Confidential Girl ―TSして女の子になった俺と、懐いてた少年との新しい日常― 作:エイジアモン
「なあ、この格好変じゃないか?」
美少女は長く綺麗な黒髪をポニーテールにまとめ、紺色のセーラー服を身に纏い、ゆっくりと一回転してから僕に尋ねた。
ふわりと舞うスカートと揺れるポニーテールが僕の視線を引き寄せる。その魅力的な仕草と装いに高鳴る胸を抑えつつ、何事も無いように僕は応えた。
「別に変じゃないですよ、おじさん」
――おじさんが帰ってきてから1週間が経っていた。
先日、服を買いこんでからというもの、おじさんは毎日のように服の着こなしは変じゃないかと聞いてくる。そして僕はいつものように「変じゃない」と答えて安心させる毎日だ。
というかだ。これほどの美少女であればどんなコーディネイトでも似合ってしまうと思う、だから聞くだけ無駄じゃないかという気もするけど、おじさんは不安なのだろう。多分おじさんは誰かに「変じゃない」と言ってもらい安心したいのだと思う。
「それにしても、明日から高校生とはな……」
傍からみればセーラー服の美少女にしか見えないおじさんは、ため息を突きながらぼそりと呟いた。
「まあでも……トラが一緒なら安心だろ。頼りにしてるからな、トラ」
おじさんは僕と同じ高校へと入学するという事だった。戸籍上、今のおじさんは15才で、この春から高校一年生、僕と同級生という事だ。
高校がおじさんと一緒な事は嬉しい、だけど胸騒ぎの様な、正体のよく分からない気持ちもあって複雑だ。
◇◆◇
「ごちそうさま。後片付けは僕がやっとくよ」
「おう、さんきゅー」
2人一緒の昼食と片付けを済ませて、リビングの3人がけのソファの両サイドにそれぞれ、思い思いの姿勢で腰掛けた。おじさんは頬杖を突いてリモコンでテレビを点け、僕はテレビを見るわけでもなく、食後の満腹感を感じつつ、ただぼんやりとする。そんな食後の、いつもの風景だ。
「もう1週間になるな」
おじさんが唐突にそんな事を言った。多分、僕とおじさんが一緒に暮らし始めて、という意味だろう。
「もう1週間経つの? 早いね」
「早いもんだ」
おじさんのその言葉をきっかけに、僕はこの1週間の出来事を思い返していた。
例えば、おじさんが帰ってきた初日の夜、自分の部屋と間違えておじさんのベッドに入ってしまった事。すぐに違和感に気付いたから良かったものの、そのまま寝ていたら大変な事になっていただろう。
他に思い当たる事は、部屋着はTシャツに短パンなんだけど、多分それは男の時に着用していたものなんだと思う。なぜかというと、どちらも今のおじさんからするとサイズが大きいからだ。ふとした拍子に肩が露出していたり……その、胸の谷間が見える時があって、正直、目のやり場に困る時がある。
洗濯物なんかもそうだ。お風呂はおじさんが先に入る。その時に脱いだ衣服は洗濯かごに放り込まれてるんだけど、いつもブラやパンツが一番上に無造作に置かれている。
いくら中身がおじさんだと分かっていても、それでも僕はドキリとしてしまう。本当に、心の底からおじさんは自分が女の子だという事を自覚して欲しいと思う。――まあ、あまり気にしてないし、そうする気も無さそうなのは困りものだけど。
――そしてその事を注意するのは、それはそれで僕が意識してるみたいで、僕の方から言うのは負けのような気がして、何も言えないでいた。
◇◆◇
こんな1週間を過ごすなんて、おじさんの家に来る前には全く想像もしていなかった。それにこれは1週間で終わりじゃない。これから3年間は続いてゆく。
僕としては、小さい頃からお世話になったこのおじさんの家で、おじさんと一緒に暮らすつもりだった。おじさんの家から高校に通い、おじさんの料理を食べ、おじさんと一緒にゲームなんかをして遊ぶ。僕にとって北条おじさんは、となりに住む仲の良いおじさんであり、年の離れた兄のようでもあり、年の離れた友達で、そして――僕にとって唯一心を許せる大人。
ちらりとソファの反対側に座るおじさんに目をやる。足を組みソファの背もたれに身体を沈めてテレビを見る姿は、どう見ても女の子で、あのおじさんとは似ても似つかない。おじさんはもうおじさんの姿には戻れないと言った。これからは女の子として人生をやり直すしかない、と。
僕はまだ心のどこかで、またおじさんに会えるような気がしていた。女の子の姿ではない、初めて会った頃より少しだけ年をとった、あの北条おじさんに。だけどもう、僕が慕ったおじさんには2度と会う事は出来ないのだ。あの大きな身体で、太陽のような微笑みで僕の心をほぐしてくれる事はもう、ないのだ。それは、僕にとって――北条おじさんがこの世にいないのと同じだと気付いた。
