武士娘転生 剣の聖地にTS転生した忠犬の奮闘記 作:斑模様のキャットフィッシュ
父様達がアスラ王国へと旅立ってはや一月、私は久々に食卓に並んだ米を大喜びで頬張っていた。
前世ではどろどろに煮崩したお粥しか食べられなかっただけに、炊き立てホカホカの米をそのまま食べられる喜びは何度味わっても衰えない。
特にこの『ナナホシ焼き』という天ぷらがとても米に合うのだ。肉を醤油がわりのソースに漬けて油で揚げるという余りにも乱暴なこの料理を父様は『罪の味』と言っていた。
実際にナナホシ焼きと米が揃った食卓では私も父様も普段の倍ほど箸が進んで危うく備蓄の米を食べ尽くしかけたほど、父様の表現は正しく的を射たものである。
「…エディトって本当にお米好きだよねー」
「もちろんですよアイシャさん、米は命の源ですから!」
「またお兄ちゃんみたいな事言ってる…」
そう言ってアイシャさんは私の顔を見つめてくる。
「…どうしました?」
「いや、一緒に暮らしてなくても似るもんなんだなーって…痛っ!?」
「アイシャ!少しは言い方を考えなさい!」
いつものようにアイシャさんの少し語弊のある物言いをリーリャさんが頭を叩いて注意し、隣で見ていたお婆様がルーシー様の頭を撫でる。(ロキシー母様は既に学校へと出勤した。)
メイド親子や忌子の私も同じ食卓で談笑が許されているようにグレイラット家の家族仲は非常に良好で、当初一抹の不安を抱えていた私を他所にとても穏やかな毎日が続いている。
後は父様達が無事に帰って来れば言う事無しなのだが…相手は現人神である水神様と天狗のオーベール殿、隠密のためとはいえ鎧を着けずに出陣する羽目になった父様は苦戦を強いられる事になるだろう。
「ワオーン!」
「…!ご馳走様でした。
アイシャさん、レオが呼んでいますので少し散歩に行ってきます。」
「おっけーそれじゃあ帰りにザノバさんの所に寄って来て、今日は夕飯の支度手伝わなくていいから!」
「分かりました、いつもの用件ですね。」
「アイシャ、エディト様をアゴで使うような言葉遣いはやめなさい…」
剣神流中級の認可を受けており仮に体力が尽きてもレオの背中に軽々乗せられる私は父様達が家を空ける間の散歩も担当している。
帽子を目深に被って緑髪を隠し、ギレーヌから送られた短剣を佩いて上から外套を羽織ったいつもの格好で散歩に出る。エリス母様は動き辛そうだと渋い顔をするが、水神流と北神流も最低限扱える私は厚着の方が戦いやすいので今の格好を変えるつもりはない。
何より仮にも今は女の身、庶子とは言えグレイラット家の長姉が腹や足を剥き出しにするような下品な格好をするわけにはいかないのだ。
レオを引き連れての散歩は手慣れたもので、最近は街の様子をじっくりと眺める余裕も生まれ始めた。
ラノア魔法大学のお膝元だけあって市場は活気に満ちており、サイレント・セブンスターという人物の広げた販路のお陰で各国からの名産品や衣類を扱う店もチラホラと散見される。
ここには何度も買い出しに寄っているので顔見知りも多いが、私が父様の娘という事で声をかけてきた子供達は魔族退治だと襲ってくる悪童を容赦なく殴り返していく内に誰も近づいてこなくなった。
少し市場を離れれば冒険者ギルドがあり、そこでは魔物退治に精を出す傭兵や荒くれ者で溢れかえっている。(これに関しては街道整備や獣避けができていない証拠だから手放しには誉められないが。)
ギルドから少し歩いた先には酒場や安宿が立ち並び、更に道を外れていけば様々な技術者達が住まう職人街や人攫いや高利貸しの外道共が人を売り捌く悍ましい奴隷(奴婢)市もある。
賑やかさと言う点で言えば大したものだが悪く言えば無秩序で混沌としている、私も注意されているように街中ですら少し裏道を歩けばごろつきや人攫いに襲われかねないまつろわぬ民の野蛮さに私は何度目かの身震いをさせられた。
