Confidential Girl ―TSして女の子になった俺と、懐いてた少年との新しい日常―   作:エイジアモン

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32.におい

 夏休みというものは――素晴らしいものだ!

 

 約1ヶ月半という長い期間の休みが貰えるなんて、社会人を10年以上もやっていた身からすれば想像もできない長さだ。

 大学ではもっと長い休みがあったりするけど……高校と大学では休みの質が違うような気がするんだよな、学校生活のリズムも違うし。

 というわけで、夏休み最高!

 

 ――そう思ってたんだけど、部活というものは長期休みだろうと関係なく行われる。

 しかし、インターハイどころか、都道府県大会にすら行けなかった我が桜河高校は基本的に午前中の練習だけで終わるというのは救いだ。とはいえ、練習試合なんかがある時は夕方まで部活があるんだけど。

 

 そして今日は練習試合のおかげで夕方まで部活があり、今はその帰り、トラと一緒に帰宅途中なんだけど……。選手よりは体力を使わないはずなのに、真夏で室内のせいか汗をびっしょりとかき、マネージャー業務も意外と大変で、凄く体力を消耗していた。

 どこかで一休みしたいと周りを見てみると、おあつらえ向きにカフェがあった。

 

「なあトラ、もう限界だ。ちょっと涼んで帰ろう。あそこ寄っていい?」

 

 繋いだトラの手を引っ張り、カフェを指さした。それくらい休みたい、というアピールのつもりだった。

 トラはカフェを一瞥(いちべつ)し、思わぬ答えを返した。

 

「もう少し我慢してよ。家ついたらシャワー浴びてさ、エアコン効いたリビングで二人でゆっくりしよう。ね?」

 

 ぐぬぬ。いつものトラなら二つ返事で「イイね、寄ろうか」なんて返してくれるはずだろうに。

 今日はちょっと練習で調子悪くて、そんで練習試合でもミスを連発していたからって――。

 

「僕は早く帰りたい」

 

 ――ハッキリと意思表明されてしまっては、ここは大人の俺が折れるしかない。……はぁ、しゃあない。家まで頑張るとするか。

 

「分かった。その代わり先にシャワー浴びるからな」

 

「いつも先に浴びてるでしょ」

 

「念には念を。だ!」

 

「いいから、早く帰るよ」

 

 そう言ってトラは先に歩きだそうとする。

 

「あ、おい待て」

 

 慌てて横に並ぶと、トラも歩幅を合わせてくれた。そういう気遣いはできるのになあ……。

 

◇◆◇

 

「ただいまー」

 

「おかえり」

 

 いつものやりとり。他のだれかが待ってるわけではないんだけど。

 荷物を置き、それからいつものようにハグをする。

 だけど今日のトラはいつもより力がこもっていた。少し持ち上げるくらいの力で、俺のかかとは浮き上がり、つま先立ちになった。

 身長差があるせいで俺とトラのハグは、トラが少し姿勢を下げるか、俯いたりして無理矢理高さを調節するしかない。

 

 だけど今回のハグは、俺を少し持ち上げてるおかげでトラの顔がすぐそばにあった。トラも俺の首筋に顔をうずめるようにしていた。

 長かった。つま先が震えて、息まで浅くなるくらい。

 

「おいトラ!? もうそろそろ足が限界だから下ろしてくれ!」

 

 そういうとトラは我に返ったのか、優しく俺を下ろし、やっと解放された。

 

「……ごめん。なんというか……その……今日は落ち着きたいというか、安心したいっていうか、そんな気分だったから……」

 

 確かに、今日の出来は褒められたものじゃなかったからな、落ち込むのも無理はない。

 

「あー、まあ、今日はずっと調子悪かったからな。……そういう時もあるさ、気にするな。――それに言ってくれれば、俺はいつでも受け入れてやるから」

 

「――うん、ありがとう」

 

 しんみりするような空気でもないだろう。こういう時は軽くからかって流れを変えるものだ、と俺は思う。

 

「で、どうだった? 俺の首筋は落ち着けたか? 逆に興奮したんじゃないか?」

 

 そう軽口をたたくと、トラの反応は想定外だった。

 

「うん。すごく安心できたし、落ち着いたよ。いつもの悠木の良いにおいに、少しの汗の香りが混じって、結構良いにおいになってたよ」

 

「トラ! お前女の子相手に「汗のにおい」って言うな! 変態かよ!」

 

 仮にも女の子である認識はある。その本人を目の前にして汗のにおいのことを話すやつがあるか。

 

「ええ!? だっていつもは悠木が「僅かな汗のにおい」って言うじゃないか! それが良いっていう悠木のほうが変態だよ!」

 

