Confidential Girl ―TSして女の子になった俺と、懐いてた少年との新しい日常― 作:エイジアモン
「よーし! 給水休憩だ! ちゃんと水分を取れよ!」
みんな疲れているはずなのに元気だなあ――と思いつつ僕も負けじと駆け出している。
バレー部に入部して2週間ほどが経った。
僕とショウは高校部活の密度と質の濃さに最初は驚き、部活が終わった後はクタクタになり、ろくに動けないでいたが、今ではなんとかついていけるようになっていた。
そして女子マネ初体験の
今も同じ1年の女子マネ
「お疲れさまです。はい、どうぞ」
「いつもありがとう北条ちゃん。おかげで元気出るよ!」
僕が悠木のところへ着いた時、そこはすでに4人待ちの状態で、僕は5番目だった。今は悠木がスポドリの入ったコップを、一番最初に駆けつけた3年の先輩に手渡しして一言二言の言葉を交わしているところだ。
給水周りの管理と準備は1年女子マネの仕事となっていて、ジャグやコップの洗浄、スポドリ作りと部員への補給なんかをやっている。
女子マネが兎澤先輩しかいなかった時は言葉も交わさずにコップを渡していただけらしいのだけど、悠木が鹿島さんに持ちかけて、今では一言ねぎらいの言葉をかけるようにしているそうだ。
なぜそんな事をしているのか悠木に聞いたら
「疲れてる時にコップを”ほい”と渡されるだけじゃ淋しいだろ?誰でもいいからねぎらいの言葉をもらうと頑張れる気がするもんだ。それが女子マネなら、尚の事」
という事で始めたらしい。
するとそれが部員にはすこぶる評判で、給水休憩が今では我先にと並んで順番に言葉を交わす時間へと変わってしまっていた。まるでアイドルのサイン会のようだ。給水休憩は練習2時間で2回。それは今では部員にとって貴重なお楽しみの時間でもあった。
まあ、これは2人が美少女である事が大きな要因であることは間違いない。特に悠木が可愛く綺麗な事は言うまでもない事で、中身がおじさんだって事を知らなければ……僕だってどうなっていたか分からない。
ちなみに僕の後ろには4人が並んでいて、部員15人中、半分以上が並んでいる。鹿島さんだって十分に可愛いんだけど、どうやら悠木のほうが人気があるようだ。……そうそう、シュウは鹿島さんの列に並んでいる。鹿島さん狙い……というわけでもなさそうだけど。
「お疲れさん、ちゃんとついていけてるか?」
気がつけば僕の番、プラスチックのコップを僕に差し出す悠木が目の前にいた。
「うん、今のペースなら大丈夫だよ。でも練習試合とかが近いともっとキツくなるんだって」
差し出されたコップを手に取ろうとして悠木の手に触れ、僕とは違う柔らかさと熱を感じた。
部で使ってるジャグ用のコップは費用削減のためにプラスチック製のコップを使っている。そして重ねられるように取ってはついてない。だから悠木の手に触れてしまうのは不可抗力で、意図は無い。
にもかかわらず、悠木にねぎらいの言葉を投げられて、僅かでも触れ合う事で、元気が湧いてくるような気がしてくるのは、男は単純さ、という事なのだろうか。
――その中身を知っていても。
「そっか、まあ頑張れよ。応援してるからな」
手に触れた事を気にした風もなく、悠木はそう言って次のコップを手に取った。
順番を次の人に譲り、スポドリを一気に飲み干す。酸味と甘味が疲労した身体に染み渡っていくようで普段飲むスポドリより美味しく感じる。悠木から貰ったから、というわけではないと思いたい。
空になったコップをジャグの近くに戻して、自分の水筒を取り出す。
女子マネが作ったスポドリは基本的に給水休憩でのみ提供されて、他は各自の水筒から水分を補給する事となっている。流石にバレー部で使う全部の水分を部で準備するほどの部費はもらっていない、という事だった。
氷の入った水筒から水を飲みながら、ちらりと悠木の方を見ると列に並んだ最後の1人、3年生で身長が僕より高く、スポーツ刈りで髪を逆立てた先輩が悠木からコップを受け取るところだった。その先輩は悠木の手をコップごと両手でしっかりと握り、そのまま悠木と言葉を交わしている。
一言二言と言葉を交わしても手を離す気配が無く、僕は悠木が少し困っているような雰囲気を感じ取った。
そして、そんな光景を見ていると、何故かは分からないけど胸の奥が妙にムカつき始めていた。怒り、というほどではないけど、何かこう……ジリジリするようで落ち着かなかった。
何か言わなければ。 そう思い水筒から口を離した瞬間
「給水休憩終わり! 練習に戻るぞ!」
源馬主将の声が体育館に響く。
その3年の先輩も慌てたようにコップを受け取り、一気に飲み干して練習へと戻っていった。
悠木は手が離れた瞬間に先輩から背を向けて、飲み干したコップを集め始め、次の仕事に取り掛かり、その表情は伺えなかった。
その日の残りの練習は、その3年の逆刈り先輩がやけに気になった。
先輩が悠木に視線を向けるたびに、何故かは分からないけど、
◇◆◇
帰宅後に悠木に聞くと、一部の先輩で両手で握ってくるのがいるそうだ。
あの逆刈り先輩もその1人なんだろう。
「男と手を握る趣味は無いってのにな。――とはいえ、俺だからまだ良いとして、鹿島さんにもやるようになったら最終的に困るのは自分たちなのになあ。トラはどう思う?」
「最終的に、って。それは相手から嫌われるって意味?」
そりゃあ、そんな事をしていたら、相手の女の子からは嫌われるだろう。だから困るのは自分たち、って事かな?
