━━久々に歯ごたえがある戦いが出来たこと、自分の不意打ちがこんなにも上手くいったこと。レミルスは今回の戦いの振り返りを勝手に始めた。
━━━が
「ま、そんなワケ無いよね。」
レミルスの視線の先にはようやっと立ち上がった桃の姿があった。
「よくもやってくれたな……」
鋭い眼光が彼女を射抜く。しかし本人の方は特に気にしていないようでヘラヘラとしながら剣先を桃へ向ける。
「ほら、かかってきなよ。死にたいんでしょ?アンタも。」
「黙れッ!」
桃が駆け出す。それと同時に彼女の姿が消える。レミルスは落ち着きを保ったまま魔力の流れを読み取る。桃が再び姿を現し攻撃を仕掛けてくるのに合わせて的確に剣で防御する。
「フッ、甘いな。」
「クソが……かはっ!」
レミルスは桃の腕を掴んで二撃目を防ぎ、流れで蹴りを入れ込む。これに直撃を受けた桃は腕が固定されているせいで衝撃を受け流せず想定以上のダメージを受ける。
「せっかく立ち上がったのにこのザマとはね…大人しく死んだフリしとけばよかったのにね。」
「仲間が死んだってのに敵討ちしねぇのは流石にどうかと思うぜ?」
「敵討ちねぇ…聞こえは良いんだけど、結局独りよがりな正義なのよね。虚しいとは思わない?」
「思わないね。少なくとも……お前みたいなやつよりかはな。」
「アンタ結構つまらないこと言うのね。」
桃は右腕を掴まれ、左は相変わらず剣を押し込もうとしているような状況で、レミルスと拮抗した刃の押し合いをしつつの問答である。
「つまらない…?人間を裏切って魔族に転向したくせにか?」
「何いってんのよ、アンタ。気でも狂ったのかしら。」
「狂ってないぜ。お前のその胸についてるそれ。ギルドのバッジだろ?」
「え?なんでそれを知って━━」
「今ッ!」
レミルスが自身の胸元に注目して生まれた一瞬の隙を逃さず桃は一歩を踏み込み懐に入る。すかさずナイフで二連撃を叩き込むもすんでのところで回避され、肩口と脇腹に切り傷を残す程度で終わってしまった。
「その様子じゃ、まだ未練があるようだな。」
「アンタに言われる筋合いは無いわ。」
「オレはお前がなぁーんで魔族側に付く事になっちゃったかすげぇ気になるなぁ?」
桃はユイを見て学んだうざったらしい笑顔でレミルスに問いかける。レミルスは先ほど受けた脇腹の傷に手を当て、回復魔法を使っている。桃の話は一切聞いていないような様子だ。聞いていないと言うより聞かないようにしているが正しいだろう。桃は力以外の攻め方を見つけたようだ。ゆったりとした足取りでレミルスに近づいていく。
「なぁ?教えてくれないか?」
「アンタには関係ないって言ってるのだけれど?」
「そこを何とか…だな?」
「無理よ。」
真下から剣の切り上げが来る。警戒していた桃はこれをバックステップで当然避け、追撃も対応する。
が、対応したのはいつものナイフではなかった。
「魔力剣…?」
「よく知ってんな。最近出たばかりなのに。」
「そう?魔族の間でも有名よ?実物は初めてだけれど。」
レミルスは初見なので念のために距離を取るようだ。桃の手は何の変哲もない剣の柄を持っているが異様なのは刃の方で、柄の根元から魔力によって現出しているビーム刃が適度な長さに収縮することで剣を形作っている。
━━━言ってしまえば”ビームサーベル”である
「ナイフじゃそろそろキツイ気がしてな。」
「知ったこっちゃないわ。むしろ得意武器を自ら手放してくれるなんてありがたいわ。」
「そいつはどうかな……っ!」
桃は気配遮断を活かし不可視のステップで近づく。レミルスは先程同様に魔力の流れを読むが
「ここかっ!」
「残念。」
