Confidential Girl ―TSして女の子になった俺と、懐いてた少年との新しい日常― 作:エイジアモン
今日は4月1日。高校入学式の日。
高校に近づくにつれ、自分やトラと同じ制服を着た子供たちが増えてきて、それに伴い学校が見えてくる。その高校には桜の木が植えられていて、俺たちの入学を祝うように満開で迎えてくれていた。
「ここの桜は綺麗に満開だね、悠木」
隣を歩くトラが見上げながら、心なしか嬉しそうに呟いた。
「ああ、そうだな」
桜は大好きだ。毎年満開の桜を見ると気分を新たにさせられる。いつもの見慣れた風景も新しいもののように感じられるからだ。
……まあ、今年ばかりは、本当に“新しい自分”として生きるしかないんだけれども。
今日からこの桜河高校の1年生として、人生2度目の高校生活が始まる。
◇◆◇
「あ、僕と悠木は同じクラスみたいだよ」
「そりゃラッキーだな」
体育館の前には1年生クラス分けのリストが張り出されていた。1クラス40名程度でA~Fまでの6クラス、俺とトラは1年B組、幸いにも同じクラスだ。
「トラの背が高くて助かるよ」
「僕としてはこれ以上は要らないけどね」
トラは高校1年生にして182センチとデカい。自分が男の時は同じくらいの身長だったから気付かなかったけど、同年代の男の子より頭一つ大きいと感じるくらいだ。そして俺は152センチと周りの女の子より低めで、クラス分けのリストが全然見えなかったのでトラに確認してもらっていた。
その後は体育館でクラスごとに男子と女子の列に分かれて並び、入学式が行われた。
◇◆◇
入学式を終え、1年B組の教室へ入ると、黒板に席が割り振られていた紙が貼られていた。よくある、ただの名字の順番だ。
俺は北条の”ほ”でトラは南川の”み”、という事で席は分かれる事となった。男女席を隣同士でくっつけて、2人席の4列✕5組の組み合わせだ。
まだ知り合いでもない、ただのクラスメイト同士でしかない殆どの子らは無言で席につき、先生が来るまでの時間を、退屈そうに各々が時間を潰していた。
そんな中、一人の男の子の声が上がった。
「ようトラ! 三週間ぶりくらいか? 久しぶりだな!」
「あ、久しぶり! シュウもB組?」
「おう! お前の名前を見た時テンション上がったよ! 4年連続同じクラスとかめちゃくちゃ運良いな俺たち!」
「まさか高校でも同じクラスになるとは思わなかったよ。それにしても悪かったな、春休み」
「しょうがねえよ! お前んトコ色々あったからな。……で、少しは落ち着いたのか?」
「うん、今はだいぶ落ち着いたよ。 ――うん、落ち着いた」
「そっか、良かった良かった。 ――あ、そういや先週さあ――」
トラと仲良さそうな元気な男の子、同じ中学出身らしい彼はトラの友達なんだろう。あれがトラから噂に聞いていた”
ちゃんとトラに友達がいた事に何故か安堵している自分に気付いた。あれだけ頻繁に家に遊びに来ていたからもしかして友達いないかも、と思ったものだが。
ほどなく先生が入ってきてホームルームが始まり、担任の先生の挨拶、その後に順番に自己紹介をする事になった。
あいうえお順で先頭の赤木くんから、その隣に座る石垣さんという順番に立ち上がって名前と趣味を言っていく。正直、こういう自己紹介って半分も覚えられないんだよな。仕事ですら名刺があるから覚えられるけど、まだ興味も持てないようなやつの名前を覚える事なんて出来ない。覚えられるとするなら、イケメンか美少女か、せいぜい趣味が同じやつくらいのものだろう。
まあ俺は異性にも同性にも興味がないんで、あまり覚えられる気はしない。
先ほどトラと喋っていた男の子の番になり、その子は元気良く立ち上がった。
「オレの名前は
鳥野くんは笑顔が眩しい好青年で、陽キャラだった。さらにさっきは気付かなかったけど身長が180はありそうでトラと同じくらいには高く、顔も少し濃い目だがイケメンな気がする。
女子に人気がありそうな雰囲気が凄くする。多分あるだろう。 ――これがトラの友達……なんというか、トラと毛色がかなり違うな。
そして自分の番になり、立ち上がる。
さて、これからの学校生活をどのように過ごしていこうか、それはここで決まると言っても過言ではない。あまり目立ちたくはなく、普通に高校生活を過ごしていきたいと考えている俺としては、自称”俺”は結構目立つだろうし避けたいところ、普通っぽく、女の子っぽく演じるために、”私”で良いだろう。喋り方も、ここが会社だと思えば丁寧語で無理なく過ごせるはずだ。
よし、基本”私”で丁寧語、これで行こう。
「はじめまして、私は
よし、無難オブ無難、無味無臭、その他大勢って感じの自己紹介が出来た。
それにしても、沢山の視線を浴びながら喋るのって、やっぱ慣れないな。後は、やはり女の子になったからだろうか、男子からの視線と多少のざわつきを感じたような気がしたが……まあ、気の所為だろう。
順番に自己紹介が進んでいき、トラの番となった。
「はじめまして、
トラの自己紹介が終わった直後、鳥野くんが「トラ、バレーやらねえの!?」と騒いでいたが先生が注意して静かになった。トラはそれに対し「分からない」と返すだけだった。
自己紹介中、トラの顔をずっと見ていたけど、トラはイケメンだと思う、方向性としては鳥野くんと違う、爽やか方向のイケメンだ。トラのやつ、中学では結構モテていたんじゃないのか? 運動出来て背が高く、顔も良ければモテない理由が無いと思うんだけどなあ。
