――ダッドの店*1
徒歩で数分ほど。先ほどトーマスに案内されたアージュワイナリーのすぐ東側――この町唯一の宿屋が『ダッドの店』だ。午前9時から午後8時までの営業で、昼は食堂、夜はワインなどのお酒を提供するバーとして町の人々から親しまれている。
「ここのアップルパイが本当に美味しくて! この子たちも大好物なんだ!」
木製の扉を開けると、カランカランとドアチャイムが鳴り響き、「いらっしゃいませ!」という声に出迎えられる。流れから何となく予感はしていたが、視線を向ければ――やはりそこには、見覚えのある人物が立っていた。
高身長で胸が大きく、膝ほどまである緑がかった薄い水色のロングヘアを揺らし、右腕と脚に多数の絆創膏を貼っている――これまでの生では擬人化フライゴンとして巡り合ってきた彼女。
「ゆっくりして……えっ!?」
「や、久しぶり、ユメ。……この言葉、今日だけで何回言ったかな」
「は、ハルトくん……!?」
目を丸くして驚いていたユメだったが、すぐに再会の喜びが勝ったようで、「ふふっ……また会えるなんて、すっごく嬉しいよ……!」と明るく声を弾ませ、すたすたと駆け寄ってきた。
「マニュ? マニュ、マニュ!」
「マニューラ……ってことは、もしかして――」
「うん。この子はセリカちゃんだよ。……今はモンスターボールの中にいるけど、ホシノちゃんたちも一緒に暮らしてる。昔、家族旅行でホウエン地方に行ったとき、運よく再会できたんだ」
体は濃い灰色で、頭・耳・首元・尻尾が赤い。発達した両手と長い3本の鉤爪、さらに頭部や首回りから生えた鳥の羽にも似た扇状の豪華な飾りが特徴のネコ型ポケモン――マニューラ。宝探しが趣味のユメたちが地底遺跡に潜った際、連れ帰ってきたのが、当時はまだ進化前の彼女だったなと、4つ前の生の出来事を思い返す。
それ以降の生でも、砂漠地帯組の仲間たちと『アビドス』という探検隊を結成したり、一緒に行動する姿をよく見かけたが、どうやら今回も変わらず仲良く過ごしているようだ。
「おいおい、アーカイブ牧場の人だろ? ……ちょっと、来てくれねぇか」
不意に聞こえた渋い声に振り向くと、カウンターでグラスを磨いていた男が、こちらに手招きしていた。金髪のオールバックに、手入れの行き届いた口髭を蓄えたダンディなオッサンだ。
「ローリエ、行ってくるね。ハクをお願い」
「うん、任せて。……こっちおいで」
「くぅーん……」
寂しげな鳴き声を漏らしつつ、名残惜しそうに腕の中から飛び降りたハクの頭をひと撫でしてから、ハルトは足音を立てない程度の早足で男の元へと向かう。どこか張り詰めた空気の中、男の真意を探るように、その鋭く光る眼差しを受け止める。
「オレはこの宿屋の店主でダッドって言うんだ。あんた、ユメの……娘の知り合いなのか?」
「むすっ!? え、えぇ、まぁ……その、昔馴染みというか、何と言うか……」
娘という言葉に驚きながらも、なぜ自分が呼ばれたのかに思い至る。――どこの馬の骨とも知れないぽっと出の男が娘と親しげにしていれば、それは父親として黙っていられるはずがない。
「……そうかい。いやぁな、見ての通り、あれは男に声をかけられることが多くてな」
「あぁ……」
デッカ!! の一言で伝わるほどに、ユメは女としての魅力に溢れた容姿をしている。男所帯の酒場では特に目を引きやすく、言い寄ってくる輩も少なくはないのだろう。ハルトも見慣れていなければ、彼女の“そこ”に目が釘付けになっていたかもしれない。
「おまけにお人好しな性分で騙されやすい。母親はもうちょっとしっかりしてたんだが……」
はぁ……と、溜め息混じりの愚痴のようなものを吐き出したダッドは、そこで一旦区切ると、
「……つまり、あいつに悪い虫が付かねぇか心配でな。あんたがどんな男か、少しだけ確認しておきたかった。……悪いな」
「いえ……気にしないでください。親として、むしろ当然の反応だと思いますから」