あらためてそう思うと、心が暗く、重くなってくる。もう2度と会う事は出来ないと今更ながら認識すると、お父さんを亡くした事を知った時より、心に大きな穴が空いた喪失感と、その深淵に沈んでいくような悲しみと虚無を感じた。僕の世界から色が失われ、どうしようも出来ない無力感から涙が溢れ、目の前にいる”少女”に向け、言いようのない憤りを感じ始めていた。
「――おじさん」
涙声になりながらも、声を絞り出す。
「ん? どうした?」
僕に残った理性が「やめろ!それ以上言うな!」と叫んでいるが、もう止まらなかった。僕のやり場のない怒りが、ぶつけ先のない憤りを
――ぶちまけた。
「――なんでっ!! 女になんかなったんだ!! 僕はおじさんと過ごしたかったのにっ!! なんでっ!! 返せっ!! おじさんを返せよっ!!」
「……」
その言葉に、おじさんがどんな反応を返したかは分からない。今の僕には、その反応を見る心の余裕は無かった。だけど、それを言葉にした事で、それは誰のせいでもなく、どうしようもならない。という事実にあらためて気付くだけだった。
「――なんで……おじさん……」
僕は心に穴が空いたような喪失感と虚無に包まれて、声にならない嗚咽を漏らした。
――そんな時、誰かが僕の頭を撫でた。泣きじゃくる僕を抱き寄せ、包みこんだ。
「ごめんな、トラ」
おじさんの声が聞こえた。
女の子の声のはずなのに、懐かしいおじさんの声に聞こえたような気がした。
「そうだな、おじさんはトラの気持ちを考えてあげられなかったな」
僕を抱きしめる腕に力がこもり、同時におじさんの頭が僕の頭に預けられ、そして
「――ごめん」
その一言には、僕への申し訳なさと、深い愛情に溢れていた。
僕はおじさんの感情を受けて、絶望感は薄らいでいき、抱きしめられて、心を覆っていた悲しみも溶けていった。それに伴い、今になってある事を思い出した。それはおじさんはなりたくて女の子になったわけじゃない、という当たり前の事だ。だけどさっきまでの僕には、その当たり前の事すら考える事ができないでいた。
僕はなんて事を言ってしまったんだ――後悔が強く胸を締めつける。「ごめん」と謝らなければならないのは僕の方だ。取り返しのつかない事をしてしまった。
おそるおそる頭を上げると、そこには少女の顔があって、僕に優しく微笑んだ。それは、おじさんの頃と全く同じように、太陽のような微笑みだった。
僕に残っていた虚無感という名の心の穴が塞がっていき、日差しを浴びてぽかぽかと暖かくなっていくのを感じる。
僕はおじさんから身体を離し、おじさんに向き直った。
「おじさん、僕の方こそ、ごめんなさい」
そう言うと、おじさんは戸惑ったような表情を浮かべて返した。
「僕はもう以前のおじさんに会えないと今頃実感して、一人で勝手に悲しんでいたんだ。それだけならまだしも、その矛先をおじさんに向けて
おじさんに頭を下げた。
おじさんは何も言わず、僕の頭をもう一度撫でた。
「良いんだ。トラの気持ちも分かるから。どんな理由であれ、トラは俺と住む事を選んだ。それなのに、いざ居候が始まると俺は1週間も家に戻らず、やっと帰ってきたと思ったら知らない女の子になっていた。想像していたような男同士の気楽な生活じゃなくて、トラには心労を掛けてると思う。おじさんの俺が恋しくなるのもな」
顔を上げた。おじさんは変わらず優しい微笑みを向けてくれていた。
「――でもごめんな。トラも知っての通り、戻りたくても戻れない。だからこの生活に慣れていくしかないんだ。俺も、お前もだ。 だけど――」
おじさんは僕の両手を取った。小さくて柔らかく、温かい手だ。
「思い悩むような事があったら抱え込まずにおじさんにいつでも言って欲しい。俺はトラの力になってやりたいし、支えてやりたいと思ってる。――あんまり大きな声じゃ言えないが、トラを友だちとしてだけじゃなく、息子のようにも思っているんだからな」
――嬉しかった。
おじさんが僕の事をそんな風に思ってくれていたなんて。
「うん。ありがとう、おじさん」
「こちらこそ、色々気付かせてくれてありがとうな。トラ」
僕はやっと微笑んだ。それを見ておじさんは、嬉しそうに破顔した。
――この出来事で、少女の皮を被ったおじさん、という心のどこかにあった見方は完全に無くなり、少女のおじさんと、かつてのおじさん。その二つが、僕の中で完全に重なった。