レミルスが突きを繰り出した位置には桃はいなかった。代わりにその真後ろから袈裟斬りが入る。しかし、咄嗟に貼られた魔力障壁のせいで深い傷にはならなかった。
「変なとこで勘が良いんだな。」
「常に後ろは警戒するべきよ。」
「へいへい。アドバイスありがと……って!」
気づけば桃の背後にレミルスの腕があった。しゃがんで避ける。なんとか間に合う。もう少し反応が遅れていたら首根っこを掴まれて拘束されていたことだろう。彼女は肝が冷える思いで相手を見直す。よく見れば左腕を後ろに回して隠していたではないか。
━━━慢心してたな…
「で、お前が人間だった頃の話について何だが……」
「またそれ?もううんざりなんだけど。クソつまらないし。コミュニケーション下手なの?」
「何度でも擦るさ。こう言えばお前の動きが鈍ってくれるからな。」
「うっわ。性格悪いねアンタ。友達いんの?」
「ご想像におまかせするよ。」
「じゃ、居ない方向で考えておくわ!」
彼女は言い終わる前に既にこちらの眼の前まで来ていた。足を狙った斬撃はしっかり刃で受け止める。どうやら実体剣とビーム刃同士でも鍔迫り合いはできるようだ。桃はレミルスの剣を押し返し、相手に突きを見舞う。切っ先がレミルスの頬を掠める。彼女の顔に一筋の紅い線を残す。
「なかなかやるじゃない。さっきのより強いんじゃないアンタ。」
「ハッ。そうかよ。それよりお前。顔に傷つけられたのに怒らないんだな。」
「え?なにそれ。」
「ほらこういうのってさ、顔に傷つけられて激昂する話よく聞くじゃん?」
「あぁ…そういうのいいから。」
二人はつまらない冗談を言い合いながら何合も打ち合う。桃特有の剣捌きがレミルスにとって異種の相手のようで、若干桃が優勢に見える。数合に一度見られる隙を見逃さず突き、着実にダメージを与えている。
━━━行ける……このままなら確実に……!
そう思った瞬間だった。
「くっ………」
桃の視界に一瞬ノイズがかかり打ち合いに隙が生じる。レミルスはすかさず攻撃を仕掛ける。一撃…二撃と桃の体をじわじわと引き裂いていく。先程までの桃が優勢の均衡は崩れ去り、彼女は防戦を強いられることになった。
「あらあら?どうしたの。さっきまでの勢いはどこに行ったの?」
レミルスに術を組んでいる兆候は見られないし、こんな打ち合いの真っ最中にできるとも思えない。とするならば……
━━━これ……か?
桃は自身の手に持っている剣の柄を見る。確かにこの剣を使うには魔力が必要だ。だがそれが継続的に必要になるものとは考えていなかったようだ。
”短期間に大量の魔力を消費してしまうと体に強い負荷がかかる”
この世界に住むものならば当然知っている知識だ。彼女はどうやらこれを甘く見ていたらしい。慢心である。
━━━まずい……視界が…それに加えて体全体が上手く動かない…
桃の動きが著しく精彩を欠き始める。
「そこっ…!」
「惜しい!ってとこでいただくね。」
「なっ…」
彼女はレミルスのフェイントにまんまと掛かり、彼女の斬撃によって足を斬りつけられる。同時にバランスを崩し後方へ倒れ込む。レミルスは追撃の手を緩めない。彼女の腕から伸ばされた剣の先端は桃の腹に突き刺さり、そのまま背中へ抜ける。痛みの衝撃で彼女は剣を落としてしまう。
「……かはっ」
「アンタは随分としぶとかったわね。でもこれて終わり。」
レミルスはアンニュイの時のような余裕は見せず、桃の腹に刺さっている剣を水平方向に切り抜く。内臓の一部とともに彼女の左腕を斬り飛ばす。
「がっ……あ、あぁ……!」
桃は肘から先が無くなった自身の左腕を見て絶望の表情を浮かべ、脇腹を押さえながらゆっくりと膝をつく。座り込み血を吐き、息も絶え絶えになってきているがレミルスを見るその目つきだけは依然として鋭いままであった。
