武士娘転生 剣の聖地にTS転生した忠犬の奮闘記   作:斑模様のキャットフィッシュ

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もう一人の母

良き日だ、今日はとても良き日だ。

最近の私は余り修行をする余裕が無かった。

ロキシー母様の出産、エリス母様の懐妊、増える家事にルーシーの相手、ノルン姉様も十日に一度しか帰って来られないし既に力量が離れ過ぎた、そして何より、木刀を持つとルーシーが嫌そうな顔をするのだ。

 

「以前師匠が来た時なんてルーシーが追い払ってしまった程です。」

「そうか、だからあたし達もこんな外れにまで移動したのだな。」

 

そう、今日は久々にギレーヌが修行をつけてくれる日である。

ララが産まれてからは初めてじゃないだろうか?とても良い日なのだ。

最近のギレーヌはアリエル陛下の剣として最前列で活躍中であり、その御同輩も次代の水神流を担うイゾルテ様と北神流奇抜派筆頭のウィ・ター師匠と言う錚々たる面々なのだ。

正式な師匠としてよく顔を見せてくださる師匠と違ってギレーヌに稽古をつけてもらえる機会は中々に少ない、私も嬉しさのあまりついつい日頃の些細な愚痴などを話し込んでしまうほどだ。

 

「それにしても…棍棒か、すっかり奇抜派らしくなったな…」

 

ギレーヌは一度手を止め、その表情を曇らせる。

私が棍棒を使うようになったのが不満なのだろう、どんどん剣士から離れて行っているし剣神流の師匠としてはあまり面白くないのは分かるが…長期戦も多く防御主体の私にとって剣を普段使いしても不便なだけなのだ。

事実として、棍棒を使うようになったお陰で師匠からも北神流中級の認可を授かったのだ、今更このやり方を捨てる事は出来ない。

 

「ウィ・ターから貰った盾は使っているのに…あたしの贈った剣は、もう要らないのか…?」

「いえ?そんな事は全くありませんが。」

「ん?」

「え?」

 

ギレーヌから贈られた剣が要らないわけがないだろう。何を言ってるんだ?

 

「今もこうして腰に差していますよ?」

「捨てたのでは無かったのか…」

「捨てるわけがないじゃないですか!何を言ってるんですギレーヌ!?」

「え、ああ…す、すまん…」

 

どうやらギレーヌは私に贈った短剣を捨てられたと思っていたらしい。

そんな事をする子だと思われていたのだろうか?だとしたら少し悲しい。

私が棍棒を使うようになったのは『無影剣』を使いこなすためだ。

『無影剣』は北神流最速の抜刀術を用いて不意打ち気味に『無音の太刀』を放つ事が強みだ。

抜刀術とは思えないほどに出が速く、技の発生も分り辛く、予測も難しい、間違いなく凶悪な技と言えるだろう。

逆に言って仕舞えば弱点はそれ以外のほぼ全てだ、納刀状態からでしか使えず、種が割れれば対応も容易、剣を主武器として使うのなら初撃でしかまともに扱えない技なのだ。

 

「なので棍棒を主武器に使う事にしたのです。」

「なるほど。」

 

棍棒が主武器、剣が『無影剣』専用として使い分ければ前述の弱点は解決される、種が割れた相手にも棍棒・盾・抜刀術の三択を強いる事で充分な脅威となるだろう。

 

「なにより…」

「なにより?」

「私は武器の扱いが乱暴です、ギレーヌに貰った剣が折れたら悲しいじゃないですか。」

 

格上や対集団との混戦前提の戦い方は、当然ながら武器への負担が激しい、造りの繊細な刃物など尚更寿命を削って仕方ないだろう。

修行の度にそんな事を繰り返して贈り物の剣を折ってしまったら間違いなく泣いてしまう。

そう伝えるとギレーヌは満足げに「それならいい」と言ってくれた、尻尾もゆらゆらとご機嫌で私も嬉しい。

 

「ギレーヌは…奇抜派がお嫌いですか?」

「嫌いと言うほどじゃない、だがな…オーベールからはいつも嫌な匂いがしたし、ウィ・ターは匂いがするのに目で捉えられん、あたしはあいつらが苦手だ。」

 

嫌いではないが苦手、渋い顔をしながらそんな答えを返してくる。

今は亡きオーベール殿はいつもみかんのような香りを漂わせていた、ギレーヌはあの匂いが大嫌いだ。

というより…獣族自体があの匂いを嫌っているらしく、オーベール殿はそれを知っているからつけていたのだ。

師匠に関しては先ほどギレーヌが口にした通り、私だって実戦の場で師匠と遭遇したらと想像するだけで恐ろしくて仕方がない、福を呼ぶ座敷童といえど物の怪は物の怪なのだ。

 

無駄話もやめにして実戦形式の稽古を行う、これはギレーヌや師匠に修行をつけてもらう際の恒例行事のようなものだ。

三大流派全ての技と知識が入り混ざった修行の成果を二人に思う存分ぶつけ、今後の課題や弱点を洗い出すしていく。

勿論全てに勝つつもりで挑んでいるが、今日を含め未だにどちらからも一本も取れていない。

正直伸び悩んでいるが「あまり焦るな、技は出来ているが単純に身体が小さすぎる、あの義手を使ってなら上級も名乗って良い。」とはギレーヌの言である。

 

それからはひたすらに型稽古を繰り返して『無音の太刀』の完成度を高め、剣神流同士での読み合いを学び直す。

剣神様の直弟子であり純粋な剣王であるギレーヌの剣は合理の塊だ。

実力ではエリス母様に追い抜かれたが剣神流の技を磨くための見本としてはギレーヌに軍配が上がるだろう。

 

ギレーヌが剣を振り、見ていた私がそれに倣う、何度も何度も繰り返し、素振りの型が歪めばその度に修正し、また繰り返す。

会話すらほとんどないこの時間が、懐かしくて仕方がない。

今世の私の原風景がギレーヌを連れて、ほんのひと時だけ帰ってきたのだ。

 

「んふ…んふふふ。」

「ニヤニヤするなエディト!型が崩れ…てないな、器用な奴だ。」

 

良くないのは分かっているが、ついついだらしない笑みが溢れてしまう。

毎日だってこうして稽古をつけてもらいたいほどだ、もう一度母様に仕えてくれないだろうか?

 

「よし!今日はここまで!」

「ありがとうございました!」

 

あっという間に空が赤らみ、今日の稽古は終わりとなった。

次の日も休みという事でこのままギレーヌには泊まってもらい、膨らみ始めたエリス母様のお腹を撫でてもらった。

私がお腹にいた時もこうしていたのだろうなと感慨深くなっていたが、私の時は身重なのも気にせず産気づく直前まで素振りを繰り返していたのだとか。本当に、本当に自分の頑丈さには感謝の念しかない……




ギレーヌとウィ・ターはお互いがお互いにプチトラウマ状態、職場で不意に遭遇すると一瞬ビクッてなる。
エディト君ちゃんは義手義足を使えばリーチ問題が改善するのでフル装備なら五回に一回はパウロに勝てます。
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