機械のぼくから、ただ一人のあなたへ。 作:散髪どっこいしょ野郎
向日葵が咲いている。照りつける日差しは強く、むせかえるような熱気が夏の到来を如実に示していた。
ぼくはあまりにも青い空を仰ぎながら、拳を握り締めた。
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「ねえ君、私に勉強教えてくれない?」
「は……?」
いつも通りの変わらない日常の筈だった。誰とも話さず、誰とも関わらない、ありふれた日々の筈だった。
そんなぼくの世界を変えたのは、一人のクラスメートだった。
「……どうして、ぼくに」
「君学年一位だし、教わるにはちょうどいいって思ったからかな」
「……分かりました。放課後、自習室に来てください」
ああもう。いつもこうだ。誰かの頼みを断る勇気を持てない。
或いは、真っ直ぐ帰って、勉強して、食事をして寝る。そんな毎日に彩りを加えたかったのもあるかもしれない。
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「……ごめん。君の名前なんだっけ」
自習室で待ち合わせて開口一番に飛び込んできたのはそんな問いかけだった。当然だ。普段のぼくはいてもいなくても変わらないような存在だから。
「『
「ああ、私は『
自己紹介もそこそこにぼくたちは勉強を開始した。
なにも親切心から教示したわけではない。他人に教えることで更に学力の向上を見込める。そうすれば成績も今まで以上によくなると踏んだからだ。
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「間打くんって家で何してるの?」
「勉強して……それから……。……特にありません」
「えー!スマホ弄ったりとかもしないの!?」
「特に見たいものややりたいこともないので」
奇遇なことに帰り道は途中まで一緒だった。ぼくらは二人して帰宅部。白妙さんの性格的にどこかの運動部にでも所属していると思ったのだが、読みが外れた。そういえば普段意識してなかったが彼女は保体の授業中いつも見学している。体が虚弱なのだろうか。まあなんにせよぼくが踏み込む問題ではない。
真盛りの高校生だというのに趣味の一つも持てないぼくは欠落しているのだろうか。いずれにせよ、人間味が薄いのは確実だ。
このまま水面を漂う木の葉のように生きるのだろうなと思っている。それなりの大学に入って、それなりの企業に就職して、老いていく。
悲観が過ぎるかもしれない。だが、ぼくは一切の希望を持ち合わせずにいた。
▫▫▫▫▫
ぼくは昔から暇さえあれば勉強をしていた。親にゲームを買ってもらってもなんとなく手をつける気になれず、ただひたすらに机に向かう毎日。
勉強が好きというわけでもなかった。ただそれはどれだけやっても咎められないから続けているというだけで。
だから、まあ。教える分には不自由しなかった。
「……ということでここはこの公式を使います」
「なるほどぉ……」
正直言って白妙さんは美少女だ。こうして面と向かって見ると、その麗しさがよりハッキリ伝わってくる。
そして対人経験が圧倒的に薄いぼく。女子どころか友達と会話したことすら少ないため、要するに、コロッと落ちた。
「ん、どうしたの?顔赤いよ?」
「気にしないでください」
ぼくは人から好かれるような性格をしていない。この人にとって、ぼくは都合のいいただの道具だ。道具の思いなど知ったことではないだろう。
この未踏の感情は墓場まで持っていこう。初恋なんてそんなものだ。
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「間打くんって浮世離れしてるよね」
「……否定はしません」
そんなこんなで、一年が経過した。ぼくは相変わらず何のためにするのかも分からない勉強に励む日々。しかし今までと違う点は、そんな日常の中に白妙さんが介入するようになったことだ。
浮世離れしてる、か。中々に失礼だがその通りだ。ぼくは世俗の娯楽やトレンドなど何も知らない。
「だからさ、今度私と遊びに行かない?」
「……はい?」
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「お待たせ。……どうしたの?体ガチガチだけど」
「……少し、緊張しているようです」
情けない。彼女からしてみれば気まぐれに誘っただけの交流。それにぼくは酷く動揺していた。
「それじゃ、行こっか」
「はい」
それにしても不思議だ。どうして白妙さんは暗いだけのぼくを誘ってくれたのか。
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その日は一日中辺りをぶらついた。彼女なりに考えてくれたのか、金銭が発生する場所は最小限にとどめられている。
「はー、楽しかったー……」
「白妙さん」
「なにー?」
「どうしてぼくを誘ってくれたんですか?」
問いかけると、彼女はぐるりと振り返りぼくと視線を合わせた。
「私、あと数年で死んじゃうんだ」
「……え?」
そうですかと飲み込むにはあまりにも大きすぎる言葉だった。死。死ぬ?白妙さんが?
