Confidential Girl ―TSして女の子になった俺と、懐いてた少年との新しい日常―   作:エイジアモン

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25.決壊

 俺と小夏(こなつ)ちゃんと菜摘(なつみ)ちゃんの3人でシートに座ってトラたちを待っていたら、大学生らしき男たちに声をかけられた。

 見てみるといかにも金髪や茶髪のチャラそうな3人組。

 

「わあ! 近くで見るとメチャクチャ可愛いじゃん君ら! イイねイイね! オレたちも丁度3人だしピッタリじゃね?」

 

 一瞬なんで声をかけられたか分からなかったけど、ナンパだと気づいた。いつもトラと一緒だったから、ナンパをされたのは初めてだった。

 なるほど、これがナンパか。その気がないのにナンパされるというのは――気分が悪い。想像以上に。トラたちを待っているのだから放っておいて欲しい、というかウザいな。

 

「暇だし一緒に遊ばない? こんなところで座ってないでさ?」

 

 値踏みするような視線を向けた後、金髪がしゃがみ込んで俺に声をかけた。

 

「私たち今男友達を待ってるので大丈夫です!」

 

 なんと言い返そうか迷っていると、横から小夏ちゃんが割り込んで勢いよく断った。

 気丈な子だ。ハッキリと断り、かつ”男友達”と言うことで普通のナンパなら引き下がってくれるだろう。

 だけど俺は嫌な予感がしていた。

 彼らは特有の、女をナメているオーラが放たれていた。女に慣れ、女を見下すような、そんなオーラだ。そしてそういうやつらは自分に自信があり、強引にでも引っ掛けさえすれば後はなんとでもなると思っていて、強気だ。

 

「え? 男友達? ドコドコ? ……見当たらないなぁ、ダメだよウソはー? だーいじょうぶだって、絶対に楽しませるから。――君、名前は?」

 

 茶髪の男が辺りを見回すフリをしてから、大人しそうな菜摘ちゃんに狙いを定めたように顔を近づけて声をかけた。

 菜摘ちゃんは恐怖からか声を出すことができず、ただ首を横に振った。

 

「えー、ショックだなあ。そんな怖がらなくてもいいじゃん。俺ってこう見えてすごーく優しいって女の子から評判なんよ? オレの名前はツヨシ、名乗ったんだから君の名前も教えて?」

 

「な……なつ――」

 

「答えなくていいよ! 菜摘ちゃん!!」

 

 小夏ちゃんは菜摘ちゃんを制止しながら、思わず名前を口に出してしまっていた。気持ちは分かるけど、そこで名前を言っちゃ駄目でしょ。――今更自分の口を塞いでももう遅いから。

 茶髪はそれを聞いて口角を上げて、菜摘ちゃんに迫った。

 

「へー、君、ナツミちゃんって言うんだ。可愛い名前だねー。じゃあ自己紹介も兼ねて遊ぼう」

 

 そういって茶髪は菜摘ちゃんの手を取った。菜摘ちゃんはそれに抵抗できず、震えていた。

 

「ナツミちゃんとツヨシは仲良くなれたみたいだし、次はオレらだね? 君の名前は? オレはリュウイチって言うんだけど」

 

 金髪はいつの間にか、すぐ目の前まで顔を寄せてきていた。

 

「寄るなっ!!」

 

 思わず両手で金髪を突き飛ばすと、金髪はそのまま尻もちをついた。

 

「おいおい、情けねえなあ。じゃあオレはさっきから元気の良いこの子だな、メッチャオレ好み、こういう子は泣かせたくなるんだよなあ」

 

 残ったマッシュカットの男は小夏ちゃんに狙いを定めた。

 

「さっき断ったでしょ! もうすぐ友達も来るからね!」

 

「おーおー元気だなあ」

 

 マッシュカットはそう言ったあとに小夏ちゃんの肩に手を置くと同時に耳元で囁いた。

 

「――あんまうるせぇと痛い目あわすぞオイ」

 

「ひっ!」

 

 マッシュカットが何を小夏ちゃんに言ったか分からないが、小夏ちゃんが途端に怯えたのを見て、まともなことじゃないのは理解した。

 

