ユイはキラキラさせた目を桜に向ける。その眩しさに思わず目を瞑ってしまいたくなる桜であった。━━━━
「じゃあ決定ですね。」
受付嬢は二人の間に流れる微妙な空気をガン無視して勝手に話を進める。桜も腹を括り静かに頷く。
「これからよろしくね、私は天草桜。見て分かる通りクラスはサムライ。貴方の名前は?」
ふぅと一呼吸おいてから桜はゆっくりと自己紹介をする。めったに人間と会話しない桜にとって自己紹介というのは通常の人間の何倍も労力を使う重労働なのだ。
「サクラさん…ですね。あの…私はただのユイです。苗字とかはなくて…。よろしくお願いします。」
彼女はちらりと桜を見ながら自己紹介をする。もしや彼女にとってもこの行為は重荷なのでは?と桜は思う。よろしく…の後に彼女は手を差し出してきた。どうやら握手がしたいらしい。桜もすぐにその手を取り、ユイをまっすぐ見て、
「ユイちゃんね!おーけーおーけー!お互い力合わせて頑張っていこう!」
と言いユイの腕を上下に振り回した。彼女はあわあわといった表情でされるがままになっている。腕しか回していないのに彼女の目もぐるぐると回り始めており今にも倒れてしまいそうだ。
「あ、えっと、依頼持ってきたんです……ので……回すの止めて……下さい…。」
その声を聞くと桜はピタッと動きを止め、今度はそちらに興味を示す。この世界に来てからというもの桜は感情が上に上がりっぱなしで大変そうだ。下に振り切れてもいないのに感情が乱高下している。
「どんな!?どんな!?」
ユイが腰につけているポシェットに手を突っ込んで依頼書を出すのを今か今かと待っている桜。その様子はさながら餌を待つ犬とその飼主の構図だ。しかしこの場合に至っては犬はかなりの狂犬らしい。ユイも困った番犬を仲間にしてしまったものだ。
「これです…ゴブリン退治、…6等級のものなんだけど桜ちゃんが7等級でも私が6だから大丈夫。」
ユイは少し早口になりながらも丁寧に桜に説明する。少しでも先輩風を吹かしたいのかもしれない。
「コ゚………ゴブリン退治?」
そのモンスターの名前を聞いた途端桜の顔から血の気が引けた。”ゴブリン”。モンスター界ではスライムに次ぐ最弱クラスのモンスターとして有名だが桜はその両方ともが苦手であった。桜はこの世界に来るまでに何度も脳内でゴブリンとの戦闘をシミュレーションした。基本的に桜一人VSゴブリン5体が基本。彼らは群れで動く習性があるためその人数なのだ。一対五での勝率は約六割。まぁまぁといったところだ。ではここで一対八にしてみよう。そうすると一気に勝率は二割三分にまで減る。何故か?それは背後からの攻撃である。桜は相手と向かい合って戦うなら負ける気はしないが、挟まれるとなれば話は別。まぁ大体の者はこれにも対応できるだろうが、桜は違う。桜はマルチタスク等の二つの事象を同時処理する能力が無いに等しいのだ。そのためいつも二体ほど取り逃がし、背中に回られいつの間にかドスッと、ハイ負け、が定番だった。
「嫌でしたか?ならば別のものを…」
桜の顔がみるみる青くなるのを見かねたユイが別の依頼を取ろうと歩き出すが桜はすぐにその肩を掴んだ。
「まて、断るとは言っていないぞ……?」
声も手も歯も震わしながら桜は覚悟を決める。
(せっかく転生したんだ!今までとは違うことが出来るようにならないと…!)