気を取り直した私は街を抜け並木道を通り近くの川に飛び込もうとするレオを全力で抑えつけながら散歩を続け、ちょうど街を一周してレオが満足げに吠えたのを確認して魔法大学に向かった。
ザノバ殿の研究室の扉をドアノッカーで叩くと、しばらくしてジンジャーさんが私を迎え入れて来れた。
ザノバ殿は父様の友人であり人形技師としての父様を師と仰ぐ小国の第三王子である。異様な怪力を持って生まれた英傑であり、人形のみならず様々な芸術への知識を備え父様の鎧の製作にも携わった才人だ。
研究室には側仕えのジンジャーさんと人形技師のジュリさんがいる。
「おおエディト殿、よくぞ参られた!」
「ご無沙汰しておりますザノバ殿。ジンジャーさんとジュリさんもお変わりないようで。」
「今日も義手の調整ですかな?」
「はい!今日もよろしくお願いいたします!」
私は父様達が出発する少し前からこうしてザノバ殿の研究室でザリフの義手の調整役を任されている。父様の鎧の雛形にもなったこの義手は魔力を流す事で稼働する仕組みで、剣士として父様と近い力量であり闘気の制御ができる私が義手や義足の試運転をして剣士の観点から闘気との差異や義手の問題点を洗い出すのが仕事だ。
この義手の研究が進めば父様の鎧の小型化と軽量化、何より魔力消費の効率上昇が実現してどこでもあの鎧を持ち出せるようになるという事らしい。
「ザノバ殿、右手に魔力を流した時の小指の握りがおかしいです。
正しく握り直す間無防備になってしまいます、義足も踵の捻りが弱いせいで姿勢を切り替える時に骨が折れてしまいます。」
ザノバ殿は怪力でありながら体質のせいで肉体を鍛える事ができない、定期的に私が研究室に伺い細部を調節する事で研究が捗っていると喜んでもらえている。
戦士として父様の魔術を伝授されたシルフィ母様と違い、ザノバ殿とジュリさんは人形技師としての弟子。父様の無二の友であるザノバ殿も父様が名をつけ養子同然に教育を施したジュリさんも決して死なせてはならない身内だ。
いずれ正式に父様の下で轡を並べて働く日を夢見る内に夕陽が沈み、仕事を終えたロキシー母様が私を迎えにきて来れた。
「ザノバ王子、私達はそろそろ帰ろうかと思います。
エディトを見ていただきありがとうございました。」
「いえいえ、余も随分と助けていただましたともロキシー殿。
またこちらからエディト殿を呼ぶ事もあるやも知れませぬ、今後ともよろしくお願いしますぞ。」
私はレオに、ロキシー母様はじろうの上にそれぞれ跨り並んで帰路に着く。外はもう夜闇に包まれていた。
「エディト、私はそろそろ休みを取って出産に専念しようかと思います。明日からは一緒にいられますから、したい事があったら言ってくださいね。」
「いいんですかロキシー母様!では魔神語、魔神語を教えてくだ…あっ、」
ロキシー母様が休みに入ると聞いてついつい我儘が漏れてしまう。
言ってから出産に備える彼女を労わるべきなのを思い出し撤回しようとするが、クスクスと嬉しそうに笑いながら快諾されてしまった。
身体は一番小さいが度量が深く、ロキシー母様に良いと言われるとはなんでも頼んでしまいそうになる。私は猛省した。
「それにしても魔神語ですか…ルディのために教本を作った時を思い出しますね。良いですよエディト、私に任せてください。」
そう言って力強く胸を張るロキシー母様を見て、父様が不気味なくらいロキシー母様を敬愛する理由が分かったような気がした。
:ステータス:
名前:エディト・グレイラット
職業:グレイラット家長女
性格:第一印象より二回りは凶暴
言う事:素直に聞くがズレた反応を返す
読み書き・算術:共に申し分無し
魔術:呪いの影響で習得不可
剣術:剣神流・中級 水神流・初級認可(中級相当) 北神流・認可無し(初級相当)
礼儀作法:メイドの卵として日夜成長中
好きな人:エリス、ギレーヌ、ルーデウス