――マザーズヒル*1
町と反対側、南に進んだ先にミネラルタウンを見下ろすマザーズヒルの登山口がある。十字路を東に行けば町に続く森へ、そのまま南に行けば登山道が始まる。そして西に行けば、今回の目的である温泉に辿り着く。
イトマルが樹上に身を潜め、ホーホーやヤミカラスが枝葉の合間を飛び回る。かつて訪れたレンティル地方のフロレオ自然公園を彷彿とする、静かながら賑やかな夜道をのんびり進んでいく。
「温泉はこの先だよ! 楽しみだね~♪」
「……うん」
隣を歩くローリエはウキウキとした様子で鼻歌混じりに体を揺らす一方、ハルトはそれどころではなかった。必死に理性で抑えつけようとしても、鼓動は早まり、平静を保つことができない。
そんな彼の心境を知ってか知らずか、ローリエは屈託のない笑顔を浮かべるのみ。まるで思春期の頃に戻ったかのような錯覚を覚えてしまい、余計に意識を集中できなくなる。これはまずいと思いつつも抗えず、ついには彼女の横顔を盗み見るばかり。
「……なんか緊張してる?」
「そりゃまあね……むしろ、ローリエの方は気にならないの?」
「え? 気にするって何を?」
「いや……僕と混浴しても平気なのかな、って……」
意を決して正直に打ち明けると、ローリエは何故かきょとんとした表情になり――すぐに破顔一笑した。弾むような笑い声に、警戒心の強いヤミカラスたちは一斉に飛び立ち、茂みに潜んでいたデルビルまで驚いて走り去ってしまう。
「ぷっ……あははっ! さっきから何かと思えば、そんなことを悩んでたの?」
「……普通は気にすると思うんだけど。異性と水着姿で一緒にお風呂に入るんだからさ」
「でも、私とハルトの仲でしょ? そんなの全然気にならないよ!」
「……」
返す言葉も見つからずに黙っていると、ちょうど視界の先に温泉と思しき建物が見えてきた。竹垣に囲われているため中の様子は窺えないが、硫黄の匂いを含んだ湯気が仄かに漂ってくる。ひとつ惜しい点があるとすれば、湯船から外の景色を楽しめそうにないことだろう。
右手には泉、崖上の川から水が流れ込むという構図は、二人の記憶にだけ残る『ナマズンの池』を小規模にしたかのようだった。そして、更にその滝の奥には――
「……洞窟?」
「そこは鉱石場の入り口だよ。泉の傍にあるから、泉の鉱石場って呼ばれているんだ」
「あれが……。うちの
「ボスゴドラ……? あっ、もしかしてハルナ?」
「正解」
4つ前の生、救助隊生活の初期も初期にハガネ山で仲間になったココドラの少女を思い出すローリエ。大型ポケモンの中では間違いなく食が細いのだが、その分『食』の追求には余念がなく、探索許可が降りてからはポケモン広場の食材供給の要を担う不思議のダンジョン『食神の祠』へと頻繁に赴き、多種多様な食材や料理を作るための道具を掻き集めていた。
「……うーん、大丈夫だと思うよ。冬しか入れない湖の鉱石場ほどじゃないけど、こっちの鉱石場でも地下10階以降なら、普通の鉱石だけじゃなくて、オリハルコンとかアダマンタイトみたいな珍しい鉱石も掘れるはずだし」
「なるほど……。地下10階以降が狙い目、と」
会話を交わしながら脱衣所に足を踏み入れる。木造建築特有の素朴な香りが広がり、床板を擦る度に乾いた音が反響する。既に日が暮れているからか、人の気配は全くない。ひっそりとした静寂が心地良くもあり、逆にそれが落ち着かない要因にもなっていた。
流石に脱衣所は男女で分けられているようで、二人は一旦ここで別れ――それぞれ更衣室に向かい、服を脱いで籠に畳んで置く。そして、鞄から取り出した入浴着代わりの水着へと着替える。
「……」
隣の女子更衣室から衣擦れの音が漏れ聞こえ、否応なく想像を掻き立てられる。彼女は一体どんな水着を選んだのか――シンプルなものか、或いは意外にも大胆なものか。そんな邪極まりない考えが脳内を占め、次第に煩悩の色に染め上げられていく。
「邪念撲滅! 邪念撲滅! 邪念撲滅!」
思考を断ち切るように勢いよく扉を押し開けると、目の前に現れたのは湯気の立ち込める露天風呂だった。岩を組み合わせて作られた湯船には並々と湯が注がれ、闇に沈む湯面が月明かりに淡く照らされている。壁掛けの案内板によれば、体力・疲労回復の効能があるという。早速、湯に浸かろうとした――まさにその時。
「お待たせ!」
ガラガラッと隣の扉が開く音とともに、聞き馴染んだ声が耳に届く。反射的に振り返れば、そこには衝撃的な姿の少女が佇んでいた。健康的でありながら女性らしい柔らかなラインを描く肢体はほとんど覆われず、唯一肌を守るのは申し訳程度の布きれのみ。
