武士娘転生 剣の聖地にTS転生した忠犬の奮闘記 作:斑模様のキャットフィッシュ
気がつけば私は泣いていた。
男たるもの苦しかろうと悲しかろうと声を張り上げて泣くものではないはずだが、そんな自分の意識を大きく飛び越えて腹の底から吐き出すように私は泣き続けていた。
「──ス、───エリス、産まれたぞ。元気な…女の子だ…」
「そう、最初は男の子が良かったけど…仕方ないわね。
今から名前を考えないと……早く私にも見せなさい!」
「しかし…いや…お嬢様、初産だったんだ。
今はゆっくり休め…すぐに決めなければならんわけじゃない…」
暗闇の中で聞いたことのない女の、聞いたことのない言葉が聞こえる。
(私は病で死んだはず…此処は黄泉の国か何かか?)
泣き疲れた私は乱暴に揺すられ息苦しくなりながら既に朧げな自分の記憶をたぐる。
産まれつき病弱だった私の生涯は床に伏せるか竹刀を振るう記憶しか無い。
世継ぎどころか息子として人前に出る事もできない産まれ損ないの私に母はとてもよくしてくれていた。
私の産まれた家とその役目、武士としての在り様、学ぶべき事に仕えるべき人、物覚えの悪い私に根気強く寄り添ってくれた母の教え。
私は心の中でそれらを果たせるはずのない寝物語のように感じていた。
私にとっては全てが遠すぎたのだ、竹刀を構えるだけの事に四苦八苦で教えられた通りに振るう事すらままならなかった私に母の説く「役目」は余りにも遠すぎた。
───そして私はなんの役目も果たさず、かけられた期待に応える事もなく元服を前に無様に死んだ。
(輪廻の輪があるのなら、どうか次こそ役目の果たせる生涯を…)
「エディト!今日も行ってくるわね!あなたもギレーヌの教え通り頑張りなさい!」
「はい、かあさま。」
エディト・グレイラット それが新しい私の名前だ。
母はエリスで、父はルーデウス(会った事はない)、師匠がギレーヌだ。(ばあやと呼ぶと渋い顔をされる)
私は確かに死んでいた、死んで、黄泉の国へと渡ったつもりだったがどうやら異国の武士の娘に生まれ変わったらしい、言葉を覚えるのにとてもとても苦労した。
私の歳は三つで、もう四月も過ぎれば四つになるらしい。(この国は寒く、季節の移り変わりがとても分かりにくい)
「ではエディト、今日も形稽古の前に少し走るぞ。」
「はい、ししょう。」
言葉少なに歩き出すギレーヌを追って短い手足を振って必死に走る、これが終われば形稽古だ。
ギレーヌは獣の耳と尾を持つ銀髪の剣士だ。今世の母様の家に仕え母様と父様に剣を教えた強き人で、今はこうして私にも剣を教えてくれている。
初めに母様とギレーヌの髪を見た時はとても驚いたものだ。
血の色をした髪を振り乱す女と獣の姿をした妖にしか見えなかった、この国ではさして珍しい色でもないようで、言葉も分からぬ身では慣れるまでとても苦労をした。
この身体は女でありながらとても頑丈だ、頭も視界も冴え渡り鍛えれば鍛えるほど強くなるしこの国であれば女でも剣士になることが許される。
根を詰めすぎてはいけないとすぐに休まされるのが惜しいほどだ。
しかし───
「ごめんなさい、ししょう」
「……何度も言っているだろうエディト、いやお嬢様。
お前が謝るようなことではないしお前のお母様も気にしてはいない、師匠の鼻を疑うのか?」
「ちがい、ます。」
「安心しろ、お前は間違いなく二人の子供だしお前の父は強くて懐の深い男だ。髪の色の一つや二つでお前を疑うような愚か者ではない。」
私の髪は茶髪らしい父とも母の赤髪とも違うらしい。
違うだけならばまだいい、しかし……どうやら私は今世でも産まれ損ないならしい。
忌むべき魔性の色、若草色の頭を隠すために被らされた帽子を強く掴む。
『あなたは1番上のお姉様なのよ!ルーデウスに会って、弟や妹ができたらあなたが守ってあげるのよ!』
『はい!かあさま!』
(髪を晒して出歩くだけで悲鳴と石をぶつけられる有り様では、守るどころか敵を増やすだけではないか)
「つよくならないと…!」
「うむ、その意気だエディト!髪の色などで口を挟まれないほどに強くなればいい、お前にならできる!」
強くなるのだ、父様にも母様にも迷惑をかけぬほど、増えた敵も手を出せないほど、それが私に期待された「役目」なのだから。
1話はここまでです。
エディト君ちゃんは父親のラプラス因子を受け継いだ緑髪の呪子でピーキーだけどその内かなり強くなる予定です。
あと、緑髪なせいで人を雇うわけにもいかずエリスとギレーヌがある程度子育てに慣れるまで何度も死にかけました。