機械のぼくから、ただ一人のあなたへ。   作:散髪どっこいしょ野郎

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後編

「……」

 

 

 今日もプログラムにバグは無し。タブレットの画面に映し出された映像に暴力的な影は無かった。

 

 

「……行くか」

 

 

 今日が()()()だ。ぼくは増築された彼女専用病棟に足を運んだ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 一面を埋め尽くす白。無機質な部屋の中、鎮座するカプセルの中で眠っているのが彼女、白妙紗さんだった。

 

 白妙さんの病は治しようがないもの()()()。あれからぼくは会社の経営に勤しみながら大学院を卒業し、医学研究者に。

 

 それからは彼女の治療に全てを尽くした。昼夜問わず研究を続け、己の体を少しずつ改造する日々。金は腐るほどあったためコールドスリープから百年が経つ頃には自分の『スペア』を作ることもできるようになった。

 

 ……無駄話が過ぎた。とにかく、今日から白妙さんは自由だ。もう病に蝕まれることがないまま羽ばたける。

 

 

「……」

 

 

 コマンドを入力し、カプセルを開く。目覚めるには数分かかるので少し野暮用を済ませるか。

 

 タブレットを開く。

 

 

「……あれ?」

 

 

 数分後。困惑したような声が部屋に響く。ぼくはずっと、あなたを待っていた。

 

 

「ああ、急に起き上がらないでください。あなたはまだ目覚めたばかりなのですから」

 

 

 諭すように優しく、歌うように軽やかな言葉が口からまろびでる。

 

 

「……え?」

 

「おはようございます、白妙さん」

 

 

 いつからだろうか。ぼくは笑顔が得意になっていた。

 

 2259年11月5日12時45分。白妙さんは目覚めた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「えーっと……おはよう?」

 

「はい、おはようございます」

 

 

 困惑が抜けないようだが、少しずつ慣れてくれればいい。二百年以上眠っていたともなれば社会の変化もとてつもないものだろう。

 

 

「その……今、何年?」

 

「2259年です」

 

「……え……?……私……二百年以上眠ってたの?」

 

「治療法が見つかってよかったです。この体のぼくの寿命はあと五百年ぽっちだったから」

 

「え?五百……え……?あ、間打くん今何歳なの?」

 

「ちょうど250歳です」

 

「……ごめん、話が頭に入ってこないというか……」

 

「大丈夫です。時間は十分(じゅうぶん)にありますから。まずはある程度動けるようになりましょう」

 

 

 指を鳴らすと、数体のアンドロイドが部屋にやってくる。混乱を招きかねないがその時はその時だ。

 

 

「……え?え?誰この人たち……?」

 

「人ではありません。アンドロイドです」

 

 

 アンドロイドに支えられながら、白妙さんは補助機械を取り付けていく。長らくコールドスリープをしていたことでいきなり体を動かすと負担になってしまう恐れがあるが、それは彼女の体に埋め込んだナノマシンがなんとかしてくれる。

 

 

「部屋へ案内します。ついてきてください」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ここが白妙さんの部屋になります。生活の補助はアンドロイドがするのでお気になさらず」

 

「……」

 

 

 未だに混乱しているようだが、それは仕方ない。ぼくが逆の立場でも同じような反応になるだろう。

 

 

「……私の、両親は?」

 

「……亡くなりました。ボイスメッセージを残してありますが、聞きますか?」

 

「…………もうちょっと後でいいかな」

 

 

 この世界の人間はぼくを除き普通に生きて、死ぬ。ぼくの体に施された″処置″は自己人体実験も兼ねてあるため、まだ試験の最中だ。

 

 

「……間打くんはどうして生きてるの?」

 

「体の部位を機械化しました。脳と肢体も培養してあるため寿命が伸びたのです」

 

「質問ばっかりで悪いけど、私の病気はどうなったの?」

 

「もう完治しています。一般の方と同じように生きられますよ」

 

「…………」

 

 

 ゆっくりと、現実を咀嚼する白妙さん。意を決したようにぼくを見据え、口を開いた。

 

 

「今……世界はどうなってるの?」

 

「戦争も飢餓もありません。社会問題も94%解決したため、幸福指数も非常に高くなっています」

 

 

 ぼくの会社や権限は世界に影響を与える程強く確かなものになった。そう、例えるならこの世界に──

 

 

「ぼくは楽園を創りました」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めてから一週間が経過した。私の体は嘘みたいに軽く、激しい運動もできるようになった。間打くん曰くナノマシンがどうとか。

 

 私が住む家は街全体をぐるりと見渡せる程高い位置に建設されており、調度品も含めてかなり高級そうな印象を放っている。

 

 

「……お父さん、お母さん」

 

