武士娘転生 剣の聖地にTS転生した忠犬の奮闘記 作:斑模様のキャットフィッシュ
「…ここが、ルーデウスの家ね。」
一月と少しの旅の末に辿り着いた父様の屋敷を前に立ち尽くす母様を眺めながら、これまでの旅を振り返る。
初めに母様とギレーヌは早く旅を済ませようと迂回路の街道を無視して森へ直進、普通ならば狂気の沙汰ではあるが歴戦の母様と目鼻の効くギレーヌならば問題ないかと従った結果見事に魔物の巣に直撃。
2人は龍神オルステッドに会う前から後世に語り継ぎたくなるような大立ち回りを披露したが、その混乱で私の髪を隠す帽子を紛失。
なんとか森を抜けて最寄りの町に入ったものの私の髪を見たミリス教という奇教を信じる狂人に因縁をつけられ更に大立ち回り、雪だるまのように敵が膨れ上がっていって大いに時間取られることとなった。
しかし元は冒険者という旅する雇われ武士、旅の勘を取り戻してラノアという国に入ってからは驚くほどすんなりと馬が進んで父の住むシャリーアにも辿り着けた。
道中見た家が武家でもないのにどれもやたら大きく立派だったのは広い土地の割に中々住める人がおらず防寒にも気を使う冬国なのが原因だろう。
シャリーアの冒険者の寄り合い場でも話を聞けば父様の情報には困らず、屋敷の場所どころか父様の噂話やそこに飼われている獣の事まで詳らかに教えられた。(父様は目が光ったり腕が飛んだりするだとか、2人の妻を娶っていて内1人は子供のように幼いだとか、ベガリット大陸という馬に乗るのが難しい土地で買い取ったという馬代わりの魔獣と魔大陸から連れてきた草木に化ける庭番の化物がいるだとか。)
なんとも立派な屋敷だ、故郷も奉公先の家も失い散り散りになった家族を集めながらの5年間でこれほどの家と土地を手に入れるとは流石父様である。
「に、庭に…田圃が……!!?」
「どうしたのエディト、たんぼ?とかいうのがどうかしたの?」
まさかこの地にも田圃があるとは…!今世ではパンという焼いた練り物や肉、獣の乳や芋が主食だったが米を育てる教えもないわけでは無かったという事か!
広い庭にわざわざこさえるほど米に拘る父様に深く深く同意しつつ母様に田圃のことを説明する。
「そう言えば具合の悪かったルーデウスも米だけはお腹いっぱいになるまで食べてたわね!」
「分かります、分かりますとも父様…」
そうやって詮無い事を話しながら中々踏み出せない母様と並んで屋敷の前で立ち続けていると、メイド服というこの国の使用人の服を身に纏った赤毛の少女が声を掛けてきた。
彼女の名前はアイシャ・グレイラット、父様の腹違いの妹でお爺様の妾の娘である。父様との旅の途中で下衆に囚われていたのを助けた縁があってか好意的な彼女に案内されてグレイラット邸に招かれる。
そうして屋敷の中で彼女の母リーリャ・グレイラットに歓待され、シルフィエット様とロキシー様を呼び戻しに行ったアイシャさんと交代した彼女から父様の近況とシルフィエット様の娘の存在を教えられた。名をルーシー・グレイラットという。
母様はまだ乳離れも済んだかどうかというルーシー様を少しの間複雑な目で眺め、やがて眦から力を抜いて優しい表情で私にこう言った。
「エディト、お母様は違うけれどあなたの妹よ。これからしっかり守ってあげなさい。」
「はい、母様。」
ルーシー様は正室であるシルフィエット様の1の娘、世継ぎの男の子が産まれるまでは一番命の重い子供である。当然まだ妾にもなっていない母様の子で、忌子の私よりも。
そうしてルーシー様に挨拶を済ませ、内心でこの子を守ると誓いを固めるが…
どうしても苦い思いは抑え切れず、道中買い直した帽子を深く握りしめるようにして中に隠れた緑髪を抑えつける。
そうこうしている内にアイシャさんがシルフィエット様とロキシー様、そして父様と両方の血の繋がった妹であるノルン様を引き連れて帰ってきて各々名乗り合う事となった。
「初めましてエリス…さん?」
「呼び捨てで良いわ!」
「そちらの帽子の子がエディトですね、私はロキシー・M・グレイラットです。エディトも好きなように呼んでくれて構いませんからね。」
「エディト・グレイラットです。初めましてロキシー様、シルフィエット様。」
妹御のノルン様こそ渋い顔をしていたものの驚くほどに好意的で三番目の妻として歓迎する腹づもりの2人と母様はひとしきり自分達を紹介し合った後は父様の事について熱く語り出した。
針の筵になる事も覚悟していただけに私はこの状況に安心している、母様は正妻にはなれないだろうがそれも仕方ない。
母様を讃えよと言われれば一晩だって褒め尽くせる自信があるがそれは剣士としての話、母親や妻としての母様は論外も良いところなのでこの2人がいる方がむしろ心強いぐらいだ。
「それで、ルーデウスはどこなの?」
すっかり打ち解けた母様がそう聞くと周りはサッと顔を下ろして、父様は既にオルステッドと戦いに行ったとこぼす。
母様は激昂してなぜ1人で行かせたのか、父様を殺す気かと2人を詰るがそれは剣士の言い分である。
本来女の役割とは夫に代わって家と子供を守る事であり、夫と共に戦いに出て家を空ける事も共に死ぬ事も許されていないのだ。
足手纏いになるからついてくるなと言われたと涙ながらに反論するシルフィエット様を責められる道理などどこの誰にもない、それが女に求められる役割なのだから。
────しかし、
「私なら足手纏いにならないわ!私がルーデウスを助けて見せる!ついてきなさいギレーヌ!」
母様は違う。家を捨て、名を捨て、命すら捨てて父様と並び戦う道を選んだ母様だけは、どんな時であろうと父様の隣で命懸けで戦う事が許されている。
母様の宣言に奮い立たされたシルフィエット様とロキシー様も覚悟を決め、父様の元へと向かう。
だが……
「母様!私もついていきます!」
「あなたはダメよエディト!そこで待っていなさい!」
「待っててねエディト!ボク達が絶対にルディを連れて帰るから!」
「積もる話も全部ルディが揃ってからです、私達の家で…あなたの家で、帰りを待っていてください。」
三者三様に言葉を残して私を置いて行ってしまった、ギレーヌもそれに続く。
当然だが私に父様と並んで戦う力も資格もありはしない。全身全霊をかけて鍛え続けてきたつもりだがそれでもまだまだ弱い私は、足手纏いにすらならないのだ。
崩れ落ち項垂れる私の頭から帽子が離れ、私同様置いて行かれたリーリャさんと妹御達が息を呑む。
「エディトちゃん…その髪「ノルン様、私はルーデウスとエリスの娘です。ルイジェルド殿は関係ありません。」
話し合う余裕も無いのでピシャリと言い切って追求を終わらせる、4人が髪の色が抜け落ちてボロ雑巾のようになった青年を連れて戻るまで私達の間に会話は無かった。
エディト君ちゃん、まさかの戦力外通告で再会の場に立ち会えず。