Confidential Girl ―TSして女の子になった俺と、懐いてた少年との新しい日常―   作:エイジアモン

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14.噂と提案

「最近噂になってるよ」

 

 ペアストレッチの上体そらしで下になって俺を支えている猪原 小夏(いはら こなつ)ちゃんが小声で囁いた。

 1-Bの体育の時間、男女分かれて、俺たち女子は校庭でこの後体力測定をやる予定で、男子は体育館でやるらしい。

 

「やっぱりか……」

 

 それを聞いた俺はそう応えた。

 鹿島(かしま)さんの反応を見る限り、トラの行動でそういう噂が立つのも時間の問題だと思っていたからだ。

 俺とトラは付き合ってない、という事になってはいる。というか実際付き合ってないが、毎日一緒に登校して、一緒のバレー部で、トラはいつも俺に声を掛け近くにいる。さらにトラはアイコンタクトや手を上げたりなどのアピールも欠かさない。

 それに加えて、3年の先輩からちょっかい出されないように守っている、という逸話までついてくる、となれば、誰がどう見てもそういうアピールだし、俺も俺でそれに対してまんざらでもない、と見えれば女子たちの格好の噂の的になるのも仕方のない事だろう。

 

「いつも一緒にいるのが当たり前だったから、3年の先輩にちょっかい出されて、自分の気持ちに気づいちゃった、て感じかな? 南川くんは」

 

「そういうんじゃないけどな」

 

「えー、そう? 聞いた話だと凄く納得出来る話だけどなー」

 

 そういうのじゃないはずだ。トラは俺がおじさんだという事を知っていて、そんな気持ちで見てるはずがないからだ。

 ただ、そうなるとなんでここまで、ちょっとやりすぎなくらいトラがアピールしてくるのかは分からない。

 ――まあ、ただ女の子になってしまった非力なおじさんを、しょうがねえなあ、と可哀想だから助けているだけかもしれないけど。

 

 それはともかく、俺としてはこの噂はなんとか否定しておきたいところだ。

 どうせ噂になるなら、トラにはこんなおじさんじゃなく、もっと可愛くて性格の良い女の子と噂になって欲しい。 というか、おじさんと噂になるなんて、トラも想定外なんじゃないのか? 今頃はやりすぎたと後悔しているかもしれない。

 

「トラにはもっと良い女と噂になって欲しいけどな」

 

 そうぼやき、今度は俺が小夏ちゃんの上体そらしを交差させた腕で固定し持ち上げる番だ。

 自分が非力なせいかとても重く感じる、とはいえそんな事は口が裂けても言えず、全力で持ち上げる。情けないほど力が入らん。こりゃ完全に女子の体だな。

 

「え~、お似合いだと思うけどなあ。美男美女、それに身長差カップルだし」

 

 頭上で小夏ちゃんが何か喋っていたけど、耳には全く入ってこなかった、とにかく無事に持ち上げ、下ろす事に神経を集中させていたからだ。

 

「さっきの、なんて?」

 

 小夏ちゃんを下ろして、それだけ言うのがやっとだった。

 

「……んー、もっと自覚をもって欲しいな、って」

 

 自覚……? あるぞ、俺は中身おじさんで、ちゃんとした女の子じゃないって自覚だ。だからこそトラにはまともな女の子がふさわしいと思ってるくらいだ。

 

「自覚はあるつもりだけど」

 

「全然足りないよ。それに恋人にするなら何より相性が一番大事だと思わない?」

 

「なるほど、相性ね……」

 

 確かに、相性は凄く大事だ。相性さえ合えば、関係は長く続くだろう。

 俺とトラは確かに相性は良いかもしれないけど、それは男女の相性とは別のものだ。おじさんと少年の、男の友情や親子愛のような、とにかく恋愛とは別の相性だ。相性の意味や物差しが違うから、それに当てはめる事は出来ないはずだ。

 男同士の友情が何十年と続くからといって、それは恋愛感情とは全く別のもの、という事と同じだ。

 

「で、悠木(ゆうき)ちゃんはどう思ってるの? 南川くんに好かれて、嫌?」

 

「……」

 

 ――嫌なわけがない。

 

 だけどそれは、おじさんとしてなのか、女としてなのかは分からない。――いや、自分ではおじさんとして、のつもりだけど。

 ただ、大きな背中と高い身長、それにすっぽりと覆うような大きな手は頼もしく感じているし、以前では感じなかった男らしさを感じる事も増えた。

 

 そう、だから、どちらにしても『嫌』と感じる事なんか無いはずだ。

 

「嫌じゃないよ、――トラが相手ならね」

 

「――だよね」

 

 俺の返答を聞くと、小夏ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。

 

◇◆◇

 

 その日、トラと帰宅して晩御飯を食べた後、いつものリラックスタイムだった。

 

