武士娘転生 剣の聖地にTS転生した忠犬の奮闘記   作:斑模様のキャットフィッシュ

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奴隷という常識

「エリス母様…とうとう拐かしにまで手を…」

「違うわよ!?私をなんだと思ってるのよ!」

「リ、リニアニャ。お世話になりますニャ…」

 

朝食後の軽い散歩に出かけたはずのエリス母様が、返り血まみれの姿で獣族の女性を連れ帰ってきた。

獣族好きと妊娠中の窮屈な生活でとうとう最後の一線を…と危うく絶望しかけたが、どうやら人買いを殺して追われている女性を助けただけのようだ、朝から心臓に悪いが一安心である。

 

「申し訳ありません、エリス母様。」

「そうよ!もっと私を信用しなさい!あと、この子は私の奴隷にすることにしたわ!今日からうちで飼うわよ!」

「拐かしじゃないですか!?帰してきてください!」

「いやよ!」

 

あぁ…何が悲しくて父様の帰ってくる日に産みの母の非行を目の当たりにせねばならないのか…

いや待て、リニア…?父様やシルフィ母様から聞いた事のある…

 

「もしかしてリニアーナ殿ですか?」

「そう!そうニャ!ボスから聞いてないかニャ!?」

「伺っております、この度は母がとんだ御無礼を…ほら!母様も謝ってください!」

「なんでよ!」

「いや、一応命の恩人だし謝られても困るニャ…」

 

エリス母様が連れてきた女性は父様達の友人、獣族の姫君にして次期族長候補、『六魔練』のリニアーナ殿であった。

なんて人を攫って来るのだ母様は、幾ら父様でも御友人を犬猫のように連れ込まれたら怒らずにはいられないだろうに。

 

「父様達の御友人なんですよ…?奴隷にしたなんて知られたら三くだり半を突き付けられてもおかしくないです!やめてください!」

「う…、でも、私が助けたのよ?もう私のものよ!」

「どういう理屈ですか!?」

「もう良いわよ!知らない!」

 

そう言い捨ててエリス母様はリニアーナ殿共々地下室に引きこもってしまった、頭が痛くなってくる。

言葉は通じるのに話が全く通じない、彼女は元々聞き分けのない乱暴者で我儘な魔獣であったが、今日は輪をかけて酷い。

 

「これはダメだね、エディト。」

「ええアイシャさん、幾らなんでも勝手すぎます。」

「ウチにはもう三匹もペットがいるんだから、これ以上は面倒見きれないよ!」

「え、そっちなんですか?あれは面倒が見れたら許される事なんですか?」

 

やはりまつろわぬ民は根本的な所で良識に欠けているのではないだろうか。

なぜ兄君の友人を平然と犬猫や奴隷のような扱いで迎え入れるかどうかと揉めているのか心底理解できない。

地下室の扉越しにエリス母様と口論を始めるアイシャさんについていけず、私はフラフラとした足取りで妹達に癒しを求めに行った。

 

「エーデー、けんかしてるの…?」

「いえ…なんなんでしょうね、私にも分かりません…」

「仕方ないよエディト…貴族の人ってああいう所あるから。後でボクからも話しておくから、そっとしてあげて?」

「…分かりました、よろしくお願いしますシルフィ母様。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー。」

「あ、お兄ちゃんの声だ! おかえりー、おかえりお兄ちゃーん!」

 

しばらくシルフィ母様と並んで台所作業をしていると、いつもよりくたびれた姿の父様が帰って来た。

 

「お帰りルディ。」

「お帰りなさいませ、父様!ほら、ルーシーも。」

「パーパ、おかえりなしゃい。」

「ただいまルーシーィ!」

 

父様がルーシーのお出迎えに破顔していつものダメな時の父様になる。

父様の異様な興奮ぶりに警戒したルーシーと若干の攻防を繰り広げた後、シルフィ母様に捕まったルーシーは存分に頬擦りされる事になった。

 

「やーだー、じょりじょりー」

「うぅ、ごめんよルーシー…」

「もー、ルーシーったら……」

 

随分と過酷な御勤めだったのだろう、髭をそのままにしていた父様の頬擦りでルーシーはすぐに逃げ出してしまった。

久々の帰宅で興奮している父様に対して、未だ距離を測りかねているルーシー、結果として事あるごとにルーシーが逃げ出し父様が傷つくという不毛な光景が広がっている。

見かねた私は父様の前に立って両手を投げ出した。

 

「父様、父様、はい!」

「あぁ!ごめんなエディト、忘れてたわけじゃないからな!」

 

父様は私の両脇に手を通して持ち上げ頬擦りを始めた、確かに髭がチクチクとして少しくすぐったい。

 

「んーちゅっちゅ、エディトたん、かわいいでちゅねー」

「……………」

「ママたすけて…エーデーたべられちゃう」

「大丈夫だよルーシー、食べようとしてるわけじゃないから、多分。」

 

しばらくの間私を愛で倒した父様はそのままの勢いでシルフィ母様を抱き寄せていやらしい手つきで撫で回した、もう止まらないんじゃなかろうかこの人、完全に欲求不満である。

 

それから父様はララに会いに行き、貫禄抜群の鷹揚な態度で労いの声をかけられた。

 

「ララ、あんまり泣かないんだよね。笑わないし……ちょっと心配だよ。」

「まあ、何かあっても家族でフォローしてあげればいいんだよ」

 

父様はララの落ち着き過ぎた姿に不安を抱くシルフィ母様に動じる事なく、そんな返事をする。

やはり、こういう時の父様は頼りになる、本当に何が起きても心配ないような気分にしてくださるのだ。

 

そんな話の中、父様はエリス母様が出迎えに来ない事に気づいてしまった、できればこのまま気づかずにいて欲しかった。

私は母様ができるだけ叱られずに済むよう父様達と共に地下室のエリス母様の元へ向かった。

 

「どうしたの?」

「あっ、お兄ちゃん。聞いてよ! エリス姉がさ、なんか猫拾ってきたみたいでさ、朝からニャーニャーうるさいんだよ。」

「猫って、それはないでしょうアイシャさん…」

 

私がおかしいのだろうか…もしかしてリニアーナ殿が人間に見えているのは私だけで本当に犬猫か何かなのだろうか?母様はただ野良猫を拾って来ただけとでも言うのか。

私が自分の正気を疑うのを他所に、父様達がリニアーナ殿を家で飼う話が取り纏められていく。

 

「じゃあエリス、扉を開けてくれ。」

「ええ。」

 

説得の終わった父様が地下室の扉を開ける。

 

「ああっ! ボス、お久しぶりニャ! 助かりますニャ! ご恩は一生忘れませんニャ!」

「今朝、散歩の途中で拾ってきたの! 名前はリニアよ!」

 

やはり何度見てもボロボロの服を着せられた気の毒な女性にしか見えない、この狂った価値観に慣れていくしかないのだろうか…

 

「捨ててきなさい。」

「捨て…!?」

「嫌よ!」

 

再度乱暴に扉が閉められる。

捨てろ…捨てろかぁ…父様ですらこう言うのだ、おかしいのは私なのだろう…私は目眩を抑えるように壁に寄りかかって天井を仰いだ。




自業自得とはいえリニアの扱いが一貫して畜生なグレイラット家にエディト君ちゃんは軽いSAN値チェック喰らってます。
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