 

 ボイスメッセージを聞いた。本当は育ててくれた恩を返したかったけど、その前に亡くなってしまうなんて。

 

 悲しみはある。だけど、どこか現実味が無い。

 

 間打くんは一週間に一度顔を見せる。会社を経営している都合上それが最大の歩み寄りだと、アンドロイドが答えていた。

 

 

「白妙さん、入っていいですか?」

 

 

 ドアの向こうから聞こえる間打くんの声。この楽園の創造主。なんだか私の知っている彼から遠く離れてしまっているように感じた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「一緒に散歩したいんだけど……いい?」

 

「分かりました」

 

 

 間打くんは穏やかに微笑んでいる。……そういえば、私、コールドスリープに入る直前にこの人に告白したんだった。

 

 外に出る前、エレベーターで下の階に下りながら、私の口を衝いたのは最悪の言葉だった。

 

 

「君は、本当に間打くんなの?」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 日本どころか、全世界の犯罪率は大幅に低下した。ぼくが開発したアンドロイドたちの台頭、機械化された社会は、この地球にこれ以上ないほどの安寧を(もたら)していた。

 

 環境問題も永久機関の完成によって無事解決。この星は地球を超え、新たな世界──宇宙に足を踏み入れ始めていた。

 

 とまあ長々と語ってきたが、これらはあくまで()()()でしかない。白妙さんと添い遂げるための努力からおまけに付いてきた余剰資金のようなものだ。

 

 だが、懸念していた事態は確かにあった。ぼくの体は機械に置き換えられ、唯一の脳ですらコンピューターで分析、複製可能となってしまった。

 

 そうやって体を『上書き保存』した分、元の人間だったぼくは死んでいった。

 

 かつて脳だけは生かそうと四苦八苦していたのだが劣化は避けられず、現在に至る。全てを電子情報に変えたぼくは、本当に間打杳なのか?

 

 

『君は、本当に間打くんなの?』

 

 

 その疑問も尤もだ。ぼくは遥か昔に死んでしまったのかもしれない。

 

 

「……間打くんはやっぱりすごいね」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 散歩の帰り道、不意にそう呟かれた。

 

 あの頃とまではいかなくとも、様々な場所へ足を運んだ。全て機械で管理された水族館、人間の職業として根強い人気を誇る食事処、子供たちが駆け回る公園……。

 

 もしも彼女の気持ちが変わらないのであれば、告白しようと思っていた。地位も名誉も全て捨てるつもりだった。

 

 

『君は、本当に間打くんなの?』

 

 

 だけど、かつて白妙さんが惚れていた間打杳はこの世にいない。あるのは一人の『代行者』だ。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、白妙さん。ホットコーヒーを淹れました。どうぞ」

 

「……ありがとう」

 

 

 あれから色んな世界を見てきた。道行く人々は誰もが笑顔で、間打くんを称えている。

 

 彼のことは今でも好きだ。無愛想で、優秀で、優しかった間打くん。

 

 だけど今ここにいるのは私の好きだった彼とは違うのではないか。そんな疑念がいつまでも首をもたげている。

 

 

『君は、本当に間打くんなの?』

 

 

 だから、あんなことを言ってしまった。私の大恩人に対して、存在を疑うような言葉を。

 

 

「今日はフィリピンにでも行きましょうか?」

 

「……間打くんがいいなら」

 

 

 私は今、ちゃんと笑えているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 二十年が経過した。世界は愛を育み、誰もが平等に幸せを掴んでいる。……ぼくらを除いて。

 

 どことなくぎこちなさを覚える。彼女の視線、仕草、笑い声。ぼくが愛していた全てが、異音を立てて捻れている。

 

 『散歩』の頻度が増えた。ぼくは今も社長で在り続けている。体の複製技術も近いうちに社会へ広まるかもしれない。

 

 

「ねえ間打くん」

 

「なんですか?」

 

「今になって言うのも変だけどさ、私、ずっと無職だよね」

 

「お望みとあれば職を用意しますが」

 

「私はもうおばさんだし、今更役に立てないよ。そうじゃなくて……ありがとうね、私を今日まで生かしてくれて」

 

「……はい」

 

 

 ……言い出せない。言い出せるわけがない。

 

 あなたも、ぼくのように生きてくれなど。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、白妙さん」

 

「うん。おはよう」

 

 

 いつからか間打くんは私と寝食を共にするようになっていた。示し合わせたわけでもなく、自然な形で。

 

 毎日アンドロイドがベッドメーキングしてくれているため寝心地は毎晩最高だ。

 

 

「「いただきます」」

 

 

 朝食はブルーベリージャムを塗ったトーストとサラダ。どれも味が良く、値段の高さが伺える。

 