「え?あ、そうなの?じゃあこれに……って痛い痛い!そんなに強く掴まないで!肩外れちゃう!」
思いの外強く握ってしまっていたらしい。涙目のユイを見て桜はハッと気付かされる。すぐさま肩から手を離し、謝罪する。ものすごい速さで頭を上げ下げする。まるでヘドバンしているようだがこれが桜に出来る精一杯の誠意であった。
先程の依頼書に書いてあるとおりの場所に二人は向かっていた。ヤークの丘と反対方向にあるらしく名前をユニス平原と言うらしい。この情報は勿論Macro Desireから得たものであるが、ユイに怪しまれてはならないのでこっそりと見たらしい。特に話すこともなく桜が周りを警戒しながら先に進む。と言ってもだだっ広い平原が続くので流石に飽きてくる。この平原と隣接する森にゴブリンが潜伏しており、その数20体。と依頼書には記載されていた。森の名前はトゴの森と言うらしい。
「あの…桜さんは腕に自信はありますか?」
森がだんだんと見えてきた頃ユイが沈黙を破って話しかけてきた。
「じ…自信かぁ。あるにあるけどどちらかと言うと覚悟がまだ……」
自信は勿論ある。なんせ最強の刀を持っているから!そしてそれにふさわしいクラスとスキルを持ち合わせているから!と心のなかで鼻高々になる桜。
「確かにサムライはほとんど記録が残っていないクラスです。ですが戦闘面においてはどの文献でも非常に高い評価を受けています。貴方の強さは戦う前から保証されているのですよ!」
(その励まし…ちょっとベクトルが違うっ…)
と、桜は心のなかでツッコミつつ彼女の激励をありがたく受け取った。
「ここ…だな」
その後もとりとめない会話をしているうちに森の入口に立ってしまっていた。ゴクリと唾を飲み込む桜を片目にユイは地面に手のひらを置き宣言する。
『
彼女がそう宣言すると、彼女の掌のを中心に小さな魔法陣が出現する。目を瞑り集中する。30秒ほど経ち魔法陣が収納されると彼女は立ち上がって桜に
「この400m先にゴブリンたちが集まっています。見張りは無し。行きますか?」
と言う。そう報告してきた彼女は先程までとは異なる気配を醸し出していた。落ち着いた、まるで大人の余裕を感じさせるような雰囲気だ。その変わりように若干押されつつも桜は話す。
「行きましょう。しっかり確実に殲滅します。」
かくして二人は森の中に入っていった。
━━そしてもう一つの影も二人の後を追って森に侵入した。
「じゃあ斬りかかりますよ。とりあえず小石を奥のアイツにお願い。」
「任せて下さい。私の魔法で正確に眉間に当てます。」
「殺しちゃダメだよ。あくまで注意を引くだけ。」
物音を極力減らすためソロリソロリと進んできた二人。たかが400mなのにありえないくらい時間がかかっている。すでに森に入ってから10分が経過していた。桜は腰に備えた刀の柄に手を掛けまさに斬りかかろうとする。ユイの方は手頃な小石を見つけ投球のポーズを取る。彼女が小石を投げたら合図だ。
「行きます…えいっ!」
魔法によって大げさな楕円を描くその小石はゴブリンたちの気を引くには十分だった。森林のギャップにいたゴブリンは12体、残りは隠れているようだ。12体全員とはいかないが、ほとんどのゴブリンの気を引けた。少なくとも現状で桜の存在を認識しているゴブリンはいなかったようで絶好の不意打ちチャンスだ。
「せいやっ!」
木の陰から飛び出した桜は刀を一息に抜き、そのままの勢いでゴブリンに斬りかかる。見事に一刀両断し、1体目を駆除する。しかし違和感━━
(斬った感触がない?)
そう、確実に切っているにもかかわらす桜には切断の感触が返ってこないのだ。効果音のない切断。妙にも程がある。桜の鼻先に返り血が飛ぶ。赤黒いその体液が桜に撃破報告をする。流石にターゲットは桜に切り替わり、ゴブリンたちが一斉に襲ってくる。
「わわ!どうしよ!」
迷っていても仕方ない。そう考えた桜はステップを踏み一歩後ろへ下がる。そして刀を下段に構え直し、横一閃に凪ぐ。すると桜にもユイにも見て取れるレベルの斬撃が出る。青というより紫に近しい色をしているそれはまるでビーム・サーベルのようにゴブリンたちに襲いかかり5体をまとめて斬り伏せてしまう。しかし端の方から襲ってきたゴブリンを一体取り逃がし背後に回られてしまう。
(…ッ!しまった!不覚…)
恐怖のあまり桜は目を閉じる。せっかく転生できたのに結局死ぬのか……たかが一人取り逃がしただけなのに桜はそれが世界の終わりかのように生を投げようとする。それを手助けしてやらんと言わんばかりにゴブリンの短剣(というよりナイフ)が桜の頸へ突き立てらようとしている。
『
同じく後方から小さな火の玉が迫ってくる。
(おいおい、確殺する気か?)
