武士娘転生 剣の聖地にTS転生した忠犬の奮闘記 作:斑模様のキャットフィッシュ
リニアーナ殿の事情を聞いてみた所、同じ次期族長候補のプルセナ殿との決闘に破れ権力争いから身を引き、行商人として身を立てようとしたらしい。
商売が軌道に乗る前に借金を重ね周囲との根回しもなく行商人を続ける事などできるわけもなく、商会の人間を騙る詐欺師に更なる借金を背負わされて気付けば奴隷に落とされていたと言う。
実力と継承権の拮抗した跡継ぎが揃えば碌な事にならない、争いの火種にならぬよう故郷から離れた場所で努力した結果がそれである、彼女自身の落ち度もあるが余りにも気の毒だ。
ふと、父様が疑問を口にする。
「リニア……お前さ……もうヤられちゃった?」
「ルーデウス!なんてこと聞くのよ!」
余りにも配慮に欠けた口振りにエリス母様の鉄拳が飛ぶ。
「父様、無神経が過ぎます!」
「そうニャ!」
「そう言う事は母様方が聞くので席を外してください!」
「そうそう…ってなんでニャ!?」
「聞かないわよ!?」
エリス母様が青い顔で私を掴み上げ、色々な角度で私の顔を覗き見ながら「どこで間違えたのかしら…」と嘆く。
「ですが母様、リニアーナ殿の御実家と交流があるのでしょう?我が家で引き取るのなら手紙を送る必要がありますし、貞操が無事かどうかは聞いておかねばなりません。」
「それはまあ…言う通りね。」
「て、手紙を出すのニャ!?」
「ごめんねリニア、確かに付き合いがあるのならそこはちゃんと伝えた方がいいってボクも思うよ。」
幸いにもリニアーナ殿は手を出されていないらしく、父様の砕けた鼻も無事に治療が施された。
「ごめんくださーい!」
「や、奴だニャ!」
どうやら人買い共が我が家にまで押しかけて来たらしい、良い度胸である。
「父様、殺しますか?」
「やめなさいエディト、もしそうなってもルーシー達と一緒に大人しくするように。」
釘を刺されてしまった、でも今は父様がいるのだ、殺すにしろ話し合いで解決するにしろリニアーナ殿の無事は保証されたようなものだろう。
人買い共の言い分はこうだ、父様達を敵に回したくは無いがこちらも部下を殺された、大人しくリニアーナ殿を引き渡してくれればそれで良いと、ロキシー母様やノルン姉様への攻撃を示唆しながら宣った。
人買いなど飢え果てて死ぬべきだとは思うが外道にも二分くらいの魂はある、首が回らなくなれば死に物狂いで暴れる事だろう。
そもそも、まつろわぬ民の間でも獣族の奴隷取引は禁止されている、それが分かっていて人買い共に依頼を出したと言う発端のボレアス本家は本当に滅んだ方がいいと思う。
転移災害のどさくさでサウロス曾祖父様を殺しフィットア領の復興を放棄し、そうまでして守った金でやる事が女性を騙くらかしての人身売買とは救いようが無いにも程がある、領地復興に金を出しボレアス家の援助をしたと考えればダリウスの方がまだマシではないか。
「このままじゃ、あっしらも首をくくんなきゃいけなくなるんですわ。
同じ死ぬなら、戦って死にたいってもんでしょう?」
父様が迷いを見せる、ロキシー母様が負ける事など万に一つもないだろうがノルン姉様を狙われ続けるのは流石に看過できない、かと言って人買い共の組織やボレアス本家の一族郎党皆殺しを父様ができるかと言うとそれも難しいだろう。
どうしようもないのだろうか、リニアーナ殿はこのまま奴隷として外道共に将来を食い潰されるしかないのだろうか。
ルーシーと共に事の顛末を見守っていた私は嫌な諦念に支配されかかっていた。
「分かりました、今……」
そう言って振り返った父様と、私達の目が合う。
「……………リーリャさん、俺の部屋の金庫から、あるだけ持って来てください。」
「……かしこまりました。」
そこからは一方的であった、とことんまで殺し合うのならこちらも無事では済まない、だからこそ父様は逆に向こうへと脅しをかけたのだ。
財力・権力・暴力…全てで上回る父様が一方的に頭を抑えつけ、反撃の余地も無くボレアス本家まで黙らせて見せた。
もしこいつら以外の人買い共が私達の家族に手を出しても今後は真っ先に同業者の彼等から情報が来る事だろう。
「旦那様、お見事です。」
「ありがとございます。」
もう安心だ、リニアーナ殿も私達家族も、みんな父様が守ってくださった。
どうですルーシー、これがちゃんとしている時の父様なんですよ!
「「……あっ!」」
私達が熱中している内にルーシーはどこかに行ってしまっていて、父様と私は二人揃って項垂れることとなった。
人買いを追い返した私達は今後のリニアーナ殿の扱いを話し合い、身元を引き受けるために我が家の出した金を返すまでは我が家の奴隷として働く事となった。
給金を考えれば一生かけても返せないだろうが、父様達が彼女をぞんざいに扱うわけでもなし、命の恩で仕えてもらうと考えればそこまで悪い結果ではない。
「それではリニアーナ殿、明日からよろしくお願いします!」
「うう、よろしくお願いしますニャ…エディト先輩。」
リニアーナ殿がエリス母様にもみくちゃにされながら返事をする、ぞんざいに扱ってるわけではない…母様は悪気なく乱暴で一挙手一投足全てが激しいだけなのだ。
次の日、リーリャさんのお古を縫い直してリニアーナ殿のメイド服が支給された、正式に我が家で雇われたのだから当然なのだが、一年以上働いて来た私より先にメイド服が渡されるのは少し口惜しくもある。
「ニャッハー!」
まぁいいか、元々姫君であった彼女がレオより立場の低い使用人となったのだ、乗り気で仕事着を着てくれている事を喜ぼう。
「なんか、リニア先輩、ホントに元気そうですね……奴隷なんかになって、もっと落ち込んでるかと思ってました。」
「そうですよね!普通は心配になりますよねノルン姉様!」
リニアーナ殿を心配して様子を見に来たノルン姉様の存在に私は心底安心させられる。
良かった、おかしいと思っているのは私だけではなかった……
因みにリニアーナ殿の仕事ぶりは酷いものであった、アイシャ殿は早々に彼女に失望し冷たい目を向け始めている、少しピリピリとした空気に嫌な予感を抱えながら私はリニアーナ殿の指導に力を入れた。
江戸時代は体裁上人身売買や奴隷制が禁止されているので世間知らずなエディト君ちゃんは奴隷や人買いに強い忌避感を持っています。