武士娘転生 剣の聖地にTS転生した忠犬の奮闘記 作:斑模様のキャットフィッシュ
ルーデウスと違ってアイデンティティの確立が不完全だったのと性別や肉体の健康度の差異が大きいので若干多重人格じみた側面があります。
例に出すと、モノローグで敬語になっている時はエディトという少女の人格が強めに表に出ています。
「父様、父様、私の方は終わりましたよ。」
「できたか、じゃあパパにも見せてくれるか?」
「はい!」
私と父様は現在、ザノバ殿の作業部屋にお邪魔している。
今日は父様のまとまった休日の中の、ザノバ殿と会う日なのだ。
お二人が机を挟んで魔導鎧の改良や新しい鎧の開発を相談するその中で、私は父様の膝に座らせてもらってギレーヌ人形を作っていた。
別にザノバ殿の所にまで着いて来て父様に甘えているわけではない、休日には存分に構ってもらっていますしね、うん。
これでも私なりに働いてるのだ、渡された鎧を目の前で使って見せたり剣士として意見を求められた時に参考となるよう膝の上で待機する…いわゆる『てすとぱいろっと』と言う奴だ。
三人の予定が噛み合う日は意外と少ないので、今日は私もご一緒させて頂いたわけである。
「やはり…父様達のようにはいきませんね。」
「そうか?綺麗に仕上がってると思うけど…」
「はい、力作です。」
「…じゃあ良いんじゃないか?」
「それも、そうですね。」
相変わらず無自覚に残酷な事を言うお人だ。
リニアーナを引き取って少しした頃に父様がギレーヌに新しい人形を贈ると聞いて、私も手作業なりに人形を作って贈ろうと時間を見つけては石を削り続けて来た。
半月以上もかけて完成したギレーヌ人形は自信を持って力作だと言い切れる。
父様やジュリさんが手慰みに作った凡作にも到底及ばぬ出来だが、この人形にはギレーヌへの敬愛と真心が籠っていた。
「もう少しがっかりされても良いのですよ?」
「するわけないだろ、すごく頑張ってたじゃないか。」
そんなに厳しそうにしてたかな…?と本気で思い悩む父様に少し可笑しくなる。
『あれほど時間をかけてこの程度の出来とは何事か』
私としてはこれぐらいは言って欲しかったが…父様は父様だ。
私達の好きな父様はこういうお人なのだから、このままで良い。
ザノバ殿が私達のやり取りを眺めながら感慨深そうな顔でウムウム、と頷いている。
……この前私の顔を見て居留守しようとしたの、忘れてませんからね。
リニアーナ達と共に働くようになったからと言って、露骨に警戒の目を向けて来た恨みはまだ晴れ切っていない。
私があんなろくでなしに毒されるとでも思っていたのですか。
「一時はどうなるかと思いましたが、やはり師匠の娘御ですな。
エディト殿にも相談するのが良いでしょう。」
そもそもあの畜生共が悪いのだ。
ロキシー母様の人形を二人がかりで奪い取った挙句目の前で壊していただなんて、父様に殺されていないのが奇跡に思える。
いっその事本当にボレアス家に送りつけてやろうか……いや止そう、仲良くすると決めたのだ。
過ぎた事を掘り返して腹を立てても仕方ない、とばっちりで私が傷つく羽目になったが…それも水に流そう。
彼奴等のしでかす事に真面目に取り合っても仕方が無いのだ。
「それで…私に相談したい事とは?」
「実はですな、最近ジュリめが……」
要するに、最近ジュリさんに避けられていると。
ジュリさんもそろそろ縁談を組み始める年頃だ、奴隷とは言え家族同然の仲ではこういった兄妹喧嘩のようなものも起きるのだろう。
そこで歳も近い女子の私に、ジュリさんの説得を頼みたいと言うらしい。
残念ながら私の前世は男子である、病床の毎日ではあれど跡継ぎ息子として育てられた私にジュリさんの年頃の悩みや不満を聞くなど…どう考えても荷が重いが…
父様もザノバ殿も奴隷として無理矢理言い聞かせるのは嫌だと言うし、対等な家族として年頃の女子に切り込んだ話をするのは少し怖い、と。
「そう言う事なら、私の方からも話を聞いてみます。」
「おお!頼みましたぞエディト殿!」
いわゆる父親代わりの苦悩という奴だ、私には二度と縁のない悩みである。
父様も明日は我が身と感じたのだろう、不安そうな顔で膝の上の私をもみくちゃに撫で回してくる。
「パパを見捨てないでおくれよエディトぉ…せめてご飯は一緒食べてくれよぉ……」
私は避けるつもりなどないが、父様は少しベタベタし過ぎである。
その内本当にルーシー辺りに嫌がられるんじゃなかろうか。
「ところで師匠、話は変わるのですが…箱に興味はありませんか?」
見かねたザノバ殿が助け舟を出してくれる。
なんでも人形第一のザノバ殿を唸らせる程の箱職人を見つけたのだとか。
箱の装飾にまで拘るとは流石王族、武家の私とは芸術への造詣も数段上だ。