「さっさと諦めなさいよ!」
「ガフッ……」
頭に血が上ったレミルスは桃の首元に回し蹴りを食らわせる。桃は追加で血を吐きながら吹っ飛ぶ。今度は無様にうずくまっている。痛みのせいでそれ以外の姿勢を取れないのだろう。レミルスは気持ち早めに桃の元へ行き、御託を挟まずに剣を構える。今回も狙うは首。聞き手ではない方の手でしっかり照準を合わせ、正確に首に突きを撃つ。
「く……うぅ………ごほっ…」
「な…なんでアンタが……」
レミルス渾身の一突きは間に割り込んできた一人の少女によって止められた。少女は自分の身を呈して数枚の魔力障壁と共に桃を庇ったのだ。数枚程度の魔力障壁でどうにかなるはずもなくレミルスの剣は少女を容易く貫いたが桃に刃先が届くことは防いだ。
「邪魔をするなっ!」
「あ…が……それはこちらのセリフですよ…」
レミルスは意地でも刃を通すために剣を押し込むがほんの数センチ程度しか動かない。少女が貼り直した魔力障壁、それに身体強化によってむしろ押し返しそうなまである。
「そんな…ユイ……オレなんか庇わなくてもいいのに…」
「何水くさいこと言ってるんですか…ゲホッ……私達……仲間じゃないですか……がはっ…」
ユイは全身に走る痛みに耐えながらレミルスの剣を受け続ける。
「なんでここまでしぶといワケ?さっさと死になさいよ!」
レミルスは更に押し込む力を強めるが抵抗がそれを上回っており一向に進めない。
「生憎……諦め悪いんですよね、私。」
「そんなの知ったこっちゃないわよ!…この━━━っ!?」
レミルスがユイの肩を見て驚く。彼女の着ているローブには肩のあたりに紋章の刺繍が施されている。どうやらレミルスはその刺繍に驚いたようだ。
「もしかしてアンタ…サリトリア人……?」
「……って言ったらどうするの?」
「………っ!」
レミルスは言葉に詰まる。彼女はその民族に因縁でもあるのだろうか。ギルドに加えて民族…と彼女は過去にどれほど未練があるのだろうか。推して図るべきではなかろう。動揺していると彼女はユイに蹴りを受ける。思わず剣から手を放してしまい後方に軽く吹き飛ばされ尻もちをつく。
「桃さん!今です!」
桃はその声に呼応し自身の身体に残された少ない体力を振り絞って立ち上がる。
「桃さん……うっ…これを……」
「………あぁ。」
ユイは自分の腹に刺さったままの剣を引き抜き、桃に渡す。それを受け取った桃は未だ混乱から抜けずにいるレミルスに向かって走り込み、全力の袈裟斬りを叩き込む。当然魔力障壁に阻まれるが、レミルスに迷いが生じ、魔力の流れが歪む。それが誘発して障壁にヒビが入る。
「これで………終われ!!」
剣と障壁の接点からヒビが拡大しピキピキ…という甲高い音とともに障壁は割れ、桃の斬撃だけが振り切られた。防御手段を失ったレミルスは肩口から入った剣によって体を両断される。数瞬してから斬り口から血が溢れ、レミルスの片割れが地面に落ちる。足のついている側はその場に立った(?)ままになっている。
「どうだよ…自分の剣に殺される感触は?」
「ふ……こういうのも悪くないんじゃない?」
そう言うとレミルスは次の言葉を紡ぐことはなく、どくどくと流れる血を広げるのみである。その様子を見て完全に安堵した桃はその場で気を失って倒れた。限界を超えてしまった彼女の体にも休息が必要なのだ。
━━━こうして第一の守護者レミルスは撃破された。しかしそのために何人もの犠牲があったことを忘れてはならない。アンニュイもその一人だ。
「……てください…。」
━━━ん?
