Confidential Girl ―TSして女の子になった俺と、懐いてた少年との新しい日常―   作:エイジアモン

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21.過去と今

 大事な話……?

 まだ覚醒しきっていない頭で応えた俺はトラの言葉を反芻した。

 トラは膝枕から起き上がり、緊張した面持ちで俺を見ている。こちらもトラを正面から見つめ返し、トラの言葉を待った。

 

「……」

 

 部屋から音が消えたみたいに、長い沈黙が落ちた。

 トラは視線を外し、その度に深呼吸して俺を見つめ直す。それを何度か繰り返していた。

 

「そんなに言いにくいことか?」

 

「いや、そうじゃないんだけど……ちょっと待って」

 

 トラはそう言って大きく深呼吸して気合を入れた後、俺の右手を取り、両手で包んだ。

 

「おい、なんだ急に」

 

「悠木、今僕たちは付き合ってるふり、恋人同士のふりをしているよね。だけど、気づいたんだ。僕は悠木のことを、本当に……す、好きになってしまった……って」

 

「お前……何を……!?」

 

「悠木、好きだ。――僕と、本当の恋人になってほしい」

 

「――ッ!!」

 

 絶句というのは、こういうことを言うのだろう。

 言葉が出なかった。まさかの展開に、なんと返していいのか分からず、戸惑っていた。

 それはトラにだけじゃなく、自分自身の心の反応も含めてだ。

 

 トラの告白を受けて、以前の俺なら「気持ち悪いやつだな、お前は」とかなんとか、軽い気持ちで返していただろう。そしてそれは、心からの、本心からの拒絶の態度で。

 

 だけど今の俺は違っていた。

 トラの気持ちを受けて、心が跳ねた。不覚にも嬉しいと思ってしまった。

 その“嬉しさ”の正体を認めるのが怖くて、俺は戸惑うばかりだった。そんなはずがない。と抗っている自分もいた。俺は元男で、おじさんなんだぞ、トラは息子のようなものなんだぞ、と。

 

 ――そうだ、俺にとってトラは、年の離れた友達のような、息子のような存在のはずだ。ましてや俺は――

 まだ俺は、トラのまっすぐな気持ちを受け止められるほど、女になりきれてはいなかった。

 

◇◆◇

 

 一度深呼吸して、トラに握られていた手をそっと解いた。

 そして今度は俺が、トラの両手をそっと重ね、包み込むように握った。

 

「――トラ」

 

「……うん」

 

 トラが唾を飲む音が聞こえた。俺の返事を待つトラの緊張感が伺える。トラの気持ちが本気であることが、その反応と、いつもは暖かいはずの手が冷たくなっていたことで分かった。

 

「お前の気持ちは嬉しい。だけど俺は元男だぞ? おじさんだぞ? 本当に分かっているのか?」

 

 相手は元男で、それだけならまだしも、トラはおじさんの姿を知っているんだ。普通に考えたら、いくら今が女の子だとしても恋愛対象になるはずがない。

 ただ、思春期の男の子ならいつも側にいる女の子というだけで、好きになる条件が揃っていると言ってもいい。その可能性もあるんじゃないか。

 

「うん、分かってる。悠木がおじさんだってことは、理解してる」

 

「それが分かってるなら、恋愛対象になるはずがないだろう」

 

「僕は、何度もおじさんがお父さんなら良かったのに、と思うくらいに好きだった」

 

「それは好きと言っても、恋愛感情とは違うものだろう?」

 

「うん、違うよ。だけど4月におじさんと暮らし始める時、おじさんは女の子になった。――僕はおじさんを見た時、その……一目惚れしたんだ。僕にとって、それは初恋だった。でもそれがおじさんだと知って一度は考え直した。……だけど、時間が経つにつれて悠木への想いが段々と強くなって、好きだという気持ちが抑えきれなくなっていったんだ。多分それは、おじさんが好きだったのも大きいと思う」

 

「……」

 

 トラにとって、俺が元男であることはマイナスではなく、女の子としての見た目と合わさることで好意としてプラスになっていたのだ。ただ見た目だけを好きになったわけじゃないことは、俺にとって衝撃だった。

 

「だから、元男だとか、おじさんだったとか、そんなことは関係ない。悠木が好きだ。誰にも渡したくない。――だから、今、告白したんだ」

 

 先程までの冷たい手はどこへやら、いつもの暖かさを取り戻したトラの手は、俺の手の中で意志の強さを表すように、熱く、固く握られていた。

 

 そして、そんなトラの言葉を聞いた俺はというと、悪い気はしていない。いや、悪いどころか、嬉しいという感情、歓喜に心は震えている。

 だけどやっぱり、さっきと同じように自己認識は変わっていない。トラがなんと言おうと、俺は元男で、おじさんなんだ。これは俺の心の問題でもあるんだ。

 