「いいや。それも確かにあるけど、最終的にはそこじゃない。トラ、どういう理由でねぎらいの言葉をかけるようになったか覚えてるか?」
ねぎらいの言葉? それは確か――
「頑張ってほしいから? でもそれがなんで?」
そう返すと、悠木はやれやれ、といった風に両手を広げて呆れてみせた。
「まずだ、そんな事をして女子マネを不快にさせたらどうなると思う? 顧問に相談なりして、ねぎらいの言葉どころか、手渡し自体が無くなるだろう。すると女子マネは準備だけして、ただ置いてあるコップを勝手に飲め。となる。――せっかく直接ねぎらいの言葉をかけてもらえてたのに、自分たちからその場を無くすなんて、他の部員からも責められるし、迷惑もかかるだろう」
なるほど、確かにそうなるだろう。顧問の先生だってわざわざ事を荒げたくないだろうし。
「だけど、そもそも女子マネがそんな風に応援してあげなくてもいいんじゃない?」
そうだ。他の部だって、隣のバスケ部だって女子マネを介さずに部員が勝手に飲み、戻して、準備と洗浄が女子マネの仕事になっている。
「トラ~、本当に分からないか~? 男ってのはな、女の子に応援されたりするだけで、いくらでも頑張れるもんなんだぞ。 それが可愛い女子マネともなれば尚更だ。――ま、俺はおじさんだがな」
悠木はそう言って笑った。
その理屈は男性目線の、男性心理からくるものだった。本当の女子なら、そんな発想はしなかっただろう。
「とはいえこのままじゃ俺も男に手を握られて気分が悪い。だから明日にでも兎澤先輩経由で源馬主将にお願いしておこう」
「兎澤先輩経由で源馬主将に?」
「なんだ、知らなかったのか? あの2人は付き合ってるらしいぞ。主将と女子マネ、まあよくある話なんじゃないか?」
全然知らなかった。だけど言われてみれば確かに、2人が喋ってるのをよく見かけるのはそういう理由でもあったのか。
だけどそういう事なら、主将に言ってもらえるならもう大丈夫だろう。
悠木に過剰に触れられたり、見られる事に胸の奥がモヤモヤする事も無くなるだろう。
――って、ちょっと待て!
今なんて思った?
心のモヤモヤが無くなるってなんでだ!?
僕は、悠木に対してそういう感情は抱いてないはずだ。……うん、今自分の心に聞いてみたけど、やっぱりない。
だって、そういう感情なんて持つはずがないんだから。
じゃあなんでイライラするのか。
あの逆刈り先輩が遠慮もせずにズルく悠木の手を握り、困らせた。それに、悠木のみんなに頑張ってもらいたい、という気持ちを踏みにじりそうだったからだ。
あんな自分勝手で独りよがりな行動で全部台無しにするなんて、そんな事はおかしいと思ったからだ。
うん、きっとそうだ。だから僕はイライラしていた。……そうだと思う。
だってどんなに可愛くても、綺麗でも、彼女は”北条おじさん”なんだから。
僕は、自分に言い聞かせるように、抑えつけるように、自分に起こりつつある気持ちの変化を見ないふりをした。