 最近彼はよく私の傍にいる。会社の経営はとっくに順風満帆だったため、部下に一通り任せて重要な所は自分が顔を出すようになったらしい。

 

 私は、未だに独り身だ。多分死ぬまでそうだろう。

 

 ここまでしてもらって今更離れるなんて鬼畜の所業が過ぎる。かといって『彼』が好きだと胸を張って言えるわけでもない。最低だ。最低の人間だ、私は。

 

 

「ね、間打くん。今日は様栖門に行こうよ」

 

「分かりました」

 

 

 席を立つ。……とまあ、私は何不自由なく生活できていた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ふー……まさか犬に囲まれるとは思わなかったよ」

 

「懐かれてましたね」

 

 

 それからは散歩する犬たちに群がられたり、かと思えば彼には一匹も興味を示さなかったりと、ハプニングがありながら一日を終えた。

 

 

「夕飯はどうする?」

 

「只さんの所に行きませんか」

 

「いいね。じゃ、行こっか」

 

 

 只さんとは、少し前に顔なじみとなった飲食店を経営している人。アンドロイドが食事を提供する昨今でも根強い人気がある方だ。

 

 私と間打くんは並んで歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 それからさらに四十年経った。ぼくは変わらず二十代の頃の容姿で、対する彼女は日に日に老いていった。

 

 結局ぼくは彼女に人間のまま生活させた。バックアップも取っていない。死んだら、白妙紗という人物は完全に消える。

 

 だからこそ命は美しい。終わりがあるから、誰よりも輝ける。

 

 故に、ぼくの体に施した″処置″はどこにも公開しないことにした。側近は口惜しげにしていたが最終的には納得してくれた。

 

 ぼくも、彼女が死ねば生きる意味はなくなる。忌々しい延命策ともお別れになる──筈だった。

 

 

「間打くん」

 

「はい、なんでしょう」

 

「今日が動ける最後になりそうだから……少し、一緒に歩かない?」

 

「分かりました」

 

 

 彼女を支えながら病室のベッドを起こす。命の終わりが近づいた体からは、煤のような匂いがした。

 

 

「……今日まで、長かったね」

 

「……そうですね」

 

 

 その言葉に込められた意味をぼくは知らない。だがそれでいい。全てが終わりに揺蕩っていくのだから。

 

 

「は──あ──」

 

「お疲れのようですね。部屋に戻りましょうか」

 

「……うん。じゃ、お願いしようかな」

 

 

 彼女をおぶさって病室に戻る。機械で身体能力が強化されてあるのもあるが、綿のように軽かった。

 

 

「よい、しょっと」

 

「ふー……ありがとう」

 

 

 今日はもう終わりにして、明日また歩こうか。そんなことを考えていると白妙さんは諦めたように笑っていた。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「ふふ……ちょっとね。ねえ間打くん。今日はもうちょっと隣にいてくれない?」

 

「?ご所望とあれば」

 

 

 手を挙げていたので、両手で包み込む。そうすると彼女は眩しそうに笑っていた。

 

 

「……なんとなく分かるんだ。多分もう少しで、私は終わる」

 

「……そうですか」

 

 

 覚悟はしていたことだ。最後まで、ぼくは自分の気持ちを伝えられない。だがそれでいいじゃないか。初恋なんて大体が散っていくものだろう。

 

 

「呪いになっちゃうけどさ、やっぱり君にはできるだけ生きててほしいよ」

 

「……分かったよ、白妙さん」

 

「間打くん」

 

「はい」

 

「私──、…………」

 

 

 もう、死んでいた。

 

 

「……さようなら、白妙さん」

 

 

 手を離す。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「今日も異常なし、と……」

 

 

 タブレットを操作しながら世界の状況を読み取る。犯罪は少なく、今日も誰もが健やかに生きていた。

 

 できる限り生きていてほしい。それが彼女の遺言だ。ならば、機械だろうとスペアだろうと最後の最後まで生きなければならない。まったく、重い願いを託されたものだ。

 

 

「……行くか」

 

 

 おもむろに開け放たれた窓際へ立ち、上空数百メートルから世界に向けて飛び立った。

 

 なんとなく秘密にしていたのだが、ぼくは空を飛べる。そうして出かけた先は、日本海にあるぼくが作った島だった。

 

 

「……来ましたよ。白妙さん」

 

 

 ここは、たった一人のために作られた墓場だ。彼女がそれを望んでいた。

 

 

「今日も、楽園は平和です」

 

 

 ぽつりぽつりと、世界情勢を語る。歌うように、諭すように。

 

 それこそが、機械のぼくから、ただ一人のあなたへ捧げるアンソロジー。

 

 

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