武士娘転生 剣の聖地にTS転生した忠犬の奮闘記 作:斑模様のキャットフィッシュ
────エリス視点────
剣の聖地を飛び出し魔法都市シャリーアにやってきた2人の剣王。魔術の腕と知見こそが何よりの誉とされるこの地で、誰1人口を挟む余地のない力と威容を見せつける彼女達は一躍時の人となっていた。
しかし当の本人は浮き足立つ外野の声なぞどこ吹く風、今日もグレイラット邸で頭を悩ませていた。
───そう、仕事が無いのである。
娘のエディトは屋敷に住み出した次の日にはアイシャの後をついて回り仕事に混ざっていたというのにいざ自分が混ざってみれば失敗続き、シルフィの大事にしていたまな板を壊してしまった時は自分より先にエディトが顔を青くして謝っていた。
娘に何の悪気もなくフォローされ自分の失敗で頭を下げさせたことに深い焦りを感じているのである。(シルフィとロキシーには剣士としての自分を認めて貰えたがそれとこれとは話が別だ)
本来であれば深く引きずりすぎる事なく前向きに行動できていたはずだが…同じく迎え入れられる立場として剣の聖地から連れ立ってきた人間、それも普段から我慢させてばかりの幼い娘よりも家の一員として役立てていない事実が焦れる思いを忘れさせてくれなかった。
休日で稽古に熱を入れているノルンに手解きをしながら自分なりに稼げる手段をああでもないこうでもないと探し続ける。(家事に関しては同じく始めたてのエディトが見て覚える方針でアイシャに食らいつくのに全く追い付けなかったので時間をかけて学ぶ事となった)
………が、長々と考えても何も浮かばなそうなので早々に切り上げてもう一度ルーデウス以外の面々に相談する事にした。
「仕事も何も母様、剣王として弟子を取れば良いではないですか。」
「エディト…軽々しく剣王に弟子を取れなんて失礼では…」
「それもそうね!どうして気づかなかったのかしら!」
「ええっ!?それでよかったんですか!?」
ロキシーも同じ考えを持っていたようだが剣王としてのプライドに配慮して言い出せなかったらしい。もちろん自分にそんな事を気にするつもりはなく、師匠として弟子を持てる事には寧ろ心が躍るほどだ。
「師匠…私に務まるかしら……」
「大丈夫ですよ母様、道場を建てた次の日には弟子入り志願者で大賑わいです!」
真っ先にエディトが激励し、他の面々も次々に同意してくれる。
確かに悩むまでもない事だった、自分だからこその仕事が見つかって漸く張り詰めていた緊張のようなものが解けた気がした。
「ありがとうエディト、お母様もこれから頑張るからね。」
そう言ってエディトの頭を撫でる。今は屋敷の中で帽子に隠れていない緑髪がくしゃくしゃと揺れた、かつて3年の旅を共にしたルイジェルドと同じ色の髪である。
中央大陸に限らず緑髪は不吉そのもので、こうして帽子を外してくれるのも家族の前だけである。かくいう自分も初対面だった頃はルイジェルドに対して大いに怯えたものだからこればかりはどうしようもない。
無論今では自分もルーデウスもそんな事は全く気にするつもりはないが、周りまではそうもいかずこの子には産まれた時から苦労をさせてしまった。
今思えばただでさえ父親であるルーデウスに会えない状態だったというのに修業にかまけて満足に構ってやれず、自分は良い母親とは言えなかった様に思う。
世話を任せきりだったギレーヌとも別々の場所で暮らすようになった今、もう一度シルフィやロキシー達に任せきりになるような事だけはしたくない。
妻としても母親として立派にあろうと決意した彼女は、避けられがちだったルーデウスと向き合う意志を固め直した。
────エディト視点────
この家に住むようになってからはや十日、ついに母様が動いた。
この十日間で私も含めそれなりにこの家に馴染んだつもりではあるが母様と父様の関係だけはそうもいかなかったのだ。
父様を前に緊張して睨みつけてしまう母様とそれに怯えて逃げ出す父様とでのイタチごっこは見ていて本当に胃が痛かった。
落ち込む母様に怖がらせてしまっていると伝える事もできたが娘にそんな事を告げ口される父様と5年ぶりの思い人に怖がられている母様両方の立場を思うとそんな残酷な事は言えるはずもない、
一応私を間に挟めば最低限の会話はあるが、勢いに任せて猫可愛がりする時以外は父様も距離感を図りかねており中々踏み入ったところまでは行けなかった。
つい先ほどもロキシー母様と抱き合うところを母様と2人で覗き見るような事になり、父様の『きゃぁ!』という聞きたくない悲鳴を聞かされた。
一つ屋根の下でそんな事が長続きするはずもなく、父様は不意にかち合った母様にトチ狂ったのか胸を揉みしだいて殴り伏せられる。
………1日の内に何度も父の見たくなかった姿を見せられる私の身にもなって欲しい。
しばらくの間母様が父様を膝枕する形で話し合った後、何を思ったのか木剣を持って2人で庭に出ていた。(覗き見るような無粋をする気は無いので早々にその場を離れたから詳しくは知らない)
方や何でもできすぎてともすれば繊細で甘くも見える気質を曝け出せず摩耗した父様、方やできる事とできない事がハッキリしすぎて己の弱さにも相手の弱さに気づかず深い傷を作った母様、思えば噛み合わない2人である。
互いが互いを思うが故に、互いが互いの不足を埋め合えるが故に、これまで2人の歩幅は揃わなかった。
だが、母様が動くと決めた以上私はもう心配していない。
2人とも心身共に強く愛の深い人間なのだ、どちらかが歩み寄ればそこに溝は産まれない。
またお互いに引っ張り合って歩める事だろう、そこで行き違いがあったとしてもシルフィ母様やロキシー母様が2人の手綱を握ってくれるはずだ。
その日の夕食の場で母様が3人目の妻として正式に迎え入れられた事を伝えられた。
エディト君ちゃんは愛されて育った素直な子だから周りの善性や愛情自体は一切疑わないけどルディエリ視点だとかなり申し訳なくて一歩間違えるとお通夜みたいな空気になる。