まあ、そんな浮いた話はトラの口から聞いた事は一度も無いんだけど。
こうして、40人全員の自己紹介が終わり、教科書などの配布と時間割やルールの説明でお昼前にホームルームが終了となった。
◇◆◇
始業式の今日はホームルームで学校は昼前に終わりだ。
先生が生徒に早く帰るように促して教室を出ると、残った生徒たちは友達作りを始めるのだった。
共通の趣味同士、もしくは同じ雰囲気を放つ者同士で声を掛け合い、探り合い、友達を作る。
そんな雰囲気を感じ取り、なおかつ友達を作る気も無い俺はトラに声を掛けて帰ろうかと、荷物をカバンの中へと放り込んで帰る準備を進めていた。
そんな時、ふと人の気配を感じた。
数名の男子と女子、それぞれが俺の席を取り囲み声を掛けてきたのだ。
「ねえ北条さん、この後時間空いてる? 一緒にお昼食べてカラオケでも行って遊ばない?」
「北条さん、女子同士でこの後一緒に遊ぼうよ」
男子たちのほうはチャラい雰囲気を放っていて、女子たちはどちらかというと普通っぽい感じがする。同じ”遊ぶ”でも随分と意味は違いそうな感じだ。
だが俺としてはどちら共に遊ぶ気はなく、早く帰りたい一心だ。
「ごめんなさい、私はこの後ちょっと用事があって一緒には遊べないんです、また今度誘って下さい」
当然嘘だ、この後に用事なんて無い。
だがこの返しに対して、女子たちのほうは残念そうな表情を見せたが、男子たちの反応は違うものだった。
「丁度良いじゃん、この子たちと一緒でもいいからさ、一緒に遊ぼうよ。それなら安心でしょ?」
男子たちは笑顔を貼り付けたまま、こちらの断りをさらりと無視する。ああ、この感じ、社会人時代の飲み会の勧誘を思い出すな……。それに加えて、彼らは譲歩した。多分、女子が自分だけは不安で嘘を吐いたと思ったんだろう。高校生になってまで、また似たような駆け引きに巻き込まれるとは思わなかったよ。
つまり、彼らは断られ慣れていて、こちらが許可を出しやすくした形だ。人間は一度提出された条件から譲歩されると許可を出す心理的ハードルが下がるという。営業テクニックの一つだ。
「ね? みんなで一緒に遊ぼうよ」
今度は女子たちのほうを向いて、笑顔を浮かべてそう言った。
彼らは決してブサイクではない、どちらかというと校則の範囲内でオシャレをしている、雰囲気イケメンだ。本当にイケメンかどうかは俺には判断出来ない。
話を振られた女子たちはお互いの顔を見て、どこか悩み始めたほうにも見えた。どうやら、まんざらでも無さそうだ。
だが俺は違う。
男友達として一緒に遊ぶなら考えなくもないが、それはありえない。彼らが俺を女として見ている以上はノーサンキュー、論の外だ。男をそういう異性の対象としてなんか見られない。心は立派なおじさんなんだから。
トラのほうを見ると、トラと鳥野が何やら話をしていた。どうやらトラがバレー部に入るか分からないと言った事に対しての話のようだ。そしてトラも俺がこんな事態になっている事に気付いていないようで、鳥野との話に夢中になっている。
こうして周りの状況を見ている間にも俺の頭の上では男子と女子が何やら話をしていた。誘う男子に悩む女子の構図だ。どうでもいいが、俺がその中心なのは問題だ。
「北条さんも女子が一緒なら問題ないよね?」
にこやかな笑顔とその瞳の奥にはある種の圧がかかっていて、それを俺に向けてきた。
なんだその圧は? おじさんにそんなの向けても無駄だぞ。
――ってもう!!
ええいっ!! 面倒くさいっ!!やめやめっ!!
こんなのに絡まれるくらいなら普通の女の子を取り繕うのはやめだっ!!俺は俺だ!!
「おいトラ!! 帰るぞ!!」
カバンを手に取り、立ち上がりながらトラを呼んだ。
――その瞬間、教室内は水を打ったように静まり返った。
時間が止まったように固まった後、俺に視線が集中した。困惑、驚愕、動揺、虚無と様々な表情で俺を見ている。
「え、何?」
トラだけが俺の呼びかけに対し、返事をした。
「もう帰るぞ、ほら!」
トラの学生服の袖を掴み、教室の外へ向けて歩き始めた。
「わ! 引っ張らないで!」
トラも帰り支度は済ませていたのだろう、カバンを掴み、そのまま急いでついてきた。
あ、一応念の為に釘を刺しておこう。もう男子がそういう目で見て、絡んでこないように念入りに。
「あー、一応言っとくけど。俺は他の男には興味ないから、それじゃまた明日」
それだけ言って、教室の扉を閉めた。
打って変わったようにざわざわし始めたが知ったことか、もう知らん。お前らが悪いんだぞ。俺は普通の女子をやろうとしていたのに。
「結局、”俺”に戻っちゃったね」
帰宅途中、トラが思い出したように言ってきた。
「そうだなあ、やっぱり、どだい俺には普通の女子高生は無理なんだよ」
「ふふ、僕は悠木らしくて良いと思うけどな」
「そりゃ、お前さんは昔から俺を知ってるからだろ?」
「うん、まあね」
「あーあ、明日からハブられそうだな」
「意外と大丈夫だと思うけどね、もしハブられても僕は味方だから安心してよ」
「そうだな、お前だけが頼りだよ、トラ」
こうして、高校生活初日は、普通の女子高生としての生活の第一歩は、失敗に終わった。
――まあ、これからは気楽にやれるから一概に失敗とも言えないか。