武士娘転生 剣の聖地にTS転生した忠犬の奮闘記 作:斑模様のキャットフィッシュ
借りてきた猫の様になった母様がシルフィ母様達に風呂場に連れて行かれてはや数分、3人目の妻を娶った父様はミリス教徒であるお婆様に小突くような折檻を受け続けている。
まぁ、信じる神が違うとは言っても息子が自分の信じる教えと真逆を行けば腹も立つだろうし私が庇える事でもない。2人の妹御からもチクチクと小言をもらい肩を狭める父様の姿に心の中で手を合わせた。
家の人間が増えたという事でリーリャさんがお婆様と共に別の家に移り住もうかと提案したがそこに関しては父様がハッキリと却下していた、働けなくなった親を養うのも家長の役割であるから当然だ。
お爺様が早くに死んでしまい生家の親と姉妹の責任も丸ごと負う事となったが、それでも迷いなく面倒を見ると言い切った父様の姿に尊敬の念を深めた私は隅の方で様子を窺っているギレーヌに声をかけた。
「ギレーヌ、父様と母様の事、ありがとうございます。」
「うむ。エディトお嬢様も達者で暮らすのだぞ。」
彼女はこの十日間別の宿を取って過ごしていたが今日だけは我が家で一緒に食卓を囲んでいる。父様と母様が木刀を持って庭に出た後一緒に屋敷に戻ってきた事を考えれば、彼女が2人の剣の師匠として何かしら仲を取り持ってくれたのだろう。
そうしてギレーヌも二言三言母様と私を託すような事を父様に伝えて、肩の荷が降りたと言わんばかりに曾祖父様達の仇を殺しに行くと宣言した。
元々そうすると聞いていた私は口出しする気もなかったが、仇が誰かもハッキリせずどれだけいるのかも分からない状態で手当たり次第に殺すと言い出した時は頭を抱えたくなった。それでは仇討ちの取り決めを完全に無視した辻斬りになるではないか。
私がどうやって止めたものかと頭を悩ませていると父様が敵に回り得る人間として水神様と北帝のオーベール殿を挙げ、1人では無理だからと流れる様に貴人との挨拶の場を取り付けてギレーヌを説き伏せる。
父様の挙げた『アリエル・アネモイ・アスラ』という貴人はシルフィ母様の主君であり無二の友で、現在御家争いの真っ最中である南のアスラ王国の継承者候補らしい。
転移災害の混乱がきっかけでシルフィ母様と出会い、この地にまで流れ込んできたと言うアリエル様に協力して御家争いに貢献できれば、当時曾祖父様を貶めた外道どもを大義名分の元に討つ事も可能だろう。
「一応、彼女と会って話してみてください。」
「お前が言うならそうしよう。」
亡き主君の仇討ちが絡む問題でありながら、ギレーヌが一切の文句も言わず信じる姿に改めて父様の偉大さを実感する。先ほどまでは白い目を向けていた妹御達も素直に目を輝かせていた。
戦士としても龍神オルステッドが認めるほどの実力を持ちながら膨大な人脈とそれを繋げて連携させられる能力に魔術師として開発した新たな技術の数々、母様が一度自信を喪失したのも責められないように思えてくる。
父様と関わりのある人物がギレーヌの後ろ盾となってくれるという事になり、これからもまばらながらギレーヌと会う機会もあるのだと
心の痼りが取れた私は非常に心地良い眠りにつく事ができた。
────閨から絹を裂いたような父様の喘ぎ声が聞こえてくるまでは。
次の日の朝。
シルフィ母様達と並んで朝食の支度をしている最中にもう一度掠れるような父様の声が漏れ響いて来て、艶々とした表情の母様だけが朝食の場に現れた。我が両親ながらとんでもない爛れようである。
朝食を終えた母様は庭で嬉しげな顔で素振りをしている、道場がすぐに建つわけでもなく龍神オルステッドの配下として振り回される事も視野に入れてまだまだ腕を磨くつもりなのだろう。
しばらくして昨晩より幾らか窶れたが満足げな顔をした父様が降りて来たかと思えば、アイシャさんから受け取った手紙を読んで顔を青くしていた。
父様とオルステッドの戦いから既に十日が過ぎている。
魔力を含め父様も全快と言ったところだろう、あの手紙はそれを見越したオルステッドからの呼び出しという事だ。
配下として身嗜みを整えた父様が家を出て私もそれを追おうとするが、同じく父様を尾行していた母様に捕まり留守番をしている様に厳命された。
歯痒い思いを噛み締めながら2人を見送った私は、せめて万全の状態で両親を出迎えようと全力で家事に打ち込むしかなかった。
夕日が沈む頃…父様は母様と手を繋ぐ様にして帰ってきた。
父様は疲れを癒すかの様にルーシー様に頬擦りをして泣かれ、シルフィ母様にこんこんと叱られた後私に頬擦りをして母様に拳骨を落とされた。
次の日も父様はオルステッドの元へ出かけて行った、今度は母様にも家で待つように指示を出しているので概ね主従関係は良好なのだろう。
一方の私はここ幾月オルステッドとの戦いに備えて出費も嵩んだと言う事で、留守の間にアイシャさんと2人で金庫内の整理をする事となった。
魔石や宝石などは等級ごとに分けて袋に纏めて数の書かれた札を括り、金・銀・銅貨も一枚一枚丁寧に数えていく。(本州の小判に比べて随分と小さい…いや、幕府の庇護の無い土地で金貨が出回っているだけでも十分か)
「あれ?見た事ない袋がある…うわっ!何この魔石!?」
「色付きの魔石って確かかなりの高値になるのでは…?この短剣も母様の魔剣に負けず劣らずの逸品に見えます。」
「……うーん、こんなの一月前までは無かったし…魔石はともかくこの凄そうな短剣とかはエリス姉が持ってきたんじゃない?」
「いえ…私達は最低限の路銀しか持ってこなかったのでそんなはずは…」
「あっ、お兄ちゃんの腕輪と同じ龍神のマーク……これ、オルステッドのだ……」
つまりは昨日父様が出向いた時に下賜された物と言うことか。
初めて配下として呼びつけた日にこれだけの品を送るとは…オルステッドに取っても父様はそれだけの価値のある人間ということだ、そうそう無下に扱われる事は無さそうで結構な事である。
辻斬りが横行したり仇討ちが法律で認められて一種のセーフティネットになってた江戸時代も六面世界に比べれば全然平和で、調べれば調べるほど統治システムの安定感に驚かされてます。