 トラの言う通り、確かに言ってた。しかも何回もだ。言われるまで忘れていた。だってしょうがない、あれはあれで男らしくいいじゃないか。

 ――それに、それはそれ、これはこれだ。

 

「いやお前、男と女じゃ違うだろ! 俺以外の女の子にも「汗のにおいが~」とか言うつもりか!?」

 

「悠木以外に言うつもりはないし、そもそも僕は悠木以外を抱きしめるつもりも無い!」

 

「――ッ!?」

 

 ぐうの音も出なかった。

 

 お前それは反則だろう。

 トラは間違いなく、からかっているのではなく、本気で言っている。だから俺もその言葉を、正面から受け止めて、嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にして、照れるしかない。

 それに何か言おうと思っても、心臓の脈打つ鼓動がやけに頭に響いて、思考がまとまらない。

 

「シャ、シャワー浴びてくる!」

 

 俺に残された最後の手段は、その場を離れることだけだった。

 

◇◆◇

 

「そういや――」

 

「何?」

 

「――背、伸びた?」

 

 晩ご飯を作っている最中に、いつものように手伝いに来たトラ。その立ち姿を見て、ふと違和感を覚えた。

 そしてその違和感の正体は、身長が伸びたのだろうと推測をした。トラは8月でもうすぐ16才となり、まだまだ成長期だからだ。

 

「あ~、うん、伸びた。この間測ったら184センチあったよ。そろそろ止まって欲しいんだけどなあ……」

 

 4ヶ月で2センチか、そりゃデカい。

 バレー選手としてみたら、高い! と言うほどではないけど、まだ高1だぞ。十分すぎる。

 ちなみに俺は……殆ど変わってないと思う。相変わらず152センチそこそこだろう。となると身長差32センチ、顔一つ分でさらに余るだろう。

 

「すげぇな……トラが立ってたら頭を撫でることすら難しいぞ」

 

 トラのほうに手を伸ばして頭を撫でてみようとしてみたけど、頭までは届いても撫でるためには背伸びして、さらにかかと立ちしないとできなかった。

 

「あ、無理――」

 

「しょうがないなあ……はい」

 

 諦めかけていたところへ、見かねたのかトラが屈んで頭を差し出した。そうすることで、やっと撫でやすい位置になったのだった。 

 

「よしよし、偉いぞ~」

 

 頭を撫でてやって、そのまま自然と、頭のにおいを嗅いだ。

 

「うわ!? 今におい嗅いだよね!?」

 

 目ざとくトラは反応した。なんでバレたんだろう……。

 

「いや~、まあほら、汗のにおいはしなかったから」

 

「さっきは軽く流しただけで、夜にちゃんと入るつもりだったのに……。本当に変なにおいしなかった?」

 

 トラのにおいがした。もしかしたら汗も混じってるかもしれないけど、トラのにおいと認識できるにおいだ。――そしてそれは当然、俺にとっては良いにおいだ。

 

「いや特に何も? 間違いなく臭くはなかったぞ」

 

「……それならいいんだけどさ。自分の時はあんなに言うのに……ぶつぶつ」

 

 トラがなにやら小言をいっていたけど、さっさと調理に戻って聞こえない振りをした。

 

◇◆◇

 

「……ねえ」

 

 俺の膝枕で横になっているトラが見上げながら言った。

 

「どうした? においは嗅いでないぞ?」

 

 膝枕する時に「においは嗅がないでね!」とトラに念を押された。当然、自分からにおいを嗅ぎにいくようなことはしていない。そもそも膝枕をしていれば自然とにおいがするものだから。

 

「そうじゃなくて! ――じゃなくて。……またデートしよう。今度は、二人でちゃんと決めて」

 

「――二人でか」

 

 もう一度デート、いや今度こそ、か。変にサプライズなんか狙わず、二人で考えて、計画的に。

 もうあんな想いはしたくないし、(さいわ)いにして、俺とトラは同じ家に住んでるんだ、一緒に揃って、腕でも組んで出かければ簡単な話じゃないか。

 

「そうだな、前回のデートのリベンジ、やろうか」

 

 そう応えると、トラは喜色満面で頬を緩める。

 

「今回は僕から誘ったってことで、いいよね?」

 

 そんなことを気にしていたのか。――そういえば前回は俺のほうから誘ったんだっけ、今思い返せば随分と不格好というか、まるで思春期の少年少女のような初々しさで。

 でもあれはしょうがない。女として男を、しかもトラを誘うなんて……、もしかしたらあの時の俺は本当に思春期の少女のような気持ちだったのかもしれないな……。

 

「それじゃあまずはどこに行くかから決めよう!」

 

 トラは膝枕から起き上がり、元気よく言った。

 そして、二人でデートの計画を練ることで夜はふけていった。

 

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