Confidential Girl ―TSして女の子になった俺と、懐いてた少年との新しい日常―   作:エイジアモン

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28.再認識

 食器を洗い終えたトラがこっちにやってきて、隣に座った。

 俺より重く、沈み込んだ分だけトラの方に引き寄せられ、否応でもその存在を意識させられる。

 

「……悠木」

 

 トラが何か言いたげに俺の名前を呼ぶ。

 それだけで心臓が早鐘を打ち、緊張感が高まる。

 

 一度認めてしまえば、(せき)を切ったようにトラへの想いが溢れ出し、高まる一方だった。

 俺の前でだけは甘えん坊なところも、他人の前では良いところを見せようと頑張っているのも、全てが愛しく思える。多少空回りしたって、それだって可愛いと思えてしまう。

 アバタもエクボとはよく言ったもので、今ならトラのどんな部分でも許せるし、愛せてしまうだろう。

 

 だけど、いや、だからこそかもしれない。自分からその気持ちを伝えることだけは、どうしても口にできなかった。タイミングがないだとか、もうちょっと良い雰囲気ならとか、言い訳ばかりして勇気が足りなかった。

 

「……悠木?」

 

 返事をせず考えごとをしている俺に、トラはもう一度問いかけてきた。

 

「なっ、なに?」

 

 慌てて返事をして、トラの顔を見る。

 その顔は真剣そのもので、何か決意をしていることが俺にも伝わった。

 

「あ……えーと……いや……悠木はさ……その……。な、なんでもない!」

 

 最初は俺の顔を見ながら、だけど次第に顔を逸らし始めて、そしてなんでもない、と完全に顔を背けて打ち切った。

 誰が見ても「何かある」顔だ。けど、その空気を俺が壊していい気がしなかった。

 

「……あ、そうだ! 悠木はもう女の子になって4ヶ月以上経つよね? 何かこう……心理的な変化とか起きてたりする?」

 

 話を打ち切って大人しくしていたと思ったら、急に尋ねてきた。しかも今まで一度もしたことのない話題だ。

 

「変化? あるな。女の子を性的に感じなくなったことかな」

 

「そ、それって、好みの対象が男に変わったってこと?」

 

 トラは身体を乗り出すように、その話題に食い付いた。

 トラからすれば、他の男を好きになるんじゃないか、という心配なのだろう。それは無用な心配だけど、不安なら教えてやらないとな。

 

「いいや、他の男を好きになる、ってことはないな。今のところはどちらもそういう対象には見れないことは間違いない」

 

「あ、そうなんだ……。嬉しいような残念なような……」

 

 安心させようと言った言葉に対し、反応はいまいちだった。

 俺から視線を外し、正面を向いて息を吐き出し、そしてうなだれた。

 

 きっとトラは勘違いしている、俺が”他の男”と言った言葉をちゃんと理解していない。

 「お前は特別だ」なんて、言葉にした瞬間に引き返せなくなる。どうしようか迷った末、ただ心に従ってトラを抱き締めた。

 

「え? え!? 悠木?」

 

「いいから、大人しくしてろ」

 

 慌てるトラをよそに、自分の衝動に素直になった俺は、なだめるようにトラに横から抱き締め続けた。

 言葉にするのは難しいけど、隣にいて、こうやって素直な気持ちで行動できるなら、しばらくはこのままでいいかな。そんな風に思えた。

 

 大人しく抱きつかれるがままだったトラは、急にソワソワともじもじとしだした。

 

「ねえ悠木?」

 

 返事はしない。ただ抱き締める力を込めて返した。

 

「えーと、その……。悠木? えっとね? 胸が……ね? 凄く……当たってるんだけど」

 

 いまさら何を言うのか。そんなことは百も承知、当ててんのよというわけじゃないが、抱きつけば、抱き締めれば嫌でも当たる。

 ……だけどまあ、トラが胸板で感じるのと、腕では感触が違うのかもしれないけど。

 そう言うなら仕方がない、今日のハグはこのくらいにしといてやろう。

 

 トラの横から抱きついていた腕を離し、ソファーに座り直す。

 座り直すと、今度はトラが肩を寄せてきて、こちらも負けじとトラに体重を預けた。

 気づけば、恋人繋ぎになり、ウトウトとしだしていた。

 

◇◆◇

 

 ジリリリリン!! ジリリリリン!!