 許せない。

 ナンパまではまだいい。声をかけるくらいなら可愛げがある。だけど拒否をされたなら諦めるべきだ。ましてや暴力をチラつかせて圧をかけるのは論外だ。元男として絶対に許せなかった。

 そして、こいつら程度ならたいしたことない、そう思ってしまった。

 

 勢い良く立ち上がり、男たちに言い放った。

 

「おいお前ら! 断ってるんだから素直に引き下がれよ! 暴力に訴えるなんて格好悪すぎだろ! 男としてみっともないぜ!!」

 

 尻もちをついていた金髪は俺を下から上まで舐めるように見上げ、それからゆっくりと立ち上がった。

 

「お前……イイカラダしてんなあ。それに声もいい。顔に至っては最上級だ。――だがオツムが足りねえのか口が悪いのは残念だ。……まあ、俺たちと遊び終わる頃にはそれも変わってそうだけどな。だけどその前に、ちょっと躾が必要だな」

 

 金髪はそう言ったあと、振りかぶった。

 来る! そう思った俺はとっさに腕を上げて顔への拳を防ぐことに成功した。しかし体勢が悪かったのか、踏ん張れずにそのまま後ろに転んでしまった。

 

「おいおい、顔はやめとけ、顔は」

「そうそう、腹にしとけ腹に」

 

「あー、そうだったな。頭にきててトンでたわ。おい女、よく顔を守った。次は腹だ」

 

 男たちの楽しそうな会話を他所に、俺は今更ながら恐怖した。

 こいつらの身体は筋骨隆々でもなければ、運動をやっていそうな身体つきでもない。そんな、その程度の男の拳を防ぐのがやっとで、それを受けた腕が強烈な痛みを発していた。

 このままじゃ間違いなく、負ける。

 

 ――男の力には勝てない。

 頭では分かっていたはずなのに、それでもちゃんと理解できていなかった。そして、今になって、小夏ちゃんや菜摘ちゃんが恐怖を覚える理由が分かった。

 

「おい女、謝ったら許してやる。ほら、”ゴメンナサイ”は?」

 

 金髪は横たわる俺の側まで来て、上から見下ろして冷たく言い放った。

 恐怖で支配されつつあった俺にとって、それは甘い誘惑のようにも思えた。言えば恐怖から解放されるなら、言ってしまいたい。そう思うほどに。

 

「ホレ、寝っ転がったままなら踏みつけちゃうぞ~」

 

 金髪は片足を上げ、俺のお腹に向けて狙いを定めつつあった。

 サンダルに付いた砂がパラパラとお腹に落ちる感触が、さらに恐怖を増幅させた。

 

「とりあえずイッパツ言っとくか~。オラッ!」

 

◇◆◇

 

 お腹を思い切り踏まれる恐怖にギュッと目をつむり、そして、心の中でトラに助けてくれと(すが)った。

 

 ――瞬間、鈍い衝撃音がした。

 

 それがどんな音だったのか、何が起こったのか、恐怖で縮こまっていた俺には分からない。

 そして、踏みつけられる感触は襲いかかってこなかった。

 

「悠木っ!!」

 

 聞き慣れた声、頼もしさを覚える声が聞こえて、最初は信じられなかった。自分の都合の良い妄想だと思った。

 しかしそれは現実だとすぐに分からされた。誰かが俺を抱き起こしたからだ。

 

 目を開けるとトラの顔があった。

 心の底から安堵した表情をしたあとに、心の底から心配するような表情をしたトラがそこにいた。

 

「怪我は!?」

 

「……うん、大丈夫」

 

 そう応えながらも、無意識にさっき殴られて赤くなっている腕をかばった。

 それに気づいたトラは、俺の身体を優しくおろして立ち上がり、金髪に顔を向けた。

 

「おいお前……!! よくも僕の大切な人に手を出したな……!!」

 

 いつもとは違う一段低い声。後ろ姿しか見えないけど分かる。今トラは猛烈に怒っている。身体から発する怒気で湯気が立ちのぼり、まるでオーラでも纏っているかのようだ。

 

「てめぇ、何しやがる! 関係ねえやつは引っ込んでろ!!」

 

