Confidential Girl ―TSして女の子になった俺と、懐いてた少年との新しい日常― 作:エイジアモン
今日は朝から学校全体が異様な空気に包まれていた。部活動への入部申請の締切日という事で、部員勧誘に熱心な上級生たちが校門から教室に入るまでの間に、新入生を逃すまいと目を光らせていたのだ。
トラはその182センチという高身長と体格からか、体育系の部員に2回ほど声をかけられた。柔道部と剣道部からだ。なるほど、このタイミングで勧誘活動に勤しんでいるのは微妙に人気が無い部活、という事なんだろうか?そういえば俺も声を掛けられたのはチアリーディング部だった。他の学校はともかく、この学校ではそこまで人気でもないのだろう。
当然トラはバレー部に入部する事を決めているので断っていた。俺はそもそも部活をするかどうかも決めていなかったので、とりあえずチアリーディング部への勧誘はお断りした。
高校に入る前までは中年男性の頃と違って身体も軽いし運動するのも悪くない、なんて思っていたけど、いざ入学すると意外と面倒くささが勝ってしまい二の足を踏んでしまう。
トラには青春を送って欲しいが俺はそんな青春を送る必要もないしなあ、なんて考えてしまう。
それにこの身体、軽いには軽いが運動には向いてないような気がするんだよなあ、力も全然無いし。
となるとだ。やはり帰宅部という選択肢となるのかな。……それもいいな。時々トラのバレー部を見に行くくらいで丁度良いんじゃないか。うん、それで行こう。
そんな風に消極的な考えで帰宅部として高校生活を過ごそう、そう思っていた。
◇◆◇
お昼の休憩時間、
弁当は朝起きて作っている、当然トラの分もだ。まだ一緒の弁当だという事はバレていないようだがバレたところで特に問題にはならないだろう。――同居はもうクラスの共有事項。いちいち詮索されないのは、ありがたい。ちなみに猪原さんのお弁当は母親が作っているんだとか。高校生が自分で弁当を作るのは珍しいし、それが普通だろう。
猪原さんは俺に「自分でお弁当を作るなんて凄い」と褒めてくれるけど、今どき弁当なんてスーパーの冷凍惣菜に2品程度を加えるだけで立派な弁当が出来上がる。だから作る事自体はそれほど大変じゃない。
それより問題は量だ。トラは男子高校生らしく食べ盛りでよく食べる、これで部活が始まったらどれだけの量を作る必要があるのか、考えたくもない。世の男子高校生の息子を持つ母親は大変なんだなあ、とその苦労を今更ながらに知ってしまった。
そして猪原さんはなぜか俺の弁当に興味津津で、俺が作ったおかずを1つか2つほどつまんで食べる。
「
「卵焼きくらいなら簡単だから
昨日一緒にお昼ご飯を食べた時に、もう友達なんだから、とお互いの名前で呼び合う事になった。照れくさかったのは最初だけで、何度か呼び合う頃には名前呼びもすっかり慣れてしまった。
食事が終わった頃、トラと
何事だろうかとトラの顔を見上げると、少しだけ言いにくそうで、少しだけの緊張感が伺い知れた。その顔には、お願い事がある、と書いてあるように見えた。トラとの長年の付き合いのおかげで、お願い事をする時のトラの表情が分かるようになっていた。
「どんなお願い事なんだ?」
トラが何事かを発する前に、先を制するように投げかけた。
その俺の言葉にトラよりも、鳥野くんや猪原さんが驚いているようだった。
「え!? なんで分かったの北条さん!」
「へ~~っ」
同じ驚きでも鳥野くんと猪原さんでは驚きの質が違う気がするが……まあいい。
「流石だね、うん、悠木は部活どこにするか決めてる?」
「ん? いや、決めてないな。特に希望も無いし、帰宅部で良いかなとは思ってたけど。トラはバレー部なんだろ?」
面倒くさいから、なんて事はわざわざ言わない。
そしてこの問い、どこか部活への勧誘じゃないだろうな? 体育系ならお断りだぞ。
「そう、バレー部。で、そのバレー部なんだけど、シュウが言うには今は女子マネが3年生の1人しかいないんだって、だから、その……嫌じゃなかったらバレー部の女子マネージャになってくれない?」
「ね、北条さんお願い! バレー部を助けると思ってさ!」
「え~……」
まさかのトラからの女子マネ勧誘。鳥野くんも一緒に、バレー部コンビからのお願いだ。
体育系は体育系でもマネージャとは予想外だ。うーん、女子マネージャねえ……。
「
「うん、そうだよ。悠木ちゃんは決まってないんだっけ? だったら入ってあげたら良いんじゃない?
