育てよ
避けよ
憎めよ
覚えよ
追えよ
捨てよ
知れよ
忘れよ
見せよ
逃げよ
集めよ
━━━━備えよ
「以上が今回の神託になります。」
巫女の冷たい声が神託所内部に響いた。その声を聞くのは伝令ただ一人だけだである。全く関連性のない命令の連続。意味はあるのだろうか。いや、意味など必要ない。なぜなら解釈するのは巫女でも伝令でも無いのだから。
”物語の歯車というものは誰も知らないところで回り始めるのかもしれない。先を知る者などいるはずがない。神託所はたしかに神の声を聞くことが出来る。しかしその神でさえ未来が視えているのかと問われても明確な答えを出せない。本当に視えていたとしても教えてはくれないだろう。きっと神は教えたその先の未来も見れるはずだから。だからこそ私はここに願おうと思う。天草桜というか弱き人間の少女がこの物語の主人公として往生を迎えられることを。そしてあらん限りの不幸が降りかかることを。”
━━結局桜は桃との一連の出来事をうやむやにしてしまった。その上更に仲間に加えることにしてしまった。その日の夜はユイに一晩中文句を言われたが、桜はそれを適当に流した。それから数日が経ち桜の傷が完全に癒えた頃いつもの宿で桜と桃が向かい合って座っていた。
「なぁ、なんでアンタも行かなかったんだ?ユイ一人じゃ不安だろ?」
「お前をここに放置するほうが不安だよ。それに今はちょっとね…信用がないからさ。」
「え?なんでだ?」
首を傾げる桃。桜は少しもったいぶりながら答え合わせをするかのように桃を指差す。「察しろ」とのことらしい
「あー、なんとなく察したかも。」
「そういうこと。あとお前の監視。」
「監視って、どうせ逃げても追ってくるくせに。」
桃は桜に悟られぬようひとりごちる
「それにまだ私はお前を信頼してないからな。」
「信頼ってアンタも大概だけどな。」
桃は鼻で軽く笑ってみせる。
「あ、なんだと?」
桜が静かに立ち上がる。どうやら図星のようだ。どれが該当するかはあまりに多すぎて枚挙にいとまがないが。
「そうカッカすんなって。ストレス溜まると依頼にも影響が出るぜ?」
「誰のせいで……」
桜はこれ以上言わない。もう言い飽きたのかも知れないし、自分に責任追求が来ることを恐れたのかも知れない。それを見透かすように桃がにやりと悪い微笑みを浮かべる。二人の間に見えない火花が散り始める。やはり彼女らはソリが合わないようで険悪な空気が二人の間の距離を埋める。
「殺るか?また。」
「オレは良いぜ。今度は完膚なきまでに潰してやる。」
「なんて三下なセリフ。やる気なくすわ。」
「へぇ…」
互いに自身の武器の柄に手をかける。まさに一触即発の場面。見つめ合い相手の出方を伺う。しかしその睨み合いもドアが叩きつけられる音で解除される。
「あなた達はどれだけ仲が悪いんですか。」
「いや~コレハソノ。」
「言い訳は無用です。今から依頼の説明をしますからさっさと武器から手を放して下さい。」
「だ……だけどこいつが…」
「言い訳は、ダメですよ?」
ユイが笑顔で桃の顔を覗き込んでくる。咄嗟に微笑み返し誤魔化そうとするが意味はない。最終的に気まずくなったのかそっぽを向いてしまった。
「桜さんも、桃さんが強いのは分かってますからもう少し仲良くしてくださいね。」
「わかったよ、ユイ」
「ユイさんのときは聞き分けがいいんだな?え?」
またこちらに興味が湧いたのか桃がジロジロ見てくる。うざったらしい。今すぐその顔をぶん殴ってしまいたい、ユイは勿論無視して話を進める。
「依頼なんですけど、前々から話していた『銀なし狼』の討伐依頼を取ってきました。この魔獣は素材が高く売れるので報酬から追加で収入が考えられます。」
「何匹狩れば良いんだ?」
「依頼書には8と書かれていますが、体力に余裕がありそうなら10匹ぐらいいけそうです。」
「久しぶりにフルで動くな。」
「力の入れ方ミスって迷子とかなるなよ?」
「私がそんなミスするわけねぇじゃん。それにお前がいる以上ユイから離れたりしねぇよ。」
またもや二人の間に亀裂が入りそうになるが今回は間にユイがいるせいか悪化せずに済んだ。ユイはほっと胸を撫で下ろす。
「じゃあ早速行きましょうか。」
━━数時間後
「ユイとはぐれたな……」
