――アーカイブ牧場*1
畝を作り、種を蒔く――単純に見えて、実際には非常に手間のかかる地道な作業だ。ただ畑を耕すだけではなく、それぞれの作物に適した方法で植え付けをしなければならない。
例えばジャガイモなら、芽が残るように種芋を半分に切り分け、腐敗を防ぐため切り口に草木灰を付ける。そして、等間隔で掘った深さ10cmほどの植え溝に埋めていく、といった具合に。ゲームのように、種を蒔いてそれで終わり――というわけにはいかないのだ。
「ふぅ……これで終わりだね」
気付けば、夕焼けが西の空を橙色に染めていた。水やりを終えた
「もうすぐ5時か……慣れない作業だったせいか、思ってたより時間がかかったなぁ……」
「……植え方を調べながらだったもんね」
本当はもう少し早く――それこそポケモンの力もあるのだから、どんなに遅くても午後4時頃には終わるだろうと考えていたのだが、実際にはこの時間だ。自分たちの見通しが如何に甘いものであったのかを思い知らされたような気分だった。
「はぁ……お風呂に入りたい……」
「それなら、山のほうに天然温泉があるよ」
「温泉!?」
「うん。混浴だから、水着を着て入るのがルールになってるけどね」
何度も言うが、この牧場は生活設備の類が軒並み欠けている。それは風呂場も例外ではなく、作業後はテレポートで実家へ帰り、そこで入浴する――というのがハルトの想定だった。それがまさか温泉が湧いているとは……水着着用という点は気になるが、自分で風呂の準備をせずに済むのはありがたい。
そんなふうに話していると――
「おお、こりゃまた一日で随分と見違えたな」
「ザクさん!」
「よっ、ローリエ!」
突然、町の方から歩いてきた男性が朗らかな笑顔で片手を挙げ、ローリエへ声をかけてきた。刈り上げた茶色の髪に、筋肉質な体躯をタンクトップ1枚という薄着で覆い、首には真っ白なタオルを掛けている。まさに豪快という言葉が似合う風貌だった。
「……あの、あなたは?」
「おう、お前が例の新しい牧場主だな。俺は出荷業をしているザクだ。よろしくな」
「出荷を……。僕はハルトです。こちらこそ、これからよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げるハルト。牧場と出荷は切っても切れない関係にある。元より人付き合いは大切にしているが、今後の牧場生活に直結する以上、尚のこと彼との縁を疎かにはできない。
「よし、挨拶も済んだところで――ちょっとこっちに来てくれ」
首を傾げながらザクの後に続くと、辿り着いたのは畑の隅に置かれた木箱のところだった。
「これが出荷箱だ。出荷箱の中に出荷したい物を入れておけば、俺が毎日午後5時に持って行くからな。……ああ、ただし年間行事の日は出荷箱の回収には来ないぜ。俺だって、休みはほしーからなぁ!! はははははははははははははっ……はぁ……」
ザクは豪快に笑っていたかと思えば、ふっと表情を消して深く溜め息をついた。その様子に「若干、鬱入ってないかな?」と心配になったハルトだったが、直感が触れるべきではないと警告を発していたため、言葉を飲み込む。誰しも触れられたくない事情の一つや二つはあるものだ。
「出荷箱は他に、ポケモン舎の中にもあるぞ。出荷する物は、畑でとれた野菜だとか、山でとれたもんとかだな。勿論、ミルタンクのミルクなんかもだ。わかったか?」
「はい!」
「……それと、頑張って働くのはいいんだけどよ、働き過ぎはいけねぇぞ! 疲れを感じたら、無理せずに休めよな。倒れて入院したら、洒落にならねぇからよ。牧場の仕事をするんなら、これだけはちゃんと覚えといてくれよ」
その言葉には、単なる親切心以上のものが感じられた。或いは、過去に過労で酷い目を見た経験があるのかもしれない――と邪推したくなるほど、彼の声には確かな実感が滲んでいた。
「それじゃあ、明日からも5時に来るからな」
「ありがとうございました」
そうして去っていくザクを見送ったハルトは、「ふぅ」と短く息を吐き、額の汗を拭う。初日から色々あった――いや、ありすぎたが……充実した時間を過ごせたと感じていた。これからはこんな日々が続くのかと思うと、改めて期待と不安が入り交じった気持ちで胸がいっぱいになる。
「さてと……道具を片付けたら、早速温泉に行こうかな」
「一緒に行っていい? もう汗だくだくで……私も温泉に入りたい気分なんだ」
「その……混浴なんだよね?」
「そうだけど……それがどうしたの?」
不思議そうな顔をするローリエ。水着着用とはいえ、結婚前の男女が二人だけで混浴するのは如何なものだろうか。倫理的に問題はないとしても、どうしても意識せずにはいられない。それも、こんな美少女と一緒に――想像するだけで、心臓が早鐘のように鳴り響く。確かに、今までの生では深い関係になったりもしたが……。
「……いや、何でもないよ。じゃあ、さっさと道具を片付けようか」
「おー!」
ひとまずこの件は一旦脇に置いておくことにして――ハルトはクワを担ぎ上げ、ローリエと共に納屋の方へと歩き出す。お互い、長い付き合いの家族のようなもの。今更混浴程度気にするような仲でもない。そう、何度も心の中で自分に言い聞かせながら。
沈みかけの夕日に照らされ、二人の影は長く伸びる。遠くで聞こえる虫ポケモンの鳴き声や鳥ポケモンの囀りが、穏やかな夜の訪れを告げていた。
後書き:
本当は次回の内容と一緒にするつもりでしたが、
(1):想定以上にここまで執筆するの時間をかけた。
(2):次回の内容と一つにすると、投稿までの時間が長くなる。
(3):次回の内容と一つにすると、5000文字を超えるかもしれない。
以上、3つの理由からここまでで投稿しました。