武士娘転生 剣の聖地にTS転生した忠犬の奮闘記 作:斑模様のキャットフィッシュ
突然だがギレーヌは既に良い歳である。
今年で四十の大台に上がる、妻として母としての生き方を選んでいれば既に孫に囲まれていてもおかしくはない、現に前世の婆やはギレーヌと同じ歳で孫が二人もいた。
衰えが表に見え始める歳のはずなのだ、せっかくの機会に目一杯労おうと風呂場で少し縮んで見える背中を流すつもりだったのだ。
「すごい…!背中が岩肌みたいです…!」
「どうだエディト、あたしもまだ捨てたものじゃないだろう。」
エリス母様より一回りも逞しい筋骨隆々な背中に私は圧倒されている、衰えるだなんてとんでもない、こうして背中を流しているだけで力強さが伝わってくるようだ。
父様はボレアス家の家庭教師時代にギレーヌの人形を作るために身体を見せてもらった、そう語っていただいたことがある。その時に見た鋼のような肉体美に憧れて一層身体を鍛えるようになったとも。
私も元男として、剣士として、ギレーヌのようにありたいものだ。
「ギレーヌ…ずっとこのままでいてくださいね?」
「ん?ああ…あたしも、今のあたしを気に入っているからな。」
ギレーヌは優しくそう答えてくれた。
きっと私が一角の剣士となるまで強いギレーヌのままだろう。
良かった…剣を握れる内には叶わぬのでは無いかと危惧していたのだ、彼女を超えて見せて、弟子としての恩義を果たしたかったから。
「…本当に嬉しそうだな、そんなにあたしに会いたかったのか?」
「勿論ですよ!私はギレーヌに憧れていますから、修行の成果を見てもらえるのが嬉しくてならないのです。」
胸を張ってそう答えると、ギレーヌは嬉しそうな顔で笑ってくれた。
次の日、ギレーヌは少しばかり庭先でゼニスお婆様と並んで過ごしたのちにアスラへと帰っていった。
帰り際に私が昼食用に持たせた肉をたっぷり挟んだバスケットに目を輝かせる姿が印象的だった。
「終わりましたよララー、大人しく出来てえらいですねー」
「あぅ」
おむつを取り替えた私にふんぞりかえって労うような態度で返事する赤子…三女ララ、この子は滅多に泣きも笑いもしない、必要な時に必要な分だけ声をあげる程度。
ロキシー母様は元気な子に産めなかったのかと少し不安がっているが、これは違う、明確に瞳に知性が宿っている、分別があるゆえの大人しさだ。
「ララ…あなたはどこから来たんですか?」
「うー」
少し頭を転がしてロキシー母様を見やる、これだ、どう見ても私の言葉を理解している。
先日ギレーヌと話す姿で私は確信していた、ララは私と同じ転生者…そして、その魂の正体にも既に見当が付いていた。
ララはロキシー母様のお腹の中にいる頃からヒトガミに狙われていた、そんなララを守るために呼び出された守護魔獣が獣族にとって神聖な存在であるらしいレオ、ララは将来、そんなレオを引き連れて旅に出る救世主なのだとギレーヌが教えてくれた。
恐らくだが、ララの正体は獣神ギーガーの生まれ変わりだ。
この土地の神々は私のような事故ではなく意図的に記憶を持って転生する、ララは獣族の神の依代としてこの世に生を受けたのだろう。
父様達の子であれば肉体の才能も才を磨く環境も申し分が無いからな。
それはまぁ良いのだ、ララの魂がなんであれ妹は妹、家族を脅かすために悪神に乗っ取られたわけでないのならそれで良いのだ。
だが、ララも同じように思ってくれるのだろうか?
ララが本当に獣神の生まれ変わりなら、私達は父様含め幼子にしか見えない事だろう、身体が育ち時がくればそのまま帰らぬ旅に出るのではないか。
もしそうなったら、その時こそ本当にロキシー母様は自分を責めてしまうのではないか、そんなが不安があるのだ。
私だっていつかは本州へと旅立ち前世の家族の様子を見に行きたい思いはある、私が会いに行く頃には両親は死んでいるかもしれないが、そうしなければ前世の自分との決着がつけられない。
まつろわぬ民の地図には本州が載っていないが、父様が訪れた事があるのは間違いないのだ、私は必ず里帰りを果たすだろう。
でもそれだけだ、私の家族はこの家の人々で、帰る場所は此処なのだ。
ララは将来、そう思うようになってくれるのだろうか?
そうして悩んでいると、リーリャさんが寄ってきて頭を撫でてくれた。
「心配ありませんよエディト様、確かにララ様は大人しい子ですがどこか悪い訳ではないんです。」
「リーリャさん…どうしてそう思うんですか?」
「ふふっ…小さい頃のルーデウス様そっくりですから、きっと賢くて優しい子に育ってくれますよ。」
「父様にそっくり…」
血筋ということか…父様は間違いなく神童であった、赤子の頃から知性を宿していてもおかしくはない、その子供であるララも同じだ。
いや、それならギレーヌやレオと通じ合っていた事の説明がつかない、やはりララには才能以外の何かがある気がする…
でも、本当に心配はないのかもしれない。
父様が生まれた頃から見てきたリーリャさんがそっくりだというのだ、魂が違っても通じ合えるものだってあるはず、私達が家族である事は変わらないのだから。
「ララ…あなたには大変な使命がある事はわかっています、それでも、私がそばに居る内は守らせてくださいね?」
「あーぅ」
励まされたような気がする、本当に威厳というか貫禄というか…
こう言う言い方をしてはいけないのだが、父様よりもこの家の主人のような振る舞いが似合う子である。
エディト君ちゃんは病弱な前世のせいでファンタジーと現実の区別がつかずに発想を飛躍させる癖があります。
決してアホな子ではないけど突飛な結論を出す事が多い…