武士娘転生 剣の聖地にTS転生した忠犬の奮闘記 作:斑模様のキャットフィッシュ
──ここじゃないだろう。
「ほれ、助けに来てやったよ。」
機会は他に幾らでもあったはずだ。ピレモンがアリエルの派閥に戻った時、アリエルがパーティーの開催を宣言してからの数日間、妨害を跳ね除け会場の設営を終えた日の帰り道、ここよりもずっと早くに動くべきタイミングはあっただろう。
第一王子派閥はもう詰みだ。後ろ楯であるダリウスがトリスティーナを監禁して使い潰した醜聞の暴露にオーベール達を使ってのピレモンへの脅迫と王族の暗殺未遂の発覚、最後のダメ押しで甲龍王ペルギウスが数百年ぶりに王城シルバーパレスに降り立ち王位継承者としてアリエルを推した。
ここで暴れてアリエルを殺せても第一王子は糾弾を免れないしアスラ王国は混迷を極めることになる、ヒトガミの使徒だからと言ってこんな勢力争いも国の平和も無視した暴走に出るのは理屈が通らない。
「なんでここで…水神が来るんだ…!」
ルークの言葉は敵味方関わらず、この場の全員の内心を代弁していた。
────ギレーヌ視点────
ウィ・ターを倒したあたし達がルーデウスに駆け付けてみると、ルーデウスは既に戦いを終わらせオーベールの死体を漁っている所だった。
「やったのねルーデウス!流石よ!」
「結局お前一人に任せてしまったな、よくやった。」
「エリス!ギレーヌ!無事で良か…うわ…なんで普通に歩けてるんですギレーヌ?」
「この程度であたしは死なん、抜かなければ見た目ほど血も出ないしな。」
あたし達の声に嬉しそうに振り返ったルーデウスは切り傷まみれで脇腹に剣の刺さったあたしを見て真っ青になった、オーベールの死体から奪った解毒薬をエリスお嬢様に手渡して大急ぎで治療を始める。
見下ろすと、ルーデウスのローブは右肩から左の腰まで綺麗に切り裂かれ素肌が剥き出しになっていた。本当に紙一重の勝負だったらしい、奴自身自分でも何故勝てたのか分からないと言いたげな顔をしていた。
「着ておきなさい!」
「え、エリス…っ!」
あたしがルーデウスを見下ろしているとお嬢様がやって来て襲撃時に羽織っていた外套を被せていた、別にそう言う目で眺めていたつもりは無いからその反応はやめてほしい。
ルーデウスが目を潤ませて両手を口元に当てている姿にも気が滅入る、こいつは昔から悪ノリした時のゼニスの様な振る舞いをするがパウロそっくりに育った顔でやられると物凄く気持ち悪い。
全員の治療を終えた辺りでルーデウスの指輪が光った、お姫様の方も片付いたらしい。
「じゃあシルフィ達に合流しようか。」
「分かったわ!」「うむ。」
「ルーデウス様、そちらの方はどうなりましたか?」
「オーベールは…俺が殺しました、ウィ・ターはこちらに。」
お姫様の方も死人は無かったがシルフィエット以外の殆どの戦力は半殺しにされて治療を受けていた、ナックルガードがよほど暴れたらしいが誰も死ななかっただけ奇跡だろう。
あたしは肩に担いだウィ・ターを見せる。こいつだけは息があったので治療をして連れて来た、こいつは元々ピレモンに雇われていたから和解が済めば殺す必要はないとの事だ。
「ピレモン様…申し訳ございません…」
「ウィ・ター…!くっ、パウロの小倅め、これで満足か…!?」
縄で縛り上げられたピレモンはあたし達の姿を見て憎々しげに顔を歪ませる。散々ルーデウスに肩身の狭い思いをさせておきながらよくそんな顔ができるものだ、本音を言えばサウロス様の死に関わったこいつは今すぐに殺して黙らせてやりたいが約束があるので手は出せない。
父親の取りつく島もない態度に萎縮したルークにルーデウスは少しの間困った顔をしてそばに歩み寄る、ピレモンからひっ、という小さな悲鳴が漏れた。
「ピレモン叔父さん、ルーク先輩の言い分を聞いてあげてください。
俺は父さんの時に…間に合いませんでしたから。」
それだけ告げてルークの背中を押し、こちらに戻ってくる。
パウロはゼニスが転移した迷宮の中で死んだらしい、ゼニスを救い出し、ルーデウスを庇っての死だ。昔のやつからは想像もできん。
エディトお嬢様も家でその話を聞いたらしく、会いもしない内からパウロを軽蔑してしまったと謝って来た。パウロと仲間だった上で奴を軽蔑しているあたしは気まずい思いをした。
(あたしがルーデウスに手紙を出していればパウロは死ななかったのかも知れん…そうすればエディトに会わせてやる事もできたのだろうな。)
…ふとした時にこう言う考え方をしてしまうのが師匠に弱くなったと言われる原因なのだろう。
それからしばらくルーク達と話し合ったピレモンは泣きそうな顔で頭を下げていた。主君に許され、息子に庇われ、仲間に囲まれる。