桜は案の定ユイと桃とはぐれてしまったようだ。現在地は依頼があった村の裏手にある林の内部。銀なし狼を追ううちに想定以上に奥の方へ進んでいたらしく帰り道もわからない始末である。桜は懐からMacro desireを取り出す。久しぶりの出番である。早速マップを開き、村への帰路を確認する。だがその軽率な行動が仇となる。最短経路を探すのに夢中になっていた桜は背後からの脅威に全く気づいていなかった。
「ぐっ……後ろか?」
背後から強襲された桜は狼の鋭い爪で背中を掻かれる。肉の裂ける痛みと衝撃に襲われる。狼はヒットアンドアウェイの要領で素早く茂みの中へ隠れる。どうやら桜は『狩る側』から『刈られる側』になってしまったようだ。周囲を見渡すも敵影は全く見えない。『
「そこっ!」
僅かに聞こえた草の音を聞き分け敵を確認する。見てしまえば桜のものだ。噛みつこうと飛びかかってきた銀なし狼を横へスライドして避け、それと同時に首へ刃を持っていく。豆腐を切るかのごとく刃が通り、ついに銀なし狼を討ち取る。司令塔である頭を失った胴体は小刻みに痙攣するだけで意思を感じない。桜は刀を振り血を払う。鞘に刀を納め銀なし狼の遺体から素材を剥ぎ取ろうとする。がその瞬間桜は嗅いだことのない異臭を感じ取った。刹那、真正面から触手が二本飛び出してきた。突然のことではあったが、桜は後方へステップを踏み抜刀できる余裕をもたせてから一息に斬る。相変わらずの手応えの無さだがどちらの触手も危機を察したのか素早くもと来た場所へ戻っていった。戻ると言うより収納されたといったほうだ正しいのかもしれない。桜は今度はすぐに鞘へ刀を戻そうとはせず構えたまま触手の来た方角を向き続ける。
「今のは変異種かも知れない。触手の速さや引き際の良さ、戦いなれていると思った方が……ッ!?」
桜は腹部に鋭い痛みを感じる。見れば先ほどと全く同じ気味の悪い泥のような茶色をした触手が突き刺さっていた。
「クソッ…油断していた。」
触手は刺さった時点で勢いを失ったのか内蔵までは完全に到達していないようだ。しかし代わりに皮膚の中で何かが広がる感触を覚えた。
「毒…か?」
桜は触手を引き抜こうとするが、返しがついているのか抜ける気配がない。しばらく苦戦していると茂みの中から犯人と思しき魔獣が現れた。全体を薄緑の体毛で覆っており、触手が三本腹のあたりから生えている。そのうち二本からは血が流れており、残りの一本は桜の腹に刺さっている。
「やっぱり……変異種だったか。」
やはり先程の触手はこの個体だったようで、桜は隠しきれない殺意を感じ取った。
(まずい……意識がぼんやりしてきた。さっきのは毒だったか。)
桜の状態などお構い無しに変異種は襲いかかってくる。単純な噛みつき攻撃。いつもの桜なら避けられるだろうが今回は違う。足がワンテンポ遅れてしまい回避に失敗し噛みつかれる。幸い上半身だけはずらせていたため、首は避ける。代わりに左肩に取り付かれる。桜は逃さんと言わんばかりに肘を曲げ左手で変異種の首根っこを掴み、肩に固定する。意識が曖昧になっているせいで痛みにも鈍感になっているようだ。体を捻って暴れる変異種を沈めるかのように刃を突き立てる。憎しみを込めて何度も、何度も。しばらく串刺しにし続けていると大人しくなり最終的に動かなくなった。完全に死んだことを確認してから桜は腹部の触手を片手で掴める程度の長さを残して切り、遺体を投げ捨てた。
「こんなやつの素材なんか取ってやるもんか。」
現状の桜にとってはこれを言うだけで精一杯だった。次の瞬間、緊張の糸が切れた桜はその場に倒れてしまった。
次に桜が目を覚ましたのは知らない天井の下であった。どうやらベッドに寝かされているらしい。服装はさっきのまま…ではなく寝間着のようなものに変えられていた。不思議に思い横を見るとそこにはスーツ風の服を着た男性が椅子に座りながら仏頂面で本を読んでいた。
「え……?誰?」
「む、起きたか。体調の方はどうだ?吐き気や頭痛はないか?」
桜は第一印象で彼をアウトローな人間だと感じたがどうやらそれは間違いのようらしい。
「いや…特には、それよりここは……?」
「ここは司馬龍殿の山小屋です。数時間前、林で倒れている貴方を見つけたので保護いたしました。」
(丁寧な対応だな…器広そう。でも顔が明らかヤクザなんだよなぁ……)
桜はなおも疑っているようで、ジト目でその男の方を見る。男は苦笑いをしながら話を続ける。