そりゃあトラからのお願いだ、入ればトラは喜ぶだろうけど、女子マネージャって結構面倒くさいんだよなあ……。
「……悠木」
「――?」
悩んでいると不意にトラから名前を呼ばれてトラの方を見る。神妙な顔つきだ、何かを言うつもりなのだろう。
「悠木がどの部にも入るつもりがないんだったら、バレー部の女子マネやって欲しい。僕だけじゃなくて……僕にバレー部に入るように説得してくれた悠木にも、僕と同じように青春を感じて、見て欲しいんだ。それがきっと、僕にとっての大事な青春のひとつになると思う」
「トラ、お前……」
驚いた。トラがそんな風に考えていたなんて。
確かに、トラに青春を送って欲しいと思ったからこそ、お金の事は心配しなくて良いと言い切ったんだ。それで十分だった。
だけどトラにとっては違っていたんだ。トラからすればバレー部で青春を送れるようにしてくれたのに、そう仕向けてくれた俺、悠木は帰宅部で良いと思っている。トラはそれがおかしいと思ったのだろう。俺にも同じように青春を送って欲しい――そう思ってくれたのか。
……参ったな。
面倒だからと渋っていたけど、ここまで言われちゃ断れない。それに「青春のひとつ」なんて言われたら、なおさらだ。
しょうがねえ、トラの青春と、どうでも良いと思っていた俺の青春、両方とも見て、感じてやろうじゃないか。
「分かったよ。バレー部の女子マネ、やってやるよ」
「ありがとう! 悠木!」
こうして、俺はトラと一緒にバレー部に入る事となったのだった。
そして、トラの言葉を聞いて心の中で葛藤している最中、すぐ近くに小さな声でこんな会話が交わされていた。
「え? 今トラ告った? 猪原さん?」
「――うん、そう聞こえた。女子マネの勧誘というより……告白に受け取れた……」
「の割には……なんか違うっぽい?」
「幼馴染同士だけで通じる何かがあるのかも。――バレー部に入るように説得したのは悠木ちゃんって事みたいだし、この2人、私が思ってるより深い仲なのかも……」
「ただの幼馴染じゃないって事か。へ~、トラにそんな相手がいる事自体がびっくりだけど。こりゃあ楽しみだな」
「そうね、悠木ちゃんが女子マネなんかしたら大変な事になると思う。南川くん、本当に大丈夫かな」
「そりゃトラが頑張るしかないな。そういうもんだ」
「それもそうか」
そんなやりとりを交わし、ほくそ笑む2人だった。
◇◆◇
放課後、俺とトラ、そして鳥野くんの3人で入部申請書を手に体育館に来ていた。
俺たちと合わせて1年生男子が6人、女子2人が横一列に並び、その前にはバレー部の3年生5人と2年生4人、それに女子マネらしき女子が1人。
「今日からバレー部に入部する事になった1年生だ。みんな仲良くしてくれ! それじゃあ1年生は自己紹介、名前とバレー経験、もしくは運動経験を話してくれ」
バレー部主将の声掛けにより、順番に自己紹介を始める。
バレー経験者が4名、バレーは未経験だが運動経験のある2名、という構成だ。
「か、
前で両手を揃え、静かに礼をした。
男子たちと比較するまでもなく、小さな声量で鹿島さんは一見すると大人しめな子のように見える。この子も俺と同様に女子マネージャとして入部しに来ている。つまり俺の仲間だ。
見た目も可愛く、セミロングの髪がキレイな女の子で、仲良くなれると良いな。
次は俺の番だ。
「俺の名前は
鹿島さんと同じように礼をする。
一瞬、言葉に迷った。「俺」をそのまま使うべきか、女の子らしく「私」にすべきか。結局、口から出たのはいつも通りの「俺」だった。
「今年のうちの女子マネ、レベル高くね?」
「俺は鹿島さんだな」
「やる気出てきたぞ!」
少し2、3年男子がざわつく。まあ男子ってのはどこもこんなものだろう。
鹿島さんは可愛いし騒ぎたくなる気持ちも分かる……ん?