彼女の髪と同じ若草色の胸元を複数のヒモで繋ぐデザインのケージビキニに、下は同色のパレオとショートパンツを組み合わせ、露出を抑えつつも却って魅惑的な印象を与えている。
「――」
羞恥心の欠片も感じさせない堂々とした振る舞いに、男として意識されているのかすら危うくなる。しかし当の本人は、自らの装いが放つ影響など露ほども理解していないらしい。可憐に小首を傾げ、純粋な疑問符だけを投げかけてくる。
ハルトは一瞬息を詰まらせ――咄嗟に顔を背けた。頬へと昇る熱を誤魔化すように咳払いし、努めて冷静さを取り繕うとするものの……動悸は一向に収まる気配がない。
「どう? 似合ってる?」
「……っ! うん……すごく……」
「そっか。良かった♪」
率直すぎる誉め言葉に恥じらいを覚えつつ答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。それがさらなる追撃となって襲い掛かり、追い打ちをかけられたハルトは堪らず赤面する。まるで自分の感情が全部筒抜けなのではないかとさえ思うほどで、一人の男として情けなさが込み上げてくる。これで何度目の生か。いい加減、少しくらいは慣れてもいいだろうに――と、思わずにはいられない。
ともあれ――
「それじゃあ、体を洗ったら一緒に温まろうね」
「うん」
まずは体を清めるところからだろう。汗や汚れを纏ったまま温泉に浸かるのは、流石にマナー違反だ。今は湯気が程よく立ち込めているが、薄着のまま外に長くいれば風邪を引きかねない。小さく頷いたハルトは、逃げるように洗い場へと足を運ぶのだった。
◇ ◇ ◇*2
脱衣所に置かれていたモンスターボールのひとつが、ポンッ!! と勝手に開く。中から飛び出してきたのは――一人の少女。色白という表現では到底及ばない血の気を感じさせない肌に、烏の濡羽色の長い髪を併せ持つ、神秘的な雰囲気を纏った女の子。
彼女は一瞥もくれずハルトの鞄へと歩み寄り、ガサゴソと中を探ると、アップルパイの入った紙袋を取り出し、それを抱えたまま浴場とは逆の方向――建物の入口へと向かう。
「……月が綺麗ね」
煌々と照る月が映し出す彼女の影は腰の辺りから尾が伸びている。モンスターボールから出てきた時点で分かりきっていたことだが、人間の姿をしている彼女の正体は紛れもなくポケモンだ。
人と結婚したポケモンがいた。ポケモンと結婚した人がいた。昔は、人もポケモンも同じだったから普通のことだった――シンオウ昔話の一節だ。けれど昔話とあるように、今となっては両者は違うものであり、それこそ、■の世界でもなければポケモンは人の姿には成り得ない。
「ふう……」
――だが、ここに例外が存在する。ポケモン本来の特徴を残しながらも、人と同じ形を取ることができる謎の少女。無数の星が煌めく夜空を見上げ、微かに憂いを帯びた表情で息を吐く。
「牧場……ね。ハルトが少しでも休めればいい、んだけれど」
今までの生では、少なくとも彼女の知る限りは世界の危機なんてものは一生に一度か二度、そう何度も訪れるようなものではなかった。巨大隕石、星の停止、失望の風、負の感情……どれも容易に対処できる問題ではなかったが、二度三度と大事件が起きることもなかった。
対して今生はどうだろう? 一年に一度は世界の危機、或いはそれに匹敵する大事件が絶えず起きている。その結果、誰よりも大事な人が心身共に摩耗していくのが彼女には辛かった。
「……美味しい」
ベンチに腰を下ろし、丁寧に袋を開けてアップルパイを手に取る。リンゴの果肉たっぷりの餡がサクサクの生地から溢れ出るのを舌で受け止め、ゆっくりと味わい尽くす。このアップルパイのように、ハルトのこれからが甘いものであってほしい――そう願わずにはいられなかった。
TIPS:
レンティル地方。【New ポケモンスナップ】の舞台となる地方。
それぞれ環境が異なる島々で構成された地方で、フロレオ島・ベラス島・ボルク島・デュラス島・アウラム島の5つの島とコピア諸島からなる。地方全体と特徴として、どの島も豊かな自然環境を有しており、その中で多くの野生のポケモンが生息している。
ハルトの手持ち
・ハルナ (ボスゴドラ)
・??? (???)
名前 :ハルナ
性別 :メス
種族 :ボスゴドラ
タイプ:はがね/いわ
特性 :がんじょう
持ち物:じゃくてんほけん
元ネタ:【ブルーアーカイブ】より『黒舘ハルナ』
名前 :???
性別 :メス
種族 :???
タイプ:???
特性 :???
持ち物:ふっかつのタネ
元ネタ:【超昂大戦 エスカレーション・ヒロインズ】より『アルファ』