Confidential Girl ―TSして女の子になった俺と、懐いてた少年との新しい日常― 作:エイジアモン
今日の晩御飯は豚肉多めの野菜炒め。
出来上がったのは良いが、トラの要望に沿って作ると豚肉の量が多く、これでは豚肉炒めの野菜添え……とまではいかなくても主役は豚肉、と言い切れるくらい豚肉の主張が凄い。
そんな男の子らしい晩御飯を食べ終えて、今はテレビを付けて二人してソファーでくつろいでいるところだ。
さて、そろそろ頃合いか……。
「なあトラ、今日の帰りは様子がおかしかったけど、何か悩み事か? 悩み事なら聞くぞ。なんでも話してくれ」
何気ない風を装ってトラに話を振る。多分バレー部に入るか入らないかで悩んでたんだろうと想像がつくけどね。
俺の言葉を聞いたトラは、視線を宙に彷徨わせてから、一呼吸おいて応えた。
「ああ、あれ? 別になんでもないよ。 たいした事じゃないから、気にしないで」
「――そうか。 ならいいけど」
明らかにたいした事ありそうな素振りからのなんでも「ない」はなんでも「ある」事だろう。トラの事だから、俺に心配や迷惑をかけさせまい、と平気な素振りをしているのかもしれない。
バレー部の事だとは思うけど、ここで食い下がっても頑固になるだけの可能性も高い、今日のところは引き下がっておこう。
入部を決めるまでは時間もあるし、慌てる必要もない。
その日の話はそこで終わり、後はいつものように過ごしたのだった。
◇◆◇
翌日、学校の席につくなり鳥野くんがトラを捕まえて話しかけた。
「おはようトラ! バレー部に入る気になっただろ? 一緒に入ろうぜ!」
「またそれか。昨日も言ったけどバレー部には入らないって言ってるだろ、諦めろ」
「いーや諦めないね! お前とならインターハイや春高だって夢じゃない! オレはそう思うね」
「でもウチの高校、桜河高校って去年も地区予選トップ16止まりだよね? 弱くはないけど特別強くもない、地区予選突破は難しいと思うけどなあ」
「だから! オレとトラがいればイケるって! なあやろうぜ~」
「シュウ、僕たちって別に中学で飛び抜けて凄かったわけでもなかったよね? やけに自己評価高くない? それに無理なものは無理なの」
トラはむべもなく、鳥野くんの再びの勧誘をきっぱりと断った。
無理なものは無理……ね。それは言い方を変えれば、無理じゃなくなればやる、って意味? ――もしかしてトラには無理な理由があるのだろうか。
しかし鳥野くんはトラの机の横にしゃがみ込み、机の上に顎を乗せて食い下がるのだった。
「えー、なんで無理なんだよ~。トラ~、バレー嫌いになったのか~?」
バレーが嫌いになった。鳥野くんのその一言にトラは反応した。
「そんなわけないだろっ!! ――あ、いやごめん。なんでもない。――無理。やれない」
クラス中に響き渡るトラの声、慌てて口を押さえて鳥野くんに謝っていた。
少し沈黙の後、始業ベルが鳴り、鳥野くんは大きなため息をついて席へと戻るのだった。
その「やれない」は、拒絶というよりも、悲鳴に近かった。――うん、確信した。
トラにはきっとバレー部に入れない、何か理由があるんだ。なんとかしてあげたいけど、俺には何も分からない。そもそも俺は、トラがバレー部な事も、バレーが好きな事も知らなかったんだ。
小さな頃からの付き合いだと思っていたし、トラの事ならなんでも知ってるつもりだったけど、
あらためてその考えが間違ってるって思い知らされるな。
――はぁ。
思わずため息を吐いた。
トラの力になりたいが力になれない、鳥野くんも同じため息だったかもしれないな。
◇◆◇
それから二人は、朝の事などなかったかのように仲良くおしゃべりをしていた。
2日ほどもすれば、鳥野くんの人柄だろうか、おしゃべり仲間も増えているように思える。
俺はというと、友達を増やそうと積極的に女子に話しかける事も出来ず、相変わらず一人だ。
そしてその2日目の昼休憩の時、トラと鳥野くんのおしゃべり仲間、友達というべきか、が声を掛けてきた。
「北条さん、ちょっといい?」
えーっと、誰だっけ……? 顔を見ても思い出せない。女子のほうは頑張って覚えたんだけど、男子はまだ全然なんだ。
そんな心情が顔に出ていたのだろうか、声を掛けてきた男の子は慌てて自己紹介を始めた。
「あ、オレ、
聞きたい事? 俺に聞きたい事があるなんて、変わった子だね君は。俺はこのとおりボッチなんだけど。
「おいウッシー、抜け駆けは良くないなあ。 ほら、他の男子から睨まれてるぞ」
そこへ牛山くんの後ろから、鳥野くんとトラが現れた。
鳥野くんは牛山くんの肩を叩いて親指でクイとやって牛山くんに周りを見るように促した。
釣られて俺も周りを見渡すと、すぐに目を逸らされたけど確かに俺と牛山くんへと男子の視線が集まっていた。
いやどういう事だよ、何に注目してるんだ。おじさん、なんかやらかした?