「北条さんは”俺っ子”? ちょっと変わってるけど可愛いから問題無しだな!」
「あ、俺も北条さん派だな!」
いやいや、俺もかよ。やれやれ……狙うなら鹿島さんのほうが良いぞ。こっちは中身がおじさんなんだからな。
「静かにしろお前ら! 怖がって辞めたらどうするんだ! ――すまないな2人とも、ちゃんと練習は真面目にやる連中だから、今回だけ見逃してほしい。 ――分かったかお前ら!」
「ハイッ!!」
主将の喝が入り、静かになった。
確かに、入部早々にこんなのを見せられたら怖がって辞める子もいるだろう。だから女子マネが少ない? ……まさかね。
「大丈夫? 2人とも。いつもはこんな事ないんだけど、困っちゃうよね。あ、私は3年の
フォローするように優しく声をかけてきたのは唯一の女子マネ、3年生の兎澤さん。
「あ、だ、大丈夫です。気にしてませんので」
「はい、俺も気にしてないですから」
俺と鹿島さんは揃って応えた。
俺はともかく、鹿島さんも気にしてないようで良かった。仲間は多いほうが良いからな。
こうして、バレー部女子マネージャ初日は兎澤さんにマネージャの仕事を丁寧に教えてもらいながら終える事となった。
ちなみにトラたち1年生の経験者は2年と一緒にレギュラーメンバーとの実力テスト、という事で練習試合を行い、負けていた。
◇◆◇
「初日の部活動の感想は?」
「僕より悠木はどうだったの? 初めての女子マネージャは」
部活動の帰り道、途中で部員たちと分かれ、いつもの道を2人で帰っていた。
「意外とやる事多くてびっくりだよ。あれを1人でとか兎澤さん大変だったと思う。あとは力仕事が結構多くて大変だったかな、おかげで鹿島さんと少し仲良くなれたかもな」
「それは良かった。悠木にも友達が増えると良いね。そうすればもっと――」
「もっと青春を感じられる、か? まさかトラがそんな風に考えていたなんてな」
「そりゃあね、悠木だって高校生なんだし、同じように青春を送って欲しいんだ、僕だけじゃなくて、ね」
「まったく」
まったく、本当にまったくだ。俺がトラの事を考えているように、トラも俺の事を考えてくれていたんだな。 ――そして、それがなんだか嬉しいと感じる。そうだよな、俺だって今は高校生だ。トラと同じように楽しい青春ってやつを満喫してもいいはずなんだ。でもどうせなら、トラと一緒なら、もっと楽しいはずだ。
「トラ、サンキューな」
「まだまだだよ、もっと悠木にはお返ししないとね」
「お返しねえ……毎日弁当作ってるし、お返しする量は増え続けるぞ。――っと、スーパー寄ろうぜ」
「うん」
この日の俺は、自分では気づかなかったけど上機嫌だったらしく、いつもより豪勢な晩御飯をトラにたらふく食わせてやったのだった。
トラが食事後に「嬉しそうだね」と言った事で、自分がずっと笑顔だった事に気づいた。
まさかトラに気づかされた事が心理状態に影響を与えていたなんて、思ってもみなかった。“青春”なんて、もう縁がないと決めつけていたのは、他でもない俺だった。