その言葉に嘘偽りはなかった。何なら、少し安心したくらいだ。カントー・ジョウトで悪事を働いていた犯罪組織はもう何年も前に壊滅したが、未だ各地に残党は潜んでいる。詐欺などの被害に遭う可能性を考えれば、こんな頼もしい父親が傍にいてくれるのは、きっと心強いはずだ。
「ダッドさん……でしたよね。改めて、初めまして。ハルトといいます」
「おう、ハルトか。覚えとくぜ。……これからよろしくな」
「よろしくお願いします」
差し出された分厚い手を握り返すと、ダッドはニヤリと笑って握手に応じる。年季の入ったその掌は、長年の労働と荒事を物語るように節くれ立ち、ごつごつとしながらも温かい。ぶっきらぼうな物言いとは裏腹に、人を迎え入れる店主としての誠実さが滲んでいた。
「――よぉーし! あんまり遅くなると怪しまれちまうな。オレの話はこれで終わりだ」
「わかりました。それじゃあ――」
「ちょいと待ちな」
話も終わり、踵を返そうとしたその時、唐突に呼び止められる。
「今日は特別サービスだ。注文が決まったら、うちの娘に言ってくれ。なんでもいいぞ」
「! ……ありがとうございます」
感謝の言葉を告げてテーブル席へ向かうと、ローリエたちは既にメニューを眺めていた。パチリスとリオルは興味津々といった様子でローリエの肩越しから紙面を覗き込み、
「あ、戻ってきた。……ねえ、何の話だったの?」
「ん、大したことじゃないよ。こっちの話」
適当に誤魔化しながら、テーブルの上に置かれたもう一つのメニューに目を通す。
クッキー 200円
チーズケーキ 250円
アップルパイ 300円
サラダ 300円
日替わり定食 500円
牛乳 200円
パインジュース 300円
メニュー数はさほど多くないが、男手一つの営業なら十分すぎるぐらいだろう。値段的にも良心的と言える。飲み物に関しては種類の少なさを感じるものの、夜は酒場も兼ねている点を踏まえれば、致し方ない面もある。500円の日替わり定食も気になるところだが――
「オススメ通り、アップルパイにしてみようかな。飲み物は……うん、
「私もアップルパイ! それと、パインジュースも!」
「チパ!」
「オル!」
「わん!」
ポケモンたちもアップルパイの文字を指差している。コロンと腰のモンスターボールがひとつ揺れ動いた。このボールは――どうやらテイクアウトの注文も追加で必要らしい。彼女は人前が苦手だからなぁ……と、ハルトは内心で苦笑する。
「えっと……牛乳とジュースが1つずつ、それからアップルパイが5つ……でいいんだよね?」
「あと、持ち帰り用のアップルパイを1つ、頼めるかな?」
「大丈夫! お父さんにちゃーんと――ひんっ!?」
注文を父に伝えようとユメが歩き出す――が、数歩進んだところで足をもつれさせ、盛大に転んでしまう。驚いたハルトたちが慌てて傍へ駆け寄り、「大丈夫?」と口々に声をかけると、ユメは顔を赤らめながら体を起こし、「あ、ありがとう……」と恥ずかしそうに微笑んだ。
「あはは、また転んじゃった……」
「……ホントに大丈夫?」
「平気平気!! これくらい、どうってことはないよ!」
立ち上がりざま、ユメは笑顔でガッツポーズをしてみせる。昔から要領の悪いところがあり、彼女はしょっちゅう失敗したり、ダンジョンでポケモンに襲われては半べそをかき、その度にホシノ――後輩フライゴンに助けられてきた。今生もホシノが手持ちとして一緒にいるとはいえ、やはり少し不安になってしまう。
「(……僕も気にかけておいたほうがいいかな)」
頼れる父親も仲間もいるのだから、必要ないとは思うものの――万が一ということもある。厨房へ消えていくユメの背中を見送りながら、ハルトはぼんやりとそんなことを考えていた。
名前 :ユメ
前世 :フライゴン
立ち位置:【再会のミネラルタウン】より『ラン』
元ネタ :【ブルーアーカイブ】より『梔子ユメ』
手持ち
・ホシノ (フライゴン)
・セリカ (マニューラ)
余談
宿屋の娘。
通称『ユメゴン先輩』。心配した砂漠地帯組の後輩たちも彼女の手持ちとしてついて来ている。