「自己紹介がまだでしたね。私は孔真明。まことに明るいで真明です。クラスは
「そ…そうです。えへへ、まだ新米ですけど。」
「失敗は新人の内に経験しておいて損はありません。むしろ失敗したほうが後の飛躍的な成長につながりますよ。」
「あ…ありがとうございます。」
桜はなんだか恥ずかしくなって俯いてしまった。
「私の名前は桜。クラスはサムライで6等級になったばかり。」
「クラスサムライですか、これは龍殿が喜びそうです。」
「そのお龍さんってのもクラスサムライなのか?」
「そうではありませんが、常日頃から会いたいと仰っていたので。」
真明は桜の無礼すぎるタメ口を気にしていないのか突っ込む気配がない。桜はまた不思議に思ったところで彼女は一つとんでもないことを思い出した。
「私の服…誰が変えたんですか?」
「む?貴方の服装ですか。それならば龍殿がしてくれましたよ。私はここで貴方が目覚めるまで番をしていただけです。」
「お龍さんは男性・女性どっちですか?」
「龍殿は女性の方ですよ。安心して下さい。何を安心するのかは知りませんが。」
真明は終始和分かっていなさそうなきょとんとした顔で問答に対応する。
「なんじゃ?妾の話をしておるのか。」
丁度その時小屋の扉が開かれ、チャイナドレスに羽織というミスマッチの日中折衷な服装の少女が入ってきた。ユイより少し大きい程度の身長があり茶髪で左右のお団子がチャーミングだ。童顔の割に口調に年季が入っていてなんだか不釣り合いに感じられた。
「おお、龍殿戻られましたか。」
「うむ。桜は起きたのか?」
「はい、体調もほとんど問題ありません。」
「途中から聞いておったわ。扉越しでな。」
司馬龍は真明と話しながら桜の寝ているベッドに近づいてくる。
「ふむ、なかなか可愛らしいのう。是非妾の仲間にならんか?うむ、その方が良かろう。そうだそうだ。」
桜の顔を覗き込み満足気に語りかけてくる。桜はいつしか感じたことのある。狂気に似たものを感じた。
「いや…その私はもうパーティ組んでいるので。ごめんなさい。」
「そうかそうか。ならば仕方あるまい。諦めるか。」
「龍殿、興奮するのは分かりますが、まずは名乗るべきですよ。」
真明が優しく司馬龍を嗜める。それを言われた彼女は少し不機嫌になりながら
「妾は司馬龍。クラスは
「は…はい!えっと私は…」
桜がそこまで言ったところで司馬龍は右手を桜の口元を覆うように差し向ける。
「言わんでも分かる。桜じゃな。六等級の冒険者じゃろ?」
「龍殿、何処から聞いておられたのですか?正直に言って下さい。」
真明がやれやれと言った様子で彼女に尋ねる。すると彼女は堪忍したかのように
「実は始めから聞いておったのじゃ。妾が扉を開けようとしたときにの、真明が自己紹介をした辺りじゃな。いつ入るか機会を伺ってたんじゃ。」
「全く…この山の夜は危険だと言ったでしょう。帰ってきたら機会など伺わず早めに入ってきてくださいね。」
「分かった、次から気を付ける。」
司馬龍はそっぽを向いて不満そうに頭を掻きながら答える。要件は済んだのか彼女はさっさと別の部屋、おそらく彼女の自室に入っていった。
「すみませんサクラ殿。龍殿はかなりマイペースなお方で…」
「全然いいですよ!気にしてない気にしてない!それより、」
「それより?」
桜はベッドから体を起こし、少し前のめりになりながら真明にこう尋ねる
「ユイと桃を見なかったか!?」
「ユイ…?桃…?それはサクラ殿のパーティーメンバーの名前ですか?」
真明は考える仕草をしながら桜の話を真剣に聞く。反応を見るに知らなそうだ。
「ユイは…金髪の女の子で龍さんと同じくらいの身長でローブを着てて、桃は紫の髪でいかにも何か仕込んでいそうな上着を着ている。」
桜はできるだけ彼女らの特徴を挙げてみたがやはり彼の記憶にはなかったようだ。彼は椅子に座ったまま膝に手をつき深々と頭を下げ「すまない」と過剰にも程がある謝罪をしてきた。流石の桜もここまでは必要ないと思い、両手を顔の前で左右に振り遠慮の姿勢を見せる。やがて真明が顔をやっと上げる。
「ではデロアのギルドに私の伝書鳩を送りましょう。彼らにお二方の行方を探ってもらうことにしましょう。」
「ありがとう。すぐ見つかるとよいのだが。」
「そうですね。」
真明はそう言うと袖から小さな棒を出し、空中に絵を描く。鳥をもじったその絵は数秒もしない内に無色透明で光を反射し輝く鳩になった。