「結局体力測定はどれも下から数えたほうが早いのしかなくて、本当に酷いもんだったよ。そっちはどうだった?」

 

「僕は大体上位だったかな。悠木はもうちょっと筋肉つけたほうが良いよね」

 

「そうだなあ、本当に実感した、でもここまでとは思わなかったけど……」

 

「あ、あのさ……ちょっといい?」

 

 ――やっときたか。

 下校中からずっと、トラの様子が変だった。長い付き合いの勘がトラの異変を知らせていた。

 何か言いたいことがありそうで、でも中々切り出せない、そんな雰囲気を放っていた。だから切り出しやすいように適当な話題をふって、話しやすい空気を作り出してやったのだ。

 さあ、どんな悩みだ? 聞いてやろうじゃないか若人よ。

 

「いいぞ。なんでも言ってみろ」

 

「う、うん。――僕らの噂、悠木は知ってる?」

 

 ――そりゃそうか。

 年頃の男子たちだ。こっちで耳にするくらいなら、トラが知ってても不思議じゃない。

 

「ああ知ってるぞ。トラが俺に猛烈にアピールしてるってやつだろ? 他に話題は無いのかねえ」

 

 わざとらしく、冗談めかして言い放った。

 俺の反応がまんざらでもない、って部分はあえて言わずに。

 

「それでその、体育の時間にその事について色々と言われたんだ。付き合ってるのか?って」

 

「ほう、で、なんて答えたんだ?」

 

 気なしに応えた。そういう風に見えるように振る舞った。

 実際には、少しの緊張と少しの不安があった。

 

「実は、その前にも話してて、色々とあったんだ。『北条さんは『俺』口調が気になるけど、メチャクチャ可愛い』とか『他の女子より距離が近くて話しやすくて良い』とか、とにかく評判が良くて。それが僕には、クラスのみんなが悠木を狙ってるんじゃないか、そう思えた。――いや、狙ってると思う」

 

「……」

 

 え。 何その話、何その流れ。というか、クラスみんなが狙ってるって、それはトラが勝手にそう思ったってだけじゃないのか? 勘違いじゃないのか?

 

「悠木――いや、おじさん。おじさんは男子と付き合う気はある?」

 

 なんで言い直した。いやそれはともかく。そんな事、答えは1つだ。

 

「無い。男子と付き合う気なんかないぞ」

 

 そうだ。女の身体に慣れてきたとはいえ、俺の心はまだ男で、男と恋人同士になるなんて心が拒絶するだろう。

 

 その拒絶の言葉を聞いたトラは安心したように息を吐き出すと、こう言った。

 

「だよね。良かった、そこで『ある』って言われたらどうしようかと思ってた。――そこで1つ提案があるんだけど、良い?」

 

「提案?」

 

「うん、僕も他の誰かと付き合う気は無いし、悠木も無い。そして僕は逆刈り先輩みたいな人から悠木を守りたいと考えてる。……でさ、ちょっと変なこと言うけど……僕らは付き合ってる事にしない? 付き合ってるフリ、これなら今まで通りだし、悠木も断る口実が出来る。――どう?」

 

 付き合ってるフリ、確かにそれなら、もし俺に気があるようなやつがいても断りやすいし、トラが近くにいる口実にもなる。それは有りではあるけど……トラを俺に縛りつけるような事は、喜ばしい事ではないんだけどなあ。

 

「でも良いのか? 俺なんかと一緒にいると彼女作りにくくなるぞ?」

 

「大丈夫! 他に好きな人なんてそうそう出来るものじゃないから! だいたい悠木のせいで好きな人へのハードルは高いんだから!」

 

「お、おう、そうか。分かった」

 

 心配して尋ねてみると、力強く反論された。勢いに飲まれ、何も言い返せなかった。

 言ってる意味もよく分からん。どういう意味だ?なぜ俺のせいでハードルが高くなるんだ? 若人の考える事は理解出来ないぜ。

 

「じゃあ決まりだね、そういう事で、忘れないでよ」

 

「付き合ってるフリだな、分かったよ」

 

 そう応えると、トラは上機嫌になり自分の部屋へと戻っていった。

 しかし……何か忘れているような……。

 

 あ! トラがなんて答えたか聞きそびれた。

 ……まあいいか、どう答えたにせよ、明日からはフリをするんだし、関係無い。

 しかし、形だけとはいえ、トラと恋人として付き合う事になるとはな……。まるで昔、トラが思いついた他愛ない遊び。はたから見ればくだらない遊びなのに、だけど少しワクワクするような気持ちだ。

 本当、俺はどこまでもトラに甘いな。

 

 加速しだしたトラの想いに、俺はまだ気付けないでいた。

 ――気付いたところで、この提案を断るのかどうかは分からないのだけど。

 

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