「――関係ないだと? 悠木は僕の恋人だ!! お前が誰に手を出したか、分からせてやろうか……!!」

 

 トラは拳を強く握りしめ、金髪に今にも飛びかかろうかとしていた。

 

「待たせたな! トラ!」

 

 そこへ遅れて鳥野(とりの)くんと牛山(うしやま)くんがそれぞれ菜摘ちゃんと小夏ちゃんに絡んでいた茶髪とマッシュカットの間に入って引き剥がした。

 

◇◆◇

 

「なんだガキども!! やんのか、アア!?」

 

 対峙する6人。

 3人の中で一番ガタイが良い茶髪が吠える。といってもトラや鳥野くんより身長は低いし身体つきだって大したことはない。

 

 182センチ以上あるトラと鳥野くんはバレー部なことも合わせて身体つきは運動してる男の身体だ。牛山くんだって180弱あって身体つきも悪くない。

 一方、金髪茶髪マッシュの3人はトラと鳥野くんより身長が低く、身体つきだって良いとはいえない。

 

「お前たちこそ、悠木を傷つけた罪を償わせてやる!!」

 

「え、何。悠木ちゃん怪我させたの!? ……これは許せねえなあ」

 

 鳥野くんは俺の赤く腫れた腕を見て、語気を強くした。

 

「あ~あ、僕ちゃんに体当たりで邪魔さえなければ、もうちょっとでその”ユウキ”ちゃんを屈服させたのになあ」

 

 金髪がトラに向かって歩きながら、挑発するかのようにそう言った。トラは無反応で、金髪を睨み続けている。

 

「まったくムカつく……ぜっ!!」

 

 金髪はトラの顔面目掛けて拳を突き出した。

 不意打ちされたにもかかわらず、トラはその拳を避け、その腕を取って勢いよく砂浜に叩きつけた。

 

「ぐぇっ!!」

 

 いともあっさりと攻撃を躱され、投げられた金髪を見た残り2人は見合わせて呟いた。

 

「おい……結構やるぞこいつ……」

「……逃げるか」

 

 そこへ、腕を抑えながらなんとか立ち上がった金髪は他の2人に目配せした。目配せすると同時に、3人は全力で駆け出した。つまり、逃げた。

 

「逃げんなっ!!」

 

 鳥野くんが声をあげ、それにトラが続こうとした瞬間、心が悲鳴をあげた。

 トラが俺から離れることが急に不安になった。トラにそばにいて欲しかった。

 

「待ってっ!!」

 

 思わず声を上げてしまった。

 トラに離れて欲しくないと思って、口が勝手に動いた。

 

◇◆◇

 

 俺の元へと戻ってきてくれたトラに向けて、絞り出すような声で言った。

 

「トラ……行くな……」

 

 いつもなら絶対に言わない、そんな弱音。だけど今の俺は、そんな言葉も、素直に言えた。

 

「1人に……するな」

 

 周りには小夏ちゃんや菜摘ちゃんもいる。でもそうじゃない。俺はトラに一緒にいて欲しかった。

 

「……」

 

 トラは無言で(ひざまず)き、俺の目をじっと見ていた。目が合うと、微笑みを見せてくれた。

 感情が溢れて、衝動的にトラを求めて、胸に飛び込んだ。

 トラは俺を優しく受け止めると、そのまま抱き締め返してくれる。

 

 優しくて暖かい、それにトラの匂いがして、まるでトラに包まれているかのように感じる。

 トラの背後に手を回して、俺も抱きついた。

 

「……1人にしてごめんね、悠木」

 

 その言葉だけで、俺の心は満たされる。

 寂しさは消えてなくなり、心がほぐされていく。緊張の糸が切れて、それを抑えていた反動が俺の身体で起こる。

 ――つまり、涙腺が緩み、決壊した。

 

 大粒の涙がこぼれ、感情が溢れ出す。

 泣きじゃくりながらトラの名前を呼び、より強く抱き締めて、トラがそこにいる安心感を得ていた。

 

「ずっと一緒だから、安心して――」

 

