Confidential Girl ―TSして女の子になった俺と、懐いてた少年との新しい日常―   作:エイジアモン

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10.高校生活の価値

 晩御飯を食べ終わった後は、お互いにソファーに腰掛けてゆったりとした時間が流れる、くつろぎの時間でもある。

 何気ない会話のようで大事な話というのは、そんな時間に交わされる事が多い気がする。

 

「なあトラ、一つ聞いてもいいか?」

 

「何? おじさん」

 

 今から聞くのはバレー部の入部についてだ。

 なぜあそこまで、頑なに入らないと主張するのか。――いや、入れない、と思うのか。

 

「中学の時はバレー部に入ってたんだって? おじさん知らなかったよ。言ってくれれば良かったのに。強かったのか?」

 

 そう、知ってれば大会くらい見に行ってただろうに。

 

「あー……。シュウ……鳥野(とりの)の話を聞いてると僕たちが強かったみたいに聞こえるかも知れないけど、別に中学ではそんなに強いとこじゃなかったんだよね。わざわざ言うほどじゃなかったから……。まったく、シュウは大げさに言い過ぎなんだよ、インターハイとか目指せる学校でもないのに……」

 

 なるほどな、鳥野くんが自信満々に言うもんだから、鳥野くんもトラも実は凄い実力者なのかと勘違いしていたな。大げさに言いすぎると逆に入りにくいのは多少はあるか。……だとしてもあの拒否の仕方はそれだけじゃあ無さそうだけど。

 さて次は、とても大事な事を聞くとするか。

 

「で、トラはバレー、好きなのか?」

 

 その問いに対してトラは、考え事をするかのように視線を少し上げ虚空を見つめた後に、頷いた。

 

「うん、シュウとやるの楽しかったし、好きだよ、バレー」

 

 今でも好き、と。意外な事に鳥野くんと一緒にプレーする事も合わせて、とはね。

 であればなおさら、高校でバレー部に入らない理由が見当たらないな。

 

「今でも好きなら入れば良いのに、バレー部」

 

 是が非でも入って欲しい、と思うような理由も無いし、トラがバレー部に入るか入らないか、それは個人の自由だ。 だけど気になった、トラの本心は入りたいのに、入れない、俺にはそう見えた。特に「やれない」という拒絶の言葉は、何か理由があっての事に他ならなかった。

 

 言葉を聞いたトラは反射的に俺の方を向いた。即座に口を開け何か言い返す、そんな風に見えた。――だけどトラは開きかけた口を閉じ、すぐには何も応えず、考えるそぶりを見せた。

 

「――おじさん。おじさんの家に居候になる以上、おじさんにはちゃんと理由を話すよ」

 

 さっきまでのなんとなく会話を交わす態度ではなく、俺に懐く少年の真剣な眼差しを見て、俺は組んでいた足をほどき、ソファーに沈めた身体を起こして姿勢を正した。

 

「僕はこれから3年間、高校に通う間はおじさんのお世話になるんだけど、高校を卒業して大学へ行く時は、母と義理の父の元へ戻らなければいけない」

 

 そう、高校3年間という期限つきで俺の家に住んで高校に通う事になっているのだ。ここに住む事になった理由の一つに高校への距離が近い、というものもあった。電車に乗らなくて通える、というのは学生割りがあるといっても出費の面で大きなメリットの一つになる。

 しかしそれはあくまで高校に通う間の事、卒業してしまえばここに住む理由もなければ、トラの両親からすれば、赤の他人にいつまでも息子を預けておくわけにも行かないだろう。それが父から見て義理の息子であったとしても、だ。

 

「でも僕は親元に戻りたくない。高校はお金を出してもらってるけど、大学は自力でなんとかしたい。僕が育ったこの場所から、離れたくない。だから高校の間にバイトを沢山してお金を貯めて、大学の費用も、生活も、一人で出来るようにしたいんだ。……だから部活動をしている余裕なんて、無い」

 

 ――そんな事を考えていたなんて。

 育った場所から離れたくない、というのは嘘ではないとしても、小さな理由の一つ程度だろう。話を聞いた今なら、義理の父と暮らしたくない、それが大きな理由と思えてしまう。しかしそこまで義理の父と暮らすのが嫌だったなんて。3年間ここに住まわせて欲しいとトラに土下座された時は、そんな事は一言も言っていなかった。

 ――もしトラがその時にそんな事を言ってたらどうしてたか……。

 追い出していたのだろうか。これから先もそうやって逃げ続けるつもりか?とかなんとか言って格好つけて。――その後で理由ぐらい聞くべきだ、と後悔するまでがセットだろう。

 だけどそもそもトラには甘い俺の事だ、深い理由も聞かずに受け入れてしまっていたかも知れない。

 

 実際、俺はトラの熱意に(ほだ)されただけじゃなく、俺自身がトラを息子のように思う感情もあって、受け入れてしまったわけだし。

 

「確かに3年間バイト三昧では部活動をやる余裕は無いだろうな」

 