「その前にやりたいこと全部やっておきたかったから、クラスで唯一仲良くなれなかった君ともっと交流を深めたかった、ていうのが理由かな」
もう何も頭に入らなかった。彼女の博愛的感情も、屈託のない笑みも。
▫▫▫▫▫
「どうして、死ぬと分かっているのに勉強ができるんですか?」
「せっかくの学生時代を手抜きで過ごすのも勿体ないからね。やりたいことリストの内に君を超えて学年一位になるってのもあるし」
外出から数日後。勉強をしながら問答は続く。
「……辛く、ないんですか?」
「お父さんとお母さんには悪いなーって思うけど、やりたいように生きられてるから……まあ、満足かな。死ぬのは怖いけど」
それから詰問して分かったことは、彼女の病は二十歳になると心臓が停止するというものであり、現代医療では治しようがないということ。
ぼくにできることなど、初めから一つも無かった。
…………。
……。
──本当に、そうか?
▫▫▫▫▫
「「「大学合格、おめでとう!」」」
「わー、ありがとー!」
二十歳で死ぬのにも関わらず彼女は大学を受験し、合格した。言祝がれている白妙さんを横目で眺めながら、ぼくは指先を手繰っていた。
白妙さんが受験したのは国内屈指の難関校。ちなみにだがぼくもそこに受かった。
周囲の人間は白妙さんを笑顔で祝福している。もしかして、だが、彼女は友人に死ぬことを伝えていないのか?
「あ、そういえば間打くんも同じ大学受かってたよね。祝賀会来る?」
「……ぼくが、ですか」
取り巻きの一人からありがたくも誘いを受けた。とはいえぼくのような異物がいても気まずいだけだろうし、断ろうと口を開くが──
(き、て)
口パクで彼女は確かにそう言った。
「……では、お邪魔させていただきます」
▫▫▫▫▫
わいわい、がやがや。
やはりと言うべきか、彼女の友人は男女問わず多い。その一群に入っていく力はぼくにはなかった。ので、テラス席で一人黙々と食事をしていた。
「そういえば紗って間打くんと勉強してたよね。なんかあったりしないの?」
「ないない。間打くんとはそういうんじゃないから」
鋭敏な聴力はぼくの話題を一語一句逃さずにとらえている。やはり、彼女からしてみればぼくはただの道具なのだろう。共に出かけたのも『手入れ』のためだと思えば納得がいく。
このまま何もせずにいればぼくの初恋はもうすぐ終わる──何もしていなければの話だが。
「ふー、やっと抜けてこられたよ。間打くんはどう?楽しんでる?」
「……楽しんでるように見えますか」
「ごめんごめん。君にはちょっと特別な目的で来てもらいたかったんだ。食事は美味しいでしょ?」
特別な目的、とは。察するに、残りの寿命についてだろう。
「例の病気の件ですか」
「そ。私、あれから君に言われたことを思い返してみたんだけどさ。……やっぱり、生きたいなって思っちゃったんだ」
「……」
彼女の表情を見据える。整った顔立ちは途端に歪みだし──
「……死にたく、ないなあ。死にたくないよ……」
「白妙さん……」
彼女は泣いていた。ぼくの胸に顔を押しつけ、涙を流しながら命を希っていた。
「……あと数ヶ月待っていてください」
「……え……?」
「あくまでも可能性なので期待はしないでもらいたいのですが……少し策を講じています」
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「やっほー、来たよ。それで、話って何?」
「あなたの病気についてです」
心臓が早鐘を打つ。喉が渇く。指先が震える。それでも、これは彼女に伝えないと。
「改めて確認しましたが、白妙さんの病は現代の医療技術では治しようがありません」
「……そうだね。先生もそう言ってたよ」
「ですが、未来なら、或いは違うかもしれません」
「……?でも私はあと二年で死んじゃうよ?」
「こちらをご覧ください」
書類を手渡す。
「?なになに……──コールドスリープ?」
「白妙さんの病に対する治療法が分かるまで、特定の医療機関で所謂″冬眠″をするんです。もっとも、時間は冬眠の比ではありませんが」
「……でも見たところすごいお金がかかりそうだよ?うちのお父さんの稼ぎだと払えそうにないと思うし……」
「金はぼくが出します」
「え?」