「どうしても確認したくて、トラくんは違うって言うけど、北条さんからも聞きたかったんだ」
「んー、確かに。聞けるなら聞いときたいな。 というわけでトラは黙るように!」
鳥野くんはトラに向かって自分の唇に人差指を立てるジェスチャーをした。
ん? トラに関係ある事なのか、なんだろう?
「トラくんはお世話になってるおじさんの家に住んでるって聞いてて、それで、その、北条さんもその親戚のおじさんの家に住んでるって、その、本当?」
「うん、本当」
なんだそんな事か、トラはうちの居候なのは事実だ。しかしなんでそんな事が気になるのか……。
あれ? もしかして――いやまさかそんな。流石にないか。
「そしたらその……二人はつ、付き合ってる?」
「ひゃへ!?」
頭が真っ白になった。いやいやいや、ないないない!
そんな発想、これまで一度もしたことがなかった。今の今まで無かった。
気付くと、周りの男子連中だけじゃなく、女子連中も聞き耳を立てている。
そういうの好きな年頃だとは思うけど。俺とトラはそういう関係じゃないんだよなあ。
俺とトラの関係はおじさんとそれに懐く男の子、そして親子のような友達のような、そんな関係なんだよ。
とはいえ、そんな事は言えないので。違うという事実だけは伝えておかないとね。
「――付き合ってないよ。俺とトラはそういう関係じゃない。確かに長い付き合いだけど今までそんな風に思った事は一度もない。思ってもない事だったから変な声出ちゃったよ」
そう言って、何もないよ、という事をアピールするために微笑みで返した。
ちらりと牛山くんの背後にいるトラを見ると、頭を縦に振って頷いていた。
「あ、そうなんだ。良かったあ。答えてくれてありがとう、北条さん」
「トラが付き合ってないっていうんだから付き合ってないに決まってるだろ……とはいえ、ナイスだウッシー、よくやった。じゃあね、北条さん」
鳥野くんが牛山くんの背中を叩き、3人は席から離れていった。
――まさかそんな風に見られていたなんてな。
まあでも、名前で呼び合ってて、小さい頃からの知り合いで、一緒に登校して、一緒に住んでるなんて知ったら、そりゃそう思っても不思議じゃないか。
それに例え相手がトラであっても、女として男と付き合うってのは、考えたくもないし、あり得ない事だ。こちとら36年も男やってたんだぞ。勘弁してくれ。
◇◆◇
その日の放課後、帰り支度をしていると今度は女子に声を掛けられた。
「北条さん今から帰るの? 一緒に帰らない?」
声の主を見ると、ショートカットの元気そうな女の子、確か名前は……
「ええと……」
トラの方を見ると、トラもこちらの様子を伺っていて、何かを察したようだ。
「先帰るね」
そう言ってさっさと教室を出ていってしまった。俺に友達でも作れ、とでもいうつもりだろうか。
「南川くん先帰っちゃったし、良いよね?」
――しょうがない、俺の女子高校生活、一歩踏み出すとしますか!
「うん、良いよ。一緒に帰ろうか」
そう応えて、猪原さんと二人で教室を出るのだった。
――一緒に帰る、とはいえ年頃の女の子と何を話せばよいのやら、全く話題が頭に浮かばない。
おじさんという生き物は基本、若い女の子に話を振られても無難な受け答えしか出来ないのだ。職場ならともかく、相手は女子高生、全く共通の話題が思い浮かばない。
天気の話……晴れてるし時期的に熱くも寒くもなくて話題にしづらい。
テレビの話でもすればいいのか? しかしどんな事を? 何を見ているのかも分からないし、何を話したらいいのか分からない。
そんな事を考えつつ、結局黙り込んでいると、猪原さんから話しかけてくれた。
「わたしさ、北条さんと南川くんが付き合ってると思い込んでたんだよね。本当に意外、アレかな? 幼馴染同士は意外と好き同士にならないっていうアレ」
その話か、確かに恋バナは女の子が好きそうな話ではあるけどね。
だけど、傍から見ればそう見えるか……見えるかもな。
「実は鳥野くんと南川くんと同中の子がいてね、あの二人結構人気あったんだって。鳥野くん格好良いもんねえ。それに北条さんは見慣れてて分からないかもしれないけど、南川くんも結構格好良いんだよ?知ってた? あの二人良いコンビだよねえ」
良いコンビだというのは認める、おじさんから見るとまさに青春の親友コンビって感じの二人組だ。長く続くと良いなあと思う。大人になると親友どころか、友達すら作るの難しいんだから。
「うん分かるよ、良いコンビだよねえ。トラもバレー部入ればいいのに」
「あ! やっぱりそう思う!? ――あ、でもさ、バレー部入っちゃったらライバル増えるよ、大変だよー。大丈夫かなあ」
バレー部のライバルねえ……ん? あれ? なんか意味違うな? どういう意味だ?
「あ、ここでお別れだね。それじゃ北条さん、また明日もよろしくね」
猪原さんはそう言って右手を差し出した。俺に握手を求めるように。
少しどうしようか考えたけど、俺も右手を差し出し、握手をして、分かれた。
別れ際にバイバイと手を振る彼女を見て、美少女は絵になるなあ、なんて思いながらも俺も手を振り返した。おじさんの頃なら恥ずかしくてこんな仕草は絶対に出来ないけど、今は出来た。
――女子高生の身体って、ずるいな。
こうして、俺にとって初めての女子高生の友達、猪原さんとの出会いとなった。