 それはただの事実で、別に同意したわけではない。ただトラには、それは同意しているように聞こえてしまうかも知れない。

 ――俺はトラに、この瞬間にしかない時を己が為に使って欲しいと願う。

 おじさんになって分かる、高校時代というものがどれだけ大事な時間かという事が。

 それを大学生活のためのバイトに明け暮れるなんて、許容出来ない。

 他の子であれば、大変だね、頑張ってね。で終わるがトラはそうではない。俺にとってトラは特別な子なのだ。そんな灰色の高校生活を過ごすなんて、俺の目の黒い内は黙って見過ごせるはずがない。

 

「そう、だからバレー部には入れない。シュウには悪いけど、僕には余裕が無い。来週にもバイトを始めたいと思っているんだ」

 

「トラ、何かを買うためとか、遊ぶためだとか、そんな目的ならバイトも良いだろう。高校時代にバイトで社会経験しておいても良いと思う。――だが、大学生活のためのバイトはダメだ」

 

 俺が意見に同意してくれたと思っていたトラは、俺が否定した事で、驚きの表情から見る見ると憤懣(ふんまん)やるかたなしといった表情を浮かべ、怒りを抑えきれない様子で拳を握りしめた。

 

「――え? な、なんで?」

 

 その表情と言葉からは、俺に裏切られたという怒りよりも、戸惑いと苛立ちのようなものを感じた。

 

「俺はな、トラには高校生活をもっと楽しんで欲しいと思ってるんだ。もっとやりたい事をして欲しいと思ってる。友達と遊んで、恋をして、楽しい事や好きな事、今しか出来ない青春な経験をして欲しいんだ。――それなのに3年間バイト三昧で高校生らしい経験がないなんて、俺は許さない」

 

 これは俺のわがままで、エゴだ。思い込みで、押し付けだ。そして高校生であるトラには理解しづらい事だろう。

 そしてトラが高校生活を楽しく過ごすためなら、俺はある大きな決断をしなくてはならない。いや、そうしなければ高校3年間をバイトで過ごすという決断をしたトラだって引き下がるわけにはいかないだろう。

 

「そんなの勝手過ぎるよ!! 僕だって悩んで……考えて……なんとかしたくて……決めた方法なのに!!」

 

「分かってる。自分勝手だって事は。だが何も提示せずにやめろとは言わない。トラが3年間バイト漬けの決意をした事の重みは分かってる。――これは俺のわがままを通す代わりだ。トラの3年間の自由と引き換えに大学とその間の生活費――全部俺が出そう。金の事なら心配要らない。両親が残した遺産、それに女の子になった事で国からの補助金も貰えるからな、大学4年分くらいは計算済みでトラを養うくらいは余裕だ」

 

 思い切って言い放った。

 そしてこの言葉を聞いたトラは、驚き、喜び、戸惑い、困惑、どれも正しく、どれとも付かない表情で、前のめりに言い返してきた。

 

「ダ、ダメだよおじさん! そこまでおじさんに迷惑を掛けるわけにはいかないよ!」

 

 前のめりになったトラの頭に手をやり、そのまま頭を撫でた。

 

「ダメだ。もう決めた。大学のためにバイトで稼ぐはずの金は俺が出す。――その代わり、トラ、お前はやりたい事をやっていいんだ。お前が楽しい高校生活を送る事こそが、俺の楽しみなんだから。――分かったか?」

 

 トラの頭を撫でながら、優しく諭し、最後に微笑みかけた。

 トラは目を瞑り、静かに考えていた。何かを受け入れるように。

 そして目を開けて、姿勢を正した。

 

「分かった。これでまたシュウとバレーが出来るよ。ありがとう、おじさん。」

 

 そう言って、頭を下げた。

 

「一応言っとくけど、バレー部に入らせるためじゃないからな。トラが楽しい高校生活を送るためだ。それを忘れるなよ」

 

「大丈夫、分かってるよ、おじさん」

 

 釘を刺すと、トラは破顔して応えた。

 

◇◆◇

 

 翌朝、トラはホームルーム前に早速鳥野くんに話しかけていた。

 

「え!? マジで!?」

 

「マジで」

 

「よっしゃ! これでゴールデンコンビ再結成だな! オレはトラを信じてたぜ!!」

 

 拳を突き上げ感情をあらわにする鳥野くん。

 盛り上がる二人。

 二人とも嬉しそうで、おじさんには青春を感じて眩しく映るなあ。

 

「へ~、やっぱりバレー部入るんだ」

 

 二人を自分の席から眺めていると声がした。猪原(いはら)さんだ。

 

「あ、おはよう猪原さん」

 

「おはよ、北条さん。――で、どんな魔法を使ったの? 幼馴染の魔法?」

 

 猪原さん、というかクラスメイトには俺とトラは幼馴染という事になっている。まあ、トラが幼い頃から知っている、という意味ではそう遠い間違いでもない。

 それにしても魔法か、言い回しが良いね。でも魔法というより呪いだな、大量のお金を媒体にした呪い。トラに青春を送らなければならない呪いをかけた。さあ青春を送れ、フハハハ、ってな。

 

「そうだなあ、たしかに魔法と言えなくもない。それにトラが嬉しそうで何よりだ」

 

 そう言って目を細めた。

 

 そんな俺を、やっぱりね、と猪原さんが眺めていた。

 そしてその時の俺は、トラに青春を送れという呪いが、自分にも枷となるなんて、思いもよらなかったのだった。

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