「師匠にもぜひとも見ていただきたいと…」
あれよあれよと職人街まで見学する事が決まった。
入り組んだ職人街をザノバ殿がずんずんと迷いなく案内し、私を肩車した父様が街並みを眺めながら着いていく。
しばらくして、看板すらない小さな一軒家に辿り着いた。
「ここですぞ。」
店内は薄暗く、飾り気の無い乱雑な物の並びは職人気質の工房そのものと言った風情であった。
だからこそと言うべきか、商品棚に並べられた作品達の存在感は部屋を丸ごと支配するかのようだった。
父様の流派のように石細工の人形ではなく、木材で作られた少女達が雅な装飾の箱の中で鎮座していた。
飾り自体は人形に合わせて作られたものだが出来栄えは明らかに箱の装飾が上回り、釣り合いが取りきれていなかった。
すさまじい腕である、生半な職人の人形であれば箱の美しさに取り込まれてしまうだろう。
職人の名前はベルフリート、作品は箱ではなく『ベッド』だそうな。
ベルフリートさんは箱を指して人形の娘達が眠るための寝所であると力説している、雛壇のようなものだろう。
いずれ合作する機会もあるから気をつけて欲しいと父様に念押ししていた。
父様の人形には命が宿ったような躍動感溢れる作品も多い、『ベッド』に収める前提で意識せねばお互いの良さを潰しかねないので至極正論であった。
「合作といえば先日、ザノバ殿のお抱えの人形師が…」
そこで、ベルフリートさんが思い出したかのように持ちかけた話で雲行きが怪しくなる。
ジュリさんが店に来た事を思い出して不気味な昂りようを見せ始め、それを気味悪がった父様が私を背に隠しながら事情を問い詰めていく。
ベルフリートさんの語り口はとても気持ち悪かったので割愛する。
要するにジュリさんがザノバ殿に黙って渾身の出来栄えの人形を持ち込み、それに触発されたベルフリートさんが人形に合わせたベッドを用意したと。
ベルフリートさんは人形を手中に収めるべく大金を提示したが、ジュリさんはそれに応じず逃げ出してそれっきり…と言った具合だ。
彼は金額が足りなかったせいだと思っているようだが、こんな薄暗い部屋で今のベルフリートさんに迫られて逃げ出さない女子なぞいないだろう。
「大体話は見えましたね……」
なんとも微笑ましいすれ違いだ、これならば私の出る幕も無いだろう。
そう思って父様の方に視線を向けると、大人達は明後日の方向に話を飛躍させていた。
ジュリさんが人形を売った金で奴隷の身分から解放されようとしている?そんなわけがあるか。
金銭云々を言い出したのはベルフリートさんだし、そもそもジュリさんの作った人形は主人であるザノバ殿に献上する品だ。
リニアーナ達でもあるまいに、無断で売り払って暇を請うなどあり得ない。
「父様、私達はお呼びではありません。
今日はもう帰ってしまいましょう。」
なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた私は父様を連れて帰ろうとしたが、肝心の父様は誤解をどんどん加速させていた。
「良いかエディト、パパにはジュリを引き取った責任がある。
あいつが今の立場に思い悩んでいるならパパはそれに向き合って、解決してやらなきゃいけないんだ。」
それは立派な事だと思いますが、そもそもが勘違いなのです。
「大丈夫ですよもう、ザノバ殿に任せて帰ってしまいましょう。」
「いや、でもなぁ…」
立板に水だった、もう私の声は届いていないだろう。
大の大人が三人も集まってなんと言う鈍さなんだ……
「あぁ、じゃあ…込み入った話になりそうなので、私は先に帰りますね。」
付き合っていられるか、私はそれだけ言い残して一足先に帰宅した。
それから一刻もせぬ内に父様も帰ってきた、見るからに徒労感でいっぱいの顔だ。
やはりというかなんというか、ジュリさんは渾身の一作を最高の形でザノバ殿に贈りたくてベルフリートさんの店にベッドを買いに行っただけであった。
事態をややこしくしたのはベルフリートさんと父様の二人、誤解に誤解を重ねた三人のせいでジュリさんを泣かせてしまったらしい。
「だから言ったじゃないですか、私達はお呼びでないと。」
「うん…なんか…途中から完全に二人だけの世界だった…」
まぁ、それだけザノバ殿とジュリさんの仲を心配していたのだろう。
誤解ではあったが父様達が彼女の苦悩を慮っていたのは事実、いずれ自然と奴隷身分も解消される事だろう。
すっかり脱力した父様を慰めながら私は無性に嬉しい気持ちに浸っていた。
───その翌日───
龍神オルステッド様から父様に、謀反を成し遂げたパックス王からザノバ殿に、それぞれシーローン王国への出向命令が下される事となる。
次回からシーローン編ですがほとんど変更はないのでルーデウス視点もほぼ0です、盛大に何も始まらない。