「これは石英で出来た伝書鳩です。この大陸内であれば場所を指定し確実に半日以内に目的の箇所に手紙を送れます。」
真明はテーブルの上にあるメモ用紙を一枚取り、素早く文字を書きそれを伝書鳩の首に優しく紐でくくる。その後背中を軽く叩き、近くの窓を開けると鳩は元気良く羽ばたいていった。
「すごい…石英の鳥が飛んでる。」
「名前を『赤兎馬』っていうんです。鳩なのに馬っておかしいですよね。いつもこのネーミングセンスを龍殿にからかわれるんです。」
「でも良いじゃないですか。疾そうな感じが出てて。」
「そう言っていただけるとありがたい限りです。」
真明がクスッと笑った。彼が初めて見せた笑顔だ。桜はこんなにも早くこの男の笑顔が見れるとはと上機嫌になる。そして満足感とともに眠気に襲われる。ウトウトし始める桜。彼女に真明は優しく語りかける。
「さぞお疲れでしょう、ゆっくりお休み下さい。明日からは私達も捜索を手伝います。」
桜は初めてのベッドに拒絶反応を示すよりも強い睡魔にやられてしまい。真明の最後の言葉を聞き取れなかった。
━━━桜さんとはぐれてしまった。幸い桃さんがいるから安心は出来るがそれよりも桜さんが居なくなったのが私の心に来る。ついに見つけた私の本当の仲間なのにこんなにあっさりとなくしてはならない。ノルマは達成した。あとは桜さんが見つかるのを祈るだけ。
「なぁ、ユイさんどうやら変異種倒したらしいですよ。」
「本当!?じゃあ桜さんは生きてるってこと?」
「その可能性が高いです。」
「じゃあまだ希望はあるね。」
「ですが、流石にもう戻りません?辺りも暗くなってきましたし」
そう時刻はは既に8時を回っていたのだ。夏季に入りつつあるこの大陸も少しずつ日が落ちるのが遅くなっているが、この時間帯になるといくら夏季と言えど暗くはなる。ユイは渋々桃の提案に乗り、山を降りることに賛同した。
「む?何か音がします。歌っているような……」
「え、なに?私は聞こえませんでしたが…」
「私のパッシブスキルの恩恵でしょう。
「ここからどれくらい離れてますか?」
「800mといったところでしょうか。北西の方角です。」
「なるほどありがとう。」
二人は音のする方へ向かっていくその道中ユイが口を開く。
「あと、ずっと思ってるんですけど、なんで私には敬語使うのに桜さんにはタメ口なんですか?」
「いやーそれはですね…えっと。」
「この前の事まだ引きずってるんですか。」
「まぁそんなところで」
桃が一気に小さくなったように感じる。ユイには人を精神的にも物理的にも追い詰める趣味はないので桃のこの反応はユイにもダメージを与えた。
「それは過ぎたことです。気にしてませんから。それにこの中じゃ私が最年少でしょうから。」
「何歳?」
「14です」
「うぇ!?若いねー私は17…っと、どうやらいつの間にか結構近づいたらしいです。」
「それ」
ユイは聞き逃さずしっかりと指摘する。
「あ、すまんすまん。気をつけるよ」
(本当に気をつける意志があるのでしょうか。まぁどうでもいいですが)
二人は行く手を阻んでいる巨大な雑草の林を抜けると広い場所に出た。どうやらここは森の中のギャップのようで、時代を感じさせる大木の幹が数本倒れている。様子はさながら公園のようで、疲れていなかったとしても思わず座ってしまいそうだ。そのベンチの一つに例の少女は座っていた。藍色のロングヘアーなのがこちら側からでも分かる。ユイよりも頭1.5個分ほど小さく、服も簡易的な麻製の服のようだ。その少女はこちらの存在に気付くと歌うのをやめ、微笑んでくる。その顔はまさに天使としか形容できないほどの輝きと可愛らしさを同時に内包しており、思わず抱きしめたくなるような感覚に襲われる。桃が話しかけようと近づくと少女は自分からベンチから降り、こちらに向かってくる。
「こんにちは。今日はいい夜だね。私の名前はアンニュイ。クラスは
彼女はここまで言うと一呼吸おきユイと桃を品定めするように眺めて言う
「さっそくで悪いけど魔王軍の幹部を一人殺しに行こうか。」
その言葉は軽く投げられたようだったが、投げたガワが超人過ぎただけで皆ッそのボールをらくらくと挙げれるようではなさそうだ。
━━━三人を分った事件が彼女らの方向性を逸らしていく。段々と離れていくパァーティーの心。ここで継ぎ止めねば。