 泣き止んで、俺の心が落ち着くまでの間、トラはずっと優しく抱き締め続けていた。

 

◇◆◇

 

「……トラ、もう大丈夫」

 

 ずっとこのままでいたい気持ちもあったけど、そんなわけにもいかない。

 トラから身体を離して涙を拭こうとしたけど、顔全体が涙でグチャグチャに濡れていた。

 

「はい、これで顔を拭いて」

 

 トラから差し出されたタオルを受け取り、顔全体を拭く。

 顔を拭き終わってタオルをトラに返す時、トラの顔を見ると、心臓が跳ねた。いつも見慣れてるはずのトラなのに、別段微笑んでたりもしないのに、ときめいてしまった。

 

「? どうしたの?」

 

「い、いや、別になんでもない!」

 

 思わず顔を背けてしまった。

 これは不味い、この感情は不味い。特に今2人きりになるのは非常に不味い気がする。

 

「そ、そういえば他のみんなは?」

 

 見回すと小夏ちゃんや鳥野くんたちがいなかった。

 鳥野くんと牛山くんは俺たちから離れすぎるのを嫌って戻ってきていた。小夏ちゃんと菜摘ちゃんは俺よりも早く恐怖から立ち直ったみたいで、トラと泣きじゃくる俺を置いて4人で遊びに行ったそうだ。

 小夏ちゃんや菜摘ちゃんだってまだ怖いはずなのに、俺たちに気を使ってくれたんだろう。

 

 そしてつまり、今は2人きり――。

 

 それを意識すると勝手に鼓動が高鳴り、心臓の音がやけに大きく耳に入る。

 せめて、これ以上スイッチが入らないようにしなければ。

 

「すまんな。俺のせいで遊べなくて」

 

「全然気にしてないよ。むしろ――ううん、なんでもない。……あ! あいつらだ。おーい!」

 

 トラは何かを言いかけて、慌ててそれを取り繕うように、遠くに見えた小夏ちゃんたちに大きく手を振った。

 俺もトラと一緒に手を振ると、小夏ちゃんたちはそれに気づいて戻ってきた。

 

◇◆◇

 

 その後は合流し、6人で昼食を食べ、少しだけ遊んでから引き上げた。

 例の3人組は鳥野くんが監視員に連絡してくれていたので、心置きなくとまではいかないけど、それでも海を楽しむことができた。

 

 今は帰りの電車の中だ。行きと違って6人座ってゆっくりとできていた。

 

「それにしても意外だったなー」

 

 隣に座る小夏ちゃんが、対面に座る男性陣には聞こえないように呟いた。

 

「何が?」

 

「悠木ちゃんが泣くと思ってなかったから。なんというか……普通の女の子みたいだった」

 

「っええ!?」

 

「あっ! ごめんそういう意味じゃなくて。ほら、いつもだともっと大人っぽいというか、泣くイメージが無かったというか……。可愛い面もあるなーって、褒めてるんだよ!? これ!!」

 

「いや別に気にしてないけど。……そうか……普通の…………ねえ」

 

 振り返ってみれば確かに意外だ。普段の俺なら泣いたりしないだろう。

 ――だけどあの時の俺は……そうだな、本当に”普通の女の子”みたいだった。

 

 腫れていた腕をさする。痛みは引いたけど、少し内出血をしていて赤い斑点が残っていた。

 あんな形で女であることを自覚させられて、恐怖に縛られているところをトラに格好良く助けられる。今までとは違う形でトラの存在が大きくなっているのを感じるし、俺自身も変わりつつあることを自覚し始めている。

 

 そして恐ろしいことに、その気持ちに気づいても、それを心地良く思っている俺が心の中に存在していることだ。

 俺としては、俺の存在はちゃんとした女の子を好きになるまでの宿り木のつもりなんだけど。こんなことじゃ、トラを気持ち良く送り出せなくなりそうじゃないか。

 

 トラと目が合い、屈託ない微笑みをくれる。釣られて俺も微笑むと、トラが恥ずかしそうに顔を赤くした。

 湧いてくる”嬉しい”という気持ちは以前からある、だけどそれは保護者としての気持ちだけじゃないことは、今の自分には分かっていた。

 

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