 

 廊下に置いてある電話のけたたましい音が鳴った。

 その音に半ば眠りかけていた脳が目を覚まし、トラも同様にビックリしたように身体が反応していた。

 

「電話出てくる!」

 

 トラはそう言ってリビングから電話が置いてある廊下へ出ていった。

 時計を見るとそろそろお風呂の時間だ、無理矢理起こされたのは癪だが、丁度いいだろう。

 

 軽く伸びをし風呂の準備でもするかと立ち上がると、トラがリビングへと戻ってきた。

 

「どこからだった?」

 

「悠木に電話だよ! 猪原(いはら)さんから」

 

「え? こんな時間に? まあいいか、出るとしよう」

 

 家に電話とは珍しい。というか初めてかもしれない。俺自身があんまり電話をかけない方だし、電話をかけても当人が出るとは限らない以上、他人の家に電話をかける、というのは少しハードルが高いのだ。

 まだ学生で携帯電話を持っている子も少なく、高校生の連絡手段はもっぱらポケベルか家の電話だ。まあポケベルと言っても、一々電話をする必要があるのでそれはそれで面倒臭いのだが。

 そして俺たちはその面倒くささゆえにポケベルすら持っていなかった。

 

 そんなことはさておき、小夏(こなつ)ちゃんから電話とは、一体どうしたのだろうか。

 受話器を上げるとそこからはいつもの元気の良い声が鳴り響いた。

 

「本当に一緒に住んでる!!」

 

 わざわざ夜に電話をかけてきて第一声はそれか。

 興奮気味の小夏ちゃんは続けて言った。

 

「一応確認だけど、同じ家なんだよね?」

 

「そうだよ」

 

「同じ部屋で過ごして、同じ寝室で寝てる!?」

 

「いやいやいや、同じリビングでは過ごすけど、寝室は別だって」

 

 流石にまだそこまでの関係ではない。今は、まだ。

 

「え、でもリビングでは膝枕とか手を繋いでテレビとか見てるんでしょ!?」

 

 え!? なんでそこまで? もしかしてトラが何か言った?

 

「なんで知ってるの!?」

 

 ――しまった。

 思わず口走った。とぼけておけばいいものを、反応してしまった。

 

「ええええ!? マジで!? カマ掛けたのに!?」

 

 電話越しでも分かる上機嫌とハイテンションの小夏ちゃん。

 

「ちょっと待って! これは……詳しく色々と話を聞かなくちゃ駄目だよねえ。ね!? 悠木ちゃん!?」

 

 そこから小夏ちゃんの母親が長電話に怒るまでの30分ほどの間、質問攻めと、小夏ちゃんの妄想トークは続いた。

 

「うん、じゃあまた明日、学校でね!!」

 

「うん、おやすみ」

 

 これはアレだ。学校でも続くぞ、という脅しだ。

 受話器を戻して時計を見る。凄く疲れた。調子に乗って最後の方は俺もノリノリで喋っていたせいだ。

 

「あ、悠木。風呂の準備終わってるよ、入る?」

 

「ああ、うん。じゃあ先に入る」

 

 風呂に入っている時、小夏ちゃんとの会話で気づいたことを振り返っていた。

 もしかして、小夏ちゃんが言うように、好きな人と一緒に生活できるこの環境は、とても恵まれているんじゃないだろうか。

 声を聞きたくても親が出る可能性がある電話をしなくてもいい、というのはとても大きなメリットだ。それに会うためにわざわざ出かけなくてもいいし、待ち合わせもしなくていい。……いや、待ち合わせはちょっとしてみたいけど。

 

◇◆◇

 

 翌日、学校でいつものように小夏ちゃんと菜摘(なつみ)ちゃんと話をしていたら、夏休みの前に買い物に行こうと提案された。

 そもそも、昨日の電話の本当の目的はそれのお誘いだったようだ。ただ、もしもトラが出たら面白いなとも思ったらしい。というか、学校で話できるんだから絶対そっちの確認が目的だったと思う。

 

 昨日の話の続きは、菜摘ちゃんを交えて、昨日小夏ちゃんに話した内容を最初からもう一回させられた。小夏ちゃんも、菜摘ちゃんも、それはそれは目をキラキラと輝かせて聞き、ツッコミを入れ、勝手な妄想と小芝居をしたのだった。

 

 だけど、こうやって人に聞かせる形にすることで、トラに対する気持ちが固まっていくような気がする。今の自分がいかにトラのことを好きになっているか、不安定な心理状態が、安定していくような気がした。

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