うんざりとした桜だったが、火球の狙いは桜ではなくゴブリンのようだ。火の玉がゴブリンの耳に直撃する。直後ゴブリンは短剣を手放し、燃えた耳を抑える。隙ができたと見るや桜はすぐさま振り返り刀を振り上げる。桜の怒りの一閃がゴブリンの頭を吹き飛ばし、お返しと言わんばかりに桜の刀を汚れた血で染める。自身の刀を見て顔を顰める桜だが、血は即座に刀に吸われる。刀の3つ目の能力だ。それを思い出し、ウムウムと頷いていると奥からユイが駆けてきた。どうやら先程の火球は彼女の魔法だったらしい。
「これで何体倒した?」
「えーっと、7体ですね。あと3体で依頼かんりょ━」
そこまで言ったところでゴブリンたちが話を遮るように物陰からユイに襲いかかろうと木の上から降ってくる。当然桜がこれを見逃すわけがなく、刀を抜くと飛び上がりそのまま一体を縦に両断。それを横に蹴りもう一体の軌道を変更させる。最後の一体は間に合いそうにないので桜は自分の刀をゴブリンの脳天めがけて投げる。投げられた刀はバッチリとゴブリンの頭に突き刺さり、軌道を変えられその勢いのまま木に磔にされる。
ストンと着地した桜はすぐに木に刺さった刀を引き抜き最後の一体を始末しに向かう。先程仲間の死体をぶつけられたその個体は着地に失敗したのか足をくじいたらしくすぐに見つかった。その生物は涙目で命乞いのような仕草を取ってきたが桜には興味がなかった。最後の一体も丁寧に斬首し依頼終える。不思議なことに依頼書の下の方に書いてある
「ゴブリンを撃破する」
の横にある数字が
「(10/10)」
となっており更に右下には「依頼完了」とハンコまで押されている。
「いつの間に…」
「依頼を完了すると自動的にこうなるんです!なので依頼書は絶対に無くしちゃいけないんですよ!」
説明のついでに注意喚起までしてくれる。なんて出来た先輩なんだ。と桜は一人勝手に感心する。
「あとはこの状態の依頼書を受付に渡せば報酬がもらえるよ」
「おお!今日は良い飯が食えそうだ」
桜が舌なめずりをする。依頼の解決!報酬金!パーッとご馳走!夢に見た世界が今まさに…
「ゴブリン退治は基本報酬が低いのでそれはちょっと…」
無くなった!
桜の顔が魂の抜けたようになる。どうやら今回の依頼の報奨金は15ダールのようだ。宿2日泊まれるかどうかの金額だ。安い
「意外と辛いな…冒険者業」
「でも上の等級に行けば行くほど報奨金は増えますよ!」
これが彼女に出来る精一杯の励ましだ。桜はやれやれとおもって重い足取りで帰路につく。
ユニス平原の中頃まで来たとき桜はふと背中に視線を感じた。あまり好意的な視線ではない。どちらかと言うとじっとりとした殺気のこもった視線だ。
『
これはサムライである桜がクラスレベル1から持っている固有スキルだ。最大で6秒先の未来まで見れる。見ている最中はすべての動きが停止するご都合能力付きだ。そこで見たのは剣のような何かが自身の心臓を貫いている様子だった。これから4秒後に何処からとも無く現れた暗殺者に刺されるらしい。見たくもないがこれを予防するにはしっかりと目に焼き付けなかればならない。心臓を突かれた彼女━桜は反撃しようとするも躱され、相手から喉元に投げナイフをモロに受けてしまい、血を吐く。ここまで見た。桜は大きなため息をつきながら
1…2…3…3.1…3.2…3.3……
(今っ…!)