苦々しい思いを覚えるも、あの光景に激昂して剣を抜かなかった自分に驚いた。ルーデウスの方を見れば奴は奴で羨ましそうな顔でルークを眺め悲しげに微笑んでいる。
「ギレーヌ、ルーデウス!私達の勝ちよ!」
お嬢様があたし達の頭を抱き寄せる。
…あたしもルーデウスに負けず酷い顔をしていたのだろう。「シルフィもこっちに来なさい!」と強引に呼び掛ける姿に、あたしとルーデウスは顔を見合わせて笑い合った。
「誰も動くんじゃないよ、こうなりたくなかったらね。」
水神への抵抗を試みたペルギウスの精霊の二人が黄金の剣閃に切り裂かれ光の粒となって掻き消えた。我先に逃げ出そうとした上級貴族も足の腱を斬られ峰打ちで気絶する。
ペルギウスを味方に付け同行者と和解し、オルステッドへの不信に折り合いをつけ北帝を打ち倒して整えたこの会場…それが、あたし達を水神の間合いに閉じ込める棺桶へと早替わりする。
並み居る水帝達に道を譲らせ数十年間水神の座をほしいままにさせた幻の奥義『剥奪剣界』 その理不尽を身をもって突き付けられた。
だが……
「逃げなダリウス、北聖如きがこの場所でアテになると思ってんのかい?オーベールを雇い損ねた時点であんたぁ負けたんだよ。」
そう、ダリウスはオーベールを雇えなかった。
汚れ仕事から足を洗った奇抜派を抱き込めず、ピレモンに金を掴ませて脅す事で無理矢理三剣士を護衛に雇わせお姫様を襲わせたが、そこであたし達に敗北した。
水神が睨みを効かせる中で北帝にトドメを任せれば間違いなく勝てただろうが、北聖では無理だ。あたし達の中の誰かが暴れるだけでダリウスと北聖は死ぬ、それまでに半分は水神に斬られて死ぬかもしれんがその中にはお姫様もペルギウスもいない。
ルーデウスは言っていた、ダリウスを失った第一王子派にアリエルとペルギウスを抑える手段は無いと。ダリウスには自分が死んでまで第一王子勝たせる様な覚悟は無いと。
ダリウスは護衛に引き連れていた北聖達に担がれて王城を逃げ出した。
お姫様に真意を問われた水神は語る、とっくの昔に返しそびれた命の恩のためにこの場を襲ったのだと。
ふざけた話だ、水神は生まれ育った国も水神流も孫娘も、全てを振り回して壊してでもあんな外道を救いたいと宣っている。
「それならば仕方ありませんね、此度の襲撃は貴女一人の暴走…水神流は罪に問わないと約束しましょう。」
「ハ、この状況で何を言ってるんだいあんたは…」
それでもお姫様は…いや、アリエル陛下は微笑んでいた。
「『北王』ウィ・ターを城外に待機させています、ダリウスは逃げ切れませんわ。」
「何を…何を言ってるんだいあんたは…あんたらが殺させた『北王』がどうやってダリウスを捕らえるんだい…!?」
「私達が返り討ちにしたのは『北帝』オーベールと『北王』ナックルガードですよ?ウィ・ターは元々ピレモン様の護衛…つまりは私の配下です、殺す理由がないではありませんか。」
オーベールは自分達が負けた時のためにダリウスがピレモンに送りつけた脅迫と裏金の証拠を抑えていた。
あくまでウィ・ター以外の二人がダリウスに雇われた襲撃者であり、ピレモンは脅され襲われただけの被害者の立場を取れるように。勝敗がどちらに転ぼうとピレモンとウィ・ター両方が生き延びられる可能性を作っていたのだ。
そしてオーベールが敗北した今、あたし達の事情を知らないダリウスと水神にウィ・ターの生存など予測できるはずがなかった。
「は…ははは…化けやがったね、アリエルの嬢ちゃん…
あたし一人が死んでダリウスを逃がすつもりだったけど、何一つ譲る気は無いって事かい…?」
「貴女が自分で言った事ではありませんか、ダリウスが北帝を雇い損ねた時点で負けていたと。負け戦で得られる物などあるわけがないでしょう?」
アリエル陛下がそう言い終わった瞬間、黄金の剣閃が陛下を襲った。水神が相手の挑発に乗ってしまったのだ。
剣神流とは真逆の防御に合理を突き詰めた水神流が構えを解いて攻めに回った。その剣閃は『剥奪剣界』から繰り出されたそれより二段も三段も衰えた速度で陛下に迫り、陛下と共に並んでいたペルギウスの護衛『空虚のシルヴァリル』に防がれた。
すかさず放たれた二の太刀でシルヴァリルの武器を弾き飛ばしたものの、三の太刀は振れなかった。
ルーデウスが『泥沼』で水神の足場を奪って『剥奪剣界』の構えを封じ、あたしとお嬢様が首元に剣を突き付けた。
「ああ…っ、くそっ…あたしの負けだよ…」
ダリウスが水神の手の届かない場所に逃げた時点で水神の負けは決まっていた。あの外道はただの善意で駆けつけた最後の味方すら見捨てて逃げ出し、たった今その味方にすら見限られた。
というわけで北王ウィ・ターと水神レイダ生存です。
ウィ・ターには奇抜派最強を継いでエディト君ちゃんの師匠になってもらいます。