の身長に匹敵するほど長い。茶色だった髪は日の光を受けて輝く銀髪になっている。いわゆる変身と言うやつであろう。
「我、汝を罰せん。」
口調すら変わっている。より年季が…厳かと表するべきだろう。
「はっ、デカくなったところで何も変わらねぇよ!」
お前が言えたことではないがその通りだ。現在の司馬龍の刀はまともに振れないほどに長くなっている。
「我は、唯罪を斬るのみ。断罪こそ我の生なり。」
「何いってんだオマエ……」
獣人が困惑するのも納得できる。司馬龍から返事はなく代わりにだんだんと近づき圧を感じさせてくる。刀の刃を下に向け、甲板の木を裂きながら歩く。
「くっ……来るなっ!」
彼女の圧に耐えきれなくなった獣人は大きく振りかぶり右腕で攻撃を仕掛ける。
「甚だ遅し。」
「━━!?」
腕を振り下ろした残心が残っているが彼の肩から先は無くなっていた。数秒遅れて司馬龍の歯以後にグチャッという音と共に太くたくましい腕が落ちる。ようやく傷口から血が溢れ出す。
返り血を浴び紅に染まった服、それを一切気にせず獣人を睨み続ける司馬龍にはある種の狂気すら感じる。顔に付いた血を吹くこと無くだらりと気だるそうに腕を下げながら彼女には恐怖では言い切れないものをひしひしと受け取った獣人はゆっくりと後ずさりをした。相手に気づかれぬよう細心の注意を払いながら。もし自分が逃げようとしていると相手に悟られればそれこそ一瞬で海の藻屑にされてしまう。絶望が獣人の心の中を埋め尽くす。
「その先は海ぞ?」
バレていたようだ。司馬龍は少し口角を上げ、嘲るような口調で聞いてくる。語尾が少し上がり気味であるが脅迫にしか感じられない。
「覚悟。」
司馬龍がゆらりと刀を持ち上げる。次の瞬間には獣人の視界は傾いた。
「オマエ……何を…?」
「脚を斬った。」
司馬龍はいつの間にか刀にべったりと付着した血を振り払いながら淡々と告げる。バランスを失った獣人は後方へ倒れ込み尻餅をつく。司馬龍は追撃のために走り出し獣人の数歩前で飛び上がる。空中で体を捻り斬撃の威力を上げようとする。そのねじれを解放し斬撃を放とうとしたその瞬間、獣人の残った右腕から黒光りする何かが射出される。
「ぐ……あっ…。」
射出されたのは爪だった。鉤爪状に伸びたそれは司馬龍の脇腹を切り裂く。怯んだ司馬龍に対し獣人はすかさず長い腕を突き出し彼女の首元を掴む。
「ぐ……は…はなっ…!?」
少し持ち上げ、速度をつけてから甲板に叩きつける。木の板に亀裂が走る。
「さっきはよくもやってくれたなァ!」
獣人はそう言うとさらに追加で数度司馬龍を甲板に叩きつける。四度目に板が限界を超え甲板が陥没する。それを見た獣人は今度は彼女を帆を広げるために立てられた柱に向かって投げつけた。
「がっ……。」
背中から打ちつけられた司馬龍は柱にそって落ち、そのままうつ伏せになって動かない。背骨が折れてしまったのかもしれない。
「フン……。あっけなかったな。」
獣人がのしりと近づき足でうつ伏せになっている司馬龍を仰向けの状態にさせる。
「う…ぐ…汝更に罪を重ねるか」
「罪もクソもねぇよ。生きるために必要なことなんだよ。」
「………」
司馬龍は黙りこくった。もう話せるほど気力が残っていないようだ。それを見た獣人は怒りを抑えきれなくなり足で彼女の腹部を思い切り踏みつけた。
「ぐ…ガハッ。」
あばら骨が折れ内蔵に突き刺さる生々しく低い音がなる。司馬龍は血を吐き出しながらもなんとか抵抗しようと片腕を持ち上げるが限界を迎えた彼女の体は言うことを素直に聞いてくれない。結局道半ばでパタリと落ちてしまった。
「ハァ…ハァ……これでトドメだッ!!」
もはや虫の息となった司馬龍にとどめを刺すために爪の標準を彼女の首元に定める。
そして獣人の怒りの鉄槌によって司馬龍は完全敗北を迎えたのだ━━━━