 やっぱり俺は、トラのまっすぐな気持ちを受け止められるほど、女になりきれてはいなかった。

 ――だけど、トラを突き放すような事も出来なくなっていた。

 

◇◆◇

 

 俺は覚悟を決めた。

 このやり方は、俺にとっても、トラにとってもベストなはずだ。

 

「トラ」

 

「うん」

 

 神妙な表情でトラは俺の言葉を待っていた。

 

「――お前の気持ちは分かった。さっきも言ったように、気持ちは嬉しい」

 

 「気持ちは嬉しい」これは告白を断る時の常套句だ。

 それを察したトラは先程までと打って変わって、まるで人生が終わったかのように項垂(うなだ)れた。

 

「そう落ち込むな。だからな、条件付きで付き合っても良い」

 

 聞いた瞬間、トラが顔をあげた。それは驚きと嬉しさの感情がないまぜとなった表情だった。

 

「それってどういう意味……?」

 

「その条件とは――。他に好きな女の子が出来たら、真っ先に俺に相談することだ」

 

「……え?」

 

 この人は何を言っているのか、まるで分からない。トラの顔にはそう書いてあった。

 確かに、普通なら付き合い始める時にそんなことを言う女の子はいないだろう。別れる前提の話にしか見えない。

 しかし俺には大事な話だった。

 

「トラには俺みたいな元男なんかじゃなくて、きっと、もっと良い本当の女の子が現れる! 元男の俺じゃ釣り合わないような、な。だから、トラが言ってくれれば、俺のほうから直ぐに別れるから、気兼ねなく言ってくれ」

 

 これは俺の老婆心みたいなものだ。

 トラには俺ではなく、もっとちゃんと相手を選んで、青春を送って欲しい。

 俺はその時にお荷物にはなりたくない。トラが幸せになるためなら、いくらでも手伝おう。

 

「――ッ!!」

 

 トラは俺の手を勢いよく振り払った。そして俯き、何かをこらえるように拳を強く握りしめ、自分の膝に叩きつけた。

 

「お、おい。どうしたトラ……? 何か気に触るような事言ったか……?」

 

 トラは深く息を吐き出して深呼吸し、顔をあげた。その表情はいつものトラで、先程の出来事など無かったかのようだった。

 

「――分かった。悠木がそう言うなら、そうする」

 

 優しく微笑んだ。

 そして俺を抱き締め、耳元で囁いた。

 

「でも、悠木以上の女の子なんて、存在しないから」

 

 そんなトラの言葉に、またしても胸が高鳴るのだった。

 

◇◆◇

 

 トラの背中に手を回していた。

 まあ、付き合ってるならこれくらいはしないと、ね。と、誰かに言い訳しながら、ゆっくりと手を回した。

 それに気づいたトラは、嬉しそうに力を込めて返した。

 

「――悠木」

 

「んー?」

 

「好き」

 

 トラの頭を撫でて返した。

 まだ俺には、その言葉を正面から受け止めることも、言葉で返すことも出来ない。心臓だけが、勝手に先走っている。

 

「――悠木」

 

「んー?」

 

 さっきと全く同じやりとり、だけど続く言葉は違うものだった。

 

「キスしたい」

 

「――へっ!?」

 

 変な声が出た。当然、心構えなんてしていない。

 

「だっ、駄目だ駄目! まだ早い! それに雰囲気ってものがだな!」

 

「えー、今結構雰囲気良くなかった?」

 

「駄目駄目! 今そういう雰囲気じゃなくなった!」

 

 キス……!! 唇同士でのキスなんて、心の準備が! じゃなくて! トラにはまだ早い!

 

「……じゃあさ、唇じゃなくて、ほっぺたなら良いよね?」

 

「わ、分かった……ほっぺたなら……」

 

 頬なら、頬くらいなら、うん、それくらいなら、まあ。

 と思ったのも束の間、ハグされた状態から、トラはそのまま頬にキスをした。

 ただ頬にキスされただけだというのに、心臓の鼓動が早くなる。身体が熱くなる。 

 

「ありがとう、悠木」

 

「あっ!! お風呂入ってくる!」

 

 トラを引き剥がし、逃げるようにお風呂へと駆け込んだ。

 真っ赤になった顔も、早鐘を打つ鼓動も、トラにバレてはいないだろうか。

 ちょっとハグして頬にキスされたくらいで、なんでこんな状態になっているんだ俺は! 相手はトラだぞ! もっと余裕を持てないのか!

 

 風呂上がりもリビングに顔を一度出しただけで、その後はずっと自分の部屋に籠もっていた。

 親代わりであろうとする理性と、女の子になりつつある自身の変化に戸惑うばかりで、トラに合わせる顔はなくなっていた。

 

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