完璧なタイミングだった。姿は見えないが今まさに剣を桜の背中に突き立てんとする刺客に一撃を加えた。そのはずみで刺客の術が解かれ姿があらわになる。
「少……年?」
そこに居たのは小柄な少年(?)だった。肩にかかるかかからないか微妙なところまで伸びた紫の髪。それを隠すように羽織っているフード付きの上着。そして何より儚い少女とも勘違いしてしまいそうな色白の肌と顔立ちである。桜が男と判断したのは全体のシルエットからだ。少女味もあるが全体を俯瞰してみれば一目で男性とわかる。
「くっ…何故バレた。」
ボソッと戸惑いの言葉を吐き捨てる。肘打ちした瞬間は焦ったような顔をしていたが、尻もちをついてしまいそうな程の低姿勢で2,3歩後ろに下がり、体勢を立て直して対峙する。
「何だお前、突然襲って来やがって、名前は?私は天草桜。」
「ええっ!?早速言っちゃうんですか!?」
堂々と名乗りを上げる桜に驚きを隠せないユイ。
「へぇ、覚えておくよ。オレ名前は西園寺桃。せっかくだしクラスも言うよ。クラスは━━」
そう言うと桃はまたもや低姿勢で桜に走り込んでくる。武器は先程パラレル世界で桜を殺したナイフである。
「ナイフ如きでっ…!」
突き出されたそれに合わせるように刀の腹で受けようとする。しかしナイフはそれをやすやすとくぐり抜け桜の体に突き刺さる。
「ぐあっ……」
直前に体を捻り避けようとしたが間に合わず、結局左肩にナイフが刺さる。ちょうど節を突かれ、まるで肩から腕が切り離されたような感覚に陥る。
「はいこれで左肩は使えないね。」
桃はヒットアンドアウェイの要領で一度後退し、先ほどとは別の、もう一本のナイフを掌で遊ばせながら桜に告げる。
「あまり舐めるなよ……ぐっ……」
桜は痛みに悶えつつも左肩に刺さっているナイフを無理やり引き抜く。
「あうっ……痛そう…」
ユイは少し遠くで丸くなっている。モンスターの血はいいが人間の血は受け付けないらしく、悲痛な声で怯えている。
「今度はこちらから行かせてもらおう。覚悟…」
というと桜は刀を上段に構え、腰を落とす。じっと相手の出方を伺う
(これは重い一撃になりそうだ。受けてはならない、避けなければ)
桃は重心を上に保ちいつでも避けれるような体勢をとる。体勢が変わるその一瞬の隙をついて桜が斬りかかる。上段からの袈裟斬り。斬撃がとび、轟音を立てながら……とはいかずへっぽこな太刀筋だ。
(何だ?勢いが……!?)
そう本命は二段目。筋を中段で辞めそのまま流れるように逆袈裟に移行する。振り下ろした際の勢いを活かしながらの一閃は桃の油断を見事に突いた。
「くうっ…がはっ…」
無理な体制からの攻撃だった故本来の切れ味は発揮出来なかったがそれでも内臓には達しているらしく、桃は喀血する。よろよろと3歩ほど後退した後に腹部を左手で押さえながら膝から崩れる。
「勝負あったな。」
桜は刀の腹をを桃の首にぺたりとつける。金属の冷たさと自身の血液の温かみが同時に伝わり変な印象を与える。
「ごふっ……はぁ、まさか返り討ちに遭うとは……」
「誰の指示だ?言え。」
「あぁ?指示?言えねぇなぁ……うぐっ」
桃の持っていたナイフが太ももに刺される。
「言わないなら……次は心臓だ。」
恐ろしいほど低い声で脅しにかかる。桜は顔を桃のそれにずいと近づけ、物理的な圧力をかける。
「ははは……。」
「何がおかしい、気でも狂ったか。あぁ?」
「オレのナイフはよぉ、自分に刺さった場合はダメージを受けるんじゃなくて回復効果があるんだよ!」
「ちいっ…!」
桃の衝撃的な告白を聞いた桜は彼女の胴を見る。確かに先程の傷が嘘のように治っている。
「しくじったか…」
咄嗟の判断でステップで後方に下がりながら刀に手をかける。こんなやり取りをしている間もユイは大げさなほど距離を取ったところでガタガタ震えている。人間同士の抗争になった途端これだ。使えない。
「もう遅い!」
さっきまで重症を負って座り込んでいたとは思えない速度で立ち上がり、右手に携えたナイフで桜に強襲する。ナイフが体に達するのが先か刀を抜き切るのが先か。互いにとって相手を死に至らしめるのに十分な間合いがある。果たしてどちらが━━