「少し前に起業したんです。事業も波に乗ってきたので、維持費も含めて払いきれます」
「……??色々聞きたいんだけど、なんでそこまでしてくれるの?」
ぼくはあくまで彼女の道具。それでも、ぼくにとって白妙さんはただ一人の初恋相手。多額の資金がかかろうと、どうってことはない。
……なんて、こっぱずかしい告白はできない。だからぼくは何も答えなかった。
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その日はすぐにやってきた。ぼくの提案には白妙さんの家族も好意的に賛成してくれたし、後は医療が発展するのを待つだけ。
今後はぼくが立ち上げた会社を経営しながら大学に通い、卒業までにどうにか彼女と添い遂げる方法を探す。
生きたい。それはぼくも同じだ。だが、そう思わせてくれたのはただ一人、白妙さん。
ぼくは彼女と同じ未来を歩みたい。たとえ道具に過ぎなくても。
「何から何までありがとうね、間打くん」
「お気になさらず」
特殊なカプセルの中に入る二分前。最後の挨拶を済ませてから彼女は重い扉の向こうへ消えていった。
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「ふー……」
これから忙しくなる。大学生活に加え会社の舵取りをしながら、できるだけ長生きする方法を探さなければならない。
そういえば、社員も数人抱えていた。流石に業務連絡用にスマホを使えるようになっておかないと。
「?」
メールが一件。送り主は白妙さん。
「────え?」
書かれていたのはたった一文。
『好きでした』
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向日葵が咲いている。照りつける日差しは強く、むせかえるような熱気が夏の到来を如実に示していた。
ぼくはあまりにも青い空を仰ぎながら、拳を握り締めた。
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知らない誰かがこう言っていた。
『人を幸福たらしめるのは、その人が紡いできた感謝の数による』
私にとって、毎日が奇跡だった。逃れられない死を突き立てられながら生きる日々は、どれも新鮮で楽しかった。
だから感謝をした。私を産んでくれた両親、仲良くしてくれた友達、指導してくれた恩師。
それでもどこかで線引きがあった。
私は二十歳で死ぬ。だから悲しみを残さないためにも深い間柄を作ろうとはしなかった。
間打杳くんと関わったのも、当初はある程度仲良くしたい、そして彼を抜いて学年一位になりたいという、打算的な感情によるものだった。
彼は機械のような人だった。誰とも関わらず、誰にも裡を曝け出さない。だから躍起になって振り向かせようとしていたら──好きになってしまった。
せっかくの学生時代なんだから勉強は手を抜かずにいたいと思って協力を求めた筈が、ドツボに嵌まってしまった。病気の件も、誰にも話さないつもりだったのに。
最低だけど、私は彼に悲しんでほしかった。彼の傷になりたかった。生きられないなら、せめて深い痕を残そうと。
そんなことを思っていたら、未来に生きる道までつけさせてもらった。本当に、彼への恩は返しきれない程に溜まっていた。
この病気は難病だ。きっと、彼は私が眠っている間にいい人を見つけてくっついちゃうだろう。
だからせめて、この思いだけは伝えたかった。
引いてるかな。引いてるよね。ごめんね、間打くん。
目を閉じる。はてさて、次に起きるのはいつ頃になることやら……。
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「……あれ?」
カプセルが開いている。起き上がろうとしてみても、体が言うことを聞かない。
「ああ、急に起き上がらないでください。あなたはまだ目覚めたばかりなのですから」
聞き覚えのある声。少し低くなっているけど、これは、というか、これが未来の世界?何かすごい長い夢を見ていたような気がする。
「……え?」
掠れた声が喉から飛び出す。だってそこにいたのは、
「おはようございます、白妙さん」
彼は、慈しむように微笑んでいた。