「…起きてください。」
━━━誰だ…?
「ユイですよ。そろそろ起きないと無理やり起こしますよ?」
「…あ、それはやだ。」
桃が目を覚ますと彼女の顔の寸前までユイの手のひらが来ていた。手は桃の待ったを聞かずそのまま彼女の頬を張った。
「????????????」
困惑の目でユイを見る。イマイチ状況が理解できていない桃は起き上がろうとしたが脇腹から走る痛みに耐えかね断念した。わかったのは今自分はユイに膝枕してもらっているということだけだった。あと左の腕は元に戻っていた。
「腕治すのは楽でしたよ。なんせ断面がきれいでしたからね。」
「ほんとだ。ちゃんとくっついてる。やるなユイ。」
「へへ。それほどでも。三枚おろしにされた人間を蘇生するよりは簡単ですし。」
「ん?今なんて?」
「なんでもないです。聞き間違いだと思いますよ?」
「そっかー聞き間違いかー」
そんなはずはない。桃はバッチリ聞いていた。よく見ればユイの傷も治っている。桃は胸を撫で下ろした。もし桜が不在の状況でユイが死に、ましてや怪我でもしたら何されるか知れたものじゃないからだ。
「よくさっきの傷治ったな。」
「魔力量には自信があるので。規格外の回復力ですよ。すごくないですか???」
ユイが顔を近づけて圧をかけてくる。
「あ…あぁそうだな。」
━━━ユイってこんな感じだったっけ?
そんな疑問が桃の中に生まれる。が、その疑問もすぐに消え、次の行動を考え始める。現在地は先程の場所から全く移動していない。まだ血の匂いがするからだろう。ユイは桃を木陰まで運んで休ませてくれていたようだ。
「とにかく…撃破の報告をするべきだな…」
「でも私たちなんかが持っていって良いんでしょうか?」
「仕方ないだろこの場に立ち会わせてしまったのがオレらなんだから。」
「じゃあアンニュイさんも一緒に行くべきってことですか?」
「そうなんじゃないか?どこにいる?」
「あっちで死んだままですけど。」
「蘇生…できないのか?」
「やりましたよ……でも…でも……。」
「わかった。それ以上は言わなくていい。」
「はい……」
ユイの顔が曇る。先程までの笑顔はこの事実を忘れようとして作られた仮面だったようだ。気まずい空気があたりに漂う。ユイは口を一文字に結んで黙りこくってしまった。桃は右手を上げ、ユイの頭を撫でる。自分ができるだけ精一杯の笑顔とセットで彼女を慰めようとする。
「あ…あのっ…私……ちゃんとお役に立ててましたか……迷惑…掛けてませんか?」
不意にユイの目から涙が零れる。彼女の中に押し込められていた感情が堰を切って流れ出たようだ。涙は頬を伝って落ち、桃の額を濡らす。
「勿論さ。あの時ユイが来てくれなきゃオレは死んでたからな。本当に様様だよ…」
桃は痛みを堪えながら起き上がり、ユイを抱きしめる。子供っぽい高めの体温、柔らかくいい香りがする髪、まだ控えめな胸など返ってくる暖かく優しい感触からユイがまだ年端のいかない少女であることを改めて知らされる。そして相変わらず泣きじゃくるユイの涙で肩が濡れる。
━━━まぁ…生きるっってのもそんなに悪くないな……
桃はユイの気持ちが済むまでずっと彼女を抱きしめ続けた。
━━━━君もこの輪に入れたかったのにな……死んじゃったら元も子もないじゃないか………
━━━